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| 2014年12月15日(月) |
| 「コメント」 |
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今年も残りわずかになりました。
後半は本番が多く、イベントのご報告としてのコメントはまったく間に合わず 楽しみにしてくださっている方々には大変申し訳ありませんでした。
本番には準備と集中が必要なのですが、イベント自体がハードですと 終えてホテルに入ってもすべて使い果たして それから報告のコメントを考える気力も体力も残っていないことが多かったです。
ただ、私にとりましても皆さんに伝えたい日々 徒然に感じたことなどはやはり書き残していきたいので、可能な範囲で載せていくこと お許しください。
これからも どうぞよろしくお願いいたします。
ますみ
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| 2014年12月8日(月) |
| 「盲導犬」 |
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ある日の車中。
大型の盲導犬とともに若い女性が電車に乗り込んできました。
かなり混んでいたので、いきなりそばに犬がいるのはびっくりするものです。
私に背中を向けて立ったその女性に、どうしたらよいか…
少し大きめの声で
「お座りになりますか?」と呼びかけてみました。
ゆっくりと振り返って
「ありがとうございます。」
とおっしゃって 私の座っていた座席に向かってきました。
そこで、ワンちゃんの名前を小さく呼ぶと
ワンちゃんは空いた座席の真ん中に お手 をするように片足を載せて それを伝うように女性は速やかに座りました。
その後 ワンちゃんは揃えた女性の足の裏側 座席の下に小さくその身を縮めてうずくまりました。
一緒に散歩をしている光景などは見かけたことがありますが、あれほど身近に しかもなんという連携と信頼関係!
感動的な場面でした。
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| 2014年11月3日(月) |
| 「世阿弥の言葉」 |
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友達が送ってくれたもの
追記します。
世阿弥が言った
「初心忘れるべからず」は
普通(物事に慣れてくると、慢心してしまい
がちであるが、はじめたときの新鮮で謙虚な
気持ち、志を忘れてはいけない)と
解釈していましたが、本当は
(「初心」とは「始めた頃の気持ちや志」
すなわち「初志」ではなく、
「芸の未熟さ」、つまり「初心者の頃のみっともなさ」
初心者の頃のみっともなさ、未熟さを折にふれて
思い出すことにより、「あのみじめな状態には戻り
たくない」と思うことでさらに精進できるのだ、
と彼は説いています。
▽さらに深い教え!
「時々の初心を忘るべからず」、若き日の未熟な状態から抜け出した後、年盛りから老後に至るまでの各段階で年相応の芸を学んだ、初めての境地を覚えておくことにより、幅広い芸が可能になると説いています。 世阿弥さんの教えって深いですね。
「老後の初心を忘るべからず」、老後にさえふさわしい芸を学ぶ初心があり、それを忘れずに限りない芸の向上を目指すべしと説いています。
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| 2014年11月3日(月) |
| 「永久舞台監督」 |
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舞台の表裏のノウハウをすべて教えてくださった
赤木知雅氏は、マジョールの永久舞台監督と呼ばせていただいています。
今回は本番を生でご覧いただくことは叶いませんでしたが、ビデオをお送りしたら すぐにご感想やアドバイスをくださいました。
そのお手紙には、プログラムの間にはさんだコメントについて
「新しい演出で楽しめる舞台だった。」とお褒めの言葉をいただきホッとしました。
そして、最後に
「面白きなきもの、感動なきものを舞台にのせてはならぬ。」
という世阿弥の花伝書を引用なさって、この言葉を心にとめてこれからもいい舞台を作っていきましょう。 と結ばれていました。
現場でともに舞台を作っていくスタッフの方々、後ろでもり立ててくださる演奏陣、お稽古を積んで一緒に舞台に立つ生徒さん、あたたかく見守ってくださる恩師や友人 たくさんの人と人との関わりで一つの舞台が作られていくことにあらためて感謝と喜びを感じます。
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| 2014年11月2日(日) |
| 「スペインの夕べNo.29 第二部」 |
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今年2月に世界的ギタリスト パコ・デ・ルシアが亡くなりました。
雲の上のような存在でしたが私たちにたくさんの素晴らしい曲を残してくれました。
その中から3曲 ロンデーニャ、セビジャーナス、アルモライマをお贈りします。
・昔々 王様はサルスエラ宮殿で歌や踊りやお芝居を楽しみました。そこで発達したのがスペイン古典舞踊です。カスタネットをつけて踊る難しいラ・ビダ・ブレベに挑戦してくれます。
・ここで再びアンダルシアのフラメンコに戻りましょう。マジョールには男組と言って親しまれる男性生徒が何人かいますが 今回はその中から三人が参加してくれました。シャープで男性的なタンゴを踊ります。
・踊りの振り付けは同じ曲種でも振付家によって変わります。私が教えている曲は昔 小松原先生に教えていただいたものと留学してスペインの先生に学んだものとがあります。
ただ 唯一 はじめから終わりまですべて私が振り付けたのがこのティエントです。そしてこの曲を好んで長い間踊り続けてくださっている生徒さんや今回 嫁姑の微笑ましい共演もあります。
・振り付けをするのにギタリストの助言は不可欠です。20年以上も前に英夫さんに助けていただきながら作ったファルーカは、昔の古河メロディにも通じるところがあります。今回はバタ・デ・コーラでエレガントに振り付けてみました。
・19才で留学から帰ったあと、日本ではじめてのフラメンココンクールがありまして小松原舞踊団として踊らせていただいたのがガロティンです。コルドバ帽も粋に踊るこの曲にはいろんな場面で縁を感じます。
・ソレアを学びながらフラメンコの力強さを表してほしいと私がリクエストしました。いつも近くにいて協力してくれる舞踊団が9人で踊ります。
・フラメンコは唄から始まりました。せつなく唄っているのか、力強く唄っているのか、唄い手の気持ちを体を通して表現できたら、とお稽古の最後に取り組んでいるカンティーニャスです。
最後に全員で踊っているところに孫の琉唯がまぎれこむハプニングもあり、それはそれでお客様も喜んでくださったようで たくさんの手拍子の中 無事 幕をおろしました。
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| 2014年11月1日(土) |
| 「スペインの夕べNo.29」 |
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はじめての試みですが、曲の間にコメントを入れながらプログラムを進めてみました。
それが吉と出るか凶と出るか…本当に賭けのようなものです。
・ルンバ・コロンビアーナとグアヒラ 南米系のはなやかな曲で幕を開けました今年のマジョール発表会。今回は曲のご紹介などをまじえながら進めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。
・日本にも炭鉱節というのがありますが、スペイン アンダルシアにも炭鉱の街の悲哀を唄ったタラントというのがあります。悲しい唄ではありますが、後半は「僕のこと愛してるなら世界で一番素敵な洞窟買ってあげる〜♪」なんて
グラナダ、サクロモンテの丘のジプシーらしい歌詞です。また この曲はマジョールの年長さん81才の生徒さんもお元気に踊ってくださいます。それはもう嬉しく、とても光栄なことです。
・ティリティトゥラン トゥラントゥラン…
アレグリアスによく聞くフレーズです。訳してみると「あっこりゃこりゃ、とか、あーそれそれ!」
なんて感じですか…
アレグリアスは喜びという名がついているほど 生きていてうれしい という気持ちの曲ですね。
うれしい気持ちは、今日元気に踊れてよかった とか
みんな仲良く発表会ができて幸せ などそれぞれの喜びを表して笑顔で踊れたらいいですね。
・ラメント「嘆き」と言う部分がある独特な曲で 普段あまり踊られることのないものですが、舞踊団6人が挑戦します。(本番では嘆きと祈りを間違えてしまいました。嘆きが正しく訂正しておわびしなくては…)
…カーニャ
・フラメンコの母と呼ばれる曲はやはりそれだけ深く難しいですが、何回も何年も踊っていってほしいものです。…ソレア
・小学生の女の子はパパと熱心にお稽古に通って来ました。発表会前になると
教室のホワイトボードに
「発表会まであと○○日」と書いて みんなで苦笑したものです。その子はすっかり大人になって立派な踊り手に成長しました。
父と娘の得意とするソレア・ポル・ブレリアです。
・人間は体を動かすことや歌を歌うことは楽しいんですよね。得手不得手はあってもですが…
ハレオと呼ばれる軽めの楽しい歌を母 鈴木高子とともに練習しているグループがあります。そして、一部のフィナーレはお祭りのセビジャーナス どうぞ手をたたいたり、かけ声をかけてご一緒にお楽しみください。
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| 2014年10月20日(月) |
| 熊本最後のライブ |
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プログラムは
いきなり二人のタンゴではじめました。
チャチャさんのルンバ〜
私のアレグリアス〜
と続くはずが、英夫さんが弾きはじめたのはタラントでした。
・チャチャさんの頭の中…
あれ〜
これはどの唄だっけ〜?
・ミッキーさんの頭の中…
じゃ 僕が唄った方がいいのかなあ…
→ミッキーさんがタラントのサリーダを唄いだす。
・英夫さんの頭の中…
あれ?
曲まちがえたかな…
じゃ だんだん戻していこうかあ…
・私の頭の中…
あれ?
なんでタラントなの!?
なんかチャチャさん困ってる様子…
あっ
ミッキーさんタラントのサリーダ?
あれ?これって私が踊るべきなのかなあ?
えい!
いっちまえ〜!
とばかりに飛び出して、何の根拠も合わせもリハーサルもなしに私はタラントを踊りきったのでした。
ライブの最後に
・なんだかわからないけどなぜか一曲多く踊った鈴木眞澄です
・なんだかとっても楽しかったチャチャ手塚です
・今年もここでライブができて嬉しかった永潟三貴生です
・ごめんなさ〜い!
僕がまちがえましたあ〜
鈴木英夫です。
楽屋にかえってしばらく大騒ぎ、大笑いしながら
それぞれが何を考えていたかの発表をして
結果、全員が自分がなんとかしようと思っていた事実。なんてステキな仲間! 「眞澄さん、男らしかったと〜!」
って九州男児のミッキーさんに言われてうれしいやら、情けないやら…
私が飛び出さなくてもちゃんとなんとかなったんですもの〜!
いつも小国ライブは何かが起こる楽しい熊本ツアーの締めくくりでした。
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| 2014年10月16日(木) |
| 「熊本3日目」 |
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木魂館に泊まった翌朝、みんなで朝からごはんが美味しくていっぱい食べてしまう。朝食に出る大根と人参の漬物はレシピを習って東京でも作っています。
私が名付けて「小国漬」
大根と人参を薄切りにして たまり醤油と砂糖と酢であえただけのもの。たまり醤油がポイントで やはり本場もんはより甘かったです。
9:30レッスン開始
11:30まで基礎レッスン〜セビジャーナス〜カンティーニャスなど 皆さんしっかりお稽古に取り組んでくれます。
お昼をはさんで簡単な発表会。
毎年セミナー最後の発表会にはご近所の方々が見にいらしてくださって 今年はすぐ前のグランドにいたサッカー少年三人も飛び込みのお客様。
この発表会をいつもより繰り上げたのは、終了後 即帰らねばならない東京から参加してくれた舞踊団5名。大変ハードな二泊三日でしたが、みんな気持ちよくライブやセミナー、移動にも常に誠実な態度を保ってくれて(実はきっとハラハラドキドキの連続だったと思われますが…)
とても感謝しています。
名残惜しく舞踊団を見送り、いつも熊本最後に設定する小国町内でのライブの準備にかかります。
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| 2014年10月1日(水) |
| 「熊本2日目」 |
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3日分動いた初日から翌朝、いよいよセミナー会場のある阿蘇の小国に向けて8:30ホテルを出発。
あいにくの雨模様。
かなり涼しく、阿蘇の山は寒いかも…
「ミルクロード」と言われる所以がいっぺんに納得できる霧の中、地元のお仲間も合流して4台でカーツーリング。それでも途中少しだけ晴れて見事なカルデラが見えました。
だんだん杉並木が増えてきて小国に近づいてきた感じ。
到着!木魂館
小国杉だけで作られた研修所「木魂館」は建物だけでもすでにアートです。
早速大会議室にコンパネ30枚を敷きセミナー準備開始。
一年に一度 七夕さまのようにお会いするこのセミナーの受講生の面々がだんだん集まってくるうれしい瞬間です。
午前中のレッスンを終えると やっぱり必ずうかがう手打ち蕎麦の店「優心」今は若いご店主が切り盛りしていますが、先代からのお付き合いで、みんなでうかがったらお蕎麦を食べ尽くしてしまったようで「準備中」に…
お腹が重いまま午後のレッスンへ
(それを考えてここは楽しい歌のレクチャーをチャチャさんにお願いしました。)
昨年は「猫ちゃんはどこへ行った?」
今回は甘いボンボンの歌です。
お腹が落ち着いた頃踊りのレッスン開始。
終了後 おとなりの温泉〜美味しい常夜鍋の夕食
(おだしと日本酒とニンニクの入った鍋で豚肉とほうれん草のみをしゃぶしゃぶのように食べます)
〜一つお部屋に集まって飲み会 これが楽しいんです!
今年の目玉は英夫さんの「本当にあったこわ〜いお話」日本編とスペイン編があって私は若い頃怖すぎて泣かされましたが、今回も眠れなくなっちゃった人続出。研修所だから数人部屋でよかったねえ〜!
しずか〜な小国の夜はふけてゆく…
つづく
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| 2014年9月30日(火) |
| 「熊本レポート1日目」 |
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朝7:40羽田空港集合。
10:30熊本空港到着。
お迎えの方々は、いつもの地元お世話係の美人姉妹と平野さんです。
ここで少し平野さんについてお話しします。
私がはじめて熊本にうかがったのは、なんと26年前。そのとき呼んでくださったのが熊本スペイン協会関係でした。
その協会に平野さんも所属なさっていましたが、今から5年前にはじめて小国セミナー参加。その時点では東京にお住まいで すっかり気に入ってくださった私のレッスンに東京で週3回も通ってくださいました。その後 ご家族の事情で熊本に戻られることになり、「フラメンコ続けたいし、やっぱり先生に習いたいから熊本にスタジオ作っちゃおうかなあ〜?!」
なんておっしゃっていたのはつい数ヶ月前でしたのに、今回うかがったら素晴らしいスタジオが完成してました!
熊本に戻ることになったのは決して喜ばしいことではなかったのに、まさに
「禍転じて福と成す」
そこには、まわりのたくさんの方々のご協力があったことと思いますが、平野さんの実行力と前向きな姿勢はフラメンコ魂そのもの と感じました。
それが26年かけてみんなで育ててきた熊本のフラメンコの樹なのだと思います。
そんな平野さんとともに始まった今年の熊本初日は、空港から途中チャンポンを食べつつ 氷川学園ライブ〜ラポートコンサート〜完成したマジョール熊本スタジオ訪問〜スタジオと同じ屋根の下にあるカフェ
「メープルリーフ」にてやはりお仲間であるオーナー夫妻の美味しい手料理で打ち上げパーティー。
今朝羽田を発ってきたんだよね…
もう3日くらい熊本にいる感じ〜!
そうです、3日分くらい密度の濃い初日でした。
ホテル到着 12:30
すでに日付が変わってましたあ〜!
つづく
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| 2014年8月20日(水) |
| 「新人公演」 |
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新人公演はフラメンコ協会主催の舞台で、毎年三日間にわたり、カンテ、ギター、バイレソロ、バイレ群舞の4つの部門にわかれてそれぞれのフラメンコを披露するものです。
順位を決めるコンクールではありませんが、
頑張った方々には奨励賞を差し上げています。
今年は特に スペインの由緒あるコンクールの予選会も兼ねる という機会に恵まれましたが、そちらの審査はスペインから審査員が来日しますので あくまでも選考の機会をお貸しする形になります。
今年はマジョールからも作品を出します。(8/22(金)出演)
「パコの思い出」
今年2月に急逝したパコ・デ・ルシアの代表曲
「ロンデーニャ」と「アルモライマ」を使って14人の群舞を振り付けました。 衣装を用意してくれた母からのメッセージは、黒、グレー、白は「追悼」を
真っ赤なバラは「感謝」を意味しているそうです。
出演のみんなは、夏の疲れが出る頃にもかかわらず最後の仕上げに余念がありません。
マジョールらしい作品をたくさんの方々にご覧いただき、パコを偲ぶ機会になればうれしいです。
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| 2014年8月15日(金) |
| 「3つの発表会」 |
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船橋スタジオ、町田月曜日、土曜日、横浜クラス
それぞれの発表会が無事に終わりました。
ほとんど毎年開催している発表会は、新人が何人かいるとしても 長い方々はもう何年も発表会に出演しています。
それなのに 私は毎回みんなの踊りやがんばりに感動して 泣かないでごあいさつするのが大変なのです。
(実際、泣いてしまっていますが…)
この一年間にどんなことがあったか、どんなふうに生きてきたか、そんなすべてのことが踊りの中に凝縮されているように感じます。
同じ曲を何回も何年も踊っていく場合もあるのですが、その都度違うのは やはりその人が変わってきているからかな と思います。
そんなフラメンコとそんな生徒さんが、年々 時を増すごとにいとおしくなります。
そして、またすぐ次のお稽古日には元気にレッスンに集まってくれて、次の目標などについてお話しするのです。
血の繋がった家族と同様 フラメンコで繋がった家族です。
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| 2014年7月14日(月) |
| 「エルフラメンコ発表会7.13」 |
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長年ご一緒に発表会の舞台をふんできた方がお母様危篤のため不参加…
ちょっとさみしい発表会になりましたが、出演者は皆さんとてもがんばりました。
足が悪く裸足で踊ることに取り組んできた方、難しいバタ・デ・コーラに再度挑戦した方、はじめてのソロ、はじめての発表会等々
間違えたりはもちろんしますが、真剣に心を込めて踊る姿はやはり胸をうちます。
ああ、発表会ねえ〜
がんばってるわねえ〜
などの感想の域ではなかったことを一番感じたのはお客様ご自身だと思います。
間違えずにうまく踊るのが目標ではなく、たとえ一曲に一ヶ所だけでも心を込めて
見事にやりとげてくれました。
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| 2014年7月7日(月) |
| 「エスペランサライブ 九州グループとともに」 |
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エスペランサのマスターのお兄様の耕一さんはギタリストで九州で独自の活動をなさっています。
踊りの倉橋先生を中心に二人のお弟子さんとともに直接ヘレスに出向いて勉強し、そのスタイルはフラメンコの根っこを大切にしていらっしゃるのだな と私には思えます。
今回 私はゲストとして一部はフィナーレのセビジャーナスのみ。
二部にアレグリアスを踊らせていただきました。
倉橋先生は、私が基礎を教えていただいたマルハ先生の一番弟子であり、マルハ先生を紹介してくださったのがギタリストの田代耕一さんです。
とにかく初心に帰り いろいろなことを考えた1日でした。
私の方向は間違っていないか?
パルマはどうあるべきか?
耕一さんがお話ししてくださったのは
「昔は生活も命懸けだったからフラメンコが必要だったんだよね。いまは世の中に緊迫感もないから切実なフラメンコを必要としなくなって、かっこよくてたのしいのがいい。僕らのはもう時代遅れなんだよね。」 私が思うに
これから日本も変わって切実な問題がたくさん出てくる。すでに社会問題となっていることをみたら予想がつきます。
そのとき それに立ち向かう力をくれるのがフラメンコだから やはり根っこは大事に踊っていきたいです。
古いと言われても大切なものはきちんと受け継いでいかなければ と思うのはフラメンコだけでなく 言葉だったり礼儀だったり人との付き合い方だったり… リハーサルの他の皆さんの踊りを見ながら本当に様々なことを考えたのでした。
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| 2014年7月3日(木) |
| 「上越その3」 |
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アウトリーチ公演として上越文化会館から呼ばれるお仕事ですが、希望が多く
学校、町内会、団体で何度か抽選にもれてしまって今回のように費用を用意して呼んでくださる団体もあります。
NPO雪のふるさと安塚の皆さんは雪深い地域を逆手にとって、昔 後楽園まで雪を運んでイベントを仕掛けたり と積極的な活動を長年続けていらっしゃる団体です。
今回も照明スタッフも入れて舞台作りをやってみたいとの要望もあり、音響 照明スタッフが早くから仕込みに入って会場作りに余念がありません。
プログラムも学校公演より増やして
CDのパコ・デ・ルシアのセビジャーナス、フェリア風に雄輔と二人で、古典舞踊とカスタネットのお話しをしてラ・ビダ・ブレベ。
生演奏に変わってガロティン、タラント。
初めての試みですが、アレグリアスをはじめは雄輔が、次に私が踊って同じ曲の男女の踊り方の違いなどのお話しをしました。
最後は二人で唄って踊るソレア。
公演あと懇親会も用意してくださって雪のイベントのお話しなどとても興味深くうかがいました。
冬になると山道の脇に小さな窪みを作ってそこにろうそくを一本立てるのだそうです。それは誰が言うでもなく できる人が一つづつ立てるらしく、何十メートルもの山道に何千本ものろうそくが灯る。
きっと素晴らしい光景ですね。
泊まったホテルの下駄をはいた雄輔が下駄でリズムをだしひと踊り
早速、ネットにのせたらスペイン人からの反響がすごかったらしいです。
「どうぞ〜良さそうなの選んでお持ちください。」
とホテルのご主人。
大喜びでいただいてきました。
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| 2014年7月2日(水) |
| 「上越追記」 |
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小学校公演の最中 控え室で準備しているときに、英夫さんが、
「こんなひどい映像があるんだよ。」
見せてくださったのは渋谷駅で連れている4〜5歳の女の子を怒ったり蹴ったりしている女性の映像です。
撮っている人も心配して警察に言うぞ。と呼び掛けていますが、泣いてすがる女の子に対する態度は冷たく暴力的で、ひどい衝撃を受けました。
子供への虐待が騒がれていますが、なぜこんなことが起こる世の中になってしまったのか…
公演でうかがう小学校の子供たちが、最初はちょっとうかがうように、そしてだんだんと心の窓を開きはじめ、近寄ってきて心がつながる。
そんな様子は本当にいとおしく、宝物だと思うのです。
大人みんなで愛情を持って、子供たちみんなを安心して育てられるような世の中になってほしいと願わずにはいられません。
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| 2014年7月1日(火) |
| 「よせなべコンサート」 |
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毎年熊本セミナーのときに必ずうかがう施設のコンサート20周年に一人でうかがってきました。
はじめから一回ごとに思い出を語りながら進めていくのがとてもいい感じでした。
障害者施設は利用者さんがいてスタッフがいてサポートしてくれる方々がいて成り立つんですね。
一番心に残ったのは、最近入所なさった若いお嬢さんが音にとても敏感で 音楽の好き嫌いもはっきりしていて 他の人の声もつらいときは叫んでその場から逃げてしまうそうです。
ですから 普段からヘッドフォンをもち そういうときはこれをつけてね。
とお話ししてあるとのこと。
コンサートで地元の方々にも協力いただきながらフラメンコの時間は30分あまり。
「ほら、こんなに楽しそうな笑顔でずっとすわってみてましたよ〜!
私たちも驚いたし嬉しかったです〜!」
打ち上げでスタッフの方がわざわざ写真をみせてくださいました。
今年も恒例の熊本コンサート&セミナーは9月。
そのときまた会えます。
今度は生演奏のギターや唄にどんな反応をするのかしら?
ドキドキです〜!
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| 2014年6月30日(月) |
| 「上越2日目」 |
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8:30にホテルを出発
10:30に本番
アウトリーチ公演は文化会館の担当者の方がスタッフ1名とともにコンパネ4枚と音響機材を持って同行してくれます。
広い体育館にいす、マイク、コンパネをセットし簡単なサウンドチェックとリハーサルを済ませて控え室で準備。
2日目の稲田小学校は約400名プラスご父兄や地域の方々に床に座って見ていただきます。
体育館の場合 舞台でやったこともありますが、子供たちとの距離や床を打つ振動を直に伝えたいなど 何回もの試行錯誤の末 最近はこの形にしています。
最初はきれいに並んでいますが、一緒に踊ってみよう!と簡単な振りをやったり足のバタバタをやったあとにもっと近くに座っていいよ〜
というとぐっと近づき みんなの目付きも集中してきます。
ギターでいろんな曲を弾いてもらってイントロ曲当てクイズになったり、聞きたいことある?というと
「好きな人は?」なんて
いきなり…
「大好きな人いるけどないしょ〜!」
そんな風に心が近づいてきて生き生きと楽しんでくれている子供たちをみると幸せな気持ちに満たされます。最後にはいつも
「悲しいときやつらいときは、汗びっしょりで踊ってたなあ〜って、フラメンコのこと思い出してね!」
ものすごく綿密に事前の準備や打ち合わせをしてくれる担当者の方が
一期一会と言いますが上越市に何十校もあって一年に一度2校だけ…
そして いつもまた来てね。と言ってくれる…
せつないような 出逢えてよかったような複雑な気分で学校をあとにします。
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| 2014年6月28日(土) |
| 「上越報告」 |
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2008年から、あわせて5回目になる上越アウトリーチ公演。文化会館から派遣されるライブです。
初日6/25はまず豊原小学校230名
今年はちょうど日本に帰国中の雄輔に同行してもらいました。
演目の途中に曲の紹介や、カスタネットや靴のお話しを交えながら進めます。
「先生の子供がみんなと同じ小学生だったときのお話しするね。
長男はサッカーが大好きでチームに入ってがんばっていたの。
12才のとき、突然
「サッカーやりに外国に行ってみたい」と言い出し、スペインに連れて行って置いてきたの。それからスペインが大好きになってサッカーは趣味にとどまったけどそのうちフラメンコをはじめてたくさん勉強してプロの踊り手になりました…
その息子の雄輔です!」 雄輔は子供が大好きだし、子供たちも雄輔にとても興味があって話しかけてきたりしていました。
メンバーが3名と決まっているので唄い手を連れていけないのが残念で、雄輔と交代で唄ったり踊ったりしましたが 今回なりの意義も深いものに成りました。
2つ目の公演は春日野町内会。会長さんがスペインが好きで是非とも町内会の皆さんにもフラメンコを見せたいとのご希望です。
夜本番のため少し時間があるので二人でできることを考えました。
ソレア
唄振り〜足…ますみ
タパ…音を変えてもらって足〜ブレリアの唄を私が唄い雄輔が踊る
再び音を変えてもらって
唄振り…雄輔が唄い私が踊る
二人で追い上げて最後の唄は雄輔が
Ire ire ire
con mi madre
ire ire
(お母さんと行くよ〜という意味)
こんな唄があるなんて知らなかったけど やっぱり嬉しかったです。
町内会の皆さんはとても盛り上がって手拍子やうお〜!(オレ〜!ではないのが面白いですが自然にでる感嘆の声なんですね)
のかけ声やらたくさんしてくださり楽しいライブになりました。
上越2日目につづく
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| 2014年6月26日(木) |
| 「ライブ報告」 |
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本番続きのためコメントを作っている余裕がありません。 伝えたいことはたくさんあるのに…
そこで、プログラムや当日どうだったかは、「百聞は一見にしかず」ということでさておき 私の感じたこと、思ったことを中心に書き綴ろうと思います。
6/1「スペイン人アーティストとともに」
スペイン人だからの違いがはたしてあったのだろうか?(これは自分も含めて出演者全員についてです。)
ただの自己満足のためにスペイン人を頼むのもありか?
お金で物を買う感覚でいくと高いと品質もよいはずなのですが、そうとも限りません。こちらのレベルにどうしても引っ張られますから、こちらの実力如何によりカンテとギターの出来も変わってきます。
三位一体のフラメンコですから当然と言えば当然ですが…
6/16「山梨ベルクコンサート」
今回はじめて地元の踊り手に参加していただき、お客様もたくさんいらしてくださり大盛況でとても嬉しかったです。
ライブの内容とは関係ないですが、やはりお客様がいっぱいだとテンションもあがります。
地元の方とは言え、いつもの仲間のクアドロに一人入っていただくのは精神的に大変きついと思います。
でも、初対面でも一緒にできるのがフラメンコの素晴らしいところ。
ましてやみんな両手を開いて受けとめてくれるメンバーです。
最後に本当に初対面の三人のお嬢さんたちと踊れたセビジャーナスが最高でした。
6/21「エスペランサ」
いま、多分人生の大変なところにいるのでは?
と思われる三人の生徒さんと、ぜひ共演してほしいプロの若手とのライブでした。
こんなとき趣味を楽しんでいる場合ではない。と思うときがあるでしょうけれどフラメンコはそんな時こそ!
のものなんです。
なんだそれは?
どういうこと?
とたずねたい方はどうぞ一度一生懸命フラメンコ踊っている舞台を見てやってください。
プロアマ問いません。
一生懸命なら誰でもフラメンコの意味を感じられると思います。
それが感じられた誠実なライブでした。
6/22「横浜チャリティーライブ」
大震災あと毎年続けてくれているライブに今年も混ぜてもらいました。
最後に当時のことを泣きながらお話ししてくれた仙台の踊り手とともに涙し、そこへ 反原発のお話しを、思いあまってしてくれた別の踊り手…
みんな違う考えだけど それでいい
みんなフラメンコで何かしたいと思ってる。
そんな素晴らしい機会を作ってくれて感謝です。
そして、上越アウトリーチ公演につづく…
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| 2014年6月5日(木) |
| 「マジョールライブ6.1」 |
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スペイン人アーティストとともに、をコンセプトに企画したライブは、一部オープニングに私と舞踊団でガロティンを踊っただけで
パルマも雄輔と麻衣にまかせ、最後のブレリアも舞踊団メンバーだけでしめて退場、という形をとりました。
それこそ柱の陰から
心配で見守っていた私ですが、みんなしっかりとそれぞれの踊りを踊ったと思います。
休憩をはさんで二部は親子三代ファミリア・ラマスのステージです。
はじめにティエントを踊った麻衣はいつもの冷静さでキレもよく、後半のタンゴもそつなくこなしました。
母はマラゲーニャとカラコレスを続けてカンテ・ソロで
特にカラコレスは足でリズムを刻みながら自由にのびやかに唄う母の18番ですね。
続いて雄輔のソレア
立ち上がったときから緊張感をまとい、ゆっくりとふみだす一歩一歩に一瞬のうちに根がはえる存在感
そして最後は私のアレグリアス
以下はお客様からのご感想を引用します。
→臨機応変が強かったからか、「お客様へ、踊ります」というよりも、その場その場でコンパスと遊んで喜んで踊っている。のが伝わってきました。こちらも、見ている側、というより一緒に踊っている感じがしました。フラメンコらしくてすごく幸せだと思います。先生らしくとても柔らかで華やかで、魂で喜んで踊っているんだなぁ、とすごく思いました。
今年親子四人が揃っての舞台はこの日だけですが、なぜか四人揃うと不調なことが多い三代目の二人です。家族だから甘えているのでしょうか…
ここからは母としての主観ですが、二人ともできばえはいまいち、体調も何もかも忘れさせるような一瞬がなかったなあ と残念。
今度は娘として
母はやっぱりすごい。
リハーサルで控えていた高い音を本番ではしっかりだしてくるのです。ビール飲んでしっかり休んだら翌日は衣装の仕事もきっちりやっているもうすぐ81歳です。
そして一番わからない自分の出来は、贔屓目もあるお客様の感想でしたが、スペイン人のコンパスと唄にのって踊れる喜びが最高でした。
唄がそうくるか、それならこんな感じ
ギターがそう感じるならば私はこう踊りたい
もちろん全然完璧にはすくえないですが
「ともにある」感触はあって幸せでした。
フラメンコは本当に奥が深いです。
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| 2014年5月30日(金) |
| 「記念公演」 |
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昨年から今年にかけて日本とスペイン国交400周年を記念したイベントがたくさんありました。
その一つでフラメンコ協会と現代舞踊協会の初のコラボレーションとして実現したのが「バラと桜の祝祭」です。
ご覧いただけた方 それぞれのご意見があると思いますが、ここでは出演した私の個人的感想を書きたいと思います。
合同公演という舞台は、例えて言えばツアーで各地の見所をいっぺんに見てまわるのに似て たくさんの踊り手を一つの舞台にて見ることができます。
が…
すでにごひいきの踊り手がいる場合にはちょっとしか踊らなかった、という不満が残るか
やっぱり一番素敵!とあらためて満足するか のどちらかでしょう。今回の4公演は実にたくさんの方々が出演されました。
私は運営委員をしていたので 現代舞踊協会の役員の先生や事務局の方々、フラメンコ界の名だたる先生方と関わる機会が多く それはもうたくさんのいい経験をさせていただきました。
舞踊団と踊った古典舞踊についてもたくさんのだめだしを諸先輩からいただいて 普段あまりない機会をありがたく頂戴しました。
それは やっぱり だめだしはきついですよ…
でも 一つは
「それはできません…」
と言うのが悔しかったのと
もう一つは
まだ、だめだししてくださる先輩がこんなにいて幸せ
という気持ちでした。
親友が
「出る杭は打たれて、強くなる。」
と励まして会うたびに背中をさすってくれたのがありがたかったです。
かくして記念公演は無事幕をおろし、
「毎年こういうのやったらいいのに…」
と、うれしいご意見をお客様からいただいて、とりあえず苦笑い…の私でした。 ほとんどがバリバリ活躍しているその道のプロたちが、出演料もなく、多くのチケットノルマを持って参加するこのような記念公演には それなりの意味と出演者の思い入れがあるものです。
初心にかえり、
スペインとの400年という大きな歴史の流れの中にいて いまも、そしてあと何年か何十年か 死ぬまで取り組むであろうフラメンコに出会えてよかった、と思うのでした。
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| 2014年5月14日(水) |
| 「立川フラメンコ」 |
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昨年はじめて参加しました立川フラメンコ。
前回はやぐらの上のライブにも出演しましたが、今回は生徒の皆さんと同様に参加費無料のストリートセビジャーナスのみ参加です。
前々日の水俣のライブが27℃の炎天下〜羽田空港についたら17℃…
そして この立川の日は小雨降る肌寒い日でした。
気温の差がはげしくつらい時期ですね。
中心になってご尽力されているのは、地元立川出身の堀江朋子さんです。
500人からの方々の仕切りから同時に開催している数々のイベントやライブ さぞかし大変なことと思いますがいつも笑顔でいらっしゃるのには頭がさがります。
お話しによると、今年はじめて市民講座としてこのイベントを目標にセビジャーナスを教えたそうです。
私たちはその方々と同じ控え室でしたが直前までセビジャーナスの振りを確認しあっている光景が微笑ましかったです。
今年 マジョールからの参加は私を含め8人の予定が、前日体調をくずされた方もいて7人に
でも そのご本人も他の応援団も来てくださってカメラマンになったり 結局ご一緒に踊ったり 楽しいひとときでした。
来年はもっといろんな方々をお誘いしたいと思います。
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| 2014年5月10日(土) |
| 「フェリア・デ・ミナマタ追記」 |
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水俣福田農場スペイン村は、もともと月に何回かのペースでフラメンコショーをやっていました。
その一つのグループのリーダーの方は 今までCDのみで踊っていらしたのを今回を機に生演奏のギターと唄で踊られました。
ギタリストや唄い手の方が身近にいらっしゃらない地方の踊り手は、致し方なくCDの曲にあわせて振り付けをし、本番もその同じCD曲にあわせて踊ります。
でも本来生演奏で三位一体となって一曲を構成するフラメンコならではの醍醐味を知らなくてはもったいないですから是非ともこれからも取り組んでいただきたいと思います。
フラメンコの扉を開けたら 生半可なことでは済まされませんが、大変な苦労の分大きな喜びもあります。唄とギターとともにある踊り、感情のやりとり、パワーの投げ合い…
言葉では表せないものを心と身体で感じて欲しいと思います。
ご一緒にそれを見つけていくことも私にとってうれしいことです。
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| 2014年5月7日(水) |
| 「フェリア・デ・ミナマタ」 |
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水俣スペイン村は、水俣病の悪いイメージを払拭するため山を切り開き果樹園にした福田農場のご家族が作り上げてきたものです。
先代の社長さんが熊本スペイン協会に入っていらした関係でご縁が生まれました。
スペイン館…手作りのジュース ジャム ドレッシングなど加工品売店
バレンシア館…農場風レストラン
セビリア館…地ビールと多国籍料理
など 全体が石畳でスペインの雰囲気満載です。
そのレストランの一つでライブをやりました。
初めてお仕事をする場所はいろんな意味でとても緊張しますが、毎年の阿蘇のセミナー関係の皆さんもあちこちから駆けつけてくださり、会場設営、受付までお手伝いしてくださり、とてもありがたく励まされて無事ライブを終えました。
翌日はセミナーだけの予定でしたが、前日のライブをご覧いただけなかったお客様のために短めではありましたがショーもやりました。
ただ、この日はもともと屋外ステージでの設定でしたのでお日様カンカンの下での本番です。
舞台装置は後ろに広がる空と海。
3曲踊った私はまんべんなく、ほとんど座っていた他のメンバーは右半身のみが、それぞれこんがり日焼けしました。
不思議なことに、アレグリアスを踊っている間中 私の腕に一匹のてんとう虫がずっと留まっていました。
ちゃんと一棟 お仏壇のある小さなお家にご焼香させていただきながら、
「あのてんとう虫は先代の社長さんだったかもねえ…」などとお噂をして帰ってきました。
私は一度もお会いしたことはありませんでしたが、スペインを愛する方々が築いてきた場所と巡り合わせを感じた水俣でした。
素晴らしい景色と美味しい食べ物、福田農場スペイン村にぜひ一度おでかけくださいませ。
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| 2014年4月29日(火) |
| 「おしかけライブの一日」 |
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毎年恒例でそろそろ10年くらいになりますか、町田の共働学舎にうかがう一日を追ってみます。
10:00 ますみ鶴川駅にてひろっていただく。
※恩人のお墓がとても近くにあり、このライブの前にお墓参りも恒例になりました。
11:00
舞踊団 ギタリストほか出演者 鶴川駅集合
いつもバスでお迎えに来てくださいます。
現地で合流あと すぐリハーサル
1:30本番
今年のプログラムは、
アストゥリアス
セビジャーナス
ガロティン
ティエント
ソレアポルブレリア
アレグリアス
ソレア
今年も初参加の方三人をまじえて総勢25人がズラリとコの字形に座り クアドロ形式でライブを進めていきます。
ご覧いただく方々はこの施設の方 そのご家族 近隣の方などで 最後はみんなで入り乱れて ルンバの手拍子や歌 踊りなど大盛り上がり。
1人づつ花束をいただいて とてもうれしいです。
終了後 懇親会
衣装のままで皆さんと話したり 写真を撮ったり楽しいひとときです。
3:30
希望者は裏山のタケノコ掘りにご招待してくださる。 今年は豊作で タケノコの発見と掘り出し作業(鍬やスコップで結構大変なのです!)が追いつかず…
たくさんのタケノコとおまけにこちらで収穫の長ネギまでお土産にいただいて
帰ってきました。
車イスの方が立ち上がってお花をわたそうとしてくれたり、ほかのやはり重度の障害の方からいただいたお手紙には
「私の子供の時の夢のひとつが踊り子でした。
歩けないのに…と思って、ずっと忘れていました。
けれど、足がだめなら手で
手がだめでも
心で自分なりに…
踊って楽しめばいいんですものね!
今日はフラメンコ、楽しく踊れました、手と心で…。どうもありがとうございました!
また来てくださいね!」
こんなやりとりをさせていただくために、私は毎年 自分のためにおしかけているんだな…と思います。
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| 2014年4月20日(日) |
| 「巡り合わせ」 |
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マジョール関係にはよく巡り合わせというものがあるように思います。
たまたま振替でレッスンにいらした生徒さんは、古い大切なお友達が亡くなって落ち着かないのでお稽古したかった とのこと。
その日はまた やはり
たまたま他の生徒さんは全員急にお休みになって その生徒さん1人だけになって、お話しを聞いたり 個人レッスンしたり 背中を撫でてさしあげたり ゆっくりとした時間を過ごすことができました。
その方は今年81才になられますが、もう年だから発表会は出ない と言ってらしたところでしたが、亡くなられたお友達が昨年の発表会を見て
「なにこわい顔してんの〜?!」
と叱られたそうで これはやっぱり元気に踊っていきなさいよ。
とのメッセージでしょう。
ということで もう少しがんばってみようかしら
とおっしゃっていました。
巡り合わせは偶然ではなく必然。
亡くなった方は縁を残す
物事にはすべて意味がある
そんな思いをまた感じた日でした。
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| 2014年4月14日(月) |
| 「あたりまえ」の素晴らしさ |
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こんな素晴らしいことをみんなはなぜ喜ばないのでしょう
あたりまえであるということを
お父さんがいる
お母さんがいる
手が二本あって
足が二本ある
行きたいところへ自分でいける
音が聞こえて
声がでる
こんな幸せあるでしょうか
しかし誰もこれを喜ばない
あたりまえだと笑っている
ご飯が食べられる
夜になると眠れる
そして朝がくる
空気が胸いっぱい吸える
笑える
泣ける
叫ぶことができる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんな素晴らしいことをみんなは喜ばない
そのありがたさを知っているのはそれをなくした人たちだけ
なぜでしょう
あたりまえ
叔父のお通夜にいってきました。
そのときいただいたプリントの詩です。
「ますみちゃん、活躍してんなあ。うれしいよ!」 と言ってくれた元気な姿がつい最近でしたので やはりさみしいです。
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| 2014年4月11日(金) |
| 「ベルパライソライブ」 |
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浦和のスペインレストランでのライブも3回めになりました。
テーブルを寄せて 場所を確保しただけのステージ設定ですから、一番前の方は足を踏みそうになったり、テーブルの上のグラスをスカートで落としそうになったりします。
もともとの木の床で踊るので直に足のリズムが伝わるらしく とても喜ばれました。
いつもお店のお客様中心ですが、今回はじめてさいたまスーパーアリーナの生徒さんたちにお声をかけてみました。
あまりの近さにびっくり!
でも最近いろんなことが重なり ちょっと元気がなかったみんなのお顔に笑顔が戻りました。
よかったあ〜!
つらいときこそフラメンコなんですよね!
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| 2014年3月16日(日) |
| 「仙台ライブ3.12」 |
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順序は逆ですが、このライブの収益によって3.11の福島公演が実現しました。
地元で活躍していらっしゃる踊り手の方々と今回初参加の郡山の方 私を含めて7人がそれぞれの1曲を踊りました。
1、アレグリアス…まかなさん
2、シギリージャ…かおるさん
3、グアヒラ…いずみさん(郡山から)
4、タラント…モレーナさん
5、アレグリアス…しずさん
6、ティエント…まゆみさん
7、ソレア…ますみ
最後はセビジャーナスのあと ブレリアになって みんなで手を繋いで踊りましたが 3拍子で足を上げるだけの振りなのに とても楽しくて印象に残りました。
年に一度だけ会って一緒にライブをやるってワクワク ドキドキするんですね。
お客様も満足してくださり あたたかなライブになりました。
福島〜仙台と連日の舞台 たくさんのうれしいご感想とご協力くださった方々の思いとがいっぱいで
私を支えてくれました。
ありがとうございました。
また 来年も何か巡り合わせがあるのでしょうね。
もう今から楽しみです!
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| 2014年3月12日(水) |
| 「福島報告」 |
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フラメンコで贈る福島へのメッセージと題して企画しました公演は、おかげさまで221名のお客様がいらしてくださり 無事終了しました。
有料でいいから また来てください。とのお声も多く 嬉しかったです。
プログラムは
1、グアヒラ…バラ色の裾の少し長いコリンで扇とマントンを持って踊りました。
2、タラント…炭坑の街の悲哀を唄った曲とご紹介したあと、白黒水玉の衣装にスペインの刺繍をほどこしたシージョをかけて
3、ガロティン…お客様にも手拍子をしていただいて真っ赤なワンピースとボレロを羽織って、グレーのソンブレロをかぶりました。4、セビジャーナス…パコ・デ・ルシアの追悼の意味を込めて
5、ラ・ビダ・ブレベ…
カスタネットのご紹介もかねて古典舞踊から一曲
以上2曲は演奏の方々に一息していただくためにCDで踊りました。衣装は濃いエメラルドに黒とシルバーのレースボレロ
6、アレグリアス…喜びの曲を白地に大きな花柄で
7、ソレア…深い悲しみや孤独を表す唄ですが、後半はそれに負けまいと力強くなります。黒に細かい日本刺繍のあるボディで楊貴妃という名をつけた衣装です。
最後はCDでボラーレ
英夫さん、ミッキーさん、島原さんもリズムをとりながら踊ってくれました。
終始あたたかいご声援や手拍子に助けられ、7曲を踊りきることができました。
気をゆるめず 今日の仙台もがんばります!!
ご協力くださった多くの皆様、ありがとうございました!!
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| 2014年2月28日(金) |
| 「パコが残してくれたもの」 |
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スーパーギタリスト
パコ・デ・ルシアが急逝。
フラメンコを世界に広めた方です。
パコがいたからフラメンコをはじめた。
という方が世界中に一体どのくらいいらっしゃるか…
訃報を受けてお悔やみにパコの曲をクラスで踊ります。
アルモライマは代表曲ですが、セビジャーナスが凄いんです。
それで、セビジャーナスならば初級クラスでも踊れますので みんなで踊るといろんなものが見えてきました。
セビジャーナスの振りはみんな知ってるだけに 基礎が浮き彫りにされてくるんです。
そう、パコは亡くなっても凄いものを残してくれたのです。
セビジャーナスで もう一度基礎を見直すことです。
パコを偲んで 発表会でも作品を作りたいと思います。
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| 2014年2月19日(水) |
| 「復興支援って…」 |
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新聞に いくつかの新聞社の記者が協力して「震災からの三年」という連載を始めるとの記事がありました。
一回目は、原発近くのご自宅から会津若松に避難してきて仮設住宅に住んでる方々を中心に取材してきた記者の書いたもの。
「家に帰りたいですか?」という質問はしないようにしている。
「帰りたくても帰れないだろうが!」
という答えが…
3・11に福島で踊ることにはしましたが、実家は南相馬だから 遠くていけない。などのお話しを聞くとめげそうになります。 一人でも二人でも来てくれる方がいればがんばって 楽しんでもらえるような舞台にしたいと思いますが
「怠けると心が痛い。
がんばると自分の無力がよくわかる。」
まったくその通りです。
震災からもうすぐ三年の月日が経とうとしています。
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| 2014年2月1日(土) |
| 「残してくれたもの」 |
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昨年末から、お別れの式にうかがうことが三回ありました。
人は亡くなるとき 必ず何かを残してくれます。
だから、ただ悲しむのではなく、その残してくれたものや意味を考えることで何かを得ます。
お坊様が読経のあと、お話ししてくださったのは、
「人にはそれぞれ寿命というものがあります。
生まれてすぐ亡くなる方も、長生きする方もそれぞれの寿命なんですね。」
そのことがずっと頭にあって、それならば
心の寿命と体の寿命とがあるんだなあ。
と考えいたりました。
人生 何事にもちゃんと意味がある。
それと繋がっていることにも気がつきました。
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| 2014年1月23日(木) |
| 弔辞 |
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かなちゃん
お疲れさま
よくがんばったね
アリーナクラスのみんなも一緒にお稽古して楽しかった
ありがとうって
メッセージをあずかってきました
あのとき
もっとお話し聞いてあげればよかった
もっと話してあげればよかった
ギュって抱きしめてあげたかな?
そんなふうに考えていると どこからか
「ますみ先生、大丈夫だよ〜」
ってにっこり笑って
かなちゃんが言ってるような気がします
だから
もう悔やむのはやめます
天国でやすらかに過ごしてください
あなたと巡りあえて
本当によかった
ありがとう
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| 2014年1月22日(水) |
| 「訃報」 |
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久しぶりのコメントなのにちょっと心苦しいのですが、是非 皆さんにお伝えしたくて あえてお話しします。
「妹が亡くなって…」と夜遅くにお電話がきました。
すぐには受けとめられなかったです。
だって、つい最近まで一緒に踊ってたんです。
享年31歳。
17歳の頃からスタジオに来ていました。
元気で優しくて
でも「少し不安定なところがあるんです。寒くなると家から出ていけなくなっちゃうの。」
と自分でも話してくれて。
みずから命を断った彼女に最後に会ったのは、昨年暮れの納め会で レッスンのあとみんなでお食事をした時です。
とても元気そうで 今の季節でも出てこられて楽しそうにお稽古もしているし、ああ 乗り越えたんだなあ〜、よかった。
と思っていたんです。
私が油断したから…
もっと話してあげればよかった…
最後にギュってしてあげたっけ?
こんなに離れた他人の私でさえ 悔いがたくさん残るのですから、ご家族はいかばかりか…
昨年 大好きだった祖母とスペインの下宿のおばさんを亡くして、でも天国にいて 見守ってくれている。そんな捉え方ができたのだから、今度も何かしら考え方があるはず…
そうしたら 見つかったのが、ずっと苦しかった彼女はやっと安らかな気持ちになれたのかもしれない。
でも みずから命を断つことは良いことではない。
だって きっとまだまだたくさんあったはずの人生の幸せや喜びや感動がもう味わえないのよ。
彼女は喜びと同じくらいある苦しみよりも平安を選んだんですね。
友達が描いたスタジオの壁の絵や、はりつけたコルクは彼女も一緒に作りました。
また、私たちを見守ってくれる人が増えました。
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| 2014年1月13日(月) |
| お正月はいかがお過ごしでしたか? |
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私は孫たちに囲まれて、祖母がいない寂しさもどこへやら、にぎやかな年末年始でした。
マジョール新年会もゲーム大会などとても楽しく、じゃんけんを参加者全員相手に三回もやりましたがすべて私の勝ちということで
優勝者個人レッスン無料は該当者なし、と残念な結果に終わりました。
先生、休めってことでは?
とのご意見を多くいただきありがたく終了いたしました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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