| <<前のページ | 次のページ>> |
| 2011年12月28日(水) |
| 「新幹線」 |
|
今年はずいぶん新幹線に乗りました。
「ばあば〜
新幹線でお仕事行くの〜?」
などと孫にうらやましがられ毎月の郡山と福島のレッスンや
気仙沼。
石巻への復興支援ライブや喜多方へのホーム訪問。
そして、只今
たぶん今年最後に乗る東海道新幹線。
来年の下見に岡山まで。
節電と叫ばれている中、福島に向かうときは
新幹線ってすごく電気使うんだろうなあ?
でも新幹線なかったら郡山も福島もこんなに簡単に行けず、新幹線があるからみんなを喜ばしにレッスンに行けるのだもの…
と。
そして今日は年末ということもあってたくさんの帰省する子ども連れが乗っていて、家族の愛情の架け橋にもなっている新幹線なのでした。
|
|
|
|
| 2011年12月28日(水) |
| 「クリスマスを終えて」 |
|
13回目のクリスマスディナーショー。
今年のウェルカムは港町カディスに伝わるお話しが唄になっているものをご紹介したくて、思いきって自分で唄ってしまいました。
どんなお話しか、どんなふうに楽しいか、自分自身でしか伝えられないものはありますね。
唄は下手ですが心意気だけで聞いていただいたという感じです。
娘の麻衣はずいぶん前に
「バタ デ コーラ
(裾の長い独特な衣装)
でアレグリアス踊ろうかな…」
めったに自分から希望を言わない娘なので 嬉しかったですね。
ダイナミックなアレグリアスを見事に踊ってくれました。
タラントはいつもと違う雰囲気で踊りたいと思っていましたが、母が衣装のデザインを「縛られたプリンセス」と題したことから イメージがより具体的になりました。
お客様から
「ロミオとジュリエットのようだった。」
とのご感想をいただき ほぼイメージ通りお伝えできたのかと安堵しています。
母にはマラゲーニャという深い唄と、前回好評だったセ メ バ。
年は重ねているのに去年よりも声が出ていました。
まったく不思議です。
ソレア。
フラメンコの母。
深い唄。
手ごわい。
ああ〜
足が最後まで動くかな…
前回いらして また来年ね。とおっしゃって
3月に急に亡くなったお客様のこと
生前は必ず一番前の席で見てくださっていた恩人
どこかから見ていらっしゃるのかしら…
うまくいかなかったらどうしよう…
何百回となくちゃんと踊ってきたじゃない…
落ち着いて一歩一歩大切に…
着替えてスタンバイしたときから舞台に上がって踊りだしてもずっと
も〜っとたくさんのことを考えてしまう。
だめだめ
もっと集中しなくちゃ…
結局 やっと集中できたのはもう引っ込むあたりでした。
フィナーレは親子三代でそれぞれの色柄の着物地の衣装を着ました。
ブレリアのあともアンコールをいただいて
セビジャーナス
お客様の笑顔がキラキラとして、こちらから見ても華やかできれいでした。
喜んでいただけたのだなあ と手応えを感じる瞬間。
ほっとしました。
心残りはいっぱいありますが、来年も楽しみにしています。
のお言葉に励まされて、もう次回はウェルカム こんなのがいいなあ…
もう来年の夢も広がります。
大人だけのクリスマス…
謎めいた雰囲気で…
しっとりとした演出で…
一年も先のことなのに…
ほとんど病気ですね〜。
|
|
|
|
| 2011年12月23日(金) |
| 「きゅうり」 |
|
私は料理が好きです。
美味しい!
と言ってくれる顔を見るのが好きなのかも…
あと 野菜を切ることが好き。
きゅうりのからし漬けが大好き、という生徒さんがいて作ってあげました。
(斜めに切ってタッパに、塩 砂糖 粉からしを入れて蓋をしてふって混ぜます。)
きゅうりを切るとき太い方を2〜3センチ切ってまわりの皮を少しむく習慣があります。
苦味のある部分をとるためですが、ふとそれは育ててくれた祖母のやり方だったことを思い出しました。
祖母はその上切り口をすりあわせると苦味が出てくることを教えてくれて、幼い私はいつもそれを面白がって手伝ったものです。
そんな光景をきゅうりを切りながら鮮やかに思いだし、いつも自転車の後ろに乗せてつれ歩いてくれた祖父とともに愛情豊かな人たちだったなあ…といまさらながら思いました。
毎日夕方になると、祖母と手をつなぎ、祖父を途中まで迎えに出た道、遠くからニコニコしながら帰ってくる口ひげのおじいちゃん…
きゅうりを切りながら思いだした昔のことでした。
|
|
|
|
| 2011年12月10日(土) |
| 「フラメンコの曲種の由縁」 「フラメンコの約束事」 |
|
※ フラメンコについての2つの文章は、ある出版社からの依頼について参考までに作ったものです。
「フラメンコの曲種の由縁」
いきなりフラメンコの曲を聞いたとしましょう。
それが何の曲かを聞き分ける手立ては?と考えてみます。
まず 一番に感じるのは、暗いか明るいか。
そして 何拍子かですね。
魂の叫びとして歌からはじまったフラメンコは歌い継がれてきたものに踊りがのり、ギターが伴奏するようになってコンパスや音階が確立されてきました。
コンパスとはフラメンコ独自のリズム、曲種によって決められたリズムパターンです。
このコンパスと音階とがそれぞれの曲種の由縁です。
歌、踊り、ギターが三位一体となるための共通の約束事とも言えます。
原点である歌を重視しながら 歌と歌の合間にそのコンパスと音階に乗っ取ったギターのメロディを入れたり、踊りの振り付けをしていくのです。
歌詞によって区別されているものもありますが、フラメンコと言う大きな一本の木が枝分かれしていると考えて、まずは太い枝から聞き分けてみてください。
「フラメンコの約束事」
フラメンコを歌う、踊る、奏でる上で大切な約束事があります。
それぞれが自由に長さを変えたり、即興的なことができるための土台になっているものです。
一つの例を上げてご説明しましょう。
マルティネーテは鍛冶屋が鉄をうちながら歌い継がれてきた曲です。
「もうずいぶん長いこと顔も見ていない母親に、手紙を書こうにもペンもインクもない。」
これがアンダルシア訛りのスペイン語で歌われる訳ですが、歌い手は自由に語尾を伸ばしたり 言葉の間に
「ア〜イ〜」
などの感嘆詞を入れたりします。
また踊りは歌を聞いて踊りますので、当然歌の流れに沿う臨機応変さが必要とされます。
一方 ギターはコンパスの番人のような役柄で、どんなに歌が伸びても根底のコンパスを守り続けます。
歌っているときは歌い手がリーダー、メロディのときはギタリストがリーダー、でも全体の構成を決めるのは踊り手。
知れば知るほど難しいことがでてくるフラメンコですが、それらはすべて各々の感情表現をするための大切な手段です。
そして感情表現が苦手な私たち日本人の心をも 深く開いてさらけださせるような気がします。
|
|
|
|
| 2011年12月9日(金) |
| 「福島2日間」 |
|
ただ福島と言っても地域はさまざまで結構広いのです。
東京から新幹線でまっすぐに行ける郡山で2時間のレッスンをし、そのひと駅先の福島でまた2時間のレッスンをして、一旦郡山まで戻り磐越西線に乗り換えて喜多方まで。
最終電車で着くと駅が暗くて とても心細くなるのですが、ちゃんとタクシーは待っていました。
旅館に入って 翌日は叔母のお世話になっているホームで踊らせてもらいました。
郡山や福島の生徒さんたちとは今年の稽古納めで、いろいろな出来事の多い今年が暮れて、新しい年が良い年になりますように。
喜多方の旅館は津波の被災者を受け入れていた時期もあって、あたたかな雰囲気のご主人と女将さんです。
叔母のホームはスタッフの方々もあわせて30人ほどの方々にフラメンコのお話しをしたり踊ったり、はじめから手をたたいてくださる方もいたり とても楽しんでいただけて嬉しかったです。
今年私が福島に頻繁に行くのはそれなりの意味があるのでしょう。
今 世界で一番有名な地名
FUKUSHIMA
です。
|
|
|
|
| 2011年12月5日(月) |
| 「石巻復興支援ライブ」 |
|
ある日突然に まったく知らない年配のご婦人から電話がありました。
石巻のものですが、復興についての会議で踊っていただけませんか?
といった内容でした。
さまざまなご事情をうかがって是非ともお役に立ちたいと思い、日帰りで行って来ました。
東京から若手ギタリストに同行願って、踊り手は仙台の先生からお弟子さんを二人紹介していただきました。
唄い手はみつからず私は唄って踊ることに…
仙台まで車でのお迎えがあって海沿いの被害の大きかったあたりもまわっていただきましたが、未だに津波によって住めなくなってしまった家が並んでいて哀れです。
時間的にきびしい予定を組んだのでほとんど初対面の私たち4名でしたが、若手の二人の曲を一回づつと ほんのすこしギター合わせをしたのみで本番を迎えました。
30名あまりの復興の中心的存在である方々は フラメンコは初めてという方ばかりでしたのに、会場全体が喜びに満ちていました。
手をたたき、感嘆の声をあげて見てくださる様子は
「求めていたものが来た!」という感じがして客席からのパワーが凄かったです。
ライブ後 すぐに出発しなければならなかった私たちを見送ってくれたのは、
みなさんの大きく響く、力強い、お腹の底からの
「オレーッ!」
の声でした。
まだまだ解決していないたくさんの問題もある中、
「力と情熱をいただきましたよ!」
とあとからお電話をくださって、フラメンコの真の姿をお伝えできたことが何より嬉しかったです。
贅沢な暮らしに溺れて忘れてしまっていた 本当は誰もが持っているであろう「底力」をフラメンコは甦らせてくれるのだと感じました。
|
|
|
|
| 2011年12月4日(日) |
| 「熊本5日間」その4 「小国ライブ」 |
|
「役場んまえさいた」
とかわいい名前のレストランがあります。
町役場のまえにあるんです。
古くてとても趣のある建物で、その建物に負けないくらい素敵なご家族が経営していらっしゃいます。
ここ何年か小国ライブはそのレストランの一階にコンパネ6枚ほど敷いて お客様も約60名様くらいぎゃうぎゅうの状態で開催しています。
このライブは地元の方々の協力で成り立っていていつも不思議な時間と空間になるんです。
今年も言葉では言い表せない本番でした。
たくさんの愛情と、たくさんの情熱とが集まって全体が熱いひとかたまりになる。
そんなライブをさせていただけて本当に幸せです。
小国のみなさん ありがとうございました!
|
|
|
|
| 2011年12月4日(日) |
| 「熊本5日間」その3 |
|
セミナーの最後にはいつも発表会があります。
2日間の成果をご披露するものですが、お客様は といえばセミナー会場である木魂館のスタッフの方や近隣の方々なのでお客様より出演者の方が多いラフな会です。
でも今年は東京組に何曲かご披露していただき、ほかの受講生の皆さんも興味深く見てくださいました。
やっぱり人前で踊ることは大切だし、素晴らしい機会です。
発表会あとセミナーの閉会式をして みんなちょっぴりさみしい気持ちで片付けをしました。
|
|
|
|
| 2011年12月4日(日) |
| 「熊本5日間」その2 |
|
2日間のセミナーの受講生は環境もキャリアもさまざまな方々です。
1、まず、実行委員としていつも大変お世話になる方々
…もともと声楽の勉強をなさっていらしたのがいつの間にかフラメンコも始めることに。
年一回の私のレッスンだけ受けてくれる「七夕受講生」
と呼んでいます。
2、初期のころから参加してくださっている何名かの方々はフラメンコのキャリアもなかなかのもの。
簡単過ぎて退屈じゃないですか?の問いに
「だって楽しいんですもの〜」
と暖かな笑顔で初心者のフォローもしてくれます。
3、東京組
今までも何回か東京から参加してくださった方々もいましたが、ツアーとして組んだのは初めてで コンサート〜打ち上げ〜小国への移動〜セミナー〜発表会〜小国ライブ〜打ち上げ〜阿蘇観光〜空路 羽田までずっとご一緒していただき
東京では受けられないレッスン内容に感激してくれました。
4、新人…まったく初めてで私も初対面の方が毎年いらっしゃるんです。
お互いにワクワクドキドキ。
来年も楽しみにしています。と言ってくれると最高です。
5、最後に地元小国の方々…七夕受講生もいるし、これをきっかけに近いところでフラメンコを習い始めた方も。さすが地元だけあって毎年美味しい差し入れをくださるんです。
(栗の渋皮煮、おはぎ、梅漬けなど)
以上の受講生の顔ぶれだけを見ても、激しいレッスンが朝からなどと誰も想像しないですよね。
その通り!
とにかく、体を動かし 笑い 美味しいものを食べて人生を楽しむ2日間でありたいと思っているのです。
一緒に踊って 温泉に入り 朝からずっと一緒にご飯を食べていたら もうすっかり仲間です。
そして、お別れがつらいですね。
それぞれの日常にもどるのですが、また来年も会えると思うとそれを楽しみにまたがんばれる。
あたたかな絆を持った仲間だと思えます。
七夕さまのように…
|
|
|
|
| 2011年12月4日(日) |
| 「熊本5日間」その1 |
|
5回の本番と2日間のセミナーを終えて。
本番 1
二岡中学校公演。
(前述のコメントあり)
本番 2
氷川学園 おしかけライブ
…今年は余裕を持ってうかがったので、給食をごちそうになる。
6回めともなると、はじめからとてもうれしそうに歓迎してくださる知的障害者の方々。
思いきって最後に悲しい曲 ソレアを踊ったら悲しそうなお顔で見ているが、最後はガッツポーズをする男の子やら 皆さんパワフルになる。
つらいけど負けないぞ〜という気持ちの踊りです。とお話しした意味をきちんと受けとめてくださってとても嬉しかった。
本番 3
宇城市のラポートというホールをいつも地元の方々がセッティングしてくださる。
ファルーカ、ガロティンを続けて秋の色柄の衣装で。
母のルンベーラはちゃんとピンマイクも用意してくださって ホール付きのスタッフもだいぶフラメンコに慣れてくれたようだ。
熊本出身の舞踊団 坂口真子ちゃんにタンゴ デ マラガを踊ってもらう。
真子ちゃんのご両親様もたくさんのお客様を連れて来てくださり会場もにぎやかだ。
ソレアをマントンを持って踊ってみる。
踊りは制約されるものの やはり好評だった。
マラゲーニャを母がじっくりと歌い上げ、最後は真子ちゃんと二人で派手なピンクの衣装のアレグリアス。
二人で踊ると楽しい。しかし…
お客様の様子がテニスの試合を見てるように顔が右左に動く。
もう二人で一緒はやめてほしい。首が疲れちゃったあ〜
連獅子のようでかっこよかった。
など やはり賛否両論。
飛行機が遅れて心配した東京組もなんとかコンサート開演に間に合って、打ち上げは美味しい焼き肉やさんで馬刺などもごちそうになりました。
19日7時出発。
いよいよセミナー会場である阿蘇の小国をめざす。
あいにくの嵐で山道は霧も濃く、景色はまったく見えない。
阿蘇の外輪をずっと走ってたどり着く小国はやはり別世界。
不便だからこそ保っている独特な雰囲気がある。
到着後すぐにセミナー開始準備。
あちこちから集まってきてくれる生徒さんとの再会が一番うれしい瞬間。
つづく
|
|
|
|
| 2011年11月19日(土) |
| 「熊本市二岡中学校スクールコンサート」 |
|
今回11年目になる熊本のセミナーでのご縁で、二岡中学校の先生がご尽力くださり実現したスクールコンサート。
思春期にさしかかる中学生はどんな反応かと不安になる。
実を言うと、どんな小さなライブでも どんなに慣れた場所でも必ず不安はつきまとう。
自信などなくて、前回はうまくいったけど、今度はだめかもしれない…
全然盛り上がらなかったらどうしよう…
いつもこんな感じ。
広い体育館にコンパネ15枚を敷く。
半円に囲んでもらうように体育座りの男女360人の中学生。
カスタネットのセビジャーナスから手拍子のお話しに進むと三年生はどんどん活発になってくる。
母の歌うルンバにはいつの間にか手拍子が始まる。
今度はみんなも踊ってみよう!
じゃ 立って!
いつものオレンジもぎと回ってオレーッのポーズ。
フラメンコのかけ声の
「オレーッ」は
いいぞ〜とか
がんばれ〜っていう意味があるの。
こっちで私とやってみたい人は来て!
と言ったらワーッと何人もの男の子たちと照れながら数人の女の子たち
体育館いっぱいに広がってた子供たちがギュッと舞台近くに集まってくる。
こうなったら盛り上がりはもう止まらない。
最後に明るい曲ばかりではなく、苦しいけどがんばるぞ〜
という曲も見てね。
ソレアを踊る。
踊り終わり いすに座ってから数秒間までし〜んと静寂。
ずっと集中してみてくれました。
閉会の言葉につまってしまった代表君に別な男の子から
オレーッのかけ声が
なんて素敵な終わり方!
|
|
|
|
| 2011年11月16日(水) |
| 「会津のみしらず柿」 |
|
毎年 喜多方のラーメン屋さんからみしらず柿が届きます。
渋抜きをしたとても美味しい柿です。
なぜラーメン屋さんからかというと、私は母の故郷である喜多方が大好きで小さな頃から自分の田舎のように思い いつも食べる馴染みのラーメン屋さんがあるのです。
今年もいつもの柿が送られてきた〜!
とうれしい気持ちいっぱいで箱を開けると…
そこには紙が一枚
「福島県が行う放射性物質の緊急時モニタリング検査の結果、会津若松市産みしらず柿から放射性物質は検出されませんでした。」
会津若松市長 室井照平
なんとも言い難い気持ちです。
安心していただくために と入れてあるその一枚の紙から、膨大な量の福島の苦悩がうかがわれます。
私は生まれてはじめて
「自分は半分福島人」
と思いました。
|
|
|
|
| 2011年11月11日(金) |
| 「デイホームぴゅあ」 |
|
ホームページを見て 是非ボランティアライブをお願いしたいと思いまして。
とメールをいただいたのが嬉しかったです。
発表会をはさんで、富山などがたて込んでいた時期 余裕がなくて下見にうかがわなかったので 音楽が小さくてお聞き苦しいことも多かったかと思いました。
反省です。
それでもみなさんから
「闘牛とフラメンコとの関係は?」
など活発な質問もあって、スペインの国技である闘牛のあらましなどお話ししました。
みなさんの座っていらっしゃる一番後ろにはベッドに横になっている方がいらして、時々上半身を起こして見てくださったのには驚き ありがたい気持ちでいっぱいです。
手拍子の練習やいつものオレンジもぎの振りを座ったままやっていただきましたが はたして楽しんでくださっているのか …
自分が空回りしているような少し不安にもなりました。
ところがお別れするときに握手を求められたり、
「ありがとうございました。」
と深々と頭をさげてくださる方々もいて 不安にかられてテンションが落ちてしまった自分の方が情けなかったです。
多分、お話しよりももっとたくさん踊った方がよかったんですね。
次回があれば 頑張っていらっしゃる生徒さんの群舞もご披露したいと思いました。
|
|
|
|
| 2011年10月25日(火) |
| 「ライトセンター」 |
|
目の不自由な方々のための講習会にいってきました。
私自身 初めての経験で視覚障害の方々にとって どんなふうにお話ししたらよいのか不安も感じながら横浜 二俣川に着いた電車から降りるとき、白い杖を持ったお二人といっしょになりました。
「ライトセンターに行くのですか?」
とたずねると
「そうです。フラメンコ踊りにいくんですよ〜!」
と元気に答えてくださいました。
「私はそのフラメンコ教えるものです!」
こちらも勢いこんで叫んでしまい、不安は見事に吹っ切れました。
瀧本さんにご同行いただき ギターや唄も聴いていただきましたが、靴音やカスタネットなども とても真剣に耳をすませてくださいました。
その上みなさん 踊る気満々でしかも足取りもちゃんとして 高い木からオレンジをもいでかごに、足は交互に出してひく。
一人に一人づつサポーターがつきますが、どなたが見えてどなたが見えない方かわからないほどでした。
「もうかごがいっぱいなんですけど〜!?」
なんて素敵なジョーク!?
見える私たちのかごは空っぽなのに、見えない方々のかごはオレンジでいっぱい!?
自分が目をつむったらふらふらしてできそうもないことを楽しそうに踊ってくださり、出した足は爪先だけ?
それとも足の裏全部ついていいの?
など積極的な質問もたくさん。
衣装はどんなか触ってみていいですか?
を皮切りにみなさんに触っていただき
これはフリルねえ
何色なの?
背が高いのねえ
靴はどうなってる?
たくさん触られてうれしいやら くすぐったいやら…
最後はやっぱり
「オレーッ!」
みなさんのおかげで 私にはまた新しい世界が開けた気がしました。
ありがとうございました。
見えることと見えないこと、なんだか不思議な勇気をもらった気がします。
私たちには見えないものを見ていらっしゃるのだなあ…と感銘を受けたひととき、とっても楽しかったです。
|
|
|
|
| 2011年10月18日(火) |
| コメント |
|
人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し急ぐべからず
不自由を常と思えば不足なし
心に望みおこらば困窮したときを思い出すべし
堪忍は無事長久の基
怒りは教えと思え
勝つことばかり考えて 知りて負けることを知らざれば
害其の方にいたる
おのれを責めて人を責むるな
物好きは末に嘆くことありと知れ
何事も過ぎたるは及ばざるに劣れり
いきなりすごく堅苦しい言葉を並べてしまいましたが、これは気仙沼の叔母の家の壁に大きな掛け軸となって さがっているものです。
徳川家康の家訓だそうです。
この言葉のように災害を乗り越えてきたのかと思います。
|
|
|
|
| 2011年10月11日(火) |
| 「気仙沼報告」 |
|
「海が見えるのよ…」
えっ、
それって普通では?
遥か遠くの海は本来なら建ち並んだ住宅で見えないはずなのに、かなりな範囲流されて見晴らしがよくなっていました。
ガソリンを盗まれ ハンドルもタイヤもない車 そんなボロ車が見つかってもまずは住むところを探さねば…
建てて3ヶ月のお家、外見はきれいですがもう住めない。
ローンだけが残っちまった…と従兄弟の友人が
4階建ての向洋高校はすべて津波にのまれ、別の学校に身を寄せている。
震災から7ヵ月たった今も手付かずのままの場所は多かったです。
叔母一家はそれぞれ違う場所にいたものの みな無事でしたが、「もっと大変な人たちの気持ちはわかりませんよ。私たちはずいぶんいい方です」
と話していました。
東京にいて被災地の方々の気持ちはわからない。
気仙沼でもそれぞれ被災したレベルの違いで気持ちは計り知れない。
私はどこかで踊らせてもらおうと考え 衣装や音響セットも持参しましたが、有名な各界アーティストのチャリティー公演も多く、私などの出る幕はなかったです。
それでは、何が出来るか というと
「今まで通りがんばって。
俺らもがんばるから。」
なまけるとこんなんじゃいけないと思うけど、一生懸命になると自分の力のなさをつくづく感じます。
「やれることを精一杯」
これに尽きるんですね。
|
 |
|
|
| 2011年10月8日(土) |
| 「富山その2」 |
|
幻かもしれない…と思ったあたたかな小学校に戻ってきました。
今度ははにかみながらもあいさつをしてくれます。
前回の感想文にカスタネットのことがたくさん書かれていたので、まずはスペイン古典舞踊をカスタネットをつけて踊りました。
静かに見てくれる。
「みんなこの間のオレンジをもいでかごに覚えてる?」
「うんうんうんうん…」
もいでかごに
もいでかごに
よーこにいって踏みかえて
タカタカタカタカ…
タンタラランタン
ウンタンタン
オレーッ!!!
バッチリ〜!
みんなしっかりと しかもいきなり元気いっぱいで踊ってくれました。
次はうれしい気持ちの曲を踊ります。 アレグリアスをご披露。
ここで、フラメンコが生まれた国スペインの言葉を覚えてみよう。
オラ! どうも〜
ケ タル? 元気?
ビエン! 元気だよ
アディオス!
さようならなど
「ケ タル?」
「ビエン!」
「ケ タル?」
「…鼻炎?」
「鼻炎?」
鼻炎! 鼻炎! 鼻炎…みんな鼻をつまんで言い合います。
まったく子どもって何するかわからなくて楽しい!
後半は帽子をかぶって体育館いっぱいに踊ってみる。
汗びっしょり!
最後は真っ赤なバラをくわえてカルメンを踊る。
納得…
「フラメンコってカルメンだけじゃなくてうれしい気持ち、悲しい気持ち、楽しい気持ちいろんな気持ちの曲があるの。」
ふう〜ん…
校長先生から何か言いたい人?
の言葉に一年生の女の子が手をあげる。
「素晴らしいフラメンコを教えてくれてありがとうございました!」
この言葉は何も予期せずに自然にでた言葉だそうで
「鳥肌たちましたねえ。」
「芸術って本当に心に響くものなんですねえ。」
と教頭先生と校長先生。
お別れに全員とぎゅっと抱きあったらなんだか涙がでてきちゃって…
一年生の小さな顔が三つ並んで
「泣いとるの…?」
「また遊びにくればいい…」
もうこちらに言葉はありません。
全員で集団下校するのをお見送りしたら
「アディオ〜ス!」 って言われちゃいました。
「ともしび」というものは一体どんなものなのか、はっきり説明できませんが
子どもたちの心の隅っこにでも灯って、それを何かのときに思い出してくれたらいい。
そして私の心にもしっかりと灯って
フラメンコでつながった心と心
それが何よりうれしい学校公演でした。
|
|
|
|
| 2011年9月23日(金) |
| 「富山」 |
|
教頭先生がたくさんの書類を書いてがんばってくださって実現した文化庁からの派遣事業、小学生向けのフラメンコ講習会、富山市上市町白萩西部小学校 全校生徒51名。
越後湯沢で新幹線から特急はくたかに乗り換えて 富山に近づくにつれて風雨が強くなり、富山で地鉄に乗り換えたときはどしゃ降りでした。
小学校に着いたときは本番15分前、特急の中でメークを済ませていったので時間通りに始められました。
まずは担当の先生が「今東京から到着したフラメンコの先生です!」
とご紹介くださり、まずはセビジャーナスをカスタネットをつけて。
手にとってみんなの赤と青のカスタネットとくらべてみる。
次はみんなも踊ってみよう!
スペインにはオレンジの木がたくさんあるのよ。
オレンジをもいで かごに
もいで かごに
もいで かごに
もやして かごに?
つぶして かごに?
やんちゃ坊主もふざけて踊ってくれました。
あわせて3曲ご披露しましたが、やっぱりいっしょに踊るのが楽しそうです。
質問は?
はいはい!
年はいくつですか?
いきなり来たか!?
53才です!
え〜え〜え〜?!
笑ったり オレーッと叫んだり 踊ったり あっという間の1時間30分でした。
終了後 校長先生から 普段あまりしゃべらない子が質問したんですよ。びっくりしました。
そんな子の心も動いたなら本当にうれしいです。
この派遣事業は2回セットで10月にもう一度行きます。
今度は何やろうかなあ…
男の先生が衣装着てみたいって言ってたなあ…
バラくわえないの?って言ってたなあ…
廊下で生徒が教頭先生〜!と駆け寄って抱きつく。
そんな光景が胸に焼きついています。
その夜 泊まった近くの温泉旅館も同じようにあたたかな雰囲気で ロビーや廊下 いたるところに女将さんの手作りの小物がたくさん、なんとも愛らしく…
また行きたくて
戻ったら跡形もない
幻の小学校と旅館…
そんなふうにも思えた時と場所でした。
帰りはくたかは土砂崩れ警戒のため 徐行運転。
臨時の新幹線が出て2時間遅れて帰京しました。
やっぱり 夢の国から帰るのは簡単ではないようです。
|
|
|
|
| 2011年9月21日(水) |
| 「敬老ライブ」 |
|
今年はみんなの都合がついて 敬老の日当日に100歳になった祖母のホームにうかがえました。
祖母は最近転んで怪我をして 入院しましたが1週間ほどでもう退院。
100歳なのにすごい回復力!
いえいえ 100歳だから なのかもしれません。
祖母はお肉が食べられない人で、お魚も切り身なら。
ほとんど菜食で、歩くことが大好きでした。
祖母が育った時代は贅沢なものも便利なものもなかったと思います。
それがとても自然に人間の身体や精神を鍛えていたのかも…
おごりたかぶりの現代に起こる天災や人災。
祖母に会うといつも衿を正して生きねば、などと思います。
「この子はどこの子だい?」
「私の孫よ」
「おまえの孫かい!?」
「おばあちゃま、そろそろ行くね。」
「もういっちゃうのかい?
さみしいねえ。
身体にだけは気をつけなさいよ〜!」
……
言葉がみつかりません。
|
|
|
|
| 2011年9月22日(木) |
| 「台風一過」 |
|
凄まじい雨風で首都圏を直撃した台風15号。
スタジオビルのエントランスに雨が吹き込み、地下の事務所が水漏れに
水漏れ事故はスタジオも事務所も何度か経験していて すぐにバケツやゴミ箱などで天井からのポタポタを受け、1階エントランスの水汲みに。
1時間ほど雑巾で床の雨水をすいとり バケツにしぼる というごく素朴な作業で事務所は落ち着きました。
翌日は7時過ぎの新幹線で富山へ。
文化庁派遣事業の一環で 全校生徒51名の小さな山の中の小学校へフラメンコの講習会にいきます。
心配していたお天気も回復し 越後湯沢からはくたか号に乗り換えて富山に向かいます。
台風一過 黄金色に輝く稲、緑の山々 はじめてフラメンコを見る子供たちを思い浮かべてワクワクします。
|
|
|
|
| 2011年8月30日(火) |
| 「町田月曜クラス」 |
|
多分、このクラスが一番震災の影響が大きかったように思います。
建物の破損でカルチャーが閉校になり、人数の多い月曜クラスはまずスタジオ探しに時間がかかりました。
結局、なんとか見つけたスタジオもフラメンコシューズがはけず、普通のレッスンに戻るまでにかなりの日数がかかりました。
約一年間のお稽古を積み重ねて準備する発表会も、ぷっつりと途切れてしまった踊りの感覚と精神的な打撃を回復するのは本当に大変だったと思います。
そんなきびしい状況と、それぞれの個人的な問題を抱えながらも立派な舞台をやりとげたことに大拍手です。
打ち上げで出たお話しで一番印象に残ったのは、
「やめたら楽なんですよ。でもいろんなこと考えてやっぱりやめられません。」
私たちは日々大小さまざまな選択をしながら生活していると思います。
まず、すっきり起きようか?
もう少しぐずぐずしてようか?
そんな些細なことから始まって人生の大きな決断まで。
それを楽な方 楽な方と選んでいったら人間 弱くなる一方のような気がします。それで一生何事もなく過ごせる訳はなく、つらい方を選んで自分を鍛えてきたら大変な状況になったとき根本の力が働くのかな?と思います。
フラメンコを選んだ人は強いですよ。難しくて壁も大きいですし、何しろ苦境の中から生まれましたから。
それがこれからの時代にフラメンコは不可欠だと感じる理由です。
心も体も強くしてくれるフラメンコです。
震災後 発表会のあった町田土曜、月曜、横浜クラスの発表会の皆さんの踊りを見ながら感じたことでした。
|
|
|
|
| 2011年8月26日(金) |
| 新人公演 |
|
新人公演の講評の一部をご報告します。
今年は大震災のため 出演を迷われた方も多かったと思いますが、その気持ちを乗り越えて決心なさったことにまず オレーッ! です。
群舞について
ラ・ダンサ:踊りの基礎がしっかりとしていて カスタネットも素晴らしかったです。
スタジオ・トルニージョ:音楽面、構成、踊り手の個性などが相まって素晴らしい作品でした。
Coral flamenco:それぞれのフラメンコらしさを生かした熱い群舞でした。
3組が違うフラメンコの素晴らしさを見せてくれてとても嬉しかったです。
3日間すべての演目を拝見して考えたことは、日々の稽古で養う技術をもとにフラメンコという媒体をもって自分の何かを表現すること。フラメンコの原点である全身全霊傾けて訴える「生きること」。それは今の時代に不可欠なものですし、人々に生きる元気を与えてくれるフラメンコの素晴らしさだと思うのです。
うれしいの?悲しいの?つらいの?悔しいの?どんなふうに生きていきたいの?
そんな思いをもっとぶつけてきて欲しかったです。みなさんはまぎれもないその表現者たちなのですから。
これからもみなさんの思いを表現する場として新人公演が活用されることを願っています。
追記
新人公演は毎年 自分自身の見直しにもなっています。
いろんな人のフラメンコを見て、いろんなことを考えます。
どんなレベルやキャリアでも精一杯やればその人が見えてくる それがフラメンコのすごいところだと思うのです。
唯一 下手が上手を越えることができるジャンルだとも言われています。
上手だけど何も訴えてこない踊り、それが大きな壁とも言えます。
一生懸命やるしかありません。
|
|
|
|
| 2011年8月22日(月) |
| 「新人公演を終えて」 |
|
今年20回目の新人公演でした。
はじめの頃の奨励賞受賞者の方々は、現在立派な踊り手や先生になっていて その生徒さんが受賞されたり、その生徒さんがまた立派な先生になったりしてつくづく歴史を感じます。
マジョールからは
1997年にアルモライマを群舞でだして努力賞、99年に麻衣が努力賞、04年〜05年に麻衣と雄輔が続いて奨励賞をいただきました。
新人公演は何のためにやるのか?
なぜ コンクールにしないのか?
など、よく話題にのぼりますが、その趣旨は
大きな舞台で発表する意味、それによって経験するたくさんの事柄、それらすべてがフラメンコを愛する方たちの何かの糧になれば と考えています。
フラメンコは人生だと言われるように、人生に甲乙つけることはできません。
みんな違う人生の違う道程にいます。
幸せな時、つらい時期 その時その時の自分を表せばいいのでは?と思います。
そんな人生のたくさん感じられる三日間でした。
これから講評を書くので またご報告していきます。
|
|
|
|
| 2011年8月14日(日) |
| 「パルマは難しい…」 |
|
フラメンコの重要な要素の一つにパルマ(手拍子)があります。
全体のリズムをつかさどっている と言っても過言ではないほど 大切なものですが 唄やギター 踊りより地味な存在だけに、お客様にはあまりめだたないですね。
こんな面白いお話しがあります。
「フラメンコはコンパスだから!」
(コンパス=フラメンコ特有のリズム)
とパルマにこだわっている雄輔は、自分の舞台にパルマの上手な友達を応援に頼みました。
おかげで踊りの出来もよく ご機嫌でしたが、あとから あるお客様の感想に
「あの 手をはたいてるだけの人はなんだったのかねえ…?」
雄輔のしつこいくらいのこだわりを思ったらそのギャップがつらいところです。
母のルンバに雄輔と麻衣と三人でパルマについた時のこと
「お母さんだけ感じ方が違うんだよねえ…」
「う……」(私)
感じ方が違うって???
まだまだ 道は険しいです。
|
|
|
|
| 2011年8月11日(木) |
| 「郡山 福島」 |
|
3月11日から5ヵ月が経ちます。
今月もレッスンに郡山と福島に来ました。
街に子供たちの姿が見あたりません。
一家で西に引っ越した方々、せめて夏休みだけでも と母子だけで避難している方々。
世界中ではじめての
「一定量以上の放射能を長期間浴び続けて生活している人々」
お稽古に集まってきたときはそれぞれの不安やいらだち、あきらめなどの思いをお話していますがお稽古をはじめるとすべて忘れて集中してくれます。
そして お稽古前よりも少し明るい表情になってくださるのがせめてもの救いです。
新たな目標をめざして 前に進んでいただけるよう お手伝いができたらうれしいです。
帰りの新幹線車中にて
|
|
|
|
| 2011年8月8日(月) |
| 「はまきん発表会」 |
|
横浜金曜クラスの発表会が無事終わりました。
場所は昨年から恵比寿のサラ アンダルーサをおかりして行っています。
今年の発表会はみんな 震災のあとぷっつりと途切れてしまったお稽古と気持ちを取り戻しながらで いつになく準備も大変だったことと思いますし、なおさらみんな元気に発表会の舞台に立てることのありがたさを痛感しています。
はまきんクラスのみんなは一時期代教していた雄輔と 今も時々私の代わりにレッスンしてくれる麻衣のきびしい稽古に耐えてきたメンバーです。
私はレッスンを甘くしているつもりはありませんが、ゆっくり一生かけて いい形でフラメンコを伝えたいと思っています。
雄輔や麻衣はやはり それぞれの考えがあってレッスンしているのでしょうから ある意味 いろんなタイプのフラメンコを同じクラスにいながら学べている。とも言えます。
仕事が重なって代教を立てることはあっても、基本的に自分で伝えたいと思っているので すべてが私のクラスなのに、構成する生徒さんによって 各クラスのカラーが違い どれがよくて、という問題でもなくそれがなんともフラメンコらしいのです。
船橋、町田月曜日、さいたま新都心、鎌ヶ谷、横浜、町田土曜日、そしてスタジオ
こんな言葉がありましたね。
「みんな違って
みんな素敵!」
|
|
|
|
| 2011年8月5日(金) |
| 「親子クラス」 |
|
最近の親子クラスはにぎやかです。
夏休みでついて来てくれるお兄ちゃんや スペシャル参加の親子さん。
1才のヨチヨチ歩きの男の子と、2才の女の子をそれぞれだっこしながら向かい合って踊るとちびっこたちは大喜び。
小学校4年生と4才と3才の男の子たちの遊びは過激です。
そんな中 ママさんたちはフラメンコの基礎を学び、カスタネットや踊りを習得していくんです。
遊びながらも耳に入るフラメンコの唄やギターはきっとちびっこたちの頭や心のどこかに残っていて、将来のお仕事でも趣味でも その選択肢を増やす助けになれば うれしいです。
まわりの大人は 子供たちにいろいろな可能性を与えてあげることが大事なのではないかと常々思っています。
フラメンコのクラスから増える選択肢は
1、踊ること
2、楽器を弾くこと
3、唄をうたうこと
4、外国に興味を持つ
5、外国語に興味を持つ
6、何かを教える
7、何かを習う
8、いっしょに何かをする
ざっとこんなにたくさん!
将来が楽しみです。
|
|
|
|
| 2011年8月4日(木) |
| 「鎌ヶ谷の夏」 |
|
東高円寺のスタジオから電車で約1時間半、月二回レッスンに通っている鎌ヶ谷のサークル「コラル」
最寄り駅の六実に降り 歩いて10分ほど
木々が繁り ギラギラのお日さまととうもろこし畑
一瞬 夏休みに田舎に帰ってきたような錯覚をおこす
入道雲をみながら歩いていくとカスタネットの音がかすかに聞こえてくる。
のどかな風景は私の楽しみの一つになっています。
途中で無人のとれたて野菜を買ったりして…。
|
|
|
|
| 2011年8月1日(月) |
| 「真夏の夜のフラメンコ」 |
|
小松原舞踊団の恒例 真夏の夜のフラメンコをみてきました。
今年は震災のあった日本のためにビッグなアーティストが何人も来日してくれて 庸子先生の力はやはり凄い!と思いました。
久しぶりに見たアーティストの方々はさすがで、なんだか知らずに涙が出ました。
私には信じられない舞台だったのです。
見ながら頭に浮かんだのは
「生きててよかった!」
という言葉です。
生きてたことと、フラメンコやってることに感謝としか言いようがありません。
|
|
|
|
| 2011年7月27日(水) |
| 「ロスピンチョスを終えて」 |
|
週末二日間 4回のライブを終えて 最後のショーのあとは、ビジャールのCDを買う人、ソトに伴奏を頼む人、雄輔のレッスンを希望する人などにぎわいました。
毎年開催しています熊本のセミナーの生徒さんたちは、4回それぞれのショーにお友達などを誘って見にいらしてくださり11月のセミナー前にお会いできて嬉しかったですし、
「今年は二回も先生に会えます!」
とみんなも喜んでくれました。
お客様がだいぶお帰りになった頃 その日のメニューは
スペイン風ミックスサラダ
(レタス、キュウリ、トマト、アスパラガス、ツナ、ゆで玉子、オリーブ、生ハムに塩こしょうやオリーブオイルとワインビネガーで自分で味付けする)
小イワシの酢漬け
トルティージャ
(ジャガイモのオムレツにニンニクいりマヨネーズ=アリオリをかけて)
完熟トマトに豚肉のフリッターをのせて 特製タルタルソースかけ
前の晩のメニューもみ〜んな美味しかったですが
またまた最高でした。
翌日、二人のフアンを新幹線にのせて(次は名古屋だそうです)
自分は空港から羽田行きの飛行機に。
すべてを終えて印象的なのは、やはりフラメンコの本家本元の民族の唄は声からして既に別なもの。
良し悪しでも好き嫌いでもなく、だってこれがフラメンコでしょう!って感じです。
それから日本人のたくさんの唄い手の方々はそれぞれの持ち味があって それはそれで素敵だということ。
じゃ ギターはというと コンパスや躍動感はすごいです。
でもごめんなさい。音はその人を表すらしく英夫さんのギター以上にあたたかな音はスペイン人でも日本人でもまだ聞いたことがないです。
これはもしかしたら私の欲目かも…
とにかく いろいろ感じいろいろ考えた ワクワクドキドキの二泊三日でした。
ありがとうございました。
|
|
|
|
| 2011年7月25日(月) |
| 「ピンチョスライブ2」 |
|
福岡滞在二日目
夜の本番までフリー。
ホテルでの朝食時 ビジャールに会う。
買い物に出て お昼に博多ラーメンとめんたいご飯セットを食べる。
未だに一人での外食は苦手。
ピンチョスに行き、身体ならしと軽く汗をかく程度に練習。
ホテルに戻り本番の準備。
二日間で4回のショーはすべて同じプログラムだが、毎回違うものになるのはフラメンコならではだなあ と思う。
4回全部見てくださるお客様もいるらしい。
私自身の変化で興味深いのは だんだんにもとの振りがなくなっていくことだ。
1 リハーサル…一応説明した通りの構成で踊る(シレンシオは短くフェイドアウト。そのようにギタリストが弾きました。)
2 初日1部…唄振りはいつも通り、短いシレンシオに合わせて踊りもフェイドアウト、ジャマーダをやって短い唄をもらう。(これは雰囲気ががらっと変わっていいけれど、間の長さとジャマーダの出し方がかなり難しい)
ブレリア デ カイは唄い続けて楽しく 唄にのせられて踊る感じで何をどうしたか 覚えていない。
3 初日2部…お客様が最初からノリノリで熱い。そのおかげか私たちもテンションがあがる。
ますます記憶がなくなる。
4 二日目1部…もとの振りで唄やギターに合わないものはどんどん切り捨てようと心に決めるが、そのあとどうすんの〜? といった心配は残る。
5 二日目2部…もう 来るならこい!
といった感じ。
はじめからここまでの覚悟ができるといいのですが、まだまだ未熟もんです。
もとの振りでももっと気を入れて踊ることもできるのになんて怠け者か と自分を戒めて反省。
ソレアについては4回とも構成が変わり、早めに唄が来たら たっぷりめに踊り 来なかったら自分の振りを踊っているとギタリストがいろいろやってくれる。
約束さえ守ればあとは自由なフラメンコの原形に近いライブだったかと思います。
すごく幸せでした。
|
|
|
|
| 2011年7月24日(日) |
| 「ロスピンチョスライブ」 |
|
今回のプログラムは
1 ギターソロ
2 マルティネーテを唄いながらビジャール登場
3 続いて雄輔のシギリージャ
4 私のアレグリアスはゆったりとした唄から始まり、次第にリズムが出てきて 思わずうれしくなってしまいます
5 ソレアを雄輔が一つ、大波が来るような激しい場面から一度止まり ゆっくりなメロディで私と絡んで交代。
私もソレアの唄一つ唄ってもらいブレリアで盛り上がったところで雄輔とともに去る。
6 最後は
1部 ブレリア
2部 セビジャーナス
これがまた見ものでお店のコックさんたちが粋に踊るんです。
いわゆるプロの踊りではなく、地元の人が踊るような雰囲気がすご〜く素敵なんですね。
もちろん白衣のコックさんの姿でスニーカーです。
「ますみさんとセビジャーナス踊れてうれしいです!」
なんて言ってくださって、これもここのお仕事の大きな楽しみです。
|
|
|
|
| 2011年7月23日(土) |
| 「福岡ロスピンチョス」 |
|
スペインレストランですが、年に数回 週末にフラメンコライブを入れています。
ライブのメンバーは直接スペインからアーティストを呼んだり、それだけでもオーナーの愛好家ぶりがうかがえます。
私が初めて来たのはもう8年以上前になりますか?
その頃 続けて数回出演させていただきましたがギタリストの鈴木英夫さんを中心としたメンバーでした。
今回は雄輔を通してメンバーはおまかせ でもお母さんは連れて来てね、とのこと。嬉しかったですね。
その上 雄輔が選んだのはギタリスト フアン・ソトに唄い手 フアン・ビジャールですから、私は息子のおかげで最高のメンバーで踊れるわけです。
前の週末にスペインから着いたビジャールさんは大阪から新幹線で、あとの私たち三人は羽田から福岡入り。
ロスピンチョスに着いてリハーサル。ホテルにチェックインして夜 7:00と9:30 それぞれ1時間のライブ。
その後、ガスパチョ(スペインの冷たいスープ)、生ハム、
肉だんごの煮込み、小エビのオリーブオイル焼き、パエリアなどを振る舞っていただいてスペイン人たちも大満足。
「僕が作るのより美味しい!」
とちょっぴり不満げなソトさん。
雄輔は緊張がほぐれて気持ち悪くなり、美味しい料理も食べられずに早々にホテルに帰りました。
ながいなが〜い1日でした。
|
|
|
|
| 2011年7月21日(木) |
| 「エルフラメンコ」 |
|
3/11の震災後 スペイン人アーティストがみんな帰国してしまい、ショーのないさみしいスペインレストランとして営業していたエルフラメンコに新しいスペイン人グループが来てくれました。
ただ、あまり地震のないスペインの方々には地震国の日本はつらいのでしょう。
ちょっと揺れてもとっても不安になるようです。
頑張ってフラメンコで私たちを楽しませて欲しいですし、お店も持ちこたえて と願うばかりです。
毎年 何回かの発表会をやらせていただいているフラメンコのメッカです。
皆さんもご都合がついたら 足を運んでいただけたらうれしいです。
よろしくお願いします。
|
|
|
|
| 2011年7月20日(水) |
| 「町田土曜クラス発表会」 |
|
3/12の発表会を中止にして以来の会で、いつになく緊張して 一つの舞台をやめにした精神的な打撃を改めて思い知りました。
自分自身の弱さと生徒さんたちの強さ、やはり私はこの生徒さんたちに支えられているのだ という喜び、そして出演した生徒さんそれぞれのたくさんの思いが込められた発表会でした。
ただのお披露目会ではなく お客様の心にも何かしら残る舞台であれば と願います。
生徒さんとの打ち上げでは また来年に向けての意欲的な意見も出て 安堵感と幸せな気分とはりつめていた気持ちの糸がほぐれたひとときでした。
いえいえ あまりほぐれてはいけないのです。
これからまだ三つの発表会が控えているのですから…。
生徒さんのお稽古の成果と一人一人の思いをうまく舞台にのせてあげたいです。
|
|
|
|
| 2011年6月28日(火) |
| 「チャリティーライブを終えて考えたこと…」 |
|
(フラメンコ協会会報原稿)
これは私個人的な考えとしてお読みいただきたいと思います。
フラメンコにずいぶん助けられたので恩返しのつもりで協会のお仕事させていただいていますが、使命感に燃えて頑張りすぎるとついファウルしてしまい、反省…。
そんなことじゃいけない とまたがんばると自分の無力さに落ち込み そんな繰り返しであっという間に20年。
そんな中 今回のライブは異例のことでした。
私たちが内部でやっていることや考えていることは、外の人にはあまり届かない。もっと外の人たちと直接関わらなくては、と思いました。
公演などを企画 制作するのも大事なことですが、それは「協会がやってあげること」
というイメージでいたように思います。
今回のライブのようにもっと外に出て やらなくてはいけないことがあるのだ。と
でも自分の仕事も手一杯な中、どんなことができるのか?
これからの課題です。
ただ、「日本フラメンコ協会 」という看板にはぶら下がらずに、それだけは戒めとして心と頭にとどめていきたいです。
私は協会のために動くのではなく、フラメンコとそれにたずさわる方々のために働きたいと思っているのですから。
|
|
|
|
| 2011年6月27日(月) |
| 「友達の初リサイタル」 |
|
若手で活躍中の踊り手である友達が、はじめてのソロ リサイタルを開催しました。
本場 ヘレスから三人のアーティストを自力で呼び、場所も横浜の赤レンガ倉庫。
昨今の不況のあおりか エル フラメンコをかりきって またはプロデュースしてもらってやる舞台が増えていますが、劇場、キャスト、スタッフすべて整えてやる舞台は本当に大変なので 自然と覚悟も半端じゃなくなります。
そんな彼女の舞台はとても素晴らしく、思わず涙がでました。
舞台で見えるものは、どんなに練習したかよりも どんなに大変なことに向かい合ったか だなあ と思いしる機会でした。
もちろん踊りも唄もギターもすべて良かったのですが、
でもフラメンコってそれだけじゃない!
先にあったファルキート公演と一週間に二回もすごい生きざまを垣間見ることができて幸せでした。
私ももっとがんばらなくては…。
|
|
|
|
| 2011年6月27日(月) |
| 「ファルキート」 |
|
震災のために延期になったファルキート公演が無事 開催されました。
おじいちゃんのファルーコと来日したときはまだ子供でしたが、早くに父親を亡くし、ファルーコも亡くなった後 良くも悪くも一家の長としてすべてを引き受ける。
まだ30歳そこそこなのに そんな覚悟
いえいえ 私たちが簡単に表現する覚悟などでは到底すまされない何かがあって 凄かったです。
そして、私には
「日本に来られて良かった!」
という喜びも感じられてとても嬉しかったです。
フラメンコの根源を守る伝統の中に生きる一人の若者は運命に翻弄されながらも きちんとそれに真っ正面から立ち向かっている。
その姿が清々しかったです。
これこそが私が求めていきたいものだと思いました。
|
|
|
|
| 2011年6月22日(水) |
| 「さくらんぼツアー」 |
|
甲斐市のレストラン「ベルク」でのサロン コンサートに合わせて さくらんぼツアーを企画し、6/20〜21日 14名の参加者の方々とキャスト スタッフ20名でいって来ました。
20日11:00
スタジオ前からバスにて出発。
13:20
ベルク到着。
同じ敷地内にあるドイツ料理の店で昼食に美味しいソーセージをいただく。
キャストがリハーサルの間 他の皆さんは近くのワイナリーと 昇仙峡を見学。
7:00のコンサートに戻る。
コンパネ4枚を敷いていすを並べたコンサート会場ならではの趣向ではじめはカスタネットのご紹介かたがたクラシコをまずはカスタネットのみ 間近でご覧いただく。
次に同じ曲を踊る。
カンテ ソロは楽しいコロンビアーナ
私のタラント
チャチャさんのルンバ
アレグリアスで1部を終える。
2部の最初は二人のタンゴ
気合いが入って気持ちよく踊れた。
ギター ソロは軽快なブレリア
チャチャさんまた違う曲を2曲歌ってくださり
私のソレア
最後はブレリアで終了。
フレンチのディナーをデザートまでいただいてから 石和温泉に向かう。
11:30頃到着。
大きなお風呂で疲れを癒し就寝。
翌朝 和定食をもりもり食べて出発。
11時前にさくらんぼ園に着く。
緑の葉陰になるさくらんぼのなんとも愛らしいこと!
実だけとって種は地面にポイッ
最低でも50こは食べたかも…
みんなお腹いっぱいでさくらんぼ園をあとにし ほうとうのお店へ。
「もうほうとうなんて無理〜」
なんて言いつつ 運ばれてきた鉄なべのほうとうは野菜たっぷりの煮干だし味噌味で、別腹だねえとほとんど平らげる。
食べてばかりのツアーだったようですが、皆さん満足して楽しかった!との感想。
3:30過ぎにスタジオ到着。
平日ならではのスムーズな道行きと、美味しいもの満載のツアーは成功だったようです。
ベルクの皆様 ほかあたたかなおもてなしをしてくださった方々に感謝です。
ありがとうございました。
|
|
|
|
| 2011年6月5日(日) |
| 「最後の日」 |
|
東高円寺の地元で、一人でも気軽に入れて 店のおやじさんやカウンターの並びの名前も知らない人たちと世話話しもする…
そんな大好きな店が最後の日を迎えた。
33年も続いたそうで、うちの教室が同じ東高円寺の貸しスタジオではじめて28年だから もうずいぶんと長いお付き合いとなる。
すべてのことに終わりがあるけれど、それは当然のことだけど、せめて何かにつながることであって欲しい。
「今まで店あるから行けなかったけど、フラメンコ見に行こうかなあ…」
「これから毎日釣りいけるなあ…」
その日集まった名前を知らなかった人たちと名刺交換して
「冷蔵庫の中のもの全部だして〜!」
なんて
にぎやかに酔っぱらって帰ってきました。
|
|
|
|
| 2011年5月31日(火) |
| 「新しい挑戦」 |
|
元の生徒さんがご紹介くださって、視覚障害の方々のためにお話しすることになりました。
担当の方と電話で詳しいお話しをうかがい、こちらからの質問などもさせていただきました。
生まれたときから全盲の方にどのように接したらよいか、体験する動き 例えば 手をたたく ステップをふむ など、かなり詳しく20分位ご相談して電話を切りました。
後から その担当者も全盲ですが、杖一本ですべて自分でするし、なんの問題もありません。と聞き びっくりしました。
スペインの太陽、人々の様子などもご紹介したいし、生の唄とギターをぜひ聴いていただきたいと思っています。
また新しい活動にちょっと ワクワク ドキドキしています。
|
|
|
|
| 2011年5月19日(木) |
| 「フクシマ」 |
|
田植えの済んだばかりの水田、青々とした新緑の木立、香りたつ山藤の花
なんという日常だろうか…
震災後 初めてのレッスンに福島に行った。
前述の風景は新幹線の車窓から
しかし、その一見豊かにみえる水田も実るであろう米は出荷されず、子どもたちはさわやかな風の中に遊ぶことはない。
「どんなふうになるのかアメリカもフランスも私たちの身体のデータが欲しいでしょうね。
世界のモルモットですよ。」
生徒さんの言葉が頭から離れない。
それでも、普通に明るく生きている。
|
|
|
|
| 2011年5月14日(土) |
| 「音あわせ」 |
|
フラメンコは既成の音楽に合わせて踊るのではなく、ギターも唄も生演奏で共に一つの曲を形成しています。
三位一体と言われる所以ですね。
5/25のエルフラメンコ ライブを控え、ティエントの音あわせをしました。
はじめは唄い手の方にどの唄を唄うかを決めていただこうと考えていましたが、その時によって息づかいも違うし 数は決めない方が自然だ とご意見をいただき あえて決めずにおくことにしました。
「唄い手の呼吸とともにあれ」
と言うことです。
この曲は舞踊団が踊りますが、私のめざすフラメンコ本来の形を舞踊団にも理解して欲しいし、そこからまた生徒さんへと波及していって欲しいです。
ただ振り付けを覚えて身体を動かすのではなく、フラメンコはその一瞬一瞬の息づかい 生きている証として伝えていきたいと思います。
|
|
|
|
| 2011年5月11日(水) |
| 「発表会」 |
|
今年も各クラスとスタジオと、それぞれの発表会準備が始まりました。
震災翌日に予定していましたエルフラメンコでの発表会に出演予定だった方々は、8月に開催する会に再度挑戦することになりました。
すべての生徒さんが今年はいつもと違う気持ちで臨む舞台になることでしょう。
フラメンコはその時の想いと祈りだと言われるようにそれぞれの心のこもった踊りになるよう願っています。
それは不安だったり、生きる喜びだったり、怒りや希望かもしれません。
どんな感情でも それが宿るものがフラメンコだと思うのです。
私たちはそれを忘れていたし 思い出させてくれたのが今年起こった大きな出来事です。
魂を込めて踊る…
そんな舞台を今年はめざしたいと思います。
|
|
|
|
| 2011年5月10日(火) |
| 「おしかけライブ」 |
|
過日 舞踊団とともにおしかけライブにうかがった共働学舎から施設内の新聞に載せたいので、と文章が届きました。
この文章を考えた方は、車椅子で手も思うように動かせません。
お話しもご不自由ですが パソコンを使って文章を作ります。
昨年は私の踊る姿を素敵な絵にしてくださいました。
『真澄(ますみ)先生オ〜レ!』
4月24日(日曜日)小野路共働学舎(おのじきょうどうがくしゃ)に、鈴木真澄
(すずき ますみ)スペイン舞踊団(ぶようだん)の皆さんが来てくださって、フラメ
ンコ集(つど)いを楽しんだ。
フラメンコを楽しみにしているのは、私だけじゃない!ダンサーさんの振(ふ)りが
きまる度(たび)に・・・一番前に陣取(じんど)った長谷川(はせがわ)君がタイミン
グ良く「オ〜レ!」と叫(さけ)んでいた。前から2列目に居た私も手拍子(てびょう
し)をうったり、掛(か)け声をかけたりしていた、喉(のど)の緊張(きんちょう)も少
なくここぞと言う時に声が出て・・・私もいっしょに踊っている、感覚(かんかく)に
なって嬉(うれ)しかった。
後日(ごじつ)・・・なつみさんから借りた、真澄先生がインタビューされている、
フラメンコの雑誌(ざっし)を読んで日本のフラメンコ業界(ぎょうかい)を支(ささ)え
ている、真澄先生って本当にすごい人なんだなと思った。「真澄先生、知らなくてご
めんなさい!」私が印象(いんしょう)に残(のこ)ったのは、フラメンコは・・・まず
心だ。踊る気になれば技術(ぎじゅつ)は後からついてくる。フラメンコを楽しく踊る
事が、一番・・・大切な事だと、先生の言葉があった。
最近(さいきん)、母が第5腰椎(ようつい)を圧迫(あっぱく)骨折(こっせつ)し
て・・・看病(かんびょう)でストレスが溜(た)まっていた私は、その日のフラメンコ
を見て、ストレスが吹(ふ)っ飛(と)んだ。私も真澄先生といっしに心で踊ってたせい
かな?力強(ちからつよ)くステップを踏(ふ)んで!
|
|
|
|
| 2011年5月5日(木) |
| 「この1ヶ月あまり」 |
|
あまりにたくさんのことがあって 文章にする余裕がありませんでした。
立て続けにお誘いのあったさまざまなチャリティーライブとフラメンコ協会有志として自分たちで企画したもの。
休講 閉校になったカルチャークラスの立て直しはまだ落ち着いていません。
悲しい気持ちと怒りと喜び 胸が痛い思い…
これって みんなフラメンコで表す喜怒哀楽じゃないですか?!
「フラメンコは想いと祈りだから自粛する必要はない。」と言ってくださった方
「今!
今じゃなくちゃチャリティーはできません!」
と熱く語ってくれた方
「その瞬間 観客は鈴木眞澄とともに祈っていた。」
と記事にしていただいた情報誌。
震災と原発事故はきっかけに過ぎず世の中は変わらなくてはいけない時が来た。
その時 どう動くか?
それがこの時に生きている私たちへの大きな課題です。
フラメンコがその道しるべになってくれると信じています。
|
|
|
|
| 2011年3月25日(金) |
| 「贅沢」 |
|
節電を心がけようとエントランスの電気をつけなかったり 更衣室やスタジオの電気も半分消したりしていました。
はたと気がつくと…
蛍光灯や電球はすべて複数セットになっているんですね。
二本を一本に、4個を2個にしても 十分大丈夫。
もっと早く気がつけばよかったなあ〜
そういえばスペインは、建物の共有部分 階段や廊下、レストランのトイレなど 一定時間で自動的に消灯してしまうんです。
知らないでトイレでゆっくりしてると 突然真っ暗に
あわてて壁のスイッチを探すのですが、だからスイッチはみんな大きいんですね。
家庭でもテレビを見てるときは部屋の電気は消したり こまめに節約します。
(目には悪いようですが…)
ヨーロッパの伝統ですね。
日本は電気も水も使い放題。
スペインのあるホテルでは日本人のツアーが着くとお湯が足りなくなってしまう という話も聞いたことがあります。
贅沢すぎたことを反省していかなくては…
|
|
|
|
| 2011年3月25日(金) |
| 「落ち着かない心」 |
|
ご自分は東京にいて、親御さんが田舎で被災なさった方がいます。
「チャリティーだとか言って 元気でよかった。生きてることに感謝。などと楽しく笑っているけど、もし自分の肉親が被災して ひどい状態でも同じようにできるのか…?」
との疑問をなげかけられました。
正直 被災なさった方の気持ちにはなれません。
感覚の違いに戸惑いもあります。
でも 私は みんなで落ち込んでてはいけない、自分は元気に明るくしていて 他の人たちを励ませるようにしていたいと思います。
その後 その方の親御さんが
こんな言葉を送ってくれたそうです。
「普段やっていることと、自分がやりたかったことを思い出して頑張りなさい。
」
と
毎日続く余震や放射能の影響、計画停電など 心がなかなか落ち着かない日々ですが、被災地からのこのメッセージを大切に受け止めて毎日を過ごしていきたいと思います。
|
|
|
|
| 2011年3月24日(木) |
| お稽古始めます |
|
みなさん
お稽古の時間です。
ご都合がゆるすときがありましたら
基礎レッスンしましょう。
お腹しめて
お尻に1万円札 1枚
胸をあげて
首を伸ばして
首の後ろも伸ばして
両肩の高さを同じに
顔をあげて
その姿勢を保ったまま 両手を上げます
鳥が翼を開くように〜
頭の上までいったらこれ以上のびないくらい 上に伸ばして
今度は外におろします
壁をなでるように
ぐうっと 下へ何かを押し込めるように
足の基礎
腿を十分あげて
プランタ タコン
ゆっくりと同じリズムで左右交互に
プランタのときは足首をしっかりとして
磁石がくっつくように
ピタッと
かかとはしっかり音を出して
この2つだけ繰り返してくださるだけでも
1つでもいいです。
体調と心を整えるためにやってみてくださいね!
みなさんが元気でいらっしゃることを願っています。
ますみ
|
|
|
|
| 2011年3月22日(火) |
| 「エルフラメンコの現状」 |
|
震災の翌日 中止にしたエルフラメンコでの発表会。
その後 何もできなかったので おわびかたがたお見舞いにうかがいました。
ちょうど今日(3/21)から夜8時まで営業できるようになって お昼過ぎにはランチのお客様がなん組もいました。
3月はスペイン人アーティストの交代時期ですが、いままでのアーティストたちは最終日を待たずに帰国。
次のアーティストたちは保留状態。
イベリアが招聘していた人たちも契約日前に帰国。
当然多くのイベントがキャンセルになりました。
地震のほとんどないスペインの人たちにとってどんな恐怖だったことでしょうか。加えて原発の放射能の不安。
そんな中でエルフラメンコとプリメラギターの共同企画のチャリティーライブのお誘いがありました。
「今、自分たちに出来ることを考え、社会とフラメンコ界に活気を取り戻しましょう!」
との呼びかけです。
何かしないではいられませんものね!
|
|
|
|
| 2011年3月21日(月) |
| 「おさらい会」 |
|
地震後 はじめてのおさらい会です。
おさらい会とは、毎月一回 曲種別に一時間 じっくりとお稽古すること、そして カスタネットをつけて踊るスペイン古典舞踊と 私の振り付けたアルモライマの時間もあります。
カルチャーやサークル 育児休暇中 海外赴任の一時帰国など 条件はまったく問わず予約もいりません。 参加したい方がそのときいらしてお稽古するというものです。
最近 様々なクラスの交流にもなってうれしく思っていました。
ただ今月は一体何人の方が来てくれるのか…
成田市で震度6だった船橋クラスの永田さん 2時間かけて、中止した発表会に出演予定だった本田さん、貯水槽の破損で再開のめどが立っていない町田カルチャーの綾子ちゃん、スタジオのさいちゃん。以上 はじめて会った方々がみんな元気で本当に嬉しかったです。
まだ地震後 直接やりとりをしていない生徒さんもいますが 私がお教えしているすべての生徒さん(福島も含め)が無事だとわかり ほっと一安心です。
まだまだ続く余震や原発の不安をフラメンコを通じて繋がっているみんなと励ましあって乗り越えていきたいです。
|
|
|
|
| 2011年3月21日(月) |
| 「空回り」 |
|
娘に
「お母さん、空回りしてるよ。
こんな大変なときだからこそ生徒さんに楽しんで欲しいって気持ちはわかるけど その気持ちが強すぎるんじゃない?」
と指摘されました。
そうですよね。
みんなは普通にお稽古に来てくれるのに 私の方が気負い過ぎでした。
よくあるんですよ〜こういうファウル…
思い余って…って感じです
まったくまだまだ修行が足りなくて 冷静な娘に教えられちゃいます…
|
|
|
|
| 2011年3月20日(日) |
| 「ライブ決行」 |
|
3/27に予定していますエスペランサライブ
合わせの約束の日に出演者全員が集まり 話し合いをしました。
「お客様も呼べないし無理だと思う」
「もうこわくて実家に帰ろうかと」
様々な意見が出て 話し合ううちに
やっぱり一人でもいらしてくださる方がいたら元気がでるような楽しいライブをやりましょう。
と決定。
稽古をはじめました。
すると…
みんな元気いっぱい パワフルなんです!
地震の日以来 踊ってなかったとか うちにいたとか まる1週間フラメンコやってなかったから元気なかったんですね。
私も久しぶりに生のギターと唄でお稽古して とっても楽しかったです。
やっぱりフラメンコって見失ってしまった自分を取り戻してくれるんですね。
|
|
|
|
| 2011年3月18日(金) |
| 「そのときどう動く」 |
|
いま 私のデスクの前にはってある言葉です。
家族のこと 生徒さんたちのこと 心配はたくさんありますが、そのとき どう動くかは何事でも大切なことですね。
よく考え 落ち着いて 目先のことではなく 広く長い目で見て判断する。
難しいですが、いま私たち人間が何かを問われているような気がします。
そのときの動き方でその後の人生も決まって来るのでしょう。
|
|
|
|
| 2011年3月17日(木) |
| 「感性と品性」 |
|
地震にともない いろいろな情報が流れています。
なにが正しくて なにがただの噂なのかわからなくなっています。
スーパーに行くと 棚が空っぽになっていてとても不安になりますね。
娘は粉ミルクとオムツとお米がない!?
とびっくり!
放射能の影響が心配される中 買い置きをしたくなる気持ちはわかりますが、このままエスカレートしていったらどこまでいくのでしょうか?
友達の、感性と品性を持とうよ。と言う言葉にはっと我にかえったような気がします。
被災地の方が避難所で何日も冷たい食べ物しかなかったあと、やっと物資が届いて温かいおにぎりとお味噌汁を食べながら 笑顔で「おいしいです。
ありがたいですねえ。」と…
あれこそが人間の感性と品性ではないでしょうか。
|
|
|
|
| 2011年3月13日(日) |
| 「フラメンコ精神」 |
|
マジョールのお客様
関係者の皆様
3/12(土)にエルフラメンコにて開催予定のマジョール発表会は、大地震の影響のため延期とさせていただきます。
これはこの度の地震による出演者の精神的負担や物理的な状況を考慮して決定しました。
しかし、皆 一生懸命にお稽古してきました成果と それを楽しみにしてくださったお客様を思い、全関係者の日程調整をして開催する方針です。
延期開催日程につきましては、追ってご連絡さしあげます。
フラメンコはスペインのヒターノと言われる民族が、迫害や差別の苦境に負けまいと自分自身を強くするために育んできたものです。
私もそのフラメンコの精神を継承するものの一人として 今回の災害にめげず皆様のお役に立てるようなフラメンコをご提供し続けていきたいと考えます。
皆様とご家族の方々のご無事を心からお祈り申し上げております。
フラメンコスタジオ マジョール
鈴木眞澄
|
|
|
|
| 2011年3月9日(水) |
| 「懐かしい顔ぶれ」 |
|
1973〜75年
埼玉県立蕨高校1〜2学年を共に過ごした仲間の同級会がありました。
私はすでにフラメンコを始めていて
「ずっとやっててやっとここまで来ましたあ〜」
との近況報告にみんなからの拍手が嬉しかった。
文化祭向けに作った「太陽に吠えろ」9組バージョンや修学旅行のフィルムもちゃんと保管していて 持ってきてくれた友達がいて みんなで大盛り上がり!
高校の時からキャラクターが変わっていないことにびっくり!
早速 ライブに来てくれる人、ファンクラブに入るよ と言ってくれる人。
亡くなってしまった友達の姿をスクリーンの中に見つけてしんみりしたり、修学旅行の部屋でのトランプ大会に大笑いしたり…
変わらず美人の友達、変わらず笑いを呼ぶ風貌…
懐かしい顔ぶれに会うと元気が出るのは何故だろう?
青春時代を思い出して若返るから?
故郷に帰ったような安心感?
とにかく楽しい会でした。
みんな ありがとう!
|
|
|
|
| 2011年3月7日(月) |
| 「悔し涙」 |
|
10代の若い生徒さんに稽古のとき もっとこうしてね。 とアドバイスしたら 泣かれてしまいました。
何か傷つけるようなことを言ってしまったかと あとでたずねると
「できない自分が悔しかったんです。」
と潔く答えてくれました。
人は次第になんやかやと言い訳を考えて素直に悔しがることが少なくなるなあ…と気づかされます。
年だから仕方ない
忙しいから時間がない
難しいから無理
そう言ってしまえばそこまでで自分の成長はないですね。
悔し涙を流せるような純粋で 前向きな姿勢を若い人から教えてもらいました。
|
|
|
|
| 2011年3月5日(土) |
| 「光と影」 |
|
光が強いほど 影が濃い、と聞いたことがあります。
身近に脚光をあびる人がいれば その周りで影になって妬む人がいる。
ある人が光輝く分野があればあるほど、その同じ人の影になる部分がより暗くなる。例えば 仕事はバリバリやるけれど 家庭ではどうしようもなくだらしなかったり…
すべてにおいて平均的にいい人もいるし、一点突出型の人もいる。
自分をまあるく成長させるか 一つのことに集中して他はないがしろにするか。
いい人だけど 芸はいまいち を取るか、人としては最低だけど 芸は誰にも負けない方を取るか。
私は踊り手としてより一人の人間としてどうあるべきか それを大切に考えて生きていきたい。
でも
やっぱり
いいフラメンコもやっていきたいですよねえ…
|
|
|
|
| 2011年2月28日(月) |
| 「記念公演の楽屋裏」 |
|
協会設立以来、何度か記念公演に出演したり 運営にたずさわってきましたが、今回ほど出演者同士の繋がりを感じたことはありませんでした。
私たち8人のクアドロは、途中事情があて舞台にはのせられなかった演目を理事有志で穴埋めしようというのがきっかけでしたが 構成を考え揃いの振り付けを練習したり、楽屋の雰囲気も和気あいあいとしてリハーサルを含めて三日間過ごした楽しい時間が今も忘れられません。
また初日最後の幕が降りて楽屋に戻っていらっしゃる小島理事長と鍵田さん 佐藤さん方を拍手で迎えたほかの出演者たち。
誰からともなく起きたその拍手は同じ舞台をつとめるものの心の交流に思えて私にとっては感動の瞬間でした。
ほかの演目のリハーサルを見て意見を聞かれたり、衣装や小物の貸し借りやお菓子のお裾分けなど フラメンコへの愛情に満たされた舞台は楽屋裏でも本当に楽しいものなのだと実感しました。
お客様からも「愛」がいっぱい込められた公演だったとの感想もあって、設立から20年の歳月がたち、掲げたビジョン「われわれは心の絆をもって集う…」を
活字ではなく 舞台からお伝えできたことが何よりの成果だったと思います。
合同公演のため起きた問題やスタッフのご苦労もありましたが、今後の指針も見えたように思います。
おでかけいただいたお客様、出演下さった皆様、関係者の皆様 本当にありがとうございました。
鈴木眞澄
|
|
|
|
| 2011年2月27日(日) |
| 「氷川学園でいただくもの」 |
|
※ 記念誌に寄稿したものです。
毎年 おしかけライブにうかがっている フラメンコの踊り手 鈴木眞澄です。
氷川学園と私との出逢いは晩白柚がキューピッド役です。
10年以上続いている熊本 小国のセミナーで大変お世話になっています 篠原家の方々がつくってくださったご縁に感謝しています。
私は長年フラメンコにたずさわってきましたが、人生の多くの場面でフラメンコに助けられてきました。
フラメンコは迫害や差別された民族がその苦境に負けまいと叫んだのがはじまりで、そんな起源のためかお客様から「元気をもらった」と喜ばれます。
私が助けられたのだから、今度はフラメンコを通じて私が誰かのお役に立ちたい、そんな思いで学園宛てにお手紙を書いたところ あたたかく迎えてくださって このライブが始まりました。
はじめは傲慢にも ボランティアで行きますよ〜といった感じで、いま思い出すとお恥ずかしい限りです。
踊りのお礼にとみなさんがご披露してくださった歌や作品のプレゼントに大感激!
「私は何をしに来たのか?」
私から差し上げるのではなくて、それ以上たくさんのものをいただいて帰ってきたのでした。
日々の生活に追われていると忘れてしまう
「何が普通で何が大切か…」
みなさんのお顔をみて、スタッフの方々の働きぶりに感心し、自分をいましめに…
私にできることはとっても小さなことだけど、それを喜んでくださる方がいる限り、自分が元気に踊っていられる限り、これからも毎年うかがいます。
「また来年も来てくださいね。」
と言ってくださると、「心と心がつながった」という一番大切なものをいただいた気がして…
いつもありがとうございます。
|
|
|
|
| 2011年2月26日(土) |
| 「エルフラライブ」 |
|
初めてのギタリスト、初めての唄い手二人 これだけでも十分緊張するのにそのメンバーやオープニングの曲構成などを決めた本人 雄輔が扁桃腺で40度の熱を出し、かろうじて本番一曲のみ踊りました。息子の分までーと思って私はがんばりすぎたかもしれません。
膝が突き指のような状態。
自分の出来がよかったのか悪かったのか見当もつきませんでした。
だから こんなコメントを出してくれた若手の踊り手の方に感謝 感謝です。
お出かけ下さった皆様 ありがとうございました。
体調不良とはいえ一曲しか踊らなかった雄輔のこと 申し訳ありませんでした。
嬉しかったコメントをご紹介します。
スタジオマジョール☆ライブ
大好きな鈴木眞澄さんのエルフラメンコライブに行ってきました☆
眞澄せんせいのフラメンコを穴があくほどじっくり見るのは初めて☆
共演は娘の麻衣ちゃん、先日発表会でお世話になった息子雄輔君と
ファン、ラウル、阿部君…☆
眞澄先生、本当に素晴らしかった☆
ご本人は『古いスタイルのフラメンコ』
とご謙遜されてましたが
何一つ無駄な事がなくて
バックのアルティスタに全神経を傾けていて
燐としていてタメがあって…
フラメンコってその人そのもの!
想っていても、わかっていても
なかなかあんな風に伝えられない!
いい時代のフラメンコって
古くはならないです☆
フラメンコをまわすのって力なんかじゃなくて優しさ…凄く自然な☆
フラメンコは本当に深いアルテ!
ソロじゃない時って
ハプニングに対応しづらいのに
麻衣ちゃんとまさかの呼吸ぴったりで
親子にしか成しえない事が見れたのもキュピーン☆
私にもフラメンコを愛して止まない73歳の叔母が福岡にいて
一緒にいられなくても気持ちはいつも繋がってます。
それが当たり前なんかじゃなく
どんな何よりも恵まれてるって事を
再確認させてくれた年代を越えた(眞澄せんせいは若いけど☆)
素晴らしいライブでした!
|
|
|
|
| 2011年2月22日(火) |
| 「キャリア」 |
|
フラメンコ何十年やって来ました。
と一言で言っても 積み重ねてきたものはさまざまな形となって表れ、身につけて来られたもの、知らずに過ごして来てしまったもの いろいろです。
後輩から何か指摘を受けたときの態度によって、いくつになっても学んでいけるか否かが決まるような気がします。
それは先生と生徒の間でも同じ、いえいえもっと広げると人生そのものも同じかもしれません。
なんでも素直に聞くよ。と言っても他の言葉のはしはしや 態度から心の中がみえかくれする
(何十年やってると思ってんだ!
生意気なやつ!
なんて 傲慢な思いがね)
こわいですねえ〜
私もそうなんだろうか?
と心配になります。
突っ張ってないとやれなかった時代からの転換はかなり難しいことです。
でも頑固にわがままに自分のフラメンコを信じて生きていくのもそれはそれで素敵な生きざまかも…
よっぽど強くないとできないなあ…
一生柔らかな心を持ち、死ぬまで学んでいきたいです。
|
|
|
|
| 2011年2月16日(水) |
| 「世代の隔たり」 |
|
フラメンコ協会の仕事をしていると世代によって違う考え方に気づかされます。
ギターの先駆者である先生が、はじめて大きな劇場でフラメンコとして弾かれたのが1954年だそうですから、日本での歴史はたかだか50〜60年です。
その先生をはじめとする方々を第一世代とするならば その弟子の私たちが第二世代、そして今 若手と言われる息子や娘の世代が第三世代となります。
(第一世代 健在!)
第一世代の先輩方は何もなかった土壌にフラメンコの種をまき、第二世代は芽を育て、第三世代は花開かせたという表現がある程度あてはまるかと思います。
それにしても違う環境 違う目的 違う考え方の世代が交流を持つことは かなり難しいことで、私たちは親子であり 私は第一世代の直弟子であるからこそ 理解しあえるのかもしれません。
今は昔と違って 容易にスペインへ行けますし、スペイン人アーティストが日本で講習会をすることも多いので 第一第二世代と第三世代との隔たりは大きいように思います。
自分が経験していないことを思い計るのは困難ですが、せめて「それぞれの大変さがある」くらいの気持ちを持つと もう少し理解しあえるのではないかなあ…と。
それはフラメンコ界に限ったことではないですね。
さて、孫たちの第四世代は一体どんな展開になるのでしょう。
いえいえ 決してフラメンコをやれとは絶対申しません。
素晴らしい腕前の料理人が、踊ったらプロ顔負け…なんてかっこいい!
やっぱり 婆バカでしょうか。。。
|
|
|
|
| 2011年2月14日(月) |
| 「どうなることやら」 |
|
2月23日に予定していますエルフラメンコライブ。
予定していたアーティスト以外の方々から 遊びに混ぜて とのお申し出がありました。
一応 プログラムは考えたものの 当日サプライズでアーティストが増えたら、決めごとなんてどこかにいっちゃいます。
それがフラメンコの不思議であり、楽しいところでありますが…
どうなることやら…
二度とないライブに…
いつだってライブは二度とないのですが、
こんなのはじめて〜!?
|
|
|
|
| 2011年2月12日(土) |
| 「思い出のギタリスト」 |
|
協会記念公演が終わって ほっとする間もなく エスペランサライブ出演がありました。
今回のライブは、普段 九州で活動していらっしゃるギタリストを中心に集まったメンバーが出演しました。
エスペランサのママ
(とても誠実でその人柄まんまのいい踊りを踊られます)
ギタリストの何十年来の友人
(72才になられたそうですがとてもチャーミングな踊りでした)
若手(やはり長い間交流があった方)
そして私は、25年前はじめてエスペランサに出演させていただいたときに弾いてくださったギタリストです。
今も同じ舞台で同じギタリストに弾いていただけるのはなんて幸せだろう…と感じました。
エスペランサは今年40周年
フラメンコ界のほとんどのアーティストが、私のように数々の思い出を持つであろうフラメンコの愛に満ちた空間です。
25年前を思い出し すごく緊張して踊りました。
|
|
|
|
| 2011年2月11日(金) |
| 「所詮私のやること」 |
|
フラメンコ協会の記念公演は、世代を越えた出演者による舞台をめざしました。
日本ではじめてフラメンコギターを弾かれたパイオニアの先生から、今 活躍中の若手までがそれぞれのフラメンコを披露する機会となりました。
運営委員としては、皆さんが気持ちよく参加していただけるよう努めたつもりですが、合同公演の難しさをつくづく感じました。
どうなるかなあ〜
大丈夫かなあ…
などと心配して過ごしたある日、トイレのお言葉に
(相田みつをの日めくりがかけてあるんですが)
「所詮私のやること」
は〜
そうだよなあ〜
そんなに気張ってもなあ〜
なんて
公演が無事終わり 先輩や若手から出演してよかった 等の感想を聞くと まわりの方々のおかげでここまで来られたことに感謝です。
私のやれることはちっぽけだけど、フラメンコを愛する気持ちが世代を越えて受け継がれていく そんな流れの中にいたいですねえ。
|
|
|
|
| 2011年2月4日(金) |
| 「日本フラメンコ協会20周年記念公演」 |
|
「ちょっと2、3分いいかなあ?」
20年前のこんな電話一本が私と協会をつなげてくれたきっかけです。
節目節目に何回か開催してきた記念公演ですが、今回初めて 理事有志8人で作った演目があります。
みんなで作っていく中で感じるフラメンコへの愛情や、それぞれのスタンス。
「昔、お仕事に誘ってくれて嬉しかったの。いろんなところへ連れて行ってくれたでしょう。いまでも感謝してるの。」
「私はセビジャーナス覚えたての頃、助けてもらったのよ〜」
「(二人で)昔はよかったよねえ…」
今は 年代や立場上大きな責任を肩にしょって 一人で自由には動けなくなっている。
今は今で幸せだけど、あのほんわか楽しい感じはもうないことがちょっぴりさみしい感じがして…
そんな会話ができるのも協会のおかげだなあ…などと思いつつ、もう目前の本番の準備にバタバタする日々を過ごしています。
|
|
|
|
| 2011年1月12日(水) |
| 「100歳」 |
|
2011年1月11日
祖母は満100歳になりました。
グループホームでお世話になっていますが、自分の足で歩き、きちんとご飯も食べられて
元気にしております。
記憶は多少あいまいにはなりますが、
「東京まで帰るのは大変だから、泊まっていけばいいよ。」
「体が資本なんだから大事にしなさいよ。」
そんな会話をしてきました。
顔つきが穏やかで幸せそうです。
孤独死や親子間の暴力など、悲しい気持ちで聞くニュースが多い世の中、祖母の顔を見ながら
「幸せか不幸せかはやはり自分が決めていくのでしょうか?」
とっても不思議な感じがしました。
お金持ちでも誰にも看取られず 寂しく死んでゆく人。
貧しくても いつも周りにたくさんの人がいて笑い声がたえない人。
運命はどうやって決まるのでしょう?
とりあえず 祖母のお誕生日は 私にとっても すこぶる幸せな1日でした。
おばあちゃま
ありがとう!
|
|
|
|
| 2011年1月9日(日) |
| 「お年賀状」 |
|
今年も300通以上のお年賀状をいただきました。
お顔を思い浮かべながら読むのは本当にうれしいです。
お子さんの成長を報告してくださる方々、昨年の様々な出来事、いま思うこと、今年の目標等々。
普段あまりお会い出来ない方々からのお便りは、しみじみとお元気でよかったと感慨無量です。
いつもご案内いただいて 頑張っていらしてうれしい。とか
なかなかうかがえないけど楽しみに拝見してますよ。とか
スペインから届くクリスマスと新年のカード。
一番始めに届く喪中のお葉書にがっかりしながらも、お悔やみのお返事を書いたり。
生前のご交誼に感謝して、などとご遺族の方から自筆でいただいて涙したり。
人と人をつなぐ手紙には、心が感じられてうれしく この年末年始を心豊かに過ごさせていただきました。
やっぱり手紙は大好きです。
|
|
|
|
| 2011年1月8日(土) |
| 「みんなが通る道」 |
|
ある方からのメールに
「親を亡くしたり、介護することはみんなにいつかは訪れること。
私は特別な苦労をしているわけではなく多くの方々が通る道を歩いているだけだと思っています。」
この方はお母様の介護をしながら、病気のご主人のお世話をし、お仕事をしながら 時には気分転換だからとレッスンにもいらっしゃいます。
大変だと思うか、特別なことではないから と淡々とされるのか、どちらがよい悪いではありませんが、私はなんて素敵な考え方と感動しました。
なんでもないはずはないし、心にいつも心配を抱えているのにこんな捉え方をするのが素敵なんです。
私もこんな人生の先輩を見習いたいと思います。
|
|
|
|