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| 2012年12月17日(月) |
| 「仙台ライブ」 |
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今回 仙台で踊る機会を得たのは、昨年11月の石巻の復興支援ライブがきっかけになっています。
突然の見知らぬ方からの一本の電話から 今回私を呼んでくださった方々と知り合うご縁が生まれたのでした。
会場は「ヘブン」というライブハウスにて、一部アレグリアスと二部にはソレアを踊りました。
ご一緒したのは、石巻に同行してくれたお二人とそのお仲間です。
震災は大変悲しい出来事ですが、そこから生まれるご縁もあるのだと希望が持てます。
皆さんの所属するお教室の忘年会にも参加させていただき、いろいろな生徒さんとお話しできたり、今年の幹事だとおっしゃるアダルトチームのサプライズ
(ピンク・レディーのウォンテッドでした)にも混ぜていただいたり、とても楽しい夜でした。
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| 2012年12月3日(月) |
| 「解決策」 |
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難病にかかり、両足の付け根に人工関節を入れる手術をした元生徒さんがいます。
しばらくお会いしていなかったのですが、突然 メールをいただきました。
いま こんな状態で入院しています。
と
何か助けを求めているようで ちょうど同じように人工関節を入れて 今は元気に踊っていらっしゃる先輩のお話しをすると、
もう絶対踊れないのかとあきらめていましたが、希望が持てました。
とのお返事に安堵しました。
みんな いつ どんな病気になるかわかりません。
事故にあって怪我をするか 最悪 命を落とすこともあるかもしれません。
身近な生徒さんに何かあったとき、私はどうしてきたか…
これから どうしていくのか…
具体的に考えてみると、本当に何も役に立てない、力が足りない、はがゆいばかりですが、一緒に悩み 一緒に考え 一緒に乗り越える方法をさがすことはできるかもしれない。
フラメンコを伝える
ということは、
一緒に生きる
ということ。
そんな結論にたどり着きました。
両手足がなくても着物を縫い上げる人がいます。
ヘレン ケラーは目が見えない、耳が聞こえない、話しができない人だったと思いますが、ちゃんとコミュニケーションがとれるまでになりました。
「すべてのことに解決策は絶対にある。」
私はそう自分に言い聞かせてきましたが、
「すべての人にも解決策は絶対にある。」
ということを伝えるのも 私の役目かもしれません。
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| 2012年12月1日(土) |
| 「初恋のきた道」 |
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中国の映画には今まであまり関心がなかったのですが、ご紹介してくださった方がいらして観ました。
映像の素晴らしさと一途な恋の物語に感動です。
好きな人を思う気持ち、その人に何をしてあげたら喜んでもらえるか。
純粋な恋心が温かく伝わってきて秀作だと思いました。
そんな恋心をいつも いつまでも持ち続けたいです。
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| 2012年11月30日(金) |
| 「クリスマスディナーショー」 |
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クリスマスのプログラムが決まりましたのでお知らせします。
素晴らしい共演者の方々を迎えて、私自身が一番ワクワクしています。
どうぞお楽しみに!
ウェルカム・ステージ
7:00…クリスマスメドレーから悲恋を唄うルンバ、そしてアレグリアスで出演者ご紹介です。
ディナータイム
メイン・ステージ
8:15
二人のタンゴ…チャチャ手塚、鈴木眞澄
1/21にはギタリストの英夫さんとともに1月生まれの三人でバースデーライブ180を開催します。チャチャさんはこの日還暦を迎えられます。長い間励まし、支えてくださったお二人とのライブの予告編をお贈りします。
マラゲーニャ…鈴木高子
円熟の域に達してきました深い唄をご堪能ください。
タラント…鈴木眞澄
フラメンコ独特の和音とエレキベースのコラボレーションです。
カーニャ…鈴木高子、永潟三貴生
ラメント(嘆き)と言われる部分が印象的な曲をデュエットでお楽しみください。
レクエルド・アマンダ…
つのだたかし、鈴木眞澄
恋の切なさを弾き語りでお贈りします。
アストゥリアス…鈴木英夫、鈴木眞澄
北スペインの叙情をギターとカスタネットで語り合います。
ルンバ…チャチャ手塚
日本で唯一のルンバを歌って踊るルンベーラをお楽しみください。
ソレア…鈴木眞澄
フラメンコの真髄をずっと求め続けたいです。
カラコレス…鈴木眞澄
心躍る華やかな曲を最後に手拍子でご一緒に盛り上がりましょう!
そして、その楽しい気持ちはたくさんの幸せを呼び寄せることでしょう。
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| 2012年11月28日(水) |
| 「エスペランサライブ」 |
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今回 初顔合わせの方が二人いらっしゃいました。
一人は新人公演カンテ部門に出られた方だったので、踊り手としての出演でしたが私のティエントを歌っていただきました。
もう一人は、雄輔がスペインで仲良くしていた男性で はじめは絵の勉強をしていたようですが、雄輔と同じ先生についてフラメンコをはじめ、野性味たっぷりの踊りを踊ります。
汗は飛んでくるわ、上着は振り回すやらで後ろでパルマをしていても気がきじゃありませんでした。
若手の踊り手は以前にもご一緒しましたが熱いフラメンコです。
でも 誰が踊ってもチャチャさんのパルマとハレオはカッコいいです。
「だんだんしんどくなるけど、やっぱりクアドロは楽しいからやめられないねえ…」
本番あとの楽屋裏でした。
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| 2012年11月17日(土) |
| 「ピンチはチャンス」 |
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来年のマジョール30周年記念発表会が
2013年12月2日(月)なかのゼロ大ホールにて決まりました。
実は今年 大ホールがとれず、スペインの夕べNo.27はエルフラメンコにて2回にわけて開催しましたが、ソロや少人数での出演や客席との一体感などが生徒さんのレベルアップにつながり、まさに怪我の巧妙といったところでした。
そして、2013年。
開催が月曜日というピンチをどうやってチャンスに転化していくか…
そういえば、30年間
いつもピンチの連続だったように思います。
だからこんなに打たれ強くなったのかも…
どうしても出られない生徒さんのために 小さな規模の発表会も企画する。
12月の忙しい時期の、しかも月初の月曜日にいらしてくださるお客様には、
楽しかったから明日からがんばるぞ〜!
と思っていただけるような舞台にする。
まずはこの2つを心と頭におきながら 前向きに明るく いつも通り やっていきます。
どうぞよろしくお願いいたします!!
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| 2012年11月16日(金) |
| 「喜多方」 |
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11月15日は喜多方の叔母の誕生日。
福島のレッスンの帰りに立ち寄り、叔母のいるホームで踊ってきました。
ほかの方々もだいぶ慣れてくださって
だして ひいて
オレンジをもいでかごに
いまは柿が時期だねえ
なんて
にぎやかに手拍子も上手になりました。
小さな頃からなじみのラーメンやさんのおじさんもお元気そう。
前にライブをやらせてもらった大和川さんの酒蔵でお酒も買って喜多方駅へ。
エレベーターもエスカレーターもない素朴で昔ながらのホーム。
磐梯山を見ながら走る列車はドアも押しボタン式。
何十年経っても変わらぬ景色ってあるんだなあ…
♪はあ〜
会津磐梯山は
宝のや〜ま〜よ〜
なんて 聞こえてきそうです。
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| 2012年11月15日(木) |
| 「今年の舞台」 |
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1月の新年会から始まり
3月のエスペランサ
4月のボランティアライブ
5月の平塚公演とギターの会
7月の町田月曜日と土曜日2つのクラス
8月の横浜クラスと協会主催の新人公演
9月の熊本
10月のスペインの夕べpart1、東北フラメンコフェスティバル、アルハムブラ
11月のpart2
以上、今年すべての発表会が終わりました。
発表会というくくりだけでなく、生徒さんから舞踊団まですべてのマジョールの人たちの発表の場はこんなにあったのだな…
と感慨無量です。
そして、すべての出演者が誠実に舞台にのぞんでくださったことに心から感謝します。
舞台は それがどんないきさつであれ、その大小に関わらず 神聖なものだと思います。
有料、無料には関係なく、お客様の大切な時間をあずけていただいていて 楽しんでくださるか
退屈してしまうかは舞台の内容にかかっているのです。
また、出演者サイドから考えることは プロかアマかは問わず 一緒にその舞台を作る仲間と思い、誰がえらくて誰が気使いはいらない
などということはないようにしたいのです。
実際にギターや唄の方々はいつもやさしく生徒さんの身になってフォローしてくださいますし、楽屋や舞台まわりの手伝いをしてくれる人たちは本当に細やかなバックアップをしてくれます。
また、最初にお客様が見る顔と言えば やはり受付で、さまざまなお客様のニーズに応え、問題を解決してくれます。
これらのセクションが気持ちを一つにして作り上げる舞台にお運びくださるお客様のあたたかい気持ち、ワクワクしながら待ちかまえている顔、出演者の精一杯力を出しきった様子、真摯に舞台に立つ姿…
あげたらきりがないたくさんの想いがつまっているものが、舞台です。
さて 来年はどんな舞台が繰り広げられるのか、ワクワク ドキドキ これが企画の醍醐味なのです。
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| 2012年11月6日(火) |
| 「鎌ヶ谷発表会」 |
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毎年11月の第一日曜日は鎌ヶ谷の北部公民館まつり、フラメンコサークル コラルの発表会です。
公民館内で活動している様々なサークルの合同発表会ですから、お客様は地元の皆さんで コンパネを敷いてくださるのも ボランティアでお手伝いしてくださる高齢者の方もみんな地元の方々がやってくださいます。
今年はコラルの皆さんにちょっとご無理を願って、ギタリストをプロの若手を、歌は私が皆さんの曲を歌い 私が踊るときだけ母に頼みました。
アレグリアスを踊りましたが、最後を追い上げてまわってポーズ というパターンで終わると その瞬間 お客様がバッと拍手してくれます。
板付き終わりの楽しみだな、と最近気に入っています。
盛り上がれば盛り上がるほど、一瞬でうれしそうなお顔と大きな拍手が始まる。
踊り手として幸せな瞬間です。
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| 2012年11月4日(日) |
| 「アルハムブラ」 |
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西日暮里駅すぐ近くにあるスペインレストラン
「アルハムブラ」は、10数年前 年間何回か出演した懐かしいお店です。
今は経営者が変わりましたが、最近 ライブのお誘いがあったので今回は私が企画しました。
舞踊団三人にも出演してもらいましたが、踊りにしても パルマにしても やはり本番で学んでいくのが大切なんだなあ、と感じました。
このお店は20年以上も前からショーを入れていたそうで、その頃はまだフラメンコというもの自体あまり知られていなくて、お店とアーティストとのいい関係を築いていくのに大変なご苦労があったと関係者の方々から聞きました。
フラメンコのアーティストが本番でしか学べないことを経験していく機会と場所は本当に必要で 現在何件のタブラオ(ショーもできるスペインレストラン)が全国にあるでしょうか?
それらのタブラオはやはり ぽっと出来たのではなく 多くの先輩方がいろいろ闘って勝ち得た場所だということ、また博多のロスピンチョスのように経営者側がたくさんの苦労を背負って続けていかれている、そんな原点を忘れてはならないな、と思いました。
そして、今回のアルハムブラライブは お料理もとても美味しく、ショーも充実していたと ほとんどのお客様が満喫してお帰りになったので、是非 また企画したいです。
追記…なぜアルハンブラでなくてアルハムブラかというと、グラナダのアルハムブラ宮殿からとった名前で 綴りのALHAMBRAからのようですが、ちなみにスペイン語ですと
Hは発音しないので
アランブラ と読みます。 蛇足でしたか…?
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| 2012年11月2日(金) |
| 「偶然の個人レッスン」 |
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もともと在籍の生徒さんが少ないクラスや チケット制のクラスは、ときにお休みの方々が多いと残った方が個人レッスンになることがあります。
巡り合わせや 神様の贈り物 と言っていますが、期せずして1人だけになってしまった生徒さんは、なんとも言えない様子になります。
「えっ?えっ?
そんな先生もお疲れでしょう?!」
「そんな、私だけのために〜!?!」
等々…
緊張して後ずさりなさるのが微笑ましいのですが、冷や汗もじわっと…
でも、本当にその方だけのペースで進められて、気がねなく質問もできるし やりたいことありますか?って聞いてあげられるし…
私にとりましてもうれしい機会なんです。
グループレッスンでもなるべく各自のペースを尊重しながらやっていきたいと思います。
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| 2012年10月22日(月) |
| 「福島公演」追記 |
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お話しが始まった当初 福島のある方の反応は
「どうして今福島なんですか!?」
というマイナスのものでした。
もう 決まったことで、どうしよう?
こちらが応援ライブ〜!
と勢いこんでも 受けとめる側は決して喜ばないのかもしれない…
ずっと気になっていたボランティアの引っ掛かりがここで露見した形になりました。
もちろん 手放しで大喜びしてくださった方々も多くいましたが…
それから、毎月のレッスンは踊りのことと それ以上にいかにプラスに考えてもらえるようにするか そんな葛藤だったと思います。
手をつなごうTシャツにこんなにもたくさんのフラメンコ人が「東北がんばって!」と思っているんです。とか
こんな素晴らしい踊り手の方々がみんなノーギャラ、自費で駆けつけてきてくれるんですよ。
等々…
そうしているうちに 次第に心がやわらかくなって 8月の音合わせのあとには
「フラメンコやっててよかったです。」
というメールをいただいてホッとしました。
微妙な放射線量の中、生活し続けている福島の人たちの真綿でゆるやかに締め付けられていくような不安感を吹き飛ばしてくれるような舞台ができて本当に良かったです。
私一人では到底できないことを他の皆さんのおかげで可能にしていただいて。
それから、新しいオープニングの振り付けや自分の踊りのことで手一杯だったところに
フィナーレの「上を向いて歩こう」
の提案は、
あっ そうだっけ
私は福島の方たちを応援するために踊るんだった。
と大切なことをきちんと思い出させてくれました。
本当に感謝です。
チャリティーやボランティアはどうしてもひとりよがりになりがちですが、続けていくことでもう一歩踏み込んだ、心と心がつながる域にまでたどり着けるのかもしれません。
たくさんの様々な思い、それがマイナスであっても決して目をそらさずに向かい合って さらに魂に近いところにまで届くように踊りも精神も精進していきたいです。
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| 2012年10月15日(月) |
| 「エスペランサライブ」 |
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福島の二つの舞台を終えて帰った翌日の出演依頼でしたが、マスターの事情もわかり引き受けました。 メンバーが決まって プログラムを調整しているうちに どうもただ踊ればいいわけにはいかないことが判明。
このようなライブは普通 合わせがなくても大丈夫な曲を用意するのですが、後の二人の踊り手もほとんど同じ曲を希望。
この場合年長の私がゆずることに…
要するに、ギターと唄とかなり打ち合わせが必要な決まった振り付けの曲をやらなければならないということです。
タラント…
唄とのやりとりやギターのメロディにあわせた振りが多く、はじめてこの曲をご一緒する唄い手とギタリストの方と相談しながらリハーサルをする。
(昔、何の打ち合わせもなくタラントをいきなり本番で踊る。というお話しが誰かのエッセイにあったけれど、そんなのこわ〜い!)
ところが、大丈夫 そのままやっていいですよ。
とギタリストに言われていつもと違うメロディに合わせて微妙に雰囲気を変えながら踊って成功。
これが不思議なことに 浮気してしまった感覚なんですねえ。
そして、あら?
いままで絶対無理と思っていたことが可能だと
つまり
違う人でもうまくいくのねえ〜
って感じ…
どなたにでも弾いて唄ってもらえることがはたしていいのか悪いのか?
同じ曲を踊るのでもこんなにも雰囲気が変わるフラメンコの奥ふかさを感じます。
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| 2012年10月15日(月) |
| 「東北フラメンコフェスティバル」 |
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1日目は
プロの踊り手が9名 ノーギャラで出演し、入場料2000円の収益はすべて寄付するという
「福島復興応援ライブ」
全員 それぞれのポーズで板付き 緞帳が上がると客席から期待と興奮の波が押し寄せてくるような感じ。 オープニングはブレリアで、衣装を青チーム四人 ピンクチーム三人 黄色チーム二人に分かれて場面を展開。最後は全員揃いの振り付けで決め、トップのソロへ。
フィナーレは同じ揃いの振りから一度みんなでにぎやかにハケ 緞帳が降りたあと
「上を向いて歩こう。」
を唄い手がしっとりと唄い出す。
「幸せは空の上に〜」あたりから全員が出て合唱。 その前からすでに客席では手拍子が始まっていて 会場全体が一つになり みんな泣いている。
唄い終わって一瞬の間をおいてセビジャーナス。 盛り上がらないわけはない。
2日目の出演者はほとんどこの舞台を見ていて、東北合同の舞台に文字通りエールを送った感じになった。
郡山の生徒さんの
「震災後、辛い時はがんばって泣かないできましたが、うれしくてうれしくて毎日号泣しています。
本当に本当にありがとうございました!!」
このメッセージが一番印象的だった。
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| 2012年10月12日(金) |
| 「ホテルセンチュリー静岡」 |
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今回のツアー最終日は静岡です。
やはり どなたも知らない方ばかりで 企画営業部の方々におまかせっきりでしたが、英夫さんが20年振りのお友達に連絡してくださったり 小松原舞踊団時代にいっしょだった、いま静岡にてお教室を開いている方が生徒さんとともにいらしてくださり、30年振りの再開に感激しました。そして、横浜の生徒さんで実家が静岡という方がお母様やお姉様方とともにいらしてくださったのも嬉しかったです。
知らない土地でのはじめての舞台でもこんなに楽しみにしていらっしゃる方々がいるなんて最高ですね。手拍子をしてくださるお客様も多くとても盛り上がりました。
終演後、もしお疲れでなかったら、とホテルの方々が外の居酒屋に連れていってくれました。
静岡名物おでん
(黒はんぺん、牛すじなどが入って濃い色ですが、とても美味しかった!)
焼酎を本場静岡茶で割って飲む、しぞーか割り
(ちゃんとメニューに「しぞーか」って書いてある。)
たくさんご馳走になって ライブツアー最後の夜 ホッと安心してぐっすり眠りました。
翌朝 早めに帰宅し荷物をおいてすぐ船橋のレッスンへ。
ツアー前は、すべての舞台を終えて帰ってきた時自分がどうなっているのか想像がつかなかったですが、淡々と、でも大切に一つ一つの舞台をつとめていく。それが一番いいことなのかもしれません。
最後に
すべての旅程を同行して しっかりと歌い続けた母は各地にファンも増やしたようです。
9日間 本当にお疲れ様でした。
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| 2012年10月11日(木) |
| 「愛情弁当」 |
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毎月一回 福島にレッスンに行くのは、いつも水曜日。
水曜日は妹が事務所を手伝ってくれている。
毎朝5時過ぎに起きて 家族のお弁当を作っている妹は、福島行きの日は私の分まで作って持たせてくれる。
今日のメニューは、シソと海苔をまいたおにぎり
(しかも一つは梅をまぶしてもう一つはタラコが入ってた)
トンカチ、ビーフシチュー、ハムサラダ ゆで卵、チーズはんぺん
すごいご馳走のお弁当を新幹線で食べながら 私が子供たちに作っていたお弁当を思い出した。
貧乏だったのもあるが、あまりに質素なお弁当だったと思う。可哀想だったなあ…
いま、孫の怜央は料理人であるパパが作ってくれる やっぱりご馳走のお弁当を持って幼稚園に通っている。
家族が作ってくれる愛情弁当を持って出かけるのは、ほんのり心も満たされる。
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| 2012年10月10日(水) |
| 「スペインの夕べNo.27」 |
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そういえば、「夕べ」なのに昼間の公演でした。
でも このタイトルは
1984年の第一回目から使っているもので 変える気持ちにはなれませんでした。
私たちは日々 やろうか、やめようか の選択をしていると思います。
身近なことで言えば、今日のお稽古に行こうか、やめようか…
発表会に出ようか、やめようか…
一つ一つは小さな選択ではありますが、長い人生ではそれが積み重ねられて大きな差が出てくるように感じます。
こんなごあいさつから始めた発表会 part1
出演した皆さんの熱演と、英夫さんたちの後ろからの応援とお導き
(コンパスから外れそうになるとしっかりと引き戻してくださるのです。)
そして 客席からのあたたかな声援とが、一体になってとてもいい会になったと思います。
本当に皆さんの
「おかげさま」です。
そして、これから11月のpart2に出演するあと半分の方々と、しっかりお稽古していかなくては…
10月と11月 どちらに出演するかは、ご本人のご都合と 希望曲によって決めましたが、あとの方がより多くお稽古ができる 二回目なので改善できることがある 等々 有利なように思えますが、やはりはじめての緊張感とは違います。
それを同じように維持していく、いい意味の緊張感を持って 準備していきたいと思います。
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| 2012年10月6日(土) |
| 「岡山 ルネスコンサート」 |
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ルネスホールは、旧日本銀行の建物を多目的ホールとして運営しているものです。
前述のEU協会講演会もこのホールの2階にある研修室にて開催されました。 古くしっかりと建てられたものは風格がありますね。建物のどこもとても雰囲気がいいのです。
プロデューサーは赤字背負っても…と覚悟してくださったようですが、開けてびっくり!
250名ものお客様でほとんどがはじめてフラメンコを見る方らしいとのこと。
完売でお断りした方もいらしたようで申し訳なかったです。
リハーサル中、舞台の脇にお花を飾ってくださる方がいて たくさんのいろいろな花を抱えていらっしゃいました。でもちょっと具合が悪そうで 他のスタッフも心配して声をかけていました。
バタ デ コーラのカラコレス、カンテ ソロでファルーカ、カスタネットでアストゥリアス、ガロティン 母のマラゲーニャ、ソレア、ルンベーラ、アレグリアス
ざっとではありますがリハーサルを進めていくうちにお花屋さんは元気になっていました。
「そばで音楽を聞いたり、踊りを見ているうちに元気になりました。」
そんなうれしいこと言っていただいて…
本番も大成功、踊る舞台の傍らに花があるのって とてもいい気分でした!
はじめての土地 岡山でもまたたくさんの素敵な方々と知り合えて ご縁を繋げてくださった方に感謝です。
…岡山の美味しいものは葡萄でした。どこにいっても立派な葡萄を用意してくださって…
一番凄かったのはマスカット系で皮も食べられて種もなく大きくて形がちょっといびつ…
その名も
「瀬戸ジャイアン!?」
命名はちょっとね…
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| 2012年10月5日(金) |
| 「岡山 EU協会」 |
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岡山にうかがうきっかけは、8年前に東京でおめにかかった方の企画です。
8年ってずいぶんな年月ですが、忘れずにいてくださりコンサートが実現するのですから不思議です。
その企画した方が会員である岡山EU協会
(ヨーロッパ諸国についての見聞を広める会)の定期講演会でフラメンコを紹介するというお話しもいただきました。
インテリ層の男女30名くらいの参加者だと思います。とのこと。
フラメンコの発祥から唄の起源やリズムの説明、最後にアレグリアスを踊って講演は終了。
その後 場所をスペイン料理店に移して懇親会。
さすがに流れもよく、構成なさっている方々の聡明さを感じました。
たくさんのご名刺をいただいたのですが、弁護士さん、大学教授、スペインからチョコレートを輸入している社長さん、ドイツで絵画の修復をお仕事になさっていた方等々…
こちらからも もっとお話しがうかがいたくなるような素晴らしい方々がたくさんいらっしゃいました。
やはり何にでも積極的な方はお話しも面白く、もっと一緒にいたいと思わせるのですね。
いろんな意味での相互勉強会といった感じが興味深く、いい経験でした。
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| 2012年10月4日(木) |
| 「広島」 |
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ラ マリウスは、広島にあるルーマニア料理店です。 私の元弟子とルーマニア人のご主人とでやっている美味しくて、健康的で あたたかな雰囲気のお店です。
今回のツアー中 通り道なのでそのお店でライブを と考えていましたが、あまり負担をかけたくないこともあり ライブはやめてお食事会にしました。
東京を出てから九州では、4日間で6回の本番続きだったのでかえってよかったかもしれません。
広島には、英夫さんを尊敬なさっている地元のギタリストの方がいらして、私も以前何度かお世話になったので お誘いしたら喜んでいらしてくださいました。
「なんか、夕べ寝られなかったあ〜」
そんなに楽しみにしてくださって…
本番ご一緒してもゆっくりお話しする機会ってそれほどないのです。
マスターのマリウスは、暑いときはミネラルが足りなくなるからね、と海藻入り自家製パンやソーセージ、みんなすごく考えられていて美味しいのです。
たまたまツアーの途中下車でしたが、有意義な楽しいお食事会ができて嬉しかったです。
(踊らないのに美味しいものたくさん食べちゃうのには問題あり〜!?)
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| 2012年10月3日(水) |
| 「ロス・ピンチョス」 |
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博多にあります知る人ぞ知るタブラオで、スペイン料理も最高です。
何故かと言えば まず
時にはお店を閉めて店長さん以下 皆さんでスペインへ研修旅行に出かける。
大変な赤字を背負ってでも素晴らしいフラメンコアーティストを招く。
料理人の姿のままで ステージの最後に踊らせたら なまじっかなプロは顔負けの粋なセビジャーナスを踊る。
店長さんは、開店当時から鈴木英夫さんに恩義を感じ続けていらして 今回念願叶ってとてもうれしそうでした。
福岡から小国のセミナーに参加された方がこちらのライブにもいらしてくださり、エールを贈るつもりで近々 発表会でその方も踊られるグアヒラを踊りました。
気持ちが伝わり 大変喜ばれ 私もとても嬉しかったです。
昨年初めてお会いしたのが このロス・ピンチョス、その後 セミナーにいらしたときは、東京のみんなは羨ましい。
と思われたそうですが、今年は少し違ってみえました。
ないものを羨ましがるのではなく、いまある環境の中でフラメンコを楽しんで行こう。と考えられたようで 素敵!
無い物ねだりはキリがありませんが、たった一年でそこまで考え直せるってすごいです。
毎年のセミナーと東京のクリスマスディナーショーにいらっしゃるのを楽しみにがんばっています。
さて、ライブのあとはご馳走をたくさん振る舞ってくださるのもこのお店での楽しみの一つ!
生ハム、チョリソ、特製サラダ、トルティージャ、エビのオリーブオイル焼き、パエリア…
そして、店長さんが語る大きな夢のお話し…
最高の料理と最高のメンバーと最高の話題!
幸せな一夜でした。
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| 2012年10月1日(月) |
| 「咲いたさんライブ」 |
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開催を決定する前からお問い合わせが直接あったとうかがって、それはやらねばね〜と今年も小国最後の夜に踊らせていただきました。
小国町役場の前に位置するその名も
「役場んまえ咲いた」というレストランはご家族で協力しながらやっていらっしゃるので 私たちもとても親近感があります。
中心になっていらっしゃるのが、私と同じ世代の方で その妹さんがオグニ・コレクションに呼んでくださり、間の弟さんはどちらのライブもスタッフとしてすごく働いてくださいました。
通称咲いたさんは建物が古くどっしりとして風格があり、独特の雰囲気があるので ライブもやりやすいです。
空間と言うものがいかに大切か、それは建物だけでなく そこで営んでいる人たち、集まってくる人たち、舞台を作り上げてくれる人たち(会場設営や音響照明、チケットを売ってくださる人まで)、そして私たち出演者。
そんなたくさんの人の心が一つになってライブがあるのですね。
東京から追いかけて空港にて待っていてくれたスタジオ生徒さんたち、いつもあたたかく迎えてくれるチーム・コンパネ(踊る時の必需品コンパネを常時完備してくれるお世話係)
熊本の氷川学園の皆さん、ラポートコンサートにご来場いただいたお客様、セミナー受講生、オグニ・コレクションで初めてフラメンコを見て下さった方々、咲いたさんで毎年楽しみにして下さっている方々、たくさんの人のおかげさまで今年も素晴らしい熊本の三日間でした。
本当に本当にありがとうございました。
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| 2012年9月30日(日) |
| 「セミナー発表会」 |
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毎回 セミナー最後に行う発表会は、お客様も近隣の方や会場である木魂館のスタッフの方々で これも皆さんとても楽しみにして下さっています。
レッスン会場そのままで特に受講生の皆さんは衣装に着替えるでもなくリラックスした環境で成果をご披露するのですが、東京組にとっても、またとない経験になるので毎回いま取り組んでいる曲を踊ってもらっています。
先にご紹介した唄もギターも受講生のヒヤヒヤ三位一体のセビジャーナスもがんばりましたが、初めてのソロでガロティンを踊られた方は受講生の唄が間違っていたにもかかわらず、堂々として素晴らしかったです。
ほかにはティエントを踊られたお二人、ソレア ポル ブレリアを踊った舞踊団、私はアレグリアスを踊らせていただきました。
特に舞台や照明があるわけではない、言ってみればホームグラウンドでのライブもなかなかいいものだなあ、と最近思って 東京のスタジオでも何か企画しようと目論んでおります。
いいこと考えちゃったあ!
をお楽しみに。
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| 2012年9月29日(土) |
| 「オグニ・コレクション」 |
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長いTの字形の本格的ファッションショーの舞台。 モデルの早変わり用スペース。
メークさんやスタッフ キャストが右往左往する中、私たちは浮いてるなあ…って感じ。
誰もが、よそよそしい。
いつも小国最後のライブでお世話になる「役場んまえ咲いた」の妹さんがディレクターをやっている地元のファッションショーにいつか私たちのフラメンコを、と夢見ていて下さったそうです。
ショーの中盤に20分くらいのライブシーンを
とのご希望でしたので2曲かなあ…
何着ようかなあ… ファッションショーだし
なんて、初めてのことで私もワクワクドキドキでした。
リハーサルに段取りをうかがい、せっかくだからモデルさんのようにランウェイ(あのかっこよく歩いていく長い舞台のこと。今回教えてもらいました。) も使って踊りたいから曲は帽子でガロティンと、バタ・デ・コーラとマントンを使ってソレア、構成も多少変えて。
リハーサルでざっくり通したら みんながなんとなく距離を縮めて、着替え手伝いのスタッフも何かと気遣いしてくれて やっとお仲間に入れたようです。
ガロティンのサリーダで粋にランウェイを歩き、(目一杯カッコつけたつもり…) ファルセータでコンパネまで戻って、足。
ソレアの唄振りはマントンでランウェイにて、また足までに戻り。最後の盛り上がりには再びマントンを広げてランウェイに。
照明効果が月に向かって進んでいくようでとても気持ちよかったです。
(ちょっとかぐや姫になった気分…)
そして、上手にハケたあと「ガラガラガシャーン!?」
えっ
私 何か、しでかした?
すると下手からハケてきた英夫さんが
「落っこったあ!?」
締めの唄を歌い出そうとしてお口をあけたミッキーさんも「?!」
暗転の中60センチもの舞台から落ちたそうですが、ギターがワンクッションになって何ともなかった英夫さんもすごいです。
ツアー二日目のハプニング。お怪我もなく、楽しいフィナーレには三人揃ってランウェイを歩き、大きな拍手と声援をいただき、楽しかった オグニ・コレクション ゲスト出演でした。
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| 2012年9月25日(火) |
| 「熊本 セミナー」 |
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阿蘇 小国町の木魂館という研修所で開催する二泊三日の合宿は、午前中2時間、午後2時間のレッスンで仕上げに小さな発表会をして終わります。
セミナーと言っても、私のやることですから全然堅苦しくなく 毎年はじめての参加者もいますので 誰でもできる簡単なことと、とにかく楽しく過ごしていただけるよう心がけています。
今年のメニューは手をあげること、下げること、手首の回し方などから ベーシックなブレリアの振りとセビジャーナス一番。
毎年一番だけですが、二人で楽しく踊れるのが目標ですから、特に支障なくこの何年かは毎年一番のみやっています。
今回はじめて試みたのは、歩くこと。
初日の夜にファッションショーのゲスト出演があり、受講生の皆さんも見にいらして あらためて歩くことの難しさを痛感。
レッスンの中で1人づつ歩き方のチェックをしました。
2日目午後の発表会もレッスンで行った内容を皆さんがんばってご披露。
今年の目玉はセビジャーナスをギター、歌、踊りとも全員受講生でやったことです。
私を含め 英夫さんやミッキーさん各先生が、かたわらではらはらしてることがなんともほほえましく 印象的な場面でした。
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| 2012年9月24日(月) |
| 「ご報告」 |
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10日間9ステージのツアーから無事帰りました。
帰りました月曜日の船橋から普段のレッスンにも戻ります。
各地でたくさんの方々に喜んでいただき、たくさんの方々からいっぱいの愛をいただいたツアーでした。
残りのご報告も少しずついたします。
まずは、無事に帰ったご報告まで。
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| 2012年9月23日(日) |
| 「熊本 東京組」 |
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毎年何人かの東京の生徒さんも熊本までいらしてくださいます。
小国のセミナーで知り合った方の中でも実は東京にお住まいで それをきっかけにフラメンコを本格的にはじめた方、親子で毎年参加、初参加の方…
毎週のレッスンでお会いしていても、また違うシチュエーションでご一緒すると新鮮で、特に熊本関連は障害のある方々の施設でのライブに始まり、夜のラポートコンサート、打ち上げ、翌朝早く出発して阿蘇の小国のセミナー会場への移動、午前午後びっちりのレッスン、ゲスト出演したファッションショー、セミナー仕上げの発表会。
ここで、火曜日お仕事の方々は残念ながら最後のライブはご覧になれずに帰京なのですが…。
新しい出会いや発見もあるのが、私にとりましてもうれしい密着型熊本ツアーでした。
ありがとうございました。
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| 2012年9月22日(土) |
| 「熊本 ラポートコンサート」 |
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会場のラポートは大きな劇場です。
でも、お客様の数や、なるべく近くで見ていただきたいと思ってスタッフが考えてくださったのが、緞帳を下ろし 舞台の上だけを利用してコンパスを敷いた周りを囲むような客席の設定です。
すごく集中して踊れますし、どこの席からも近くよく見えます。
今回は、バタ デ コーラのカラコレスで幕を開けました。
ミッキーさんはソロで素敵なファルーカを唄い、ソレア ポル ブレリア、ルンベーラ、アレグリアス、ソレアと続きます。
そして、珍しいところで アストゥリアスをカスタネットを持って踊りたくて英夫さんにお願いしています。
古典舞踊のジャンルでギターもクラシックの奏法。 日本ではあまり踊られることがない心に残るメロディです。
ラポートは、熊本市内からはかなり離れた宇城市にあってマイナーな場所ですが、地元から毎年楽しみにいらしてくださるお客様も増え 英夫さんの古いお友達のお医者様がやはり毎回正装していらして かけ声をかけてくださったり、ラポートならではのコンサートが定着してきた感があります。
そして、劇場付きのスタッフもとてもいい方で 最大限の協力を惜しみなくしてくださるのも本番の成功につながっているのです。 昼間うかがった氷川学園の方々も何人もまたコンサートを楽しみにいらっしゃいます。
何年か続けていると 様々な思いが一つになって舞台が成り立っていることにしみじみありがたい気持ちでいっぱいになります。
ありがとうございました。
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| 2012年9月22日(土) |
| 「熊本 氷川学園」 |
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おしかけライブ訪問もだいぶ慣れていただいて、2、3日前から
「いつ来ると?
明日来ると?
何時に来ると?」
何よりコーヒーが大好きという方も
「コーヒーいらんからもう見に行く。」
とおっしゃってスタッフの方もびっくり。
皆さんとても楽しみにしてくださっていたようです。
手拍子も、オレンジをもいでかごに〜の振りもとても上達なさいました。
帽子がお好きだから、今年も一緒に行ってくれた熊本出身の舞踊団の一人とガロティンを踊りました。
お返しの演目は手話と合唱で
「幸せなら手をたたこう」
今回考えたこと…
こうしてちやほやしていただいて、私ができることはたいしたことなくて、英夫さんやミッキーさんがご一緒してくださって実現するこのライブをずっと甘えて続けていていいのだろうか?
そんな鬱々とした気持ちを吹っ切ってくれるような皆さんのあたたかいギターや唄と、地元でお世話してくださる方々のうれしそうなお顔と、
最後のお見送りまで 名残惜しそうに並ぶ学園の方々がいらっしゃるのでした。
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| 2012年9月19日(水) |
| 「熊本報告」 |
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9/15(土)午前中に熊本に着いてから、ボランティアライブ〜ラポートコンサート〜移動
9/16(日)阿蘇の小国に向けて移動〜セミナー開講〜オグニ コレクションにゲスト出演
9/17(月)セミナー〜発表会〜小国ライブ
9/18(火)福岡へ移動〜ロスピンチョスライブ
心配した台風はあまり影響を受けずにすんでほっとしています。
ただ あまりのハードスケジュールでご報告している余裕がなく、あらためてゆっくりしますね。
ごめんなさい〜!
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| 2012年9月10日(月) |
| 「誰が悪いのか…」 |
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最近 いじめについての報道が目につきます。
先日のは、いじめた方の子どもに休学の処分も考えていく。
というものでした。
それは、いじめた子が悪いから と判断することでしょうけれど そんな単純なものではないと思うのです。
私は小学校三年生のとき 家族の都合で東京から埼玉に転校し、その後クラス中の男子女子から仲間外れにされました。
学校に行きたくないと言うと、当時一緒に住んでいた祖母
(現在は101才で施設にてほのぼの暮らしています。)
がいじめの首謀者の子に掛け合ってくれて落ち着きました。
でも よく考えるとその時の私は 東京からの転校生としてみんなにもてはやされ、あることないこと自慢げに話したりしてとても嫌なやつでした。
だからいじめられたのは当然で、仕方ないことでした。
身近で言えば孫兄弟を見ても、息子娘兄妹を思い出しても、そして自分が妹にしたことを考えても みんな少なからずいじめがあります。
それを全員がどうやって受けとめるか…
いじめる子もいじめられた子もどんな精神状態か、何故 そうなったか、
まわりの大人はもっと根本的な問題に目をむけて、すべての子どもたちが安心して 幸せに育つ環境を作るべきではないでしょうか?
郡山の生徒さんの四才になるお子さんが、外で遊ばせていないからいつも憂鬱な感じでいる…
どうしてもあげられない自分が悲しく、憤りばかりで前に進めない自分が悔しいです。
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| 2012年9月8日(土) |
| 「活字が恋しくなる」 |
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日々の仕事がつまっていると好きな本を読む時間がなかなかないのですが、どんなに忙しくても どうしても本が読みたくなるときがあって
ダメダメ、仕事しないと…
と欲求と戦います。
たまたま息子が置いていった小説が面白そうで 横目で見ながら戦ってきました。
そして、福島に行くときの新幹線の中ならいいかなあ〜と手を出してしまったら やっぱり案の定はまってしまって…
読みかけの本があると電車の待ち時間も、乗り込んで座れなくても、全然平気。
読書って本当に楽しいですね!
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| 2012年9月3日(月) |
| 「舞台からみえてくるもの」(新人公演講評) |
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踊る人、唄う人、弾く人、たたく人 それぞれがどんな思いで舞台に立っているかがみえてくるような気がして つくづく舞台の怖さを感じました。
素晴らしい技術と表現力なのに なぜか心にまで届いてこない方。
逆にまだ拙い踊りなのにちゃんと伝わってくる方。 どうもそこが他のジャンルとは異なる、生演奏で三位一体と言われるフラメンコの特色が所以しているような気がします。
ヒターノたちが長い年月をかけて育んできた文化は、その根っこのようなものがあるはずです。
私たち異民族にとってその根っこは深く、行きつくのはとても困難ではありますが、それを見据えずしてフラメンコをやる意味はないと思うのです。
また一方では、私たちも同じように喜怒哀楽のある人間ですから、表現するものに変わりはないようにも思えます。
昨年の大震災、原発事故という未曾有な経験をした私たち日本人が、それをヒターノたちの受けてきた苦難と置き換えればフラメンコ本来の表現が可能とも言えます。
多くの苦難を受けた民族の文化は強くて深いと言われ、まさしくフラメンコは苦境の中から生み出し、育んできた人間の営みそのものです。
そうであるならば、老若男女問わず、元気な人もそうでない人も今のあるがままの自分を表現する手段としてフラメンコを踊ればいいのではないでしょうか。
…多田れい子さん、西岡愛さん、佐藤真知子さん、末松三和さん、椎名利恵さん、工藤栄さん、阿部和子さん、山崎愛さん、小林アントニオさん、黒須信江さん、大槻敏己さん、小島智子さん、藤本ゆかりさん、西内佐和子さん、多田美和子さん、小杉愛さん、近藤朔さん、太田マキさんに心からの拍手をお送りします。
精一杯かたむけた何かが舞台から伝わってくるのはとてもうれしいものです。
私たち日本人がフラメンコをめざす道は二通りあるのかな、と今回感じました。 ひとつは、個性を生かし自分の世界を作り上げていく。
もうひとつは、あくまでもフラメンコの原点をめざし それに近づくべく修練を重ねていく。
いずれにしてもどのように心をかたむけているかが、いつでも どんなときでも舞台からみえてくることを忘れないでいたいと思いました。
ありがとうございました。
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| 2012年8月13日(月) |
| 「浦和ベルパライソライブ」 |
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昨年オープンしたスペイン料理店「ベルパライソ」を紹介してくれたのは、高校時代の友人です。
マスターはまだ若く、これがだめだったら もう自分の店はあきらめるって女房に言ってんですよ。
その言葉を聞いて応援したくなって、紹介してくれた友人と企画したのが今回のライブです。
満席になっても30名ほどの小さなお店ですが、逆にそれを生かしてできる形…
とても身近にスペインやフラメンコのお話しをまじえながら何曲かご覧いただく アットホームなライブにしました。
質問をしていただいたり、手拍子やかけ声の練習をして参加していただいたり、お店全体が一つになって盛り上がりました。
お客様の関心は母の唄に集中し、
どうしてそんな声量が維持できるのか?
お年はいくつですか?
等々
やはりみなさん いつまでも若く元気であることをとても意識されているのですね。
一緒に盛り上がった手拍子とかけ声で お客様もテンションが上がり、キラキラしてきました。
「勢い」
それが体調や心のリズムを作り、自然と免疫力を高めて健康にもつながるような気がします。
なにしろ母の勢いはすごく大喝采でした。
マスターは
「ここでライブできてよかったなあ!」としみじみ…
料理も美味しく、マスターも人情味のある
「ベルパライソ」
TEL0488772555
浦和方面におでかけのときは是非お立ち寄りくださいませ。
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| 2012年8月11日(土) |
| 「高雄ちゃんをおくる」 |
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親戚の中華やさん 高雄ちゃんが亡くなりました。
享年67歳。
私はもやしラーメン
私は天津飯
俺はやっぱり餃子だなあ
みんな高雄ちゃんの中華のそれぞれの定番があったようです。
私が高校時代から必ず食べていたのは麻婆ラーメン、味は当然ながら 絹ごし豆腐とひき肉、ザーサイ、ネギの絶妙なコンビネーション。
高雄ちゃんの料理はもう食べられないんだ…
食とつながる思いはやはり強烈ですね。
お通夜に参列しましたが、お坊様のお話しに
「直葬」という聞きなれない言葉がありました。
病院で亡くなって、そのまま葬祭場へ
要するに故人とほとんどふれあわないで火葬までいってしまうことを直葬というのだそうです。
顔を見て別れを惜しみ、美味しいものをたくさんありがとうございました。
と話しかけ、今度は仏さまの世界にいる人たちに作ってあげてくださいね。
祖父も父も
待ってました!
とばかりに喜ぶかもしれません。
亡くなることがつらいのは、もうその人と会って話しができなくなるから…
お通夜や告別式はその人と自分との物語のしめくくり…
そして、亡くなった方が残してくださるご縁もあって…
何十年振りにあった小さな頃仲良しだった親戚の女の子、
いま福島に住んでるのよ。
ええ〜
私 今度 福島で踊るけど…
見に行く〜!!
「ますみちゃん、
がんばってるもんなあ〜
すごいやなあ〜」
高雄ちゃんの声が聞こえたような…
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| 2012年8月7日(火) |
| 「横浜クラス発表会追記」 |
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私はタラントを踊らせていただきました。
久しぶりに踊ったことと、ずっと生徒さんにお教えしている同じ振り付けを踊っているので、これからタラントに挑戦しようという方やもともとタラントが好きな方はそういう目で見られます。
それはそれは緊張するもので、とにかく丁寧に踊ろうと思いました。
ただ 後半のタンゴはいつもとは違う感じにしたくて 唄を変えてもらいましたが、自分で墓穴を掘りました。
3拍子は馴染みがないので当然難しく、まだ4拍子のタンゴ系の方が簡単のように思えるのですが、ところがどっこい フラメンコのタンゴのノリを醸し出すのは本当に難しいです。
タンゴ3つの唄のうち 唄にのれてるな、と思えたのは2ヶ所くらいでした。
まだまだ修業ですねえ…
思い切り踊り終えられなかったことが悔やまれて、踊る予定ではなかった最後のブレリアをちゃんと踊らなくては、と思ったのは
お客様に申し訳ないという気持ちからだったのか?
ただ自己満足のみからだったのか?
いずれにしても予定外のことをして主役である生徒さんたちを戸惑わせてしまったことは本当に申し訳ないことでした。
みんな、ごめんなさい…
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| 2012年8月6日(月) |
| 「横浜クラス発表会」 |
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暑さ真っ盛りの午後、恵比寿のサラ・アンダルーサでの発表会が無事終わりました。
はじめてのソロに緊張しながらも 立派に踊った人たち、
失敗したけど楽しかった!
と充実した笑顔をみせる人、
今までで一番よくできましたあ〜金メダル〜!
(この方には、やっとスタートラインに立てたんですよ。とたしなめましたが…)
本当に今までで一番コンパス通りに踊れましたね。
もちろん いろいろ悔いは残るものの、みんなきびしいお稽古に耐えてよくがんばってくれました。
また お稽古のあとにやります打ち上げが楽しみなんですよね…
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| 2012年8月3日(金) |
| 「庸子先生」 |
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私がはじめて小松原庸子スペイン舞踊団の公演を観たのは、母が連れて行ってくれた中学三年生の時 渋谷公会堂でした。
あまりの衝撃に私は黙りこみ、興奮した母は感想を話しまくり、対照的な私たちは公演後 食事をしながらけんかしたのをよく覚えています。
その後 庸子先生のところで本格的なフラメンコを学びたいと思いましたが、お月謝のこともあり、もし県立蕨高校に合格したら習わせてもらう、という約束を両親としました。
そして 高校合格。
入学式を待たずに小松原庸子スペイン舞踊研究所の門をたたきました。
はじめて訪ねたとき、
「は〜い!」と言ってドアを開けたのは他でもない庸子先生ご自身で、それが初対面 そのときの様子も目に焼きついています。
それから高校3年間、週三回 蕨から高円寺に通い 公演前は毎日、帰りは必ず終電でした。
卒業を意識し始めた頃 スペイン留学を応援してくださり、スペインでの先生方に紹介状も書いてくださいました。
月日は流れ、私はその頃 舞台監督をしていた三枝さんと結婚。
結婚式は先生のタブラオ 渋谷にあったパティオ フラメンコで たくさんのスタッフやスペイン人にお祝いしてもらいました。
雄輔がお腹にできたのを知らずに踊った日比谷 野音の真夏の夜のフラメンコが1979年。
舞踊団員として最後の舞台です。
42回目になりました日比谷の真夏に今年も出かけ、庸子先生のお姿を拝見しました。
とても美しく、お声も張りがあって ごあいさつは力強い内容で 最後には素敵な衣装で セビジャーナスも踊られました。
舞踊団に在籍していた頃は、反発もしましたし いろいろなことに疑問も持ちましたが、自分のスタジオを構えるようになって その頃のご苦労がよくわかりました。
子を持って知る親心
弟子を持って知る師匠の苦労でしょうか。
はじめて トップスのチョコレートケーキをごちそうになったのは、はじめて先生のお宅に泊めていただいた時です。
そんな数えきれないたくさんの思い出と、今でも感謝しきれないほどいっぱいいただいた一生の宝物…
外に出てから気づいたその偉大さと あたたかさ…
今でも面と向かうと
きおつけ!ピッ!
となってしまう存在。
なぜ 急に庸子先生のことが書きたくなったのか…
一年ぶりに舞台を拝見してずっとお元気で踊り続けて欲しい。
とせつに思ったからでしょうか…
私にとって 不思議な方。
師匠が元気で現役
かなり幸せなことです。
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| 2012年7月30日(月) |
| 「タブラオ ミ ヴィダ」 |
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大阪心斎橋近くにあるタブラオは長く地元で活躍していらっしゃる踊り手の方が経営し、毎週金土日とショーをやっています。
私の30年来の親友が大阪に住み、ずっとフラメンコファンで 私の踊りをいつも楽しみにしていてくれることがきっかけとなり ミ ヴィダのショーのお仲間に入れていただけるようお願いしました。
二回のショーに2曲づつ踊らせていただきましたが、親友をはじめ もと小松原庸子スペイン舞踊研究所での先輩や京都からもスペイン好きな方々など 厳しい暑さの中たくさんのお客様がいらしてくださいました。
ショーの内容は主宰する先生と舞踊団との趣向をこらしたオープニングから 私のソロ、舞踊団の2曲に続けて先生のソロ 私のソロを最後にしてくださったのにはびっくり、ありがたいことでした。
(舞台のトリをつとめるのはいろんな意味で大変なことですから…)
自分以外の曲にはパルマにつかせていただき、初対面の舞踊団の方々とも一緒に一曲を構成するお仲間に入れていただくと あらためてフラメンコの素晴らしさを感じるのです。
踊る人を盛り上げ、ともにならぶギタリスト、唄い手、パルマのメンバーと心を一つにして取り組む。
それは信頼のおける仲間や家族になれたような感覚です。
そして先生の踊り…
情念の舞 という言葉がぴったりと思いました。
いろいろお身体がお悪いとうかがっていましたが、そのほとばしる情熱と フラメンコへの愛情 後ろにつかせていただき、感動しました。
ずっと一つのことに取り組み、お店をきりもりし イベントや教室の管理をなさっていらした幾重にも重ねられてきた想いが素晴らしいフラメンコとなっているのです。
「ますみさん、嬉しかったわあ〜!!」
と抱きついてきてくださり、ともするとご迷惑な押しかけゲストである私をあたたかく迎えてくださった先生の度量の大きさにも感謝で、本当に楽しいライブでした。
ちょっと冒険のような心持ちの大阪行きでしたが、たくさんの感銘と、感動と感激と感謝。
(みんな感の字なんですねえ…)
日常から一歩踏み出すのは、勇気も気力もいりますがそれで得られるものは新しくて大きな自分の糧にもなるのだと思いました。
大阪の方々と、きっかけを作り支えになってくれた親友といらしてくださったお客様に心から感謝です。
ありがとうございました。
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| 2012年7月24日(火) |
| 「町田月曜クラス発表会」 |
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久しぶりに迎えた新人は、クラスの方のお姉様で ずっと発表会を見にいらしてくださっていたとのこと。
「自分がはじめたらとっても難しいことがわかりました。」
でも これで二組の姉妹が在籍することになり、発表会にも姉妹共演していただきました。
踊っていた全員が振りの迷子になってしまった演目は、英夫さんのギターが見事に導いてくださったり ソロで初挑戦した難しい曲もギターのフォローで救われたり、あらためて英夫さんの愛情豊かなバックアップに感謝と尊敬をしなおした舞台でした。
はじめて楽しく踊れました!
これからもがんばっていきたい!
打ち上げのみんなの感想と、支えあった仲間同士の交歓にいつも感激し なんて素敵なお仲間なのだろう、と感謝です。
発表会が終わると もう今年が終わったような気がしちゃう…
みんなで大爆笑!
そんな意見がでるほどみなさんが心かたむけてくださったフラメンコ。
本当にうれしいです!
お疲れ様でした!
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| 2012年7月23日(月) |
| 「また、今度ね!」 |
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スペインにご一緒した方の中には はじめての方も、すでに何度かいらしていた方もいます。
何回来ても飽きることなく、また次の楽しみができます。
テキスタイル美術館というのがピカソ美術館の近くにあるらしくて、行ってみたいのだけど…
そんなリクエストもありました。
他の方たちが最後の買い物に行く間、三人でピカソ美術館をめざす。
古い街並みの小さな路地にあるピカソ美術館は開館前からすでに長蛇の列。
売店だけはフリーで入れるので、みんな素敵なものたくさん買いました。
近くの目についたお店でもまたショッピング。
もうあれもこれも欲しくなっちゃう…
美人の店員さんにテキスタイル美術館のことを聞くと
「私は最近ここにお店を開いたのだけど、彼ならずっと地元の人だからきっと知ってるわよ。」
と、往来を眺めつつ一服しているおじいさんを紹介してくれた。
「それならスペイン広場に移ったよ。」
せっかくだから行ってみましょう!
タクシーをひろってスペイン広場に到着。
大きな広場で観光案内所もあるので聞いてみると…
「それなら王宮の中にあります。」
王宮って?
近くな〜い?!
またまたタクシーをひろって王宮へ。
だんだん時間がなくなってくる。だって今日 日本に帰らなくちゃ…
「もう時間だし、ここにあるのがわかってよかったです。」と、ちょっと寂しげな表情…
「じゃ、また今度来ましょう!
今度はこの中をゆっくり見にね!」
運転手さんに事情を話して王宮の門の前でおろしてもらい、写真だけ撮ってまた車に乗り込む。
ホテルに戻ってみんなと合流。空港に向かう前にお昼を食べましょう。
ただし まだ 12時…
レストラン開いてるかしら?
そうでした、スペインのお昼は早くても1時過ぎ。
フロントのおにいさんに聞くと、もう開いてるはずのいいレストランが近くにありますよ〜。
歩いて5〜6分。
ちょうど開店したばかりで奥の大きな丸テーブルに案内してくれて、
あります!
ありますよ〜
大皿に出来立ての美味しそうなお料理がいっぱい!!
「みんな美味しそうで、あの…
おまかせしますので、いろいろお願いします!」
やりいかのソテー
ムール貝やあさりのワイン蒸し
とびきりの生ハム
(これに反応したらお店の人に好きなんでしょ〜!!ってひやかされてました。)
小イワシの酢漬け
ポテトサラダ
(スペインのは特別!!)
ポテトフライに半熟の目玉焼きを添えて、その場で混ぜ合わせてくれました。
(これははじめてでしたが、美味しかったあ〜)
その他いろいろ…
夕べ 最後の夜を素敵なレストランで やっぱりいっぱい食べたのに、また美味しいレストランに当たって 本当によかったです。
デザートまでいろいろわけあって満腹で出てくると…
お店はすごい混みよう、さすが人気の店だったようです。早く行ってよかったね。
ホテルまでの道のりは近かったはずが、みんなあっちより、こっちより…
スペインの歩き方も慣れたもの。
そうなんです、最後の日くらいに慣れるんですねえ。
私にとっても 資金繰りや日程調整など スペイン旅行は簡単なことではありません。
でも ご一緒した方々の感激する様子、幸せそうな表情、次第に元気に生き生きとしていらっしゃるのを見るのが 私の目的なんだなあ、と思うのです。
私は、第二の故郷とも言えるスペインとスペインの人々からたくさんの宝物をいただき、育ててもらいました。もちろん 自分の国 日本も大好き!
スペインに行くとあらためて知る日本のよさ、たまにだからいいのかな…と思うスペインのお国柄。
私はそんな橋渡し役ができたらうれしいのです。
そして、一つの夢のような体験を!
次はどんな計画をたてようかなあ…
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| 2012年7月22日(日) |
| 「不思議な再会」 |
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ラ・グランハは古い王宮を囲む静かで素敵な街とすでにご報告しました。
広大な素晴らしい庭園の一部を見たあと そこからパラドール(名だたるスペイン国営ホテル)にもどる途中に小さな雑貨屋さんが目につき、入ってみました。
アンティークな小物あり 洒落たアクセサリーや洋服もあって買い物をすると、ご主人が
「僕は日本の禅を知っています!」
とやおら床に座って禅のポーズをしてくれます。
「すごいですねえ。私はフラメンコの踊り手なんです。お国の文化の交換ですねえ〜」
そんなきっかけから フラメンコはいつどこで習ったのか、他たくさんの質問にマドリードに留学して…
などとお話しして
「じゃ、これは今日の思い出に」と可愛い小物をプレゼントされて気分よくお店を出てきました。
すると、
そこに私とちょうど同じくらいの世代のご夫婦がいらして
「いま、お話しを聞いてしまいましたが、あなたがマドリードでレッスンしていたのは、パコ・フェルナンデス先生のクラスで、場所はアモール・デ・ディオス通りじゃなかったですか!?」
と興奮気味に話します。
「はい、1976年でした…」
「私もそのクラスにいたのよ〜!
あなたのこと覚えてるもの〜!」
「ええ!!あのクラスに!?」
偶然と言えばあまりの偶然。
もとをただせば ご主人が禅をご披露してくれたからそんな話になって…
「今はもうフラメンコはやってなくて、絵を描いてるの。今日は自分の展覧会のためにここへ来たのよ。ずっとフラメンコ踊っているなんて素晴らしい!!」
楽しく不思議な再会があるものです。
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| 2012年7月21日(土) |
| 「スペインの両親」 |
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留学時代マドリードの下宿でお世話になったのは、セニョール・パコとセニョーラ・フェリ夫妻。
セニョール・パコは薬屋さんで働いていて時々配達などをしていました。寡黙で無愛想な人でしたが、なぜか私にはやさしかったです。クラスの帰りに近くのサンタアナ広場で見かけると離れたところから怒鳴るように「コンプラエラオ!」と叫ぶのですが意味がわからず、あとで娘さんに聞くと「アイス買いなさいって言ってるのよ。」とのこと。それからはよくそうやって5ペセタ銅貨をくれて広場でアイスを買ったものです。
後に亡くなったときはフェリが電話で大泣きし、次に訪れたときはサンチョヌンニョのパコのお墓参りをしました。
村長さんに鍵をかりて村はずれの墓地に行くと、大きな鉄の門に重い鎖と南京錠、ギギギーとあけると石の棺がいっぱい並んでいて、それはもうドラキュラの世界。火葬の日本とはまったく違う習慣にびっくり。
お花をあげて足早に帰ってきました。
ごめんなさい…パコ
フェリは、本名
「フェリシシマ」
直訳すると「最高に幸せ」という意味なんです。
そのお嬢さんが「アレグリア」喜び、という名前ですから楽しい家族です。
私が18才の時はバリバリ現役の下宿のおばさんで15人もいた下宿人の面倒を一手に引き受け、美味しい賄いをいつも作ってくれたおばさんも84才になりました。
あんなに可愛がってもらったのに最近ご無沙汰していたので、今回の旅行は絶対にフェリの住む田舎を訪ねなくては…
フェリの生まれた街サンチョヌンニョは、多分私がはじめて行った外国人です。夏は踊りの先生も下宿人もバカンスのためマドリードに誰もいなくなります。帰る田舎がない私を自分の故郷に招待してくれました。忘れもしません、教会の屋根の上にはコウノトリの巣が…
まるで童話の世界です。
「卵買いにいくわよ〜」
「オラー!」と言いながらつかつか入っていく見知らぬ家。どんどん進んでいったらなんと中庭にニワトリが…
すべてが万事こんな調子の昔でしたが、最近はスーパーも出来ました。
教会の屋根にもいまでは鳩とつばめの巣もできてあわせて3つ…
でもフェリはあの頃とちっとも変わらず、私たちをもてなしてくれるのでした。「パエリアを頼んでおいたからね。」
30人前以上もありそうな大きなパエリアをみんなでいただきました。
「一人で暮らしているから、みんなに迷惑かけないように勉強会に行くのよ。」算数、国語、社会などもあるそうでノートにいろいろ書き留めてありました。
お話ししたらきりがないスペインの思い出は一生の宝物です。
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| 2012年7月16日(月) |
| 「鎌田さんとの思い出」 |
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ミスターマジョールとお呼びしていた鎌田さんとスペインにご一緒したのは、NHKカルチャーの国際文化交流祭のときです。
終始ご機嫌だったのは本当にスペインを楽しまれていたのだと思います。
そのときどこか美味しいレストランは?とホテルで聞いてフラメンコチームだけ15名ほどで食事にいきました。
ムール貝がバケツででてきたり とにかく美味しくて ご機嫌になったみんなでセビジャーナスまで踊っちゃって…
その浜辺のレストランが、今回もバルセロナ最後の夜に行きました
プエルト・オリンピコの「モンチョス」
(このままカタカナ読みして通じるのがスペイン語のうれしいところ)
オススメです!
さて、セビジャーナスまで踊って上機嫌な鎌田さんは浜辺でなんと加山雄三の歌を歌いはじめてしまいました。
ほかの方の中には
「なんで地中海の浜辺で日本の歌を聞かなくちゃならないの〜?!」
という意見もありましたが、私は苦笑しかなく…
そんな思い出の浜辺でそんな話をしたら、今度はなんと妹までが歌いはじめる始末。
「鎌田さん、その辺にいるよねえ…」
今年 逝去なさった鎌田さんは、都合でお通夜にも告別式にもうかがえない私をご自宅まで呼んでくださったようです。
何度となく
「うちに飲みに来てください。」とお誘いを受けて叶わず、はじめておじゃましたご自宅で まるで眠っているようにきれいなお顔の鎌田さんのおそばで奥様とお話しができました。
「セビージャで先生からいただいた水玉のネクタイも一緒に入れてあげなくちゃ…
主人はフラメンコできて幸せだったわねえ。」
いつも ふと何かをきっかけに亡くなった方のことを思い出すのです。
鎌田さんのように お気に入りの場所についていらしたり、大好きだったものをいっしょにいただいたり、みなさん 守ってくださっているようで幸せです。
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| 2012年7月14日(土) |
| 「息子を捨ててきた村」 |
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息子12才 小学校卒業の直前
「サッカーやりに外国行きたいんだけど…」
この言葉を発端に、費用のやりくり 受け入れ先を探すこと、未成年者のビザの申請
(そんなの前列がないからできないよ。と言われて大使館と外務省に通って説得)
たくさんの難関をクリアしながら 私の唯一のつてであるスペインに連れて行く。
下宿のセニョーラ フェリとバレンシアの友人は快く保証人になってくれて マドリードで1ヶ月過ごしたあと、バレンシアに移動してどちらにするかを決めるよう準備する。
マドリードでは
スペインでのビザの申請に必要な銀行口座の開設、でも銀行にいけば未成年じゃ口座は持てないと言われて押し問答とたらいまわし。いま考えるとよくやれたなと思う。
サッカーが好きなら田舎にいきましょ。
とフェリが気づかってくれて…
一晩一緒に過ごしたあと 息子を置いて 一人でバスに乗る。
「私はこの子を捨てていくんだ。」
そんな思いでなくては生きていけない。
バスの窓から見た
サッカーボールにしゃがんでうつむいた息子の姿を一生忘れない。
今回訪れたセニョーラフェリの住む村
サンチョヌンニョの広場でのたった20年前の光景。
その後 移ったバレンシアが気に入って地元の中学に入学し、いまの嫁と出逢う。
バレンシアの友人は、私が18才のとき 旅先のセビージャで偶然知り合った老夫婦の娘さん。
人生は人とのめぐりあいから成り立っていることに気づかされる。
あの日村に捨ててきた12才の子供は成長し、
あのときスペインに行かせてくれなかったら 今頃刑務所か死んでたかも…
と話す。
捨ててきたから生きてる?!
人生って本当に不思議です…
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| 2012年7月12日(木) |
| 「セビージャのフラメンコ」 |
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その発祥の地 セビージャではやっぱりフラメンコ見なくては、というわけで 朝 マドリードから到着後 観光と買い物に奔走した1日であったにもかかわらず 全員参加のタブラオでした。
「パラシオ アンダルス」は、以前 ルンベーラのアンヘラ ドラードとアントニオ ベルナルというギタリストが出演していたところです。
アンヘラさんは、我が国唯一の本格的ルンベーラ チャチャ手塚さんの師であり、アントニオさんはルンベーラの伴奏をさせたら右に出るものはいないギタリストです。
ルンベーラとは語りかけるように唄うフラメンコの中の一つのジャンルで、かつてはどこのタブラオにも一人はいて客席をわかせたものです。
そんな素晴らしい存在のルンベーラも今ではスペインでもあまり見かけなくなりました。
今回見たショーは、フラメンコあり クラシコあり カルメンのハイライト版(ストーリーをすべて網羅しつつ15分くらいで終わってしまう。)ありで見ごたえはありましたが、ルンベーラのお客様の心をつかむ あの情念のこもった語りかけを知っている私には物足りなさが残るのは否めません。
フラメンコはもともと、お金持ちが自分の好きなアーティストを屋敷に呼んで サロンや中庭などでライブを楽しんだことから普及したと言われています。
それから、場所を変え 誰でもが見に行けるタブラオの形になったのですが、そのショーの出演者は
@パルマ(手拍子)だけでまずはでっち奉公のような形から
Aオープニングとフィナーレのみ参加
Bはじめの頃に群舞やソロを踊る
C格があがると出演の時間がだんだん遅くなる。
そんな感じで踊りが続く中 ルンベーラが出てきて盛り上げるとショーがバリエーション豊かになるんですね。
そして大トリにメインの踊り手が登場し 最後は全員で楽しく幕をとじる。
ルンベーラこそいなかったですが、本場のフラメンコをみなさん楽しんだようでよかったです。
そして、若手の美しさ 個性豊かな踊り手たち ギターや唄のすばらしさ…
私にはいくらがんばってもなかなか行きつけないフラメンコの本場の実力を見せつけられて、
やっぱりすご〜い!
かっこいい!!
フラメンコ大好き〜!!
そんなセビージャの夜でした。
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| 2012年7月7日(土) |
| 「三人の運転手+1」 |
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スペインでチャーターしたバスの運転手をご紹介いたします。
Orencio
(オレンシオ)
…セビージャ周辺観光
セビージャのサンタフスタ駅で私の名前を書いたプレートを持って待っていてくれました。
ひまわり畑では、足場の悪いところをみんなに手をさしのべて助けてくれたり、美味しいレストランを教えてくれたりしてとても優しい人でした。
極めつけは、
「もう歩けな〜い、お迎えに来て〜!」
の電話に快く、しかも時間ピッタリに来てくれたのにはみんなで感激しました。「君はいい人だね。
キスして。」
とお別れを惜しんでくれたのも彼でした。
Gabriel
(ガブリエル)
…セビージャから戻ったマドリードのアトーチャ駅
〜ラ・グランハ〜サンチョヌンニョ 二日間
まだ20代と思われますが礼儀正しく、唯一スーツを着ていました。
(それがチンピラ風に見えてしまうのですが)
ラ・グランハのパラドールに泊まった翌日 迎えにきた彼のとなりにちゃっかり女性が…
「あの…もし構わなければ僕の彼女も一緒に乗ってもいいでしょうか?」
…もう乗ってるし…
(注…本当は規則違反でしょうけれど、物は考えようで私は安全運転の保証だと思うことにしました。だからこれを読んだ方も楽しいお話しとして聞いてくださいね。)
セゴビアの水道橋をみたあと、 白雪姫のお城のモチーフになった素敵なアルカサルが見たくて…
街の周辺をぐるぐるまわっていい場所をさがしてくれた可愛い恋人たちでした。
Manuel
(マヌエル)
…サンチョヌンニョ〜サラゴサ〜バルセロナ 二日間
距離的には一番長く運転してくれた人です。
運転中の横顔が私の大好きなケビン コスナーそっくりで男前。ついウットリ〜
しかし…
優しさがなくてエアコンの温度も自分本位、乗り降りにも手をかさない、休憩時間の相談もなく、サラゴサのホテル前は道が狭くてバスは入れないからここで降ろすよ…等々。
だんだん心が折れてきて、会話も弾まず、心配で寝てもいられず、ほかのみなさんにもずいぶんとご心配をかけてしまいました。
何もしゃべらず横顔だけ見ていたかった…
最後のバルセロナ到着。 やっとホテル前につけてくれたと思いきや…
ちょっと待ったー!
違うホテル!?
マヌエル!
ポル ファボール !?
(お願いしますよお〜!?)
プログラムしたやつが悪いんだよ。
と、絶対謝らない。
ムムム!?!
またトランクを積んで 正しいホテルへ。
ケビン コスナーは見かけだけでした…
(私はいつも面食いで失敗するのですぅ〜)
そして、+1
というのは?
帰国後 すぐに予定していましたさくらんぼツアー、これもスタジオ前からバスですが、運転手はわれらがマジョール男組の一人です。たまたま大型の免許を持っていただけで スタジオのイベントに何かと便利にお願いしてしまっています。
でも 誰よりも運転上手、思いやりも責任感もあって やっぱり安心です。
偶然にも10日の間に続けて四人の運転するバスに乗ったわけですが、身近な方に感謝と信頼をあらたにしたのでした。
次回スペイン旅行のときは、運転手の面接するぞ〜!
いっそ男組 連れてっちまおうか…?!
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| 2012年7月5日(木) |
| 「幼稚園公演」 |
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300人のちびっこははじめての経験です。
ぜんぜん見てくれなかったらどうしよう…
やっぱり心配です。
今回の公演を幼稚園側に提案してくださった鎌ヶ谷クラスの生徒さんたちも一緒にセビジャーナスを踊ってくれました。
お友達のママも踊ったせいか みんなもう手拍子ノリノリです。
「みんな手拍子が上手ですねえ!
そしたら今度はピタッと止まれるかなあ?」
タンタカタンタン
ウンタンタン!
「あれー!?」
「もーいっかい!」
「もーいっかい!」
それがとっても楽しかったらしく
嵐のような
もーいっかいコール!
ガロティンではちゃんと一緒に止まってくれました。
アレグリアスでは、私の感情をストレートに受けとめて 悲しげなところは静かに 盛り上がるところは声を出して 波のように気持ちが伝わってきました。
オレンジをもいでかごにの振りもちゃんと出来たし、悲しい気持ちで踊るソレアもしっかりと集中してくれました。
最後の
「あ・り・が・と・お・ご・ざ・い・ま・し・たあ〜!」
みんなで言ってくれた大きな声のお礼の言葉が印象的で、明るく素直な子どもたちが本当に可愛かったです。
みんな こちらこそ
ありがとう!
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| 2012年7月4日(水) |
| 「町田土曜クラス発表会」 |
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今年はじめての可愛い中学生の新人を迎えました。
キャリア10年以上の方々も多くなってきましたが、発表会の舞台に上がるのに緊張するのは変わりません。
そして、私もやっぱり心配ですね。
昨年は震災あと 落ち着かない状態で敢行した発表会の記憶があまりない方もいらして、今年はとっても楽しかった!
と言ってくださるのもうれしいです。
本番のはじめの曲からずっと 一緒に踊ったり後ろでパルマをしたりしますが、一人一人の生徒さんがちゃんと成長していることに感心し
「みんなこんなにがんばっているのだから私も負けてはいられない。」
そんな気持ちで自分のアレグリアスを踊りました。
プロ同士のライブは、フラメンコの本来のやりとりが楽しいのですが、一生懸命に取り組む生徒さんとの発表会は、ずっと一緒に積み重ねてきた集大成なので
大変ですがそれだけやりがいがあり、私は大好きなんです。
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| 2012年7月3日(火) |
| 「さくらんぼツアー」 |
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中央高速双葉サービスエリア近くのレストラン「ベルク」でのライブにあわせて、東京からのツアーは今回二回目となります。
バスにてスタジオ11時出発〜翌日スタジオ着16時 とゆるやかなスケジュールですが、美味しいもの満載の企画は今回も大好評でした。
まずは1日目お昼にほうとうを食べ、ワイナリーなどの見学をしたあと、ライブを楽しんでいただく。
ライブあとの夕食はベルク自慢のフレンチ。
温泉にたっぷりつかって 翌日の朝ごはんも美味。
さくらんぼ園は今年不作とのことでしたが、逆に実が数少ない分 一粒が大きく甘みもあるとのことで、木によって異なる味を楽しみながら やっぱり一人100個は食べてしまいます。
お昼にソーセージやポテトのドイツ料理もベルクの姉妹店「ルーヴェ」で思い切りいただき 帰路につきました。
ライブ300回記念でしたが、はじめて呼んでいただいたのは200回記念。
素晴らしいご夫妻のあたたかなおもてなしあっての8年におよぶご縁に心から感謝いたします。
そして、共演してくださったチャチャ手塚さんのお母様が当日84才のお誕生日を迎えられ、みんなで盛大にハッピーバースデー!!
素晴らしいツアー&ライブになりました。
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| 2012年7月2日(月) |
| エピソード「タクシーの運転手さんとの会話」 |
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バルセロナで乗ったタクシーの運転手さんは、どうしてスペイン語話すの?
から始まって いろいろお話しをしてくれました。
ちょうど、日本にもたくさんの店舗がある「ZARA」のビルを通ったところで、
ここの社長は、試作品の市場を催してお客様の好みをリサーチし すぐに製品化するんだよ。
それであんなに成長したんだね。
ZARAはスペインの希望だよ。
でも最近 離婚してほとんど財産を奥さんに持っていかれ、その奥さんはいま独身。
日本人で誰かいい男はいないもんかねえ…
こんな週刊誌のような話題のあと私の
「日本のニュースでは、スペインの財政難がよく騒がれていますが?」
との問いかけに
「スペインは今までにも内戦やら何やら歴史上たくさんの苦難があったけど、全部乗り越えて来たんだ。来年はまだ難しいかもしれないけど再来年を見ててご覧ん。」
なんて前向き、ポジティブな明るさ!!
そういえば、町も少しも沈んだ様子はありません。
日本の方がよっぽど元気がなくてゆがんでいます。
これがスペインの底力ですね〜!
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| 2012年6月28日(木) |
| スペイン報告7 |
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今回スペインにご案内いたしました方々。
注…これは、読んだ方が自分も行けそう!
と思われたり、
ご一緒したような気分になっていただけたら と願ってご説明するものです。
Aさん女性…79才
Bさん女性…78才
Cさん女性…78才
Dさん女性…74才
以上全員麗しき未亡人
みなさんぎりぎりまで旅先での体調のことや他の方々に迷惑をかけては、などご心配していらしたようでしたが、スペインでは日をおうごとに明るくお元気になられて本当に嬉しかったです。
Eさん…Cさんの娘
Fさん…Dさんの嫁
GさんとHさん…
マジョール舞踊団員
I…私
以上9名
今回 素晴らしいなと思ったのは、70代の方々を若手がさりげなくフォローしてくれたこと、それに感謝してお年上の方々が可愛らしかったことです。
24時間密着の旅先では 人間関係のトラブルも起こりがちですが、みなさん とってもいい方々で、それが楽しい旅のキーポイントだなあ、とつくづく感じました。
私自身にとりましても、また 一つスペインでの大切な思い出が増えました。
ありがとうございました。
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| 2012年6月26日(火) |
| スペイン報告6 |
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6日目 バルセロナ
いよいよ最後の訪問地 バルセロナに入る。
まずは、グエル公園 サグラダ・ファミリア。
夕食はやっぱり魚介類のしゃれたレストランでスペイン最後の夜を過ごしていただきたい。
選んだのは4年前 NHKカルチャーの国際文化交流祭のときみんなで行った浜辺近くのレストラン。
とても美味しくて感じがよく お値段も手頃だったと記憶していました。
「魚介類を適当にみつくろってお願いします。ただし、みなさんあまりたくさんは召し上がれませんから。」
と注文すると
かごに様々な貝やエビなどと大きな魚を二尾持ってきてくれて
「このくらいの量でいかがでしょうか?
お魚は一尾でよろしいですか?」
スープが飲みたいので3人前頼むと、ちゃんと9人で取り分けられるようにしてくれて しかもカリカリパンとゆでたお米のトッピング付き!
至れり尽くせりの対応でした。
大柄な可愛いお顔のウェイターさんが終始ニコニコしながらそばにいてくれて
食後のコーヒーには じっと私を見つめながらお砂糖を入れて かきまぜてくれて
「ぼくは、ほとんどあなたに恋をしてしまいました…」
はあ〜?!
照れますね〜
でも 悪い気はしません。
お別れには みんなの頬にキスまでしてくれて お店中大盛り上がり。
夢のようにロマンチックなバルセロナの夜でした。
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| 2012年6月25日(月) |
| スペイン報告5 |
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5日目 サラゴサ
午後2時頃 サンチョヌンニョを出発。
途中休憩しながらバルセロナへの中間地点サラゴサをめざす。
バスの長旅は私もはじめての経験でしたが、延々と広がる荒れ野と低い岩山で
日本との大きな違いは緑の山がないこと。
いくら走っても川もない、トンネルもない、人影もない。
時々見かけるのは羊の群れで 同じような景色がしばらく続き ぽつんと小さな村が現れる。
そんな調子で約6時間 やっとサラゴサの街に着きました。
いきなり未来都市のような建物と空中に浮かぶゴンドラ。ほんの10分前には何もなかったんですよ。
人口密度が低いってこういうことなんでしょうか…
サラゴサは、新しい地区と旧市街とが隣接していて 観光客も見かけず落ち着いたところでした。
今回は時間がなかったのですが、いつかゆっくりと滞在したい街です。
そうそう、ピラールの聖地だそうで素晴らしい大聖堂もありました。
(外観だけですが…)
カトリックの国スペインには、古く聖人が生まれたと伝えられる聖地がいくつもあります。
セビージャのロシオ巡礼祭は、昔 旅人が山の中の祠に聖母像を見つけ 街の教会に納めたのに、いつの間にかもとに戻ってしまった。きっと聖母さまはここにいたいのだ。
というわけで逆にみんなで巡礼の旅をすることになったそうです。それも徒歩か馬で野宿しながら一週間くらい…
一度地元の友達からお誘いがありましたが、ほこりまみれでお風呂も入れず、歩いたり、踊ったり…
ちょっと決心がつかなかったですねえ…
信仰心がうすくて申し訳ありません…
さて、サラゴサのホテルに入るともう9時。
近くのレストランで夕食を済ませてゆっくりしようと思いきや 若手たちが
「安全そうなので一杯飲みに行ってきます!」
後で楽しい飲み会の様子を聞くと、12時には電気が消えて店じまい、隣のテーブルでガンガン飲んでた人が
じゃね〜!
と、その場で車に乗って帰っていったのにはびっくり!?
だったそうです。
「運転するなら あんまり飲むな!」
さすがスペイン…!?
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| 2012年6月24日(日) |
| スペイン報告4 |
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4日目 サンチョヌンニョ
36年前 留学時代に実の娘のように可愛がって下さった下宿のおばさんセニョーラ フェリも84才になりました。現在は田舎の町サンチョヌンニョでのんびり一人暮らし。すっかりご無沙汰していたフェリおばさんに会うのも今回の旅の大事な目的です。
ラ グランハからバスでセゴビアのアルカサル(白雪姫のお城のモチーフにもなった素敵な外観)や水道橋を見学のしたあと、フェリおばさんの住む町へ。
ドキドキ ワクワク…
おばさん 元気かしら…
町は変わってしまったかなあ…
着きました、サンチョヌンニョ!
日本人なんて私くらいしか来たことない小さな田舎町の教会前の広場に到着。
います!
いますよ!
フェリおばさん!
ちゃんと出迎えてくれてます!
しかも他にもたくさんの人たちが!
下宿当時の同居人夫妻もマドリードから駆けつけていてくれて。
しかもその日はちょうどスペインの七五三であるコムニオン 9才の子どもたちのお祝いの日。
真っ白なドレスの女の子たちや正装した男の子たちが「コンニチハ!アリガトウ!」って声をかけてくれるんです。
いやはや 町長さんまでご紹介にあずかりまして大変な歓迎には驚きです。
セニョーラフェリ〜!
と叫んで足踏みしている私におばさんはゆっくりと
「なんだか雨が降ってるのよ…
へんだわ…」
うれしくて泣いてくれてるのにまったく強がり言っちゃって。
そんなのどかな町に一泊お世話になって、同行の方たちも翌日に広場で開かれた月曜市場で買い物を楽しんだり、人懐っこい町の人々とのふれあいに感激したり、一番の思い出ができたようで本当に良かったです。
お迎えのバスに乗り込むときには、子どもたちがサンチョヌンニョを忘れないでね。と声をかけてくれて フェリおばさんともまた泣く泣くお別れしてきました。
ツアーでは味わえない日常の営みは、ひと昔前には日本にもいっぱいあったはず。
そんな郷愁のようなものを感じた 私にとってはまさしく里帰りでした。
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| 2012年6月23日(土) |
| エピソード4 |
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パラドールの夕食
ラ グランハは王宮を囲むこじんまりして落ち着いた街でした。
見所はベルサイユ宮殿を模して作られたと言われる庭園で、花壇あり噴水あり 数々の彫刻ありで素晴らしいところですが、ご年配の方には歩いてまわるのに広すぎです。
どうしたらいいのかしらね…
と妹と話ながら、
やっぱり籠しかないね。
という結論に…?
(江戸時代かい!?)
パラドールは夕食もお楽しみいただけるよう 日本でご予約できますよ。とのことでその日の定食が予約済み。みんなおめかししていきましょう。
まずはウェルカムのシャンパンから…
素敵!
揃ったところで大きな丸テーブルに着席。一皿めと二皿めの5種類くらいから料理を選ぶ。私は焼きナスのサラダを一皿めに、白身魚のなんとかソースを二皿めにチョイス。
サラダはローストビーフやレタス 沢山の野菜が山になっていてそれらをほぐしたら大きなサラダボール一杯分は優にあり その奥底に寝そべる焼きナスたち。
二皿めの魚の大きさ 付け合わせの量はご説明しにくいためご想像におまかせすることにして、ほかの何人かの方々が選ばれたコロッケの個数が一皿8個だったことだけは付け加えておきたいと思います。
あわせて32個のコロッケを何個食べ残してしまったのか…
飢えて亡くなる子どもたちが同じ地球上にたくさん存在するというのに…
次回は心して料理の注文を少なめにと覚えておかなくては…。
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| 2012年6月22日(金) |
| スペイン報告3 |
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3日目 ラ グランハ
セビージャのホテルで目覚め
「ええと、ここはどこだっけ…?」
と寝ぼけてしまうのも束の間、またまた目の前にはあるがどうやって行こうかサンタ フスタ駅。
大丈夫 時間はたっぷり、新幹線の乗り場も昨日チェック済み。ではみなさん がんばってトランク引いていきましょう!
前日の復路 マドリードまで新幹線に。車内のカフェでお茶しながら楽しくお話ししたり、もう慣れたものです。 マドリード到着時、日本人の方が出迎えてくださりバスまで案内してくれました。
今度の運転手はガブリエルくん、一応スーツは着てるけど チンピラのあんちゃん風。
一路 セゴビア県の古い王宮のある街 ラ グランハへ。
スペインに行くなら一度は滞在したい国営ホテル 総称「パラドール」
各地の歴史的建物を利便性だけ整えてホテルやレストランにしているので、王族の気分を味わえます。
そういえば、バルセロナのガウディの作品にも普通に人が住んでるし、大事にし過ぎてしまいがちなものがすぐ身近にあると、人々も歴史とともに今を生きている感じがします。
マドリードから二時間ほどで街に入りましたが、その前にやっぱりお腹が…
スペインのお昼は2時頃からなのでレストランが開くのも1時過ぎです。バスからながめて良さそうな場所でおろしてもらうと、
漂ってきました炭火焼きの美味しそうな匂い、ここのテラスで決まり!
スープ3種はカスティージャ風素麺みたいなパスタ入り、ニンニクと卵、大きないんげん豆入り。
それを人数の半分の数だけ頼んでもかなりな量。
メインディッシュも骨付き肉とチョリソとソテーだけにして正解でした。
9人でスープを6人前と肉料理を3人前のみで十分、そしてその夜 この国の本当の食事の量を知ることになるのです。
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| 2012年6月21日(木) |
| エピソード3 |
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スペインのホテルに到着して まず確認するのは、
@おトイレの流すボタン
押したり引いたりやたらに大きくてそうは見えなかったり…
Aお湯の出しかた
ホテルによっていろいろだしシャワーへの切り替えもどうしたらいいの〜!?
Bエレベーターの表示
例えば、
B…地上階
R…レセプション
S…地階
0…ちなみにこれは数字のゼロで地上階を示し、日本の2階が1 すなわち1階なのです。
そして、ほとんどのエレベーターに閉ボタンはありません。
たった何秒かを惜しんで閉ボタンを押し続ける日本人と比べてやたらに感心してしまうのです。
そういえば スペイン人ってあんまり急がないなあ…
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| 2012年6月20日(水) |
| スペイン報告2 |
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2日目…セビージャ
発車2分前に飛び乗った新幹線AVEで2時間30分、オリーブ畑や遠くのお城などを見ながらセビージャのサンタ フスタ駅に到着。
バスの運転手が名前のプレートを持って待っていました。
名前はオレンシオ、浅黒いみるからにアンダルシア人。早速バスに乗り込み第一目的地 ひまわり畑へ。
市街地をぬけてしばらく走るとありましたよ〜 ひまわり畑、まだ三分咲きってところ。
それでもみんな大喜びで近づきお写真撮りまくりました。
さて次は?と言うところですがそういえばお腹空いてますねえ。
オレンシオさんにいいお店を教えてもらい、そこでバスを降りて
ではあとでまた迎えに来てね。と別れる。
レストランでは感じのいいウェイターさんが、
「オリガミ?」
とメモ用紙を差し出すので 小さな鶴を折ってあげる。彼も挑戦するが難しくて断念…
美味しかったし 楽しかったです。
さて、セビージャは今日1日限り お城を見て、買い物して…やりたいことがいっぱい。
途中 教会でミサをやっているのをちょっと見学。カトリックの国ならではの厳かな雰囲気は、ただ建物を見るだけではない素敵な経験でした。
アルカサル(お城)は中庭や装飾が素晴らしい!
広場には観光用の馬車がたくさん並び
「乗っていきませんか〜!」
軽くあしらってめざすは可愛いお店のならぶシエルペス通り。
マントンに悩み、扇に迷い、なかなか決められません。何日もいられなくてかえってよかったかも…
はて、気がつくとここはオレンシオさんとの約束の場所からかなり遠くまで来てしまったあ〜?!
もう歩けませ〜ん!
「ごめんなさい…
もう歩けないの。近くまでお迎えおねが〜い!」
と電話する。
「いまどこにいますか?」
「ええと、すみませ〜ん
ここどこでしょう?」
とお掃除のおじさんに聞く。
「あれがホテルイングラテーラだなや〜」
なんてすごいやりとりを広場の真ん中の公衆電話でして 無事オレンシオさんに拾ってもらいました。
ホテルに到着。お疲れと思いきや 全員タブラオに行く気満々。すぐ手配して本場のフラメンコショーを見に行く。
帰りは11時過ぎだけどホテルのレストランでスープの用意をしておいてもらう。お米入りスープの美味しかったこと!
夜遊びして帰ってからお茶漬け食べてるみた〜い! でも ドアとかバシバシ閉めはじめてました。
なんて密度の濃い1日だったことでしょう。
あの…
昨日の夜遅くマドリードに着いたんですよね…
ってことは昨日の朝みなさん日本にいましたねえ…
まだ旅は始まったばかり〜!
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| 2012年6月20日(水) |
| エピソード2 |
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日本は緑が多く 水も豊富です。
スペインに行くと日本の豊かさをあらためて感じます。
木が多いから何でも贅沢です。割り箸は使い捨て、スペインのマッチや楊枝は日本の半分くらい、ティッシュを買ったらごわごわ。
そして 水。
あるホテルの話しでは、日本人のツアーが到着するとお湯がたりなくなると言っていました。
私たちはシャワー出しっぱなし当然ですものね。
昔 下宿ではお湯の量が限られていていろいろ工夫して、まずは水でシャンプーまではがまんする、最後だけお湯を全身にかぶる、等々。
今回泊めていただいた田舎のセニョーラ フェリの家でも なにやら水道工事とかでお湯は出ませんでした。
私はこれをスペインの洗礼だと思っています。
よくよく考えてみると毎日必ずお風呂に入るなんて最高の贅沢!
熱いお湯につかるといつも、被災された方々は毎日すきなようにお風呂に入れているのかなあ…
ふと考えてしまいます。
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| 2012年6月19日(火) |
| 突然ですが… |
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新聞に「植物工場」という記事がありました。
ちょうどスペインの野菜は美味しいな、と思っていたところでしたのでちょっと話題はそれますが…
スペインの特に市場の野菜や果物は大きさは不揃いですが味がなんというかしっかりしていて力強いような気がするのです。
お日様の光を十分に浴びて育っているからでしょうか?
そこで、前述の植物工場のお話しに戻ります。
屋内で人工的に栽培するのだそうで…
なんだかへんな感じです。
以前みた映画の中で教会の神父さまたちがテロリストに襲われる場面で
「私たちは大地から採れるものしか食べていません。」と言うのがとても印象に残っていまして。
また何年か前にやはり新聞広告で
核廃棄物を地中に埋めるのに場所を提供してください。というのがあって、やはりなんだかへんな感じがしたんです。
そして、つい先日の記事では地中に埋めても害が減るには10万年以上かかるらしいとのこと。
やっぱり何かおかしいです。
私たち人間は地球上のほかのものと、どこで歩んでゆく方向が違ってしまったのでしょうか?
おかしいことにおかしいと声をあげるのは勇気がいりますが、口をつぐんで見て見ぬふりはしたくないです。
お日様の光をいっぱい浴びて、お百姓さんの愛情もたくさん受けて育った野菜は人にもたくさんの栄養を与えてくれます。
心を込めたやりとりでこそ何かが生まれ育つのではないでしょうか…
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| 2012年6月18日(月) |
| エピソード1 |
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留学時代の下宿のおばさんセニョーラ フェリの住む田舎の町での出来事。
通りをへだてた教会前の広場のバルで突然
うわあ〜!
と歓声がおきました。
なんだろう?
なんだろう?
サッカーの試合
スペイン対イタリア戦
そういう時はみんなテレビに向かって飲んでます。
外のお客さんなんかほったらかし。
レストランでも何故か同じ方向でみんな横並び。
ああ、試合が始まるのね。
白熱してくればコックさんまで出てきてみんなで仲良く観戦。
だあれも文句は言いません。
サッカー大好きなお国柄らしく微笑ましい!!
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| 2012年6月18日(月) |
| スペインの報告1 |
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1日目…マドリード
7日11:55成田発
約12時間かけてパリ到着。約2時間の待ち合わせの間に広〜いシャルル・ド・ゴール空港内を移動し乗り継ぎ。
フランスの空港はさすが洒落た雰囲気ですねえ。壁にパリの街並みの絵がありました。
同日21:55やっとスペインのマドリッド着。
現在直行便がないのがちょっとつらいところ。
今回は9名のグループのためタクシーは3台に分乗。ホテル到着は23時過ぎ、まずはゆっくりお休みいただく。
朝食が充実しているこのホテルを選んだのは、翌朝になると必ずお腹が空いていること、駅に近いこと、ピカソのゲルニカがあるソフィア王女美術館が目の前なことなどの理由から。
8日、朝9時ぴったりにもと下宿をやっていたルーシーがホテルに来てくれて引率、開館時間を待ってゲルニカを観る。
今まで素通りばかりでみたことがなかったので マドリードの時間は非常にタイトでしたが やはり無理にでもいってよかったです。
ゲルニカの展示してある部屋は、ピカソが反戦の意味を込めて描いたその当時の空気が漂っているようでした。
足早にホテルにもどり荷物を持ってアトーチャ駅へ。
そこに見えるけど新幹線のホームまで遠いのは東京駅と同様。
しかも、スペインでは駅で荷物チェックがあります。みなさま、心して行動はお早めに!
出発2分前に全員飛び乗る。
いやはや、初日から冷や汗ものでした。
そして、フラメンコの発祥の地 アンダルシアのセビージャへ。
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| 2012年6月16日(土) |
| スペインの報告 |
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2012年6月7日〜14日
1日目…マドリード
2日目…セビージャ
3日目…ラ・グランハ
4日目…サンチョヌンニョ
5日目…サラゴサ
6日目…バルセロナ
7日目…帰国
以上の日程でのスペインの旅、楽しいこと美味しいものたくさんこれからご報告します。
ピカソのゲルニカをやっと生で観る。
新幹線にトランクとともに飛び乗る。
ひまわり畑。
セビージャのフラメンコ。
ラ グランハの王宮と庭園。
田舎町の人々。
バスの旅。
サラゴサの風景。
三人のバスの運転手。
バルセロナの見所、食べどころ。
こんな感じの予告編といたしましょう。
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| 2012年5月23日(水) |
| 「牛タンやの親方」 |
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今年12月に踊る仙台のライブハウスを下見に行った折りのこと、地元の踊り手が連れていってくださった牛タンやの親方はとてもおもしろい方で 手があくと私たちのお座敷にお話ししに来てくれました。
日本人はボランティアをどこまでやるか、どこまでしてもらうかの教育をまったく受けていないから する側もゴールが見えない。
どんなにがんばっても結局 被災者側にやる気がなくては復興は無理なんだ。
誰の援助も受けず、黙々と自分たちでがんばった人たちはやっと芽がでてきたが、誰かの助けを待ってばかりじゃ 前には進めないんだな。
こんなお話しをしてくださり、考えさせられました。
ちょうど 障害者の方々の施設でのボランティアライブを終えたばかりで 思いあたることもあります。毎年うかがっている施設ですが、今回は今までになく盛り上がりました。
それは、見る側の皆さんが確実にフラメンコの楽しみ方を知ってきたということです。
「観客が育つ」という言い方がありますが まさしくその通りなのです。
踊る側ももっと成長しなければ…
結局は
やり・とり
なんですね。
仙台の親方のように新しくお知り合いになった方から、また新しい物の見方を教えていただく。
楽しいですね。
すっかり親方が気にいって 翌日もランチのトンカツをいただきにいきましたが、さすが親方の作るトンカツ こだわってこだわって絶品でした。
牛タンにもトンカツにも親方の人生があるのです。
素敵です。
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| 2012年5月22日(火) |
| 「ノヴェンバーイレブンスライブ」 |
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初対面の方や20年ぶりくらいの方々と一緒のライブでした。
でも みんなフラメンコ大好きな共通点があれば本当に楽しく一体感もあるんだなあ〜
と感激しました。
写真向かって左から
三宅由起さん、ギターの盛植さん、私、今井協子さん、唄の鞍掛さん、ヴァイオリンのYuiさん
ライブのときに写真を撮ったりはなかなかしませんが なぜかこの日はみんなで撮ってもらって嬉しかったです。
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| 2012年5月20日(日) |
| 「上越追記」 |
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東京から新幹線で越後湯沢乗り換え ほくほく線で直江津まで。
ほくほく線に乗るとまもなく、携帯電話がつながりにくくなります。
という車内アナウンスがあって 車窓から見えるのは素晴らしい田園風景。
ちょうど田植えがすんだばかりの水田にうつる木々、なんとも言えぬ緑の濃淡
ところどころに咲く山藤の紫
今年は雪が多かったから 春のありがたさ、初夏のうれしさも倍だねえ…
いまが旬の山菜からも季節の移り変わりをしみじみ感じた二日間でした。
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| 2012年5月19日(土) |
| 「上越アウトリーチ フラメンコ公演」 2 |
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3回目…下保倉小学校
1回目の三郷小学校に比べて倍の人数の学校ですが、とても静かに見てくれました。
元気がないのかな…とちょっと心配になり進め方も方向転換して
「みんなギターって近くで見てみたい?」
「はあ〜い!」
わあっと英夫さんの近くに寄ってきてくれました。
それじゃ 1年生からね。
なんて言っちゃってから、
しまった…
学年ごとにしたら全部で6曲…
サザエさん
ドラえもん
ちょうちょ
エリーゼのために
乙女の祈り
禁じられた遊び
アルハンブラの思い出
なんなく7曲も弾いてくださいました!
それからはだんだんに心を開いてくれたようで、最後のソレアまでしっかり受けとめてくれたような気がしました。
ところが…
お礼の言葉や花束をいただいて退場しようとしたら
アンコール!
それじゃみんなでもう一度踊りましょう。何人も舞台上で一緒にオレンジもぎのルンバです。
そして さよなら〜?
アンコール!
アンコール!
アンコールの嵐です。
うれしいですよねえ。
セビジャーナスをカスタネットをつけて踊ったらみんなキラキラした笑顔で手拍子をしてくれました。
「私が一生懸命踊ったのは、悲しいときフラメンコ見たなあって思い出して欲しいからなの。」
一番前の男の子ははじめからずっとうつむいたままでしたが、少しずつ顔をあげて最後は手を振ってくれました。
私にとっても有意義な二日間でしたが、また来てください!
と言われるとちょっとさみしいです…
学校公演は一生に一回きりのご縁なんです。
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| 2012年5月18日(金) |
| 「上越アウトリーチ フラメンコ公演」 1 |
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6〜7年前から何度か呼んでいただいていますこの事業は、上越文化会館が費用をだしてくださり、地元の学校や町内会から希望をとって派遣されるものです。
簡単に言うと劇場にあまり出かける機会のない方々にライブの出前をしようという企画で一泊二日で三ヶ所を回ります。
1回目…三郷小学校
体育館に入ったとたん拍手と「おお〜!」と歓声が…
初めて見るのに子供たちはもうノリノリで手拍子をしてくれました。
まずは帽子でガロティン
フラメンコのカスタネットってこんなのです。と紹介してセビジャーナス
「みんなも踊ってみる?」
「やったあ〜!」
いつものオレンジをもいでかごにをルンバで
うれしい気持ちのアレグリアス、悲しいけど負けないでがんばるぞ〜のソレアを踊りました。
最後はまたみんなでオレンジもぎ
とっても素直で明るく可愛い子供たちでした。
2回目…田野上集会所
近隣の福寿会のメンバーの方々がちょうど旬の山菜を美味しい手料理でもてなしてくださり、心のこもった歓迎に大感謝です。
集会所の二階のお座敷に板を敷いて文字通りかぶり付きでご覧いただきました。
「興奮して今晩寝られないわあ〜!」
とのご感想で嬉しかったです。
つづく
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| 2012年5月7日(月) |
| 「平塚公演を終えて」 |
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ご年配の方々は東京まで見に行くのは難しいので、平塚で公演をしてくれませんか?
とのご依頼で企画が始まった今回の舞台。
グランドピアノが置いてあるだけのフラットな空間をどう使うか、舞台設営と照明や音響は?など
いわゆるライブ専門のスペースや劇場ではないだけに不安でした。
そして当日、9時前からいろいろな準備に入り 次々と大道具、照明、音響の仕込みをしていくスタッフ10名あまり…
素晴らしい働きにただただ感心しました。
華やかな舞台の文字通り縁の下の力持ちです。
20年近くもの間 舞台監督をしていただている方は「お守り」のような存在でその会場のどこかにいてくだされば滞りなく本番が進みます。
内容は、カルメンや古典舞踊からルンベーラ、ソロや群舞など はじめての方が充分お楽しみいただけるようにバラエティーに富んだプログラムにしました。
終演後 ロビーに出ていらしたお客様のお顔がみんなとても嬉しそうなのを見て公演の成功を確認します。
準備期間中の事務や制作業務から 本番終了後の後処理まで含め、一つの舞台を成り立たせるために働く多くの人たちの心配事は、どんなに綿密な準備や手配をしても本番が無事終わるまで尽きません。
それらスタッフの気持ちも、キャストとともにその舞台を作っている大切な要素なのだとつくづく感じます。
どんなに大きな舞台でも、どんなに小さな舞台でも その本番に込められているものすべてが現れるのだと思います。
そんな心配の絶えない、日々 次の本番の準備をしている自分の仕事が実はとっても好きなんです。
平塚公演の大成功につきまして、ご尽力いただいた方々と
おでかけくださったお客様に
心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。
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| 2012年4月24日(火) |
| 「桜に想う」 |
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いま 福島は桜が満開です。
打ち合わせに仙台へ向かう新幹線の中から福島の桜をたくさん見ました。
いつも思うのですが、この花は美しいを通り越して 妖しいです。
原発の近くでもきっと妖しく咲いているのでしょうか?
未だに自宅へ帰れないたくさんの人たちを待つように?
私たち人間のいたらなさを優しく許すように?
明日 レッスンの予定の福島の方々は、放射線料が高くてお花見にはあまりいけない…
とさみしそうです。
桜は毎年、そのときの天候による適当な時期に黙って咲き、見事に散ります。
私たちはもっと
自然とともに生きるべきかもしれません。
いつも桜の時期にはセンチメンタルになってしまいます。
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| 2012年4月22日(日) |
| 「共働学舎ボランティアライブ」 |
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毎年恒例のライブに行って来ました。
今年のリクエストは
「お化粧してもらいたい!」
はじめは遠慮していた方や男性の方々も最後にはバッチリ アイシャドーと口紅をつけてうれしそうです。
古典舞踊のアストゥリアスはギターとカスタネットのみのソロにもかかわらず とても静かにみてくださり、その後のカラコレス、ティエント、ガロティンは皆さん手拍子やかけ声までかけて楽しんでくださいました。
私のソレアはとても集中して、何かフラメンコの見方を心得てくださったのですね。
うれしいです。
最後はルンバで
手拍子する人、歌う人、踊る人になってオレーッ!
もうノリノリで終わりました。
あいにくの雨のため いつものタケノコ掘りは行けませんでしたが、朝のうちに掘っておいてくださったものをお土産にいただきました。
また来年来てくださいね。
とたくさんのお見送りの中 うれしく帰路につきました。
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| 2012年4月20日(金) |
| 「クラッシュ&ビルド」 |
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30才代、生徒さんに教えながら本番の舞台にも立つようになった頃、「フラメンコの体の使い方を習い直したら」
と あるギタリストが先生を紹介してくださって、鶴巻温泉まで月一回うかがいました。
はじめは立つことから。
初めてのレッスンの翌日 身体中が痛かったのを今でも鮮明に覚えています。
それまでたくさんの舞台をとにかく華やかに と踊っていた私は、本当の意味で体の使い方を知らなかったのです。
それはフラメンコ人生の大きな転機となりました。
使い方が変わった体は具合が悪く、3年くらいは思うように踊れず そんな私を黙って支え続けてくださったお客様に今も感謝です。
さて、それで済むわけはありません。
何がきっかけか、出会ったCDなのか 家族の言葉なのか…
ただ 今回は妹が
「クラッシュ&ビルド」っていう言葉があるくらいどの世界にもあって それはとてもよいことだし必要なんだよ。
と具体的に説明して励ましてくれました。
「ぶち壊して、建て直す」
でしょうか…
いつの間にか楽な方を選び、根っこを忘れる人間の性でしょうか…
いま 二回目のそれを迎えています。
正直 体も心もつらいですが、私とともに根っこの見直しをしてもらっているすべての生徒さんのためにもいい建て直しがしたいです。
なぜ そんな大変なことわざわざするの?
恥ずかしくない生き方と、真のフラメンコをめざしたいからです。
人生って ホントに修行ですねえ…
いっつも思っちゃう。
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| 2012年3月15日(木) |
| 「アルモライマ 福島」 |
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一昨年からレッスンに通いはじめた福島の愛好会
「パシオン」(情熱)
私の振り付けのアルモライマを教えてもらいたいと言われたときには、ちょっと躊躇しました。
それは、私と娘の麻衣と歴代舞踊団のメンバーとで作り上げてきた作品だからです。
そんな簡単に外の人たちに教えちゃうんですか?
との意見もありましたが、私の基本的やり方である
「誰にでも出来る限りのことをする」
を貫き はじめたのでした。
そして 大震災。
レッスンの中断。
しかし、再開したときもきちんと進んだところまで練習していてくれて嬉しかったですね。
そして大震災から一年、今月振り付けは最後までいきました。
踊りを教える段階はいくつかあって、まずは振り付けを伝える。
動きの右・左や回数などを伝える段階が終わりました。
あとは完成度を上げる、心を込める。
絵画にたとえると、デッサン〜輪郭をはっきりさせる〜色づけ そんな過程と似ていて、デッサンが終わったのです。
教えていく間
ここはこんなふうに
ここはこうして欲しい
などと完成のイメージみたいなものは伝えていくのですが、ある程度以上は自分の表現をして欲しいです。
原発事故の問題は未だに解決していない福島で、放射能の見えない恐怖の中 アルモライマが彼女たちの支えの一つにでもなったのならこんなにうれしいことはありません。
レッスンを終えた顔が晴れやかだったのがなんともいえず、幸せな気持ちで帰途に着きました。
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| 2012年3月14日(水) |
| 「一本の電話」 |
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3.11
エスペランサ
プラサマジョールライブ
宮城と福島の方々を迎えての会は、彼女たちのエネルギッシュなフラメンコのおかげでとてもいい会になりました。
さかのぼると石巻での復興支援ライブにお手伝いいただいた宮城の若手お二人と、東京から同行してくれたギタリストとの帰りの車の中で思いつき決めたライブだったのです。
そして その復興支援ライブにはなぜうかがえたかと言うと、 昨年の11月に石巻での復興支援ライブの依頼の電話がありました。
まったく面識のない方から突然のお電話でした。
一本の電話から実現したライブは、いらした東北の方々と東京の方々をつなぐかけはしにもなったのでした。
プラサマジョールライブ
マジョール広場に集う人々と言う意味で企画した第1回目にふさわしい 心と心をつなぐライブになって とても感謝しています。
ありがとうございました。
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| 2012年3月9日(金) |
| 「ひな祭りライブ」 |
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ソロを中心とした発表会は初めてでしたが、出演の生徒さんたちはそれぞれとても頑張ってくださいました。
発表会に参加する目的も込める思いも違いますが、ソロで踊るからこそわかるフラメンコの楽しさと難しさがあると思うのです。
生徒さんにはこれからもいろいろな形でフラメンコをより理解し より深い楽しみ方を探して欲しいと思います。
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| 2012年2月23日(木) |
| 「銚子訪問」 |
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生徒さんのお一人のご実家である銚子にうかがってきました。
「海の見えるレストランがあって、いつか先生に踊っていただきたいと思っています。」
という素敵なお申し出が初めてこの地を訪れるきっかけになりました。
東京八重洲口からバスで2時間と少し。
天気は快晴で遠足気分。
バスを降りたところでご家族が迎えてくださいました。
車に乗り換えてまずは観光。
犬吠埼灯台に案内してくださり、99段ある螺旋階段を昇ると素晴らしい景色が…
なが〜い海岸線とおだやかな海にうつる太陽のキラキラ、水平線の美しさ。
言葉では表しきれないのがとても残念。
素晴らしい景色を見ると心までがきれいになる気がしますね。
小さな漁港の真ん前にある食堂の定食の美味しかったこと!
1両しかない銚電の車窓からながめるのどかな町並み。
景観が一番よいと言われる京成ホテルや、本来の目的であるレストランを訪ねて帰路に着きました。
帰りは特急でと駅構内で待ち合わせをしていたら思わぬ方に声をかけられました。
よくお世話になっているスタッフの奥様でした。
お子さんと実家である銚子に遊びに来た帰りとのこと。
あまりの偶然にびっくり!
直接お話しした記憶はないのに、声をかけてくださり嬉しかったです。
「銚子で踊られるんですか!?」
とうれしそうに聞かれて、やはり実現せねばとひそかに決意したりして。
仕事の下見とはいっても、地元の美味しいお魚やさんをご紹介いただいたり ご家族のあたたかさに感激したり とても充実した1日でした。
いつか銚子で踊れることを夢見ながら、買い求めてきた河豚の唐揚げで一杯。
う〜ん
美味しい〜!
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| 2012年2月14日(火) |
| 「訃報」 |
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ミスターマジョールとお呼びしていた、
12年もの間フラメンコを楽しんでくださっていた方がお亡くなりになりました。
定年退職なさったのを機に長年あこがれていらしたフラメンコのレッスンを始められたのがつい最近のような気がいたします。
いつも前向きに夢を持ち、スペインにもご一緒してバルセロナの浜辺でご機嫌よく歌われていたのを思い出します。
脳溢血で半身不随になられた後も お見舞いにうかがった折りには、車椅子で 動かせる手足の方で踊る真似をなさって…
「もう覚えも悪くなって、なかなか思うように踊れませんね。」
とよくおっしゃっていましたが、天国でファルーカを気分よく踊られているのでしょう。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
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| 2012年2月13日(月) |
| 「CORAJE」 |
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コラッヘ
(勇気、気力)などと辞書には訳されていますが、長くグラナダで活躍されていたある踊り手さんは
「肝っ玉」と訳していてフラメンコで言えばこちらがぴったりだと思います。
ぎゅうっと力を込めて全身全霊かけて踏ん張る。
日本では「臍下丹田」という言葉がありますが、何をするにもここが要となる。
90才を過ぎても絵を描き続けた画家の方は、絵を描くときもこの臍下丹田が大事だと言っていました。
フラメンコは、この一番要になるコラッヘが必要です。
踊りだけでなく唄もギターもです。
このコラッヘは、人生の苦境においてもそれを乗り越える力だと思います。
私自身が過去に幾度となく死ぬことまで考えた苦しいとき、なんとか乗り越えて来られたのはフラメンコのコラッへがあったからです。
誰でもが経験するであろう苦境を、このコラッヘをもって乗り越えていただきたいです。
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| 2012年2月12日(日) |
| 「発表するということ」 |
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発表会の目的や意味は、出演者それぞれ違います。
これはジャンルを問わず、自分の作ったものや精進してきたものを人様にご覧いただくことについても言えます。
いま 自分の踊りを見てもらいたい。
自分の上達のための目標として。
人生の一区切りとして 足跡を残すような気持ちで踊っておきたい。
上手に踊ることより、その時の気持ちがどれだけ込められたか、楽しい 苦しい つらい うれしい…
なんでもいいのです。ただ感情が込もっていないとフラメンコじゃないから…
3/3 ひな祭りライブ
みなさんの踊りに垣間見える心を楽しみにしています。
そして、みなさんからの心の発露を受けて、最後に踊る私の気持ちも変わるのだな…
と思います。
非日常な舞台はこの心のやりとりがしやすいですね。
本当は普段のお稽古でも内面表現はできると思いますが、自己満足に陥りやすいです。
「人前で恥をかいて上手くなる。」
まさしく 昔の人のおっしゃる通りです。
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| 2012年1月31日(火) |
| 「命の形」 |
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散策していたミケランジェロが、草原に大理石を見つけて叫んだ。
「この中に女神が生け捕りにされている!」
その後、ミケランジェロは丹念にノミを振るい、見事な女神の像に刻み上げたという。
寺の山門で、ある仏師が仁王を彫る話である。
仏師は、実に無造作にノミを使い、一打ちごとにたちまち眉が、たちまち鼻が浮かび現れる。
すると若者が次のようなことを言う。
「あれは木に仁王を彫りこむんじゃない。最初から木の中に仁王が埋まっているのを掘り出すだけだから容易なものなのだ。」
寿命は決まっているのだから、土に埋もれた定められた命を、医学をもって掘り起こし光を当て、よりよい最期の時を作りだしていく。
それが医者の役目だ。
こんなお話しを偶然にも続けざまに読みました。
フラメンコは、さまざまなものに覆われてしまっている美しい心、精一杯の生きざま
それらを掘り出してくれるように思います。
私は、ただ余計なものを取り除いてあげる役目かもしれないと思います。
一人一人が持っている「命の形」をフラメンコをもって生き生きと表せるように。
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| 2012年1月16日(月) |
| 「誕生日」 |
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1月15日、私は54才の誕生日でした。
前日 横浜のチャリティーライブに参加しましたら、出演のお仲間からライブの最後にハッピーバースデーをしていただき 花束とケーキまで。
見にいらしてくださった生徒さんたちからも花束ととってもうれしいメッセージもいただきました。
そして、いつもどうしていらっしゃるかな…とご心配申し上げています大切な方々お二人もいらしてくださり、これはプレゼントと同じくらいうれしいことでした。
また 誕生日当日は、甲府のレストラン「ベルク」の社長さんをスペインクラブの会長さんにご紹介するお約束の日でしたが、銀座スペインクラブでもまたまたハッピーバースデーをお店の方々がギターと歌で祝ってくださいました。
お引き合わせしましたお二方は、お仕事のお話しも順調になごやかな会食となり、私にとりましても有意義なお話しがたくさんうかがえました。
たくさんの仕事をしてきましたが、やはり一番大切なのは人だということ。
それがとても心に残りました。
プレゼントやメールをくれた方たちもいっぱいいて、54才にもなって こんなに多くの方々にお祝いしていただき、本当に私は幸せものです。
ありがとうございました。
素敵な洋服をプレゼントに作ってくれた母、夜中にメールをくれた妹、
朝 寝ぼけまなこで
「おだんじょうびおめでどう…」
とぐずぐず言ってくれたどら息子と
子供たちの大騒ぎをバックに電話をくれた娘にも感謝です。
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| 2012年1月13日(金) |
| 「ガンジーさんの言葉」 |
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「七つの社会的大罪」
労働なき富
良心なき快楽
人格なき学識
道徳なき商業
人間性なき科学
献身なき信仰
理念なき政治
野田総理大臣がインドにいらっしゃる。
という記事に
インドと言えばガンジー首相。
その理念とは…
と書いてありました。
すごい方だったのですね。
すべてをさまざまなことにあてはめたら、恐ろしい世の中なのだ と改めて思い、
同じ人間にガンジーさんのような方がいらしたことも素晴らしいと思いました。
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| 2012年1月11日(水) |
| 「101歳の誕生日」 |
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私が、生後一ヶ月から結婚するまで 多くの時間をいっしょに過ごした祖母は1月11日で満101歳になりました。
最近は、会いに行っても私のことがわかりません。
自分の小さな頃の記憶だけになっているようです。
なのに 会いに来てくれたことはとても喜び、ご飯を食べさせてくれることを感謝し、いらないことを
「もう結構です。」
と言います。
「ボケる」と言う言葉をよく聞きますが、生きてきた人生の記憶はなくなっても 礼儀正しく、周りに感謝して ということは普通の人よりしっかりしているのです。
なんだかとても不思議です。
大 大 大好きなおばあちゃま、素晴らしいな…。
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| 2012年1月2日(月) |
| 「五十肩」 |
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岡山の帰りに大阪に住む古い友人と数年ぶりに会いました。
彼女は看護婦長で
最近の様子を報告しあいましたが、やはりお互い体調のことも気になる年頃です。
そこで、昨年苦しんだ五十肩にどう取り組んだかの話がとても興味深かったのは、生徒さんにも同じ悩みをかかえている方が多いからです。
500mlのペットボトル(中身は何でもよい)
を利用するリハビリ …
椅子やベッドに向かってやや広めに足を位置し、痛む方の手にペットボトルを持ち、もう一方の手を椅子において身体を支えるようにする。
肩を支点にしてペットボトルを振り子のように振る。
振り方は
前後に10回
左右に10回
外回し10回
内回し10回。
振り幅は痛みに応じて無理はしない。
要は筋肉を使わず肩の周りの筋を伸ばすことだそうで、
1日3回くらいするとだいぶ効果があるようです。
もうひとつは壁に痛む方の手をおき、体重をかけて肩甲骨を後ろに縮めるようにする。
羽根をとじるような感覚ですね。
逆に壁の縁などに手をかけて身体を離すようにして肩甲骨を前にずらす。
痛みがひどく看護の仕事にも支障がでてきた頃には、胸や腕 背中の筋肉も落ちてきてしまったそうで
「本気で直さないと身体全体に影響するからね。」
との言葉でここに紹介することにしました。
私も稽古納めをした後の岡山下見は
新幹線で座り、打ち合わせで座り、お食事会で座りの連続で腰と背中が痛みましたが、健康維持の原理は適度な運動をすることに尽きます。
この五十肩体操もやはり周囲の血流を良くして治癒力を高めるのが根本かと思います。
年末には大掃除で普段使わない筋肉を使ったり お正月にはまったく動かなくなったりで弱った身体にはどうぞ適度な運動をしてあげてください。
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| 2012年1月2日(月) |
| 「岡山 後楽園」 |
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下見にはじめて訪れた岡山ですが、ホテルの近くに日本三名園の一つ後楽園があり朝の散歩に出かけました。
この後楽園は
「先憂後楽」
人々より先に心配し、人々より後に楽しむ
の精神から名付けられたそうです。
丹頂鶴が8羽いて、はじめて間近に見ましたが日本を代表する鳥だけあって優美で お正月には解き放たれ、広々とした園の上空を舞う姿は素晴らしいことでしょう。
ボランティアで園内を案内してくださるグループ
「後楽塾」の方のおかげさまで楽しく散歩することが出来ました。
岡山公演には丹頂鶴をモチーフにした衣装を作ってもらおうかな…とか
それはなんの曲が合うかなあ…とか
またいろいろ夢がふくらみます。
本番にうかがうときはあわただしく、余裕もありませんが 思いがけない観光ができて幸せでした。
後楽塾の皆様
ありがとうございました。
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| 2012年1月2日(月) |
| 皆様あけまして おめでとうございます。 |
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いつもと変わらぬ新年のごあいさつをしましても、震災のあった激動の年が無事明けたと思うと感慨もひとしおです。
今年も皆様がご健康で 日々ほがらかに 夢をもって過ごされますよう お手伝いをさせていただきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
鈴木眞澄
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