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| 2010年12月20日(月) |
| 「親を亡くすこと」 |
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私の父は48歳で他界しましたが、幸い母は三回忌までは元気なく過ごしていたあと、一念発起して自分の人生をしっかりと歩み始めました。
来年には父が逝って30年になりますが、いまでも母はひ孫に囲まれたりして幸せだと思う度に「パパに悪いわあ〜」と言います。
最近 身近な友人がお父様を亡くされましたが、私はいまでもその悲しみを昨日のことのように思い出します。
だから 出来る限りのことをしてあげたいと思います。
誰しも親を亡くすのはつらいですが、それはもっと違う存在になって守ってくれることでもあるように感じます。
そこまでの気持ちに到達するのには時間がかかるでしょうけれど…
私だって悩むと いまだに 「パパがいたらどうしてたかなあ…」
なんて 思いますから…
親って本当にありがたく、子を持って知る親心 とか、親の死に目に会えないぞーなんて 昔の人はいいこと言いますね。
すべての親の方々のご冥福を祈って…
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| 2010年12月19日(日) |
| 「本当のサービス」 |
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12月25日に予定していますハイアット リージェンシー 東京でのクリスマスディナーショー。
お食事は基本的にフレンチのコースディナーですが、お客様の中には お肉が食べられない方々もいらして そんな方々にはお魚料理のみの特別メニューを用意してくれます。
これは何回もいらしてくださっていますネパールの方々がきっかけでしたが、(宗教上お肉を召し上がらないそうです。)
ほかにも いつもホールの方に「お口に合いませんでしたか?」と聞かれて申し訳なくて…
とおっしゃるお肉の苦手な方など、
助かりました!
と喜んでいただきました。
そして 今年は
「糖尿病なのでお食事は食べられないのですが、是非見に行きたいです。」
というお客様のために野菜中心の600kcal以内のメニューを料理長が考えてくださいました。
2時間もの間 何も召し上がらないのは心苦しいので…との気配り。
そのメニューをご覧になったお客様の喜びようを料理長にも見せたかったです。
ディナーショーは特殊なイベントと言えるでしょう。
食べながら見るの?
食事もショーも集中できないんじゃない?
どんな料理だか、好き嫌いもあるし…
そんな考えで敬遠なさっていらっしゃる方々も多いかと思いますが、
私のディナーショーは、
まずはじめに10分以内のウェルカムステージをご覧いただき、乾杯。
1時間以上のディナータイムでゆっくりデザートまで召し上がっていただいたあと メインステージを約1時間 お楽しみいただく。
心のこもったお料理と、楽しんでいただけるよう演出したショーで、素敵なクリスマスを過ごしていただくのが私たちの目標です。
「お客様に喜んでいただけること」
それが本当のサービスかな と思います。
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| 2010年12月7日(火) |
| 「今年最後の発表会」 |
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4月18日を皮切りに今年7回の発表会が無事終わりました。
自分の本番はまだありますが、どのクラスのどの生徒さんとも 一緒に積み重ねてきた一年の集大成としての発表会は特別です。
発表会からつぎの発表会までの約1年の間に 当然のことながらいろいろなことが起こります。
家族が病気になった。
ご主人様が亡くなられた。
仕事先でリストラされた。
人生 山あり谷あり ですからきりがありません。
それらを乗り越えて元気に舞台に立つ。
フラメンコをお伝えしているとお稽古の様子からその方の状態が見えてくることがあります。
だから つい一緒に悩んだり、悲しんだりしてしまって だんだん他人事じゃなくなってしまうんですね。
もっとさらっと距離をおいて フラメンコだけをすっきりと教えて欲しいと思われる生徒さんもいるかもしれませんが、そうゆう先生は多分 普通にいらっしゃると思うので、私はよく言えば親身に、悪く言えばおせっかいばばあとなって 生徒さんを家族のように大切に思うことにしています。
いえいえ 思うことに ではなく どうしてもそうなっちゃうのです。
だから いつも どの発表会の最後にもつい涙もろくなってしまうのです。
「がんばったなあ…」
感無量です。
つい 昨日発表会を終えた生徒さんから
「もっとお稽古したい。こんなふうにやりたい。」
など 次の希望が出てくると本当にうれしいです。
そして また一緒に歩む一年が始まるのです。
年間通して 生徒さんの人数分 悩み、喜ぶことが勝手な私の個人的生き甲斐のようになっています。
そんなお仕事につけて幸運です。
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| 2010年12月1日(水) |
| 「六つの本番」 |
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11月は六つの本番がありました。
はじめのいくつかはここにご報告しましたが、後半はいささか余裕がなくて詳しいご報告ができないままに失礼しました。
六つはどれも忘れ難いものでした。
鎌ヶ谷クラスの方々の愛情を感じ、縄文の空気に触れ、ベルクの方々の想いに刺激され、エルセロではスペインの街角でのフエルガ(フラメンコ遊び)を再現し お店まるごと盛り上がりました。
老舗タブラオ エスペランサ39周年記念ライブでは、瀧本さんの唄の真髄を聞き 周りがまったくみえない どう踊ったのか覚えていない という状況で お客様をはじめ共演のみなさんにも、すごくいいソレアだった とお褒めの言葉をいただきとても幸せでした。
最後の本番は由緒ある日本橋 三越劇場。
フラメンコギターのパイオニアである伊藤日出夫先生が やはり踊りの先駆者 故 河上鈴子先生のために1954年に作曲なさった「緑の夜」を踊らせていただきました。
共演はボニージャックス他 ポピュラーやラテン音楽、シャンソンなどの著名な方々で 楽屋でのマナー、三方礼
(メインの方をリーダーとして上手カミテ、下手シモテ、中央の順にお辞儀をする)など
古くからのしきたりが興味深かったです。
現在はプロとアマチュア、舞台の上と下の境目が曖昧になってきたように思いますが、往年のスターたちは、取り巻くオーラとお客様への感謝がやはり凄かったです。
立ち居振舞いから、学ぶべきところがたくさんありました。
こうして続いた本番の合間もスタジオに戻り、生徒さんとクラスレッスンをするのですが、なんだか戦場に出向いて戦い 家にかえって家族に温かく迎えてもらう…
そんな感じがしました。
ぶつかっていない限りクラスはお休みしなかったのですが、そんな慌ただしい私を支えてくれたり、本番に足を運んでくれたりした生徒さんに感謝です。
根っこになるスタジオという土台があるからこそ頑張れた六つの本番だったと思います。
ありがとうございました。
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| 2010年11月30日(火) |
| 「人生は山坂多い旅の道」 |
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なんて幸せ!
と思っていたら一つの言葉、一つの出来事で一瞬のうちにどん底に突き落とされてしまう。
どん底に落ちると周囲が何も見えなくなる。
だって「底」ですもの、周りが見えなくて当然。
そこからがんばって這い上がってくるとだんだんに景色が見えてきて、
「あれ、ここまでどうやってきたんだっけ?」
無我夢中だったりして…
そんなふうにみんな自分の人生を振り返ると あれが山だったなあ。とか あれは谷底だったなあ。などと思えるようになって、今は幸せ!と思えたらいいですね。
今は山なのか、どん底なのか その時々のフラメンコがあるからこそ一生付き合っていける。
例えば 私は10代の頃 ソレアを踊ったら庸子先生に「あなたにはまだソレアは早かったわねえ…」と言われて、近年やっとその意味がわかったのでした。
苦労を知らないとソレアを表現できないのかもしれません。
それに人間って 悪い時にやっと人の痛みもわかって 優しくなれたりしますよね。
一応 人並みに苦労させていただいてよかった、と思えるこの頃です。
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| 2010年11月20日(土) |
| 「ベルク サロンコンサート」 |
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甲斐市竜王にあるレストラン ベルクでは、開店以来24年間毎月かかさずさまざまなジャンルのコンサートを続けていらっしゃいます。
私が初めて呼ばれたのは20周年でした。
その後 クリスマスの時期に家族全員でうかがったのが、2年前で、3回目になる今回は是非ルンベーラをご紹介したくて チャチャ手塚さんに同行していただきました。
コンサートのあと いつも美味しいフランス料理をごちそうしてくださいます。
ただ今回は、やはり今のご時世でレストランをお休みせざるを得ない状況とのお話しがあってさみしい気持ちでした。
でもフラメンコみたら元気がでましたよ。とのこと 来年6月20日にまたうかがうお約束をして、サクランボ狩りとだきあわせて東京からツアーを組むワクワクの企画も考えています。
フラメンコ、フランス料理、温泉、サクランボ 楽しさ満載のお約束をして帰ってきました。
ご年配の素敵な社長さんご夫妻はとてもあたたかなお人柄で 私は大好きなんです。
最後にうかがったお言葉
「家内とね、先のお約束が決まるとそこまではがんばれるね。といつも話すんです。」
そんなふうに言っていただいて 本当に嬉しかったです。
フランス料理のベルクはお休みですが、同じ敷地にあるドイツ料理店のソーセージは絶品、新宿から2時間弱、高速を経て 双葉サービスエリアから出てすぐですから、東京から食べに行くのもいいですよ。
美味しくてあたたかな 心のよりどころみたいな場所と人々は、失ってはならないものだと思います。
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| 2010年11月14日(日) |
| 「八ヶ岳縄文太鼓」 |
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毎年 夏のイベントとしてライブを行っている八ヶ岳美術館周辺は、縄文時代に日本で一番人口密度が高かったと言われているそうです。
発掘された縄文土器の数も相当なもので、その土器にけものの皮をはって木の枝などでたたく縄文太鼓があり 踊った人もいただろうとのこと。
そんな縄文土器展にちなんで縄文太鼓とコラボレーションしてみませんか、という依頼がありました。
見たことも聞いたこともない太鼓と どんなことができるのか 多少の不安はありましたが、それよりこんな経験はそうできるものではないので 期待の方が大きかったです。
前日 夕方に八ヶ岳美術館に到着、初対面のご挨拶もそこそこに何曲か聞かせていただく。
その中の一曲は鳥笛もあってゆるやかなリズムで、私は裸足で柔らかな大きな布を持ち カスタネットもたたいてみました。
もう一曲はもう少し激しく 靴音もたくさん入れて 一緒にだんだん盛り上がってゆく手応えがあり、10人の太鼓メンバーの方々も感激してくださいました。
初めての試みでしたが、大成功だったようです。
太鼓は約5000年前に使われていたらしいのですが、西暦がたかだか2000年とちょっとですから、なんだかとても不思議な気分です。
ご先祖の縄文の方々も喜んでくださったでしょうか。
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| 2010年11月10日(水) |
| 「緑の夜」 |
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日本のフラメンコギターの草分けである伊藤日出夫先生は、今年78才になられますが、二度の大病にも負けずお元気にギターを弾かれています。
やはりフラメンコ舞踊の先駆者でいらした故 河上鈴子先生のために1954年に作られた曲が「緑の夜」です。
私はこの度 日本橋 三越劇場(ここも由緒ある劇場です)にて この曲を踊らせていただくことになりました。
この曲は、事実上 日本ではじめて作られたフラメンコギターの曲ですから、日本のフラメンコの歴史はほんの56年ということになります。
そんな名誉な機会を与えていただき とても光栄です。
人の歴史、日本のフラメンコの歴史、つい忘れがちですが、今を生きている私たちは、ポンと始まったわけはなく、道を切り開いてくださった先人がいることを忘れたくないですね。
自分も親がいて、そのまた親や遡れば祖先がいたから今の自分が存在する訳ですものね。
歴史の重さをうまく踊りに表せればいいのですが…
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| 2010年11月7日(日) |
| 「北部公民館まつり」 |
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毎年11月の第一日曜日は鎌ヶ谷のサークル「コラル」の発表会である北部公民館まつりです。
今年 コラルの皆さんは晴れの舞台である エル フラメンコで踊ったり、地元の夏祭りに出演したり 躍進の年でした。
また一方 私との関わり方やギターや唄の方々に対する認識についても いろいろ考えてくださった節目でもあったように思います。
今年も例年同様 紅白の幕とちり紙の花かざりのもと 踊って、毎年通って来てくださる近隣のお年寄りの方々の笑顔、飛行機で長い時間つらい思いをしなくても スペインの雰囲気を味わえて嬉しかった!と言ってくださる方々にありがたさを感じ、こんなにもたくさんの人たちが私の踊りを楽しみにしてくださっていたのだ と幸せに思わずにはいられませんでした。
「スタジオまで通って きびしくお稽古するのは難しいけど、ますみ先生が大好きだから応援してきたし、続けて来られたの。」
心のこもった手料理のお土産をたくさんいただいて、そんな生徒さん方の愛情は何にも代えられないものだと思いました。
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| 2010年11月2日(火) |
| 「理想の協会」 |
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日本フラメンコ協会は今年設立20周年を迎えました。
ビジョンとして掲げるのは
「われわれは、心の絆をもって集う
一人一人が輝くために」
今回の設立20周年記念公演も
「フラメンコ 愛は永遠に」
というサブタイトルです。
この二つの言葉からも推し測れるように、私たち役員は 清く貧しく 志をもって協会の方針を決め 活動してきました。
「みんなでやる」ことは、いつも「みんなで決める」でなくてはならず、どうしても歩みは遅くなります。それでも、いいえ だからこそ フラメンコ協会は正しい道を歩んで来られたように感じます。
一回につき3000円の交通費をいただき、それ以外に役員手当ては一切ありません。だからお金目当ての人は役員にはならないですね。
最近は、社会的に少し認められてきたらしく、名誉というか肩書き?がほしい方はいるかもしれません。
ただ 役員になると仕事は多いし、お金はかかるので結局 志がないと続かないのですね。
私は個人的に今までの人生 フラメンコにとっても助けられてきたご恩返しの奉公です。
フラメンコで食べていかせていただいているだけでなく、人生の大きな節目やピンチのときにフラメンコがなかったら生きてこられなかったのです。
ですからフラメンコを紹介するとき、私は「望んでがんばれば いつでも助けてくれるものです。」とお話しします。
望んで、がんばれば の条件付きです。
なぜがんばるのかというと、幸せになりたい からかしら…
スペイン語に
「sobre todo」という言葉があってすべての上に という意味ですが、人の人生があるのですよね。だれもがより豊かに生きたいと願う人生が。
フラメンコはそんな想いの中から産み出されたものなんです。
さて、はじめのお題目である理想の協会は、理想のフラメンコであり、理想の人生ということになりますか。
一生かけて求めていく覚悟です。
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| 2010年10月30日(土) |
| 「福島のサークル」 |
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ご紹介してくださった方がいらして、毎月一回 福島のフラメンコサークルにレッスンに行くことになりました。
一番古い方は10年になるそうで、先輩が後輩に伝えていくという形で 何人かの先生に来ていただいていたそうです。
地元にあまり先生がいないので、そんな形で続けていかざるを得ないのでしょうけれど、初回に伺った範囲では みなさんきちんと基礎を身につけて がんばっていらした様子がわかりました。
これから 私がどんなことをみなさんにお伝えしていけるのか、どんなことを共有していけるのか とても楽しみです。
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| 2010年10月28日(木) |
| 「大衆演劇」 |
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絶対に見てほしいの。
という友達に誘われて 初めて大衆演劇と言われる「恋川純弥」を見ました。
1部 ミニ ステージ
歌謡曲や演歌の曲で踊る。
衣装はすべて和装。
2部 お芝居
いわゆる江戸の人情物で、笑いあり涙あり。
3部 グランド ステージ
歌や踊りや剣劇も。黒の着物に真っ赤なバラやフリンジがたくさんついているのがあって、フラメンコ風だったのがびっくり。
何が一番印象的だったかというと
「流し目」です。
いやらしいイメージは全然なかったです。
まばたきのタイミングから その速度、視線の移し方から その角度まで、すべて計算しつくされているようでした。
友達曰く、「女の女らしい部分と男の男らしい部分を刺激されるような気がする。」と。
確かに…
すべての表情やしぐさが意識的に色っぽく作られているような気がしました。
どんな舞台を見ても勉強になりますが、フラメンコに流し目は合わないだろうなあ…
お客様を楽しませることに徹した大衆演劇と
人生かけて集中して それで何かを体感していただくフラメンコ。
でもフラメンコにもいろんな表現の仕方があるし、こういったことの答えは一つではないし、大衆の好みも一つではないところで それでいいのかもしれません。
共通点は、プロの覚悟と違う世界に引き込むことかな。
それは凄かったので、私ももう一度 襟をただして考え直そうと思いました。
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| 2010年10月25日(月) |
| 「教え方」 |
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フラメンコをお教えするのに悩むことは、どの段階まで伝えるか という点かなと思います。
その段階と言うものに分けてみると
1、基本的な動き
2、振り付けの単純な部分
※右か左か何回かなど
3、その振り付けの意図
※風を起こすように だとか、牛を迎えるように など
4、振り付けが表現するもの
※華やかに明るく、や 深く悲しみに沈むように など
5、靴音の強弱
※ただリズムに合わせて打つのではなく、靴音からリズムが醸し出されるような
6、リズムにのること
※よく「ノリノリ」という言葉を聞きますが速くても遅くてもその曲のリズムにのること
7、唄を聞いて それに応える
※フラメンコは唄から始まったと言われるように唄い手の表現するものを受け、それを踊りで表現する
8、曲に集中してほかはすべて忘れる
※具体的な思考があるうちは集中していない証拠で、集中していると大抵はその時どんなだったか、覚えていない
ざっと分けてもこんなにたくさん?!
よく生徒さんに
「振り付けを覚えてから踊りが始まる。
踊れるようになってからフラメンコが始まる。」
とお話ししますが、私もまだまだ勉強中です。
同じクラスの生徒さんでも それぞれの目標も事情も異なりますから いっしょくたにはできません。
楽しんで続けられればうれしい方もいるし、いつも もっと上手になりたいと思っている方もいます。
ただ 言えることは、どんなに簡単なことでも自分にきびしく取り組めば 自然に課題が見えてくるということです。
教え方をどうとらえるかは、習い方によるのかなあ…なんて
いつも、より良いクラスレッスンとは何か?
と模索しています。
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| 2010年10月22日(金) |
| 「取材」 |
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ある出版社から取材の依頼があって、事前に内容についての大まかな答えを作っておくことにしました。
きっと 今までもセミナーなどで何度となく説明してきたことも改めて文章にすると新鮮な感じがします。
1、フラメンコ発祥の背景
今から500年以上前 流浪の民の一派がスペイン アンダルシア地方に流れ着き、定住を望んだところ、地元の王国から迫害を受けました。
その苦境の中で魂の叫びとして生まれたのが、カンテと呼ばれるフラメンコの唄です。
それに合わせて踊るものが現れ、のちにギターが伴奏につくようになりました。
2、踊り方や音楽の特徴
フラメンコ舞踊の基本はまっすぐとした体の軸から下半身は地を這うように、上半身は天にのびるように、腕は力強く空気をあやつり、手は空間をつかんだり 投げたりというようなイメージで踊ります。
そして、サパテアードと呼ばれる床の踏み鳴らしも大きな特色と言えるでしょう。
また音楽的には、一曲の場面によって唄を尊重したり、ギターのメロディを重視したり、踊り手がその靴音でリズムを盛り上げたりもします。
すなわち 必ず唄、ギター、踊りは対等の立場で三位一体となってその曲を作り上げていくのです。
曲の種類はほとんどが人間の喜怒哀楽にのっとって伝承されてきました。喜びを表す曲、お祭りの踊り、労働の苦しさを唄ったものなど、日本の民謡にも通じるお国自慢の唄も多く唄い継がれています。
3、フラメンコとスペインの人々の生活とのつながり
原点はヒターノと呼ばれる民族の民族音楽ですが、現在ではフラメンコを見せるタブラオと呼ばれるライブハウスや、劇場公演も多く、一般のスペイン人の趣味として習う教室や、専門家を育てる学校もあります。
その一方、フラメンコ発祥の地 アンダルシアでは今も人々の生活の中に根付いていて 居酒屋で興に乗れば 唄いだすもの 踊りだすものがいたりして その素朴な形も健在です。
4、フラメンコスタジオ マジョールについて
私はフラメンコの根源である老若男女問わず親しめる点を重視して どなたでもできる基本からレッスンを始めています。
8才から77才までの生徒さんが、同じ踊りに取り組めるのもフラメンコならではのことでしょう。
そして、何よりも大切に考えているのは一人一人のペースを守ることです。
フラメンコは自分の人生を表すと言われているように、それにたずさわるすべての人の人生は違って当然です。
個性的なその人ならではのフラメンコをめざしていくのがマジョールの方針です。
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| 2010年10月19日(火) |
| 「友情出演」 |
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フラメンコ協会でお世話になっています先輩の先生から、ご自分の公演に着ぐるみを着て出てくれませんか?とのお誘いがありました。
着ぐるみは着たことがないし、「楽しそうでしょ。」とのお言葉にお応えするべくお引き受けしました。
めったに経験できることではないのでご参考までにご説明しますと…
今回は5体の着ぐるみをNHKから借りられたそうです。
私は「くま」でした。他の方々はひつじ、さる、ぶた、うさぎ です。
身長別に割り当てられたようですが、なんとなく くまだったらいいなあ…と思っていたので嬉しかったです。
着るのは全員フラメンコ協会役員で だからこそ楽しいと思わない?
と面白がっていらっしゃる主催の先生がなんともかわいかったのです。
部品というか部位といおうか、説明書きがあって
マスク…頭からすっぽり
肉…スポンジが各部位に入っているネット状の胸までのズボン
毛皮…肉の上から履くもじゃもじゃのズボン
上着…柄の前あき長袖 手の甲の部分は毛皮になっている
手袋…もじゃもじゃ 手のひらには肉きゅうあり
脚靴…すっぽりと履く大きな靴でかなり重い、よくゴジラの足のスリッパってありましたね。あのごっついのと思えば
ネクタイ…一応紳士っぽくなっている
まず踊るのにこわいのは視界がかなり狭いこと。
カルメンの曲にのって着ぐるみとはべつなキャラクターが与えられ それなりに踊る。
私はくまの闘牛士、ぶたの牛、ひつじのカルメン、さるのホセ、うさぎのミカエラ。
やってみたらなかなか面白かったです。
ほかの方が主催の公演に招かれると内部までいろんなことが見えてとても興味深いです。
同じスタッフでも対応の仕方が違い、お弁当への気遣いなどもうかがわれます。
スタッフ キャスト他約100名の方々が食べるのですから。
フィナーレのご挨拶はマスクだけはずしてでました。
マジョール男組も参加させていただいた今回の公演、お客様はとても楽しんでいらしたようでよかったです。
なかなか奥が深く もっと動きも研究したらおもしろい着ぐるみでした。
はまってしまいそうでこわい〜!?
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| 2010年10月12日(火) |
| 「スペインの夕べNo.25」 |
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総勢47名の出演者で作られた約2時間の舞台。
ご覧くださったお客様からのメッセージをご紹介したいと思います。
以下
昨日の発表会、素晴らしかったですよ! ありがとうございました。
約2時間、本当に楽しめました。演目の変わり目もスピーディーで、しかも幾つかの演目は、舞台を暗くせずに流れるように移行するなど、見事なものでした。
演目がただ並んでいるだけでなく、全体が一つの作品のように連なっていく感じで、演出も素晴らしかったです。
スペインの古典舞踊の群舞は初めてでしたが、音楽にオペラ「カルメン」に通じるものがあって、スペイン文化の豊かな源泉に触れた感銘がありましたね。
そして、そのカルメンの喧嘩ばりに、二つのグループのぶつかり合いから始まる舞踊団の新しい踊りは、一触即発の緊張感と迫力があって引き込まれました。
そして、ますみさんのアレグリアス! やっぱりマジョールの母鳥の大きい翼が、一夜の全舞台を包容してました。
最後、久しぶりのまいちゃんの踊りも嬉しかったです。
そうそう、高子さんのカンテ、スゴイ声でした。あれだけの声量、伸びやかな響き、驚きました。
ということで、見所満載の発表会、一緒に見た友達も「あっという間だった」と言ってたように、すっかり魅了されていました。
以上
この他にもたくさんのご感想が送られてきたり、終演後のロビーにて うれしそうにお声をかけてくださるお客様が多いのは、この発表会が、ご提供する舞台として成功したのかな と思える部分です。
でも 私たち出演者はまた違う感想を持っていて 多分ほとんどの生徒さんが(私を含め)自分の出来に満足せず、悔いを残していると思います。
それを今後の糧として またお稽古に取り組んでゆくのです。
それは人生と似てるなあ… と本番でご挨拶しながら ふと頭をよぎりました。
失敗してもへこたれず 励ましてくれる仲間がいてまた前に進むのです。
そんな生徒さんがいとおしく 後ろから応援できる幸せを感じます。
応援してくださったお客様、がんばった生徒さん みなさんに心からお礼申し上げます。
ありがとうございました。
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| 2010年10月8日(金) |
| 「発表会を控えて」 |
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今年25回目になるスタジオ発表会を控えて、生徒さんたちは本当によくお稽古してくださいます。
目前になると、忘れ物はないかしら?
あの曲はどっちから出るのだっけ?
扇が壊れたらどうしよう…
笑って踊っていいのかしら?
心配は尽きません。
そんなさまざまな気持ちもすべて本番の舞台を彩るもの、目には見えないけれど 想いのいっぱいつまった素敵な舞台になるのです。
何も問題なく 淡々と練習して間違えずに踊るよりも 人間らしくてずっとあたたかい。
私が目指しているのもそんな舞台です。
私自身たいしたものじゃないけれど、生徒さんへの愛情は誰にも負けない。
愛するマジョールの人々と ともに学び、ともに悩み、フラメンコへの道を少しずつだけど前に進んで行きたい。
その大切な節目がこの発表会なのです。
今年はどんな舞台になるのやら ワクワク ドキドキ 当日がとても楽しみです。
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| 2010年10月4日(月) |
| 「偶然」 |
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電車の中で偶然知人に会いました。
後ろ姿で確信が持てなかったので そのご本人に「いまどこに?」なんてメールを送ってみたりして。
やっぱり大当たり!
電車を降りながらお声をかけたらすごくびっくりされて大笑い。そんなこともあるんですよね。
来週発表会をむかえる生徒さんが、お友達にチケットをさしあげて、そのお友達は一人で行くのもなんだから とお姉さんにその日空いてるか聞いたら、私もその発表会行くのよお?!なんて
前述の生徒さんと組んで踊る方からチケットをいただいたとか…
偶然は必然と言いますが、巡り合わせや出会う人は、ともに人生を彩る不思議なものだと思えます。
フラメンコに出会って人生が変わった方々もきっとたくさんいらっしゃるでしょう。
一期一会を大切に生きたいものです。
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| 2010年9月28日(火) |
| 「熊本の日々」 |
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初日…朝9:35発の便で羽田を出発。
今回のメンバーは、ギターの英夫さん、唄のミッキーこと永潟さん、母、娘の麻衣とその二人の子供たち 怜央(レオ1歳11ヵ月)と琉唯(ルイ3ヶ月) 親子四代での初めての遠出でした。
心配した飛行機は二人ともよく寝ていて無事到着。
出迎えてくれた現地の実行委員 篠原姉妹と1年振りのうれしい再会。
まずはいつものチャンポンやさんで昼食をとり、氷川学園へ。
このボランティアライブも5回目になります。みなさんもう顔を覚えてくれて大歓迎してくれます。
フラメンコ楽しみにし過ぎて具合が悪くなる人もいて、みんなに話す時期が難しいんです。とうれしいお話し。
今年は最後に母の喜寿のお祝いにと手作りのプレゼントまでいただき感激です。
バタバタとお別れをして夜のコンサート会場へ。
そこには孫たちの面倒を見に北九州の亀田夫妻がいらしてくださいました。
可愛い盛りの琉唯を覗きこむお二人の笑顔がとても温かく、連れて来ることの心配はどこかに吹き飛びました。
小川町 ラポートでの本番も無事終えて、翌朝早くに阿蘇の小国に向けて出発。阿蘇カルデラを見ながら外輪を行く車からの景色は何度見ても素晴らしい。
セミナー会場である木魂館に到着。
次々と受講生が集まってくる。一年ぶりの再会は七夕の織姫と彦星のようで、いつもありがたくとても幸せな気分になる。今回の新しい試みは、セミナーの各コマごとにスペインのお話しを盛り込むことでしたが、みなさん楽しんでくださったようでよかったです。内容は留学中のおもしろ体験談や闘牛、食べ物のことなど。
永潟さんの唄のレッスンも受ける方もいらしてセミナー最後の発表会は、歌って踊る多彩な会になりました。
最後の夜は、小国にて素敵な雰囲気のレストランでのライブ。会場は小さいけれど詰めかけてくださったお客様との一体感は最高。
このレストランも親子四代だそうで、また新しい出会いが嬉しかったです。
4日目の早朝 熊本空港に向けて出発。
密度が濃いせいか1ヶ月くらいいたような気分の熊本でした。
小国の大自然と杉の木だけで作られた有名な研修所「木魂館」を一番エンジョイしたのは、孫の怜央だったかもしれません。長年親しんでいる受講生のみなさんの中に助産師や保母さんがいたことを新発見!
子供は人を繋ぐ不思議な力があるようです。
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| 2010年9月19日(日) |
| 「八王子京王プラザ」 |
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西東京 山梨会関連のある懇親会のアトラクションとしてショーの依頼があり、八王子京王プラザホテルで踊ってきました。
400名を越す立食パーティーでのアトラクションですから会場もかなり広く、懇親会ともなればお話もはずみますので、舞台から遠い方々はいくら生演奏のにぎやかなフラメンコショーでも多分 BGMくらいにしか聞こえなかったかと思います。
終始談笑の声がたえませんでした。
そんな中でも舞台の近くまで来てくださって じっくりと踊り 唄 ギターを聞いてくださる方々もいらして嬉しかったです。
またおもしろい偶然もありました。
出番直前に ある男性から
「○○のだんなです!」と声をかけられびっくり!
お仕事が忙しくてお稽古をやめてしまった元生徒さんのご主人でした。
また翌日 現在発表会にむけてがんばっている一人の生徒さんからメールで、
「八王子で母がショーを拝見して、迫力があったと言っていましたあ!」
とのこと。
会社の情報で知っていました。という別の生徒さんやら、まったく無縁のホームページを見て依頼くださったお仕事なのにこんなにも偶然が重なるなんて…
世界はせまく 悪いことはできないなあ〜
そんな驚きのあったお仕事でした。
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| 2010年9月14日(火) |
| 「18歳」 |
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小学生の頃からパパとお稽古に通ってきた生徒さんが先日18歳の誕生日を迎えました。
クラスのあとみんなで居酒屋でお誕生会。もちろん パパも駆けつけてクラスの全員参加です。
そして なんとみんなプレゼントを用意していました。
18歳になった彼女を幼かったころからずっと見てきた生徒さんも多く その成長ぶりにあらためて感心する機会にもなったお誕生会でした。
そして 何より彼女本人からこんなメールが届きました。
「みんなからあんなふうにお祝いしてもらって 自分は幸せものだな と改めて感じました。18歳ということで少し大人になったので、新しい曲はもちろん いままで気をつけてなかった細かい部分にも挑戦していけたら良いなと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。」
こんな素直であたたかい心を持った18歳に感激です。
お誕生日 おめでとう!
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| 2010年9月7日(火) |
| 「敬老ライブ」 |
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毎年 この時期に祖母がお世話になっているグループホームに家族でうかがい ライブをしています。
祖母は私の父方で、今年99歳になりました。
母はずっと仕事をしてきた人で ですから私は生まれたときからこのおばあちゃんに育てられました。
私に孫が三人 ということはおばあちゃんには玄孫(やしゃご)が三人ということです。
少し記憶があいまいになってきたので、
「この子は誰だい?」
「私の孫でおばあちゃんの玄孫よ。」
「おまえの孫かい、びっくりだねえ〜」
「おまえは誰だい?」
「おばあちゃんの孫ですよ〜」
「私の孫かい!?
なんだかわかんなくなっちゃうねえ〜。」
確かに親子五代が揃い、兄弟やら連れ合いやらが集まると普通でも誰が誰やらわからなくなります。
でも五代が元気に居合わせるなんて幸せ!
そして もうボケちゃったんだなあ なんて思っていると 帰りがけに
「体には気をつけなさいよ。
体が資本なんだからね!」
なんて励まされ、元気をもらってくるのです。
おばあちゃん ありがとう!
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| 2010年9月3日(金) |
| 「神様のめぐりあわせ」 |
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来週11日(土)はフリーの踊り手としてエスペランサに出演します。
私のような年になると なかなか他の踊り手の方々といっしょにお仕事する機会がないので、フラメンコの神様(エスペランサのマスターでもある)のめぐりあわせで今回 三人とも初顔合わせのメンバーでショーをやります。
一番最後に決まったので 私からあとの二人に連絡するとひどく恐縮してくれて うれしいやら複雑な気持ちになります。
そのうちの一人からは
「入門の本 持ってます!サインと写真いいですか?」
なんて言ってもらって感激です。
せっかくだから 簡単な揃い物 いっしょにやりませんか?
のお誘いにも気持ちよく応えてくれて、楽しいライブになりそうです。
当日 初対面の三人が揃って踊ったり、お互いの踊りにパルマやハレオ(かけ声)をかけたりして 一つの舞台をともに作り上げる フラメンコならではの醍醐味なんですね。
ワクワク ドキドキ
楽しみです。
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| 2010年8月30日(月) |
| 「DVD収録」 |
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インターネットを通じて販売するレッスンDVDの撮影をしました。
ネット販売専門の制作会社からの依頼です。
私はそういう世界にうといので、詳しい妹夫婦の意見や税理士の先生の判断もあおぎ、決心しました。
通信販売で買い求められる きちんとした教則本も付いたDVDを作るのです。
いままでにフラメンコ入門の本は書きましたが、映像はいやだな と思っていました。
自分の舞台のビデオを見たっていいとは思えないし、うまくできるはずないと思っていました。
では今回なぜ引き受けたのか自分でも不思議です。
一番の理由は、自宅でDVDを見ながらレッスンする方々のため というところでしょうか。
何でも自宅にいながらにしてボタン一つで買い物ができる時代、ボタン一つでフラメンコのレッスンが受けられるのです!
否!
私の密かな目標は やっぱり実際のスタジオへ行って直接先生に手取り足取り教えてもらいたい、向かい合って心が一つになるような楽しい体験がしたい、そんな気持ちを持っていただくことです。
コミュニケーションが欠如しがちな世の中にあって だいそれた夢かもしれませんが、それが今回の制作 販売の私個人的な意図です。
実際の収録は簡単ではなく、朝の9時から夜の9時までかかりました。
なかなかうまくいかず、これも私の実力だよなあ なんて落ち込んだりもして…
ただ フラメンコをより多くの人が知ることで、少しでも豊かな人生を送るお手伝いができればうれしいです。
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| 2010年8月30日(月) |
| 「サラ・アンダルーサ発表会」 |
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横浜木曜クラスを中心に雄輔がこだわりを持って教えていた生徒さんたちの発表会でした。
唄をはじめて今枝友加さんにお願いしましたが、素晴らしいフラメンコでした。
生徒さんたちはそれぞれ いろいろうまくいかなかったところもあったようですが、みんな清々しい顔で楽しかった と喜んでいました。
そして 祭りのあとのようなさみしい気持ちにもなったようです。
私も今枝さんの唄で踊ったのははじめてでしたが、踊っていて熱い気持ちが伝わってきて感動しました。
そして、まだまだ唄を聞ききれない自分の力不足も感じ、フラメンコの奥深さにあらためて襟をただす思いです。
雄輔はしばらく日本を離れ 生徒さんも私もまたこれから 次の目標をさだめてお稽古していくのです。
生徒さんたちとともに悩み 喜び 舞台のあとの余韻を分かちあうことは私自身にとりましてもとてもよい経験で、前向きな生徒さんたちがいるからこそ叶えられるものです。
そんな素敵な横浜クラスとは 次にどんな目標をたてていきましょうか?
また それもうれしいことです。
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| 2010年8月28日(土) |
| 「いいパスは、走りつづける人のところに飛んでくる。」 |
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こんな広告を地下鉄の中で見つけました。
やっぱり 走り続けよう!
なんて思っちゃいました。
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| 2010年8月27日(金) |
| 「セビジャーナスを極める」 |
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スタジオ初級クラスの生徒さんたちは、10月11日の発表会に向けて 猛暑の中 熱心にお稽古に通って下さっています。
初めて舞台に立つ方も多く ワクワクとドキドキの混ざった気持ちでいることと思います。
そんな中で 最初に学んでいただくセビジャーナスという曲を「10年かけて取り組みます。」と言って下さった方がいらして、その言葉はすごく大きな意味があると思うのです。
次々に新しい曲を覚えていくことも楽しいことではありますが、一曲を何年もかけて取り組むことの素晴らしさ。
他にも20年もティエントという曲を踊り続けてくださっている方もいらして、うれしく思っています。
一生かけて大事に育てていくことができるのもフラメンコならではのことと思います。
一人一人のペースで歩んでゆく人生とフラメンコ。
日々のレッスンから垣間見る生徒さんそれぞれが育てるフラメンコの樹の成長が最近 とても楽しみになりました。
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| 2010年8月17日(火) |
| 「発表会を迎える生徒さんへ」 |
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8月28日に雄輔がお教えしていた生徒さんたちの発表会を予定しています。
この発表会に出演する方々は、NHKカルチャー横浜教室の生徒さんとそのクラスといつも関わってきた舞踊団の一人、はじめからずっと雄輔の個人レッスンを受けてきた生徒さん、そして発表会自体には出演しませんが、パルマ(手拍子)で後ろから応援してくれる方などがメンバーです。
息子の三枝雄輔は、文化庁の海外派遣留学から帰国後、フラメンコの根源にこだわって 生徒さんにもそれをお伝えしてきました。
それは私たち日本人には一番難しく 立ち向かうのにもかなりな精神力が必要なことだと思います。
実際のレッスンでもきびしさにめげそうになったり、フラメンコが楽しくなくなったりすることもしばしばあったと思います。
でも私は、生徒さん方がきちんとそれに向かい合い 頑張ってきたことこそフラメンコの精神だと思いました。
私たちも 「一生かけてどこまで行きつけるか?」と考え歩んでいるこの道を、大切な生徒さんも共に歩んでくださることに感謝と喜びを感じます。
まだまだ長い道のりの途中ですが、この発表会でお客様にもその想いが少しでも伝わればうれしいです。
大きな壁を乗り越えるといつもそこには また新しい楽しみがある。
小さな壁の手前でそれを見ないようにして遊ぶのもよし。
いつも次々と現れる大きな壁に悩みながらも立ち向かって より深い楽しみを見つけるのもよし。
一人一人の関わり方ができるのが、フラメンコの素晴らしいところだと思います。
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| 2010年8月10日(火) |
| 「八ヶ岳美術館ライブ」 |
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毎年 さまざまな舞台設定と演出で催してきた彫像とのコラボレーション。
昨冬 内装のリフォームと彫像の配置が変わって 今回はそびえ立つ裸婦の像を囲むように舞台を設定した。
八ヶ岳の自然の素晴らしさと、この美術館でしか見られないライブだから、と東京や横浜 奈良県からもお客様がいらしてくださるようになった。
通常の閉館を待って コンパネを敷き 椅子を並べる。
前日から同行のスタジオ生徒さんや ギター練習生の方 地元近くのカメラマン、何回かいらして事情を把握している方々はチケットを買っていただいているのにもかかわらず そんな準備も手伝ってくださる。
本当にありがたい。 簡単なリハーサルを済ませ もう開場。
本番はギターソロから始まり 約1時間半ほど舞踊団の群舞や雄輔、母、私のソロをご覧いただいた。
フィナーレはお客様もご一緒にセビジャーナス。
彫像のまわりで楽しげに踊る人々。とても素敵な光景だった。
八ヶ岳は4000年以上前の縄文時代、集落があって日本で一番人口密度が高い地域だったそうで、人骨に傷がないことから 争いもなく平和で、太鼓のようなものもあったらしい とのこと。
そんないにしえの時代と同じ空間を共有できることがとても不思議だ。
縄文の太鼓のリズムはどんなだったのだろうか…。
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| 2010年8月7日(土) |
| 「八ヶ岳ティーパーティー」 |
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特急の運転見合せのためほかの満員の自由席に乗り込んで、約3時間半 立ちっぱなしで何とか富士見まで行き着き、ペンションの方にお迎えに来ていただいて無事ティーパーティーの時間に間に合いました。
参加の方々はスペイン旅行経験者や海外生活もなさった方など多彩で 皆さんとても素敵な方ばかり。
スペインオムレツ
(トルティージャ)の作り方や留学時代のお話、古典舞踊のカスタネットだけをご披露したり、あっという間の1時間半でした。
いつかパエリアパーティーもしましょうね!と盛り上がってお開きです。
その後 バス組到着を待って美術館ライブの舞台設定やリハーサル。
いよいよ明日はライブ本番です。
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| 2010年8月7日(土) |
| 「運転見合せ」 |
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八ヶ岳に向かう特急スーパーあずさが運転の見込みがないとのこと。
既に一時間おくれの前の特急自由席に乗る。
ほとんど満員電車のようだ。
車内の人間模様が興味深い。
「もう少し奥に詰めていただけますか?」
とお願いしても不満げに動かない人たち。
結構大きなお子さんを膝にのせ、年配のご婦人に席をゆずるお母さん。
よくパニック映画などで極限状況の人間を描くものがあるが、だいたいずるかったり、自分本位の人は悲しい結末になるなあ〜なんて…
となりの意地悪そうな女性が 携帯メールを打っている私にムカついているようなのでこのへんでやめておきましょう。
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| 2010年8月3日(火) |
| 「舞台」 |
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素敵な踊り手の方から はじめてのソロ リサイタルにご招待いただきました。
是非 見て下さい。と言われるとうれしいですね。
同じ踊り手で、あの人には自分の大事な舞台を見てもらいたい と思うのはよほど信頼していないとなかなか言えません。
その方は、とても真摯にご自身とフラメンコと向かいあっていらして 清々しい舞台でした。
久しぶりに客席からじっくりと舞台を鑑賞したような気がします。
それはそれは恐ろしいですよ、舞台というものは。
緊張や喜び 戸惑いなど心の動きまでがすべてさらけだされるのです。
それは、プロ アマ変わりありません。
特にフラメンコがそうなのかもしれませんが、他のジャンルについてはノーコメントとします。
例えば 私ってどう!?
という傲慢さが見えたり、踊り自体に振り回されてただ身体を動かしているだけだったり。
間違えたり 上手くいかないところだらけでも 一生懸命さが人の心をうったりもするのです。
まったく 舞台には魔物が棲むと言われる由縁ですね。
そんなわけで、どんなにその場で取り繕っても無駄なことですから、日々これ精進というところに行き着きます。
厳しく 楽しい道を選んじまったぞ!
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| 2010年7月27日(火) |
| 「町田土曜クラス発表会」 |
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久しぶりの新人二人を迎えてのエルフラメンコ発表会。
先輩たちは自分が何をどんなふうに踊りたいかがしっかりとわかっていて 新人たちへの気遣いもよくしてくださる。
私はといえば喜多方公演から休みなくレッスンがあり この猛暑のせいか金曜日ころからのひどい頭痛 体調不良。
それでも生徒さんには心配はかけられない。
思い切りテンションをあげて当日にのぞむ。
暑さにもめげず お稽古を重ねてきた生徒さんたちには頭が下がる思いだ。
そしてみんなの本番のできばえは予想通り素晴らしかった。
忘れてならない代教の舞踊団 まこ先生はいつもみんなのことを心配していて優しい。
打ち上げのときの一言も新人への気配りと また地道にやっていこうと思います。というコメントに感動した。
私は勢いばかりの人間で、生徒さんや周りの人たちにいかに助けられていることか。
発表会のご報告のつもりが、自分の反省文になってしまいました。
客席から応援もあたたかないい発表会は、生徒さんが自分たちの力で作り上げた素敵な舞台でした。
本当にありがとうございました。
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| 2010年7月24日(土) |
| 「喜多方コンサート」 |
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7月18日 セミナーのため電車にて先のり。ほかのスタッフ 出演者はバスにて同日 スタジオ出発。
セミナーが終わる頃 合流。
いつも伺うお店の二階にて本場喜多方ラーメンとケーキで母のハッピーバースデー。この日は 母の満77歳の誕生日だった。
このコンサートも母の「喜寿の挑戦」が目的で、ゆかりの地 長年住んでいる川口と 故郷の喜多方にて開催と決定。
食事後 ホール下見へ。
従兄弟が調達してくれるコンパネ30枚をどう敷くか、照明機材をどう仕込むかなど東京から同行してくださった照明家と地元でお願いした照明家やホールスタッフと相談する。
会場の喜多方プラザ大ホールはキャパが約1000人、舞台の大きさも100畳ほどもある。
そこに30枚のコンパネを敷き 幕や照明によって体裁を整える。
経費の都合上 充分なスタッフはお願いできなかったので、少ない人数で本当によく動き 工夫してくださった。
翌 本番当日
8:30集合。
二人の従兄弟もコンパネ敷きを手伝ってくれて次第に舞台が出来上がっていく。
あわせて四名の照明家は はじめて一緒に仕事したとは思えない連携で次々に機材を仕込んでいく。本物のプロの仕事という感じがした。
12:00 福島で前日本番だった演奏キャストと雄輔が到着。
13:00 サウンドチェック〜場当たり
14:30 リハーサル
16:30 客入れ
17:00 開演
18:30 終演
お客様のお見送り
舞台バラシ 楽屋片付け
ちょうど12時間ほどホールにいたことになる。
お客様は250名くらいで客席いっぱいとはいかなかったがいつもあたたかな拍手を惜しみなくおくってくださり 踊る側も熱が入る。
そしてフィナーレが終わってもなりやまない拍手。アンコール。
最後にごあいさつをした母は感激して涙ぐんでいた。
いろんなことが起こってどうなることかとひやひやした場面もたくさんあったけれど、今回の舞台は、スタッフ 地元の親戚 助けてくれた仲間 すべての想いが一つになって出来たもの というのが実感だった。
感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
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| 2010年7月21日(水) |
| 「喜多方セミナー」 |
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一昨年 はじめてコンサートをやらせていただいた大和川酒蔵の蔵のライブ会場「北方風土館」
雰囲気は最高なのですが、コンサートのときは後方のお客様が見えにくかったとのことで 今回はセミナーをやらせていただきました。
川口とほぼ同じ内容でしたが、はじめてフラメンコに接するというお一人が、「東京のいとこがフラメンコを習っていると聞いた直後にセミナーのポスターを発見、これは何かの啓示だと思いました!」と話してくださり 翌日のコンサートにも素晴らしい花束を持っていらしてくださいました。
こんな出逢いがあるから人生っておもしろい!
この大和川酒蔵では美味しいお酒の試飲もあって セミナーはこれからも定期的におこないたいと思っています。
日本酒好きな方は東京からもどうぞ!
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| 2010年7月13日(火) |
| 「リリアコンサート」 |
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本番の舞台は、どんなに筆舌を尽くしても あとからビデオを見ても その場に居合わせないと伝えられないものがほとんどです。
そして その場にいらしていただいても見えない舞台裏というものがあります。
朝9時に開館を待って スタッフが搬入口から機材とともに入ります。
音楽ホールは通常音響や照明機材を使わずにコンサートを行うので、マイクや照明プランのある公演の場合 全てを持ち込んで仕込んでもらいます。
床にフラメンコ専用のコンパネを敷き 各セクションの仕込みは午前中いっぱいかかります。
12時頃 出演者楽屋入り。
衣装にアイロンをかけたりメーキャップしたり。
午後1時 サウンドチェック マイクやモニターの調整、音響スタッフとのやり取りです。
演奏者の近くに置いてある黒い箱のようなものを不思議に思われる方もおいでかと…。
モニターとは他の演奏者の音を聞くためのものなんです。フラメンコは他者の音やリズムを聞いて合わせる場面が多いもので。
1時30分 場当たり 照明合わせ
舞台への出入り 立ち位置 衣装に実際にあかりをあててみて調整する。
2時30分
リハーサル
本番通りに衣装も着けて 通してみる。
4時30分 お客様が入る
5時 本番が始まる
こんな当日スケジュールは劇場で行う場合 発表会も含めてだいたい同じようです。
今回は家族との舞台でしたので、以上一般的な予定プラス 親子喧嘩などもあり、怒ったり嘆いたり 喜怒哀楽は舞台の表ばかりではありません。それがかえって表舞台を迫力あるものにしたりして…
でも終演後 お客様のお見送りも済ませて楽屋に戻り「お疲れ様でした。」とか「ごめんね。ありがとう!」などと言われるといろいろあった全部が帳消しになるのは不思議です。
どんなことが起きても 幕は上がるし、稽古不足を幕は待たない〜♪
なんて歌にもありましたね。
また心を引き締めなおして来週の喜多方公演にのぞみます。
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| 2010年7月9日(金) |
| 「セミナー体験」 |
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川口リリアの催し広場にてセミナーを開催しました。
約2時間 踊らないでお客様と接することはある意味で非常に難しいと思います。
でも 反対に舞台ではお伝えできないことをお話したい そんな思いもありました。
前半はガイドブックにはないスペインでの生活、留学体験談など。
後半は舞台ではいつもご覧いただいている小物 刺繍のほどこされている大きなショールや帽子 扇を手にとっていただいたり、カスタネットの打ち方 曲に合わせての演奏を目の前でアップで。
最後は代表的なリズムを手拍子で体験。
簡単なステップをお教えしたあと曲に合わせてみなさんで踊ってみました。
結果は予想通り、手と足がいっしょに出たり 変身もののポーズになったり…
でもみなさんとってもたのしそう!
そうなんです、基本的に人間は体を動かすとうれしいはずなのです。
苦手意識なんて忘れて フラメンコじゃなくても何でもいいんですよ。
踊って 笑って 病気もどこかへはね飛ばす勢いです。
病は気から、健康は踊りから なんて感じます。
みなさんの愉快(失礼!)な様子を見て 私はとっても幸せな気分でした。
ありがとうございました。
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| 2010年6月29日(火) |
| スペイン番外編 |
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一年ぶりにあった孫の花は“なんでばあばがいて パパがいないのかなあ”といつも寂しそうに私をじっと見ていた。やはり家族はいっしょにいなくちゃ!
田舎の親戚のおばあちゃんは、「私はこの2月に80歳になったんだよ〜!」と、とてもお元気。私たちがヨロヨロ歩く石ころだらけの山道をピョーンと…。しかも運動靴のかかと踏ん付けてるし!
「人間 体使ってれば 健康!」
友達のアルフレドは「オレはこの通りで生まれ、この通りで生きて、この通りで死ぬんだ。文句あっか?!」自分の生まれた土地に誇りを持ち、いつも明るく人を笑わせる彼は現在失業中。落ち込んでたってすかたねえ〜、おんなじ一日なら笑ってすごすんだあ…
これぞス・ペ・イ・ン・人!
バルセロナのアミーゴ ホセは雪男みたいになっちゃって、友達たちはついに太ることを「ホセる!」なんて、かわいそう…いい奴なんだけどなあ。
セビージャのレストランのカマレロはとても感じよく、「お客様に美味しく 楽しくお食事していただくのが一番!」
幸せな時間をありがとう!
セビージャの老舗の陶器と工芸品のお店の女主人。「5代続いた店だけど、主人の世話をしたいからこの夏で閉めるのよ。仕事は好きだけど、家族の方が大切だから…」
素敵な70代のご婦人でした。
外国は未知の世界へ行くようで楽しいですが その国の人と接してこそ訪れた意味があると思うのです。言葉?それはあまり関係ないかもしれません。友達は田舎の80歳のおばあちゃんに日本語で「一緒に散歩しましょう!」と話しかけ、「なんだかわかんないけど楽しいねえ!」とおばあちゃん。
ある先輩をお連れしたとき、夜一人で飲みにでたままなかなかお帰りにならず心配してたら「いや〜飲み屋で地元のおっさんとわけわかんないけど一杯ごちそうになったから また一杯おごって また一杯…」と上機嫌で帰ってきました。
人類みな兄弟とはよく言ったもので、笑顔とジェスチャと愛があればきっと思いは届くはず。
そんな旅にみなさんも是非いってらっしゃいませ!
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| 2010年6月29日(火) |
| スペイン旅行 11 |
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6/9サグラダファミリア、グエル公園をみたあと、マリスコス(魚介類)のレストランへ。
スペイン料理はどこもおいしいがバルセロナは海を臨むレストランがオススメ。同じパエリアでもここのはエビや貝類がふんだんに使われていて、渓谷の田舎でごちそうになったのは、うさぎと鶏肉 ニンニク いんげんなどだった。
最後の夜にふさわしい豪華なお食事と、パエリアを取り分けてくれるカマレロもユーモラスでチャーミング。外国人にでもわかるジェスチャで楽しませてくれて スペイン最後の夜も笑いや感嘆の声とともにふけてゆく。
6/10いよいよ帰国の日だが、ぎりぎりまでスペインを満喫したいということで 夜の便にした。 朝 デパートが開くのを待ってお土産を買うのに奔走する。
一度 ホテルに戻り荷造り、チェックアウトを済ませ ピカソ美術館へ。
旧市街地の細い路地にある美術館は入場に列が並ぶほど。ピカソと聞くとゲルニカや不思議な構図の絵を思い浮かべるが、この美術館には初期の作品も多く デッサンなどからいかにその技術もすごかったかがわかる。
お昼はちょっと変わったオリジナルメニューのあるレストランへ飛び込む。やっぱりそろそろ胃腸もスペイン疲れが出るころ、一皿二皿などと言わない気さくなレゲエ風のおにいさんに安心しつつ、少なめにオーダーしていろいろ味わえた。
いよいよ空港へ。
20:20バルセロナ発
パリ経由 成田着は翌6/11、18:00。
6泊8日の旅だったが、予想以上にたくさんの経験をしたように思う。
よく 長い付き合いの友達でも一緒に旅行したとたんに喧嘩別れになるとか、成田離婚などの言葉もある通りある期間ずっと行動を共にする旅行は友情には冒険かもしれないが 私は3人の友達のそれぞれ新しい素敵なところを知った旅だった。
こんな旅行記を書こうという気持ちになったのも彼女たちのおかげである。
蕨高同級生 生物の時間の「クマザサの生態調査」仲間であるカネゴン、しゅん、めぐに感謝を込めて。
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| 2010年6月28日(月) |
| スペイン旅行 10 |
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バルセロナでは友人が車で案内を申し出てくれた。(日本語だと友人は性別がわからないけれど、スペイン語だとアミーゴ=男〜アミーガ=女がはっきりしてます)10年振りにあったアミーゴはすっかり太っていてびっくり!
昔はテコンドーの師範をしていて精悍な風貌だったのだが、スペイン人の年齢にともなう変化には驚かされる。10人中8人は美人でそのうち2人は超美人 とも言われるスペイン女性だがそれも二十歳まで。結婚とともに安心感からか見事な変貌をとげ、旦那様をしっかりと尻に敷く、そんな微笑ましい夫婦も多い。
友人の車でまずはサグラダファミリアへ。
100年かかって建築中 完成までまだ100年以上かかるそうな。
現在パリまでの特急や地下鉄の予定地とこのサグラダファミリアの完成予定地とが交錯しているらしく問題あり。
100年前にガウディさんもこんなことは予想できなかったでしょうねえ。そういえばセビージャでは地下鉄増設工事をしてたら遺跡にぶちあたり、どうすんの〜?!とばかりストップしたまま何ヶ月も。歴史が古い国はそれなりに大変ですよねえ。
サグラダファミリアは入場料金で工事費をまかなっているとか?
友人が「日本人観光客が多いからあの塔2本くらいは日本人が建てたも同然だね。」
はじめてバルセロナを訪れた10数年前、下宿時代の友達とサグラダファミリアの入口で、と待ち合わせをした。1時間たっても現れない。しばらくして来た彼は反対側で待っていたそうだ。
いつも工事中のためその時によって入口の位置も変わるのだ。
注)サグラダファミリアでの待ち合わせは、必ずその日の入口を確かめてからにすること。
その後 グエル公園にも連れていってもらい、独特な曲線や素敵なタイルを見てまわる。
ここで「ガウディ建築への招待」という日本語版書籍を発見。帰国後うちのスタジオを手掛けて下さった建築家にプレゼントするとお礼状に「ガウディのすごいところは、四角いタイルを割った勇気ですね!」とグエル公園の山椒魚?(ほんとはイグアナですが…)の絵まで。うれしかった。
この方のように、行きたくてもスペインへの旅は決して簡単ではなく、長年憧れの地というものが誰しもある。今回旅をしていて何度も何度も「連れて来てあげた〜い!」といろんな人を思い浮かべたものだ。
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| 2010年6月27日(日) |
| スペイン旅行 9 |
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6/8午後 前日のタクシーさんに迎えに来てもらいセビージャに戻る。
そのままセビージャの市街地を、ゆっくり観たいところは待っててもらい 歩いたらそうはまわれない見所を全部制覇。
最後は本場のフラメンコショー、夜10:30から始まり12:30まで。
「危ないから待っててやるよ」と。結局夜中の1時過ぎにホテルまで送ってもらって無事一日が終わる。「明日は非番だから友達を紹介するね。」至れり尽くせり。
私たちって今朝カルモナにいたのよねえ〜!?
翌朝 時間に正確な人のよさそうな別のタクシーさんに空港まで送ってもらい 空路最後の目的地バルセロナへ。
ヨーロッパ調のか、地中海を臨むのがいいかみんなで悩んで決めたバルセロナのホテルは古い邸宅を改装したもので さながら博物館のよう。
翌朝には何やらロケのスタッフや機材がいっぱい。
フロント近くのトイレに入ると使用中。ノックしてもうんともすんとも言わない???
突然中世の貴族の衣裳を纏った女優さんらしき人が出てきて「フ〜ン!」あれ、一般人といっしょのトイレでごめんなさいよ〜!
何かの撮影に使われていたらしい応接間は結局見学出来ませんでした。
残念…
バルセロナはスペイン国内でも一番都会的。ほとんどの標識は、はじめにカタルーニャ語で書いてあるほどこの地方は自尊心が強いと言える。
かつてのオリンピックも首都マドリッドではなくここが開催地であった。ピカソやガウディを産んだこの土地のプライドがうかがえる。
さて、ガウディとくればサグラダファミリアに行かねば…
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| 2010年6月27日(日) |
| スペイン旅行 8 |
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6/8 カルモナの街を散策。フラメンコの歌詞の一つに「カルモナの鐘さえも
あなたの心の響きにはかなわない。」
と唄っているものがあってその鐘を是非みたいと思っていた。
石畳を下っていくと、塔の上に草もはえているような趣のある古びた鐘が… きっとあれだね、といくら周っても入り口がない。近くのおじさまに聞くと「あれはもう閉鎖されてんだよ〜。カルモナには7つの教会があってな〜みんな鐘はあるさ〜教会だもんなあ〜」トホホ… 一番大きな教会に入ると礼拝堂は荘厳で ステンドグラスからの日の光りもすばらしい。
正午の鐘が鳴る。
カ〜ン カ〜ン カ〜ン?日本のお寺の鐘の方がずっと威厳があっていい響きでした。ちょっとがっかり…
マーケットのある広場で果物とトマトを買い すぐ並びのカフェでオレンジジュースを頼んで一息。
なんかちょっとだけ食べようか、と頼んでいくうちにこのまんまお昼ご飯にしちゃおう、とばかりに何でもできるもの作ってと頼み カフェのご主人は急に大忙し!
買ってきたトマトまでそこで切ってたらお皿までだしてくれちゃってすみません。
昨夜の日本代表浴衣美人はいずこへ…?
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| 2010年6月26日(土) |
| スペイン旅行 7 |
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6/7 カルモナだけは少し贅沢しようね。と国営四つ星ホテルに予約しておいたわけだが、想像以上にすばらしい建物と内装 噴水のある中庭 プール…
テラスから見下ろす街並みとどこまでも続く平原は、いにしえの王様が自分の治める領土をこうして眺めていたのかな とイメージできた。
夕食もホテル内のレストランに予約を入れる。時間は8:30。これが一番早いレストラン開店時間だ。
浴衣の出番。4人とも日本代表 浴衣美人になってレストランへ。
カマレロス(ホールの配膳係)はみんな大喜びでサービスがよい。
メニューはおすすめ料理から、一皿め〜スープ、サラダ、温野菜など。
二皿め〜牛のテール煮込み、ポークソテー、白身魚の唐揚げ、たこのポテト添え(マッシュポテトの上にたこの足が二本クロスして盛り付けてあるが、これは日本人じゃないとびっくりするかも…ちなみにたこを好んで食するのはスペインと日本だけとか、やわらかくて美味しかったですよ〜)浴衣効果があったのか
「みんなで食べたいんでしょ?」と優しい対応。すべて取り分けられるようにしてくれて全員が全部の料理を食べることができた。
日本ではそんなの当たり前だが、スペインのレストランではお皿を交換すると嫌がられ、感じ悪いことも。
おいしい料理を8種類も食べてデザートはバイキング。
スペインの一般的お食事コースは、
*食前酒 シェリーなどとともに前菜、その後は各種ワイン。
*一皿め〜サラダ、スープ、パスタ、パエリアなど
*二皿め〜お肉またはお魚料理、そして主食はパン。
*デザート、コーヒー
*食後酒〜甘いリキュールやブランデーなど。
ゆったりと2〜3時間かけて楽しく食べる。
これでは太って当たり前〜!!!
「日本人の泊まり客も多いでしょうし着物を着る人もいるでしょう?」と聞くと「でもスペイン語しゃべらないから仲良くなれないんだよねえ〜」ホテルの情報誌に載せたいからお願い、とコックさんまで出てきてみんなで写真撮影。
友達の提案で折り鶴なども折って上げて日本代表の責務は無事完了。
オリガミはスペインでも通じますよぅ!
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| 2010年6月22日(火) |
| スペイン旅行 6 |
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6/7 マドリッド〜
セビージャ〜カルモナ
今回の旅程で一番不安だったのがこの乗り換え。
セビージャ サンタフスタ駅〜バスターミナル〜カルモナのバスターミナル〜丘の上のホテル。
駅からターミナルまでは徒歩10分だが、35℃の炎天下 タクシーを使う予定。
ターミナルでバスの時間を待ち合わせてカルモナまで所要時間約40分。カルモナでバスを降りてから 丘の上のホテルまでは、石畳の坂をトランクをひいて徒歩20分。
スペインでは多くの街が、歴史上 敵の侵入を防ぐため細い石畳の迷路のようになっている。
これが観光客には問題で タクシーがあるのかも不明。なかったら日本みやげなど差し上げて最寄りの人に車で送ってもらおうか?歩いても途中にお店もなかったら休めないし…
そんな不安を胸にタクシー乗り場の列に並ぶ。
ちょうど大型車で4人と4個のトランクまで乗せてくれるとのこと。
(よかったぁ やさしそうだこの人…)
ところが!?
走り出してバスターミナルまで と言うと
「バスターミナル?!
どこまで行くんだ?」
「カ カルモナまでですけど…」
「カルモナァ〜?!」
(ドキドキ……)
「そんならこのまんまカルモナまで30ユーロで行ってやるよ。」(破格値!)
と言ってメーターを切ってしまいました。
それから高速をとばすこと30分、カルモナの白い街に入り 細い石畳の坂 坂 坂を登り すばらしいお城に到着は4時!
「よかったら明日も迎えに来てあげるよ!」
おかげですごい時間短縮ができて 素敵な午後をプールサイドでお茶したり泳いだり。
幸せすぎてこわい!
そんな幸運な一幕でした。
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| 2010年6月21日(月) |
| 町田月曜クラス発表会 |
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一番長くお稽古を続けてくださっている生徒さんは今年13年目、そして今回初舞台の新人二人を含めて18名の出演で行いましたエルフラメンコでの発表会でした。
「発表会に出る」と一言で簡単に申しますが、一年間お稽古を重ね、ご自身も また家族の方々もみんな元気でなくては実現しません。
今回は 病床のご主人さまから励まされていらした奥様、お母様の介護の合間をぬってお稽古を続けてこられた方、足の故障のため靴がはけず それでも少しの演目ながら頑張った方、等。
お話したらキリがないほどみなさんそれぞれの事情をかかえているのです。
それでも それらをおして発表会にのぞむのは、フラメンコが支えとなってその方を励まし、より力を授けてくれるからかもしれません。
練習不足もあったでしょう、緊張もしたことと思います。
でも難無く上手に踊るよりも、そんな人生をも背負って舞台に立つ生徒さんたちの美しさ、清々しさがすばらしいのです。
私は日々そんな生徒さんたちに囲まれてお稽古させていただいていることに、感謝と幸運を感じます。
お疲れ様でした!
ありがとうございました!
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| 2010年6月20日(日) |
| スペイン旅行 5 |
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6/7 マドリッド
アトーチャ駅から一か八かでとってもらった新幹線「AVE」に乗り込む。12:00発のはずが、3分前に動き出す。
「えー!こんなのあり〜?」
10数年前に下宿を訪ねたとき、おばさんと別れを惜しんで 駅に着いたのはちょうど発車時刻、構内に入った途端 掲示板の
今も鮮明に覚えている
「15:00セビージャ行急行」
がカシャカシャカシャ!
怒ったおばさんが「いつも遅れるくせになんで今日は時間通りなのよ!?!」と駅員に食ってかかると「15分後に臨時列車がありますから それに乗っていいです!」と。
臨時だからすごく空いていてその車両には私たちだけのかえって快適な道行きとなった。
今回は無事乗れたが、対面のテーブル付き4人掛けシートでワイワイがやがや楽しい修学旅行気分は、まわりのおしゃべり好き声だかスペイン人にも負けてない。
ルシアもお弁当を作ってくれて、いろんなハムのサンドイッチを食べながら、アンダルシアまでの車窓の景色を楽しんだ。 スペイン国土のほぼ真ん中にあるマドリッド周辺はカスティージャ地方と言われ、カステラはこれが語源とか。
ここから南へ フラメンコの発祥地アンダルシア地方第一の都市 セビージャまで2時間30分。
案の定 定刻の5分前に到着。
遅れは日常茶飯事、定刻より早く出発することもあり、時間通り出ると文句も可!
そんなスペインの鉄道事情。
日々 運行ダイヤを気にしながらストレスも多いことでしょう日本の運転士さま 鉄道関係の方々 お国柄とはいえ大変ご苦労様でございます。
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| 2010年6月19日(土) |
| スペイン旅行 4 |
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恐くないタクシー2台で下宿のある「クルス通り23番 4階 左」という住所に無事到着。
ここは、マドリッド旧市街の中心で「プエルタ デル ソル」(太陽の門)と言って、日本橋のようにすべての道がここから始まっている基準点のすぐ近く。
このあたりの建物は大きくて古く、真ん中に螺旋階段があり 各階の右と左にドアがあるため住所の最後が「左」となっている。
そのドアを入るとそこからまた大小さまざまな部屋が廊下で結ばれ、下宿屋一家と下宿人がさながら大家族のように暮らすのである。
私が住んでいた1976年頃は食事付きで、10数人がにぎやかに食卓を囲んでいた。
現在は代が変わって、私と同年代の娘さんルシアが 泊まるだけの下宿人をおいている。
友達3人は三つベッドのある部屋を、私はとなりの一人部屋に荷物を置いて 早速マドリッド第一の目的であるプラド美術館へ。 日曜午後5時から入場無料はガイドブックの情報通り。貧乏旅行者にも世界のプラドは心が広い。プラド希望だった友達は「3日くらいここにいてもいいなあ〜」とのこと。実際 堪能するにはそのくらいかかる絵画の点数である。
200年以上前にゴヤが描いた「裸のマハ」と「着衣のマハ」。住んでた頃は興味なかったが、あらためて感動!
年を重ねると見えてくるものがあるのは新鮮な驚きである。
翌日 6/7
「せっかく来たのだからスタジオ マジョールのマジョール広場を見よう!」「スペイン広場のドンキホーテもね!」
まったく疲れ知らずの友達たちである。
昔 マジョール広場の真ん中で靴屋さんを探して道を尋ねると
「あっちよ!」
そこまで行ってまた尋ねると 反対側を指差して
「あっちだよ!」
またそこで尋ねると
「一緒に行ってあげようかのう〜」と杖をついたおじいちゃん。
ゆっくりと楽しそうにお話しながら いけどもいけどもたどり着けず、
「疲れただろうからお茶でもどうじゃな?」
結局 ナンパ?
注1 スペイン人は知らなくても道を教えたがる。
注2 杖をついたおじいちゃんでも危険!
(何度も手を握られましたもの〜!)
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| 2010年6月18日(金) |
| スペイン旅行 3 |
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6/6 アルバセテ駅で急行列車が来るのを待つが、何号車がどこに着くかどっちから列車が来るか、次の駅は?などの表示も何もない。駅員にたずねると
「来ればわかるよ〜」
「そりゃそうだ〜」
こんなところにも 日本のダイヤの正確さやスペインののんびりムードがうかがえる。
車中では、ローカル線だけあって観光客の外人はみあたらない。
ジョリのお母さんが持たせてくれたお弁当は、生ハムやチョリソ(スパイシーな腸詰め)のボカディージョ。これは一番一般的なサンドイッチで、フランスパンにいろんな具をはさむのだが、ハムやチーズ、 トルティージャ デ パタタ(じゃがいものオムレツ)、イカのリング揚げなどもおいしい。
お弁当の袋にはちゃんと4個のバレンシアオレンジも!
また お母さんの細やかな愛情を感じる。
「カフェテリア」というカウンターの売店のような車両があってコーヒーを買い、おいしいボカディージョとみずみずしいオレンジをいただく。
2時間半ほどでマドリッド チャマルティン駅に到着。
田舎と違ってマドリッドは治安が悪いので、気を引き締め バッグも上着の内側に斜め掛けして列車を降りる。
2台のタクシーに、一緒に行ってと頼み、34年前に私が住んでいた下宿に向かう。
スペインのタクシーは、メーターはありながらも 駅や空港からや、トランク一ついくら などと割増し料金が取られるのが普通だ。
以前 大晦日に空港から乗って高速道路に入った途端
「このタクシーは1万円だから!(例えば)」といきなり言われたことがあって、悔しくて抗議したが、「大晦日だし、空港だし、トランク大きいし…」などとホテルに着くまで言い合いしたことがあった。
結局最初の金額よりは安くしてくれたが、新年を迎えるのに気分悪いと思ったので、一大決心をして別れ際に
「よいお年を!」
と言ったら、
その運転手もニッコリ
「君もね〜!」と可愛く手を振った。
スペインタクシー
恐るべし!
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| 2010年6月16日(水) |
| スペイン旅行 2 |
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スペインの家族を紹介します。
息子の雄輔は12才で小学校を卒業する前 ある日突然「サッカーをやりに外国へ行きたい。」と言いだしました。
私には外国の知り合いと言えばスペインしかなかったので、留学時代住んでいた下宿のおばさんとバレンシアの友人に頼みホームステイをお願いしましたが、両方に住んでみて雄輔が選んだのはバレンシアでした。
そこで地元の中学校へ通い 知り合ったのが今の嫁のジョリです。
バレンシアに二人で家を買い、近所にはジョリのご両親やお姉さん一家、二人のお兄さんも住んでいて 家族はみんな仲良く、花も従兄弟たちと兄弟のように関わっています。
6/5 ジョリのお父さんの別荘にご招待していただく。
アルバセテ県 「アルカラ デル フカル」という渓谷にある街
バレンシアから車で1時間30分程 ほとんど一本道で左右は見渡す限りの平原。
ぶどう畑かオリーブ畑。
この地方は日本でも馴染みがあるラ マンチャ地方で 「ドン キホーテ デ ラ マンチャ」は、キホーテさんの武勇伝である。
悲しいかな 今は安売りのお店の方が有名ですね。
Jucar川を見下ろす渓谷の岩肌に建つ別荘は、3階建てで屋内の階段も岩を削って作ってあり、1階にダイニングとキッチン、寝室が二つ バスルーム、2階にリビングと寝室三つとトイレ、3階にも寝室一つ、すべてが岩肌を利用して作ってあり、微妙な形と天井の高さが違う。
まるでおとぎの国に迷い込んだようだ。
パエリアや炭焼きのお肉 腸詰めなどで大歓迎してくれる。
ほとんどが自給自足ののどかな町で 静かにのんびりと暮らす人々。
人生を豊かに過ごすとは一体どういうことか?
自然にそんなことを考えるひとときとなった。
山から湧く水、道端にあるカモミールのお茶のおいしかったこと。
観光では絶対に味わえない田舎の生活と、嫁一家の温かな人柄に接して友達も大感激してくれた。
みんなで泣く泣くお別れをしてアルバセテ駅まで送ってもらう。
あとでお礼の電話をしたら
「たった二日間しかいなかったのに、みなさんが帰ってから家族みんなで悲しくなっちゃって…」と言ってくれる。
嫁家族と別れてアルバセテ駅から次の目的地マドリッドへ向かう。
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| 2010年6月12日(土) |
| スペイン旅行 1 |
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6月11日
無事スペインから帰りました。
少しづつ旅の様子をご報告します。
6/4 成田出発
飛行時間 12時間30分
パリにて乗り継ぎ
飛行時間 2時間
バレンシア 到着
同日 21:35
トータルで14時間30分の長旅も友達たちの気遣いと機内の映画でそれほどつらくなかった。
仕事でよく他の航空会社を使う友達が機内食がおいしい!とのこと。
バレンシアに直接入るにはエールフランスが便利。
EU統合してからは、乗り継ぎのパリで入国審査を済ますとバレンシア空港では、あっけなく外に出られるのがなんだか不思議な感じがする。
夜遅くに着いたにもかかわらず、嫁のジョリと孫の花 ジョリの義兄が2台の車で出迎えてくれた。
雄輔夫婦の家に到着。
(日本で仕事している雄輔不在がなんだか虚しい)
次々と歓待の挨拶に来てくれるジョリの家族。
手作りの夕食は、ピザとたくさんの野菜で作られたエンサラーダ ルサ
(なぜかロシア風サラダと呼ばれている)、ゆで卵の黄身の部分をツナとマヨネーズであえたものなどをいただきながら、友達はすでに家族の愛情の豊かさに感激する。
「私たちは実家に泊まるので、みなさんはゆっくりお休み下さいね。」
と自分のベッドまで明け渡してくれた嫁がかわいい。
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| 2010年6月2日(水) |
| 「スペイン旅行準備」 |
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2010 6/4〜6/11
エールフランス航空
パリ経由 往復 135260円(往復航空券のみ燃油代空港税含む)
バレンシア
アルバセテ
マドリッド
カルモナ
セビージャ
バルセロナ
同行者
〜高校の同級生3名
私が初めてスペインの地を踏んだのは、高校を卒業したその3月でした。
仲良しの友達たちに励まされ旅立ったことは今でも忘れられない思い出です。
それから35年間、彼女たちはつかず離れず、つらいときは励ましてくれ、いつも応援してくれました。
そして、「いつか いつか スペインへ連れて行ってね。」
そんな長年の夢を叶える旅です。
一昨年のNHK国際交流祭でお世話になった日放ツーリストの方や、マドリッドのJTBの方に協力いただき、オリジナルのプランを立てました。 約2年かけてこつこつ仕事の合間をぬって下調べ。
ホテルは、ヨーロッパ調の古い建物のがいいか、それとも地中海を臨む場所がいいか、等 メールでみんなの意見を聞きながら 様々なことを決めていくのも楽しかったです。
おもしろいこともありました。
マドリッド〜セビージャの新幹線「AVE」のチケット予約をお願いしたところ、「早割があるのでいかがでしょうか?」とのこと。
「ただ…一か八かなんですけど…?」
インターネットで早割予約が一か八かって???
「はい、ホントに必ず取れるかどうかわからないんですぅ…」
と、マドリッドJTBの方が言います。
これぞスペイン!って感じ。
結果は4名中2名が安く取れて、勝率5割!
友達の希望は、一人はプラド美術館、一人はアンダルシア、一人はガウディ という訳で日程が決まり、バレンシアの嫁と孫を訪ね、嫁のお父さんの田舎であるアルバセテの渓谷にある別荘に招かれ、そこからローカル線の列車にてマドリッドへ。
マドリッドではもちろん私が暮らした下宿(現在は娘さんが経営)に泊まり、そこから一か八かだった新幹線にて セビージャ経由 カルモナまで。
ティエントの歌詞に出てくるカルモナの鐘をみてセビージャに戻り 空路バルセロナへ。
ガウディの聖家族教会やグエル公園を見て帰路につく。
こんな日程です。
「ねえ、みんなで浴衣もってかない?
外国で喜ばれたって話し聞いたんだけど…」
カルモナのパラドール
(歴史的な建物を改装した国営ホテルの総称。
カルモナのは丘の上のお城で、すばらしい様式の建築物だそうです)
そこには素敵なプールがあって絶対泳ぐべき!との情報も。
そんなこんなで、浴衣やら水着やら、孫や親戚への大量のお土産など。
マドリッドはすっかり夏!とのこと。
セビージャは街中で気温43℃を記録。
帽子とサングラス必携。
集まるとすっかり女子高生になってしまう4人で、一体どんな旅になるやら…
お楽しみお土産話をたくさん持ち帰ることになることでしょう。
それでは、行ってまいります!
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| 2010年5月28日(金) |
| 「エルセロ ライブ」 |
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中野坂上にあるスペインレストランからの依頼で、ライブをやりました。
メンバーは
ギター 鈴木英夫さん
唄 瀧本正信さん
踊り 雄輔と私
パルマ 麻衣
プログラムは
シギリージャを私のカスタネットで始めて雄輔にバトンタッチ
カンテ ソロはファンダンゴが迫力満点
ガロティンを帽子で軽快に
ソレアの雄輔は床が抜けるのでは?と心配になるほどの力強いサパテアード
アレグリアスはお客様も笑顔でご覧になってくださいました。
雰囲気のある内装で、スペインの街かどで踊っているようだったとの感想もいただき、最後は飛び入りもあってブレリアで盛り上がりました。
もうすぐ産み月になる娘の麻衣もかわいいポンポコのお腹でスペイン人のように踊って大ウケ!
同じ丸の内線のご近所でしたのに、ひょっこり営業にいらしてライブの依頼からご縁ができてうれしいです。
これからさまざまなメンバーでの楽しいライブを企画していきたいと思っています。
どうぞお楽しみに!
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| 2010年5月25日(火) |
| 「エスペランサライブ」 |
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年間に何度か踊らせていただいている高円寺の老舗タブラオ
「カサ・デ・エスペランサ」
今回 ギターと唄はエスペランサから直接頼まれたので、いつもの気心のしれた方々ではない不安でもあり、新鮮でもあります。 今年の発表会にむけて 土曜クラスで取り組んでいるソレア ポル ブレリアが急に踊りたくなり、雄輔にとなりで立って唄ってもらい向かい合って踊る新しい試みをしてみました。
とても気の入った唄を唄ってくれて、私も力が入りました。
ギターとカンテの方からも好評で、
「息子さんに唄ってもらうなんて幸せですよねえ。」とのこと。
タラントはギタリストによってまったく違うメロディも入ってくるので かなりな冒険でしたが、はじめて唄っていただいた方の唄も素敵で気分よく踊らせてもらいました。
若い頃と同じ曲を踊っても、年を重ねて失うもの、反対に可能になることがあることを感じます。
失うものはもちろん体力や筋力。
でもそれに代わって、経験から備わってくる内面の充実感や 動かず唄やギターを聞いたり、それに合わせてアドリブで動く楽しさ。
(まだまだ思い通りにはいかないのですが…)
フラメンコは一見激しく情熱的と思われますが、実は内面がもっとも大切なのです。
(もちろん必要最小限の技術と)
年を重ねる楽しみは、探したらいつでもどこにでもあるような気もします。
いつも どんな小さな舞台でも緊張してのぞみますが、今回は年を重ねてきてよかったな、とちょっとだけ思えたうれしい舞台でした。
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| 2010年5月23日(日) |
| 「舞台芸術の魅力発見事業」 |
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数年前から新潟県の文化施設からの依頼で、地域の養護学校や敬老会館、小学校などに派遣されてフラメンコのお話やライブをやっていました。
これは文化庁からの助成があって行われていたようですが、昨年 急にその助成が打ち切られ、伺う機会もなくなっていました。
そこへ、あるプロダクション(私を新潟に紹介してくださった方です)からその事業の復活を呼びかける要望書を出しましょう。という働き掛けがあって 私も微力ながら何かお役に立ちたいと思いました。
「舞台芸術の魅力発見事業の復活についての要望書」
現場のアーティストより
この事業により過去数回にわたり 地域の養護施設や小学校などに伺ったフラメンコ舞踊家です。
小学校公演では、「ガンバレー!」という意味だとお話したかけ声の「オレーッ!」を子供たちが校長先生にむけて叫んでいる様子、
「また 来てね〜!」と見送ってくれたたくさんの笑顔、
後日 スタジオまで送られてきたお手紙とカスタネットの練習風景の写真やメッセージがぎっしりつまっている大きな模造紙。
それらすべては、私たちアーティストの使命を実感させてくれるものでした。
個人的にも毎年 都内やセミナーに伺う熊本にてボランティアライブを続けていますが、ボランティアにはやはり限界を感じます。
今回の要望書には、現場で生の声を感じる多くのアーティストにとりましても重要だということを書き添えたいと存じます。
フラメンコスタジオ・マジョール
鈴木眞澄
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| 2010年5月23日(日) |
| 久しぶりの・・・・ |
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いつもこのコメントを読んで下さっている方々には、すっかりご無沙汰をしまして申し訳ありませんでした。
ちょっと複雑なテーマの本をいただき それを読んでからコメントを考えたいと思っていました。
以下…
「逝かない身体」
ALS的日常を生きる。
10年程前にご一緒にレッスンしていた生徒さんが、ご自分のお母様がかかった難病とどんなふうに付き合い、介護したかという手記を書かれて、それを読みました。
その病気は
「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)
といって全身の筋肉が徐々に動かなくなるものです。
一番考えさせられたのは、呼吸器をつけて身体のどこも動かすことはできないけれど、頭ははっきりしている事実。
自分がそうなったら、自分の力で呼吸できなくなった時点でそのまま死なせて欲しいと思うのか?
家族に全面的介護という大きな負担をかけてまで少しでも長く生きたいと思うのか?
看護婦長をしている私の友人は、
「もし倒れたら1時間はお互いに放っておこうね。」と同僚と話し合ったそうで、1時間たてばそのまま死ねるけれど、中途半端に助かるとまわりに迷惑がかかるから…だそうです。
医療関係者だけにかなりシビアで現実的なお話がとても頭に残っています。
さて 前述の手記では、意志疎通がまったくできなくなり、瞼さえ自力で開けられない状態になってからもお母様は6年以上生きられたそうで、体温のあたたかさだけでもあればよかった。と書かれています。
生きるということ、死ぬということ、永遠のテーマかもしれませんが、それ以前に病気を防ぐ生き生きとした日々の過ごし方、そんなことから始めて いい死に方をしたいと思います。
でも、いい死に方って一体どんな死に方なのでしょうね。
そういえば
「あの人はいい死に方はできないでしょうねえ…」などという言い回しを耳にすることがありますが、悪い人は苦しんで死ぬってことでしょうか?
う〜ん、支離滅裂になってしまいました。
この本の最後の文章を書き添えます。
「辛い?苦しい?が繰り返されるなかでさまざまな工夫や智恵が生み出される末期の看病と、そこに確かに存在する希望とを私は書きたかったのですが…。
そう思うとなおさら、今の医療は希望と祈りの時間を手放して、法の力で彼らを死に廃棄しているような気がしてなりません。
でも、声にならない病人の本音を、その体から直に聞いてしまった人たちは、彼らの手足になり、できるだけのことをしていくでしょう。」
川口有美子
(医学書院)
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| 2010年5月4日(火) |
| 「道成寺」 |
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ご招待をいただき、お能の「道成寺」を拝見しました。
お能は日本の伝統的な芸能ですが、外国の芸能であるフラメンコにたずさわっていますとなかなか接する機会がありません。
でも何年か前に初めて見た観世流の、面をかぶらずに舞ったものは(演目が何だったのかもわすれてしまいましたが)
フラメンコの深い唄にのせる踊りとまったく同じ雰囲気でしたので、今でもその時の場面がきちんと脳裏に焼き付いています。
そして、今回の道成寺。
釣鐘を落としたり、派手な演目ではありますが、私の感想を一言でいえば
「何と言う安定感!!!」
微動だにしない上体に安定した下半身。
心も落ち着いていなければこんな動きは絶対にできないと思うのです。
謡にしても舞にしても、洋の東西を問わず 心の持ち方が大切であり、心身のバランス それが永遠の課題なのかもしれません。
身体の稽古よりも、心の修行の方が難しいのを感じます。
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| 2010年4月26日(月) |
| 「共働学舎のみなさんへ」 |
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今年もみなさんにライブを喜んでいただけて本当にうれしかったです。
ありがとうございました。
いつも駅まで迎えにいらしてくださるなつみさん、みんなのお世話も大変なのに、私たちにまでとても気遣いをしてくださり感謝です。
変わらぬ笑顔と誠実さがお花やさんで見かけた忘れな草と似ています。
玄関を入るとすぐ「ますみせんせ〜い!」と抱き付いて来てくれるのは(靴がなかなかぬげなかったけど)本当にうれしかった。
今年のライブは「アストゥリアス」というギターとカスタネットの少ししんみりした曲からはじめましたが、みんな静かに見てくれましたね。
あとで聞いたら、あの曲が一番よかったとの感想もあって安心しました。
みんな踊りや唄が大好きですよね。
セビジャーナスのカスタネットもリズムにちゃんと乗れるようになったし、最後のルンバでスカーフを振りながら踊るのもとても楽しそうで、あのままみんなとずっと踊っていたかったです。
懇親会でのサンドイッチや旬のタケノコ料理は、スタッフのみなさんの心がこもっていてとても美味しかったです。
「フラメンコの魅力は?」なんてインタビューを受けたり、ちょっと恥ずかしかったけど記事ができるのを楽しみにしています。
新しいスタッフのちょっと大変そうな表情をみるとあらためて共働学舎の名前のように「共に働き、共に学ぶ」ことの難しさを感じます。
そんなとき、私は一年に一度くらい派手に大勢でお邪魔して お花やご馳走をいただいたり、なんだか申し訳ない気持ちがするのです。
何度も何度も握手したり、抱き合ったりしてもまだ足りないお別れをして帰途につくと、このままで続けていいのかな?
自己満足なのでは?
などと考えてしまいます。
でもみんなの喜ぶ顔が支えとなってまた来年もうかがいます。
ありがとうございました。
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| 2010年4月23日(金) |
| 「ベルクのあたたかな雰囲気」 |
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鐘の鳴る 丘の上のレストラン 「ベルク」の長谷部社長さんとは、数年前にライブのご依頼を受けて以来のおつきあいです。
先日 八ヶ岳美術館の新しい彫像の下見の帰りに看板を見かけ、急に社長さんにお会いしたくなって立ち寄りました。
変わらぬ木々に囲まれた静かなたたずまいと、あたたかなおもてなしを受けて しばし心が休まります。
しかも、また今年11月のライブのご依頼まで。
メンバーの調整がついたご報告のお返事は、
「コンサートにご出演 ご快諾ありがたく、楽しみにしております。
ここ何年も日本列島を覆っている沈滞ムードも元気なフラメンコで吹き飛ばしていただきたいと願っております。」
私たちは、このような依頼のためにフラメンコをやらせていただいていることを幸せに感じます。
レストラン「ベルク」
フラメンココンサート
山梨県甲斐市龍地3452
TEL
0551-28-4688
11月15日(月)
19:00 オープン
東京ではちょっと味わえない雰囲気のレストランです。
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| 2010年4月19日(月) |
| 「今年初めての発表会」 |
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今年最初の発表会は、エルフラメンコにて鎌ケ谷クラスとスタジオ有志の方々が素晴らしい幕を開けてくださいました。
9名の出演者は全員エルフラメンコ初舞台。
それなのにみなさんとても落ち着かれていて、一番緊張していたのは他でもない私だったようです。
初舞台とはいえ お稽古のキャリアは長い方々も多く、それがちゃんと舞台に表れて素敵でした。
また事情があって今回の発表会には出られなかった方やお稽古を続けられなかった方々も応援にかけつけて下さって、とてもうれしかったです。
鎌ケ谷クラスは、公民館のサークルですが、形はともかく「継続は力なり」の見事な成果を発表できた会でした。
裏方としていっしょに心配し、お化粧や着替え、受付まわりのお手伝いをしてくれた舞踊団や制作の落合さん、唄やパルマで盛り上げてくれた母や息子、危なっかしい足音のフォローをしっかりとして下さるギタリストの鈴木英夫さん、そんなみんなの気持ちがまとまって一つの発表会が成り立っていることに感謝です。
みなさん、お疲れ様でした。
そして、勇気をもって出演を決めて下さった方々、ありがとうございました。
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| 2010年4月18日(日) |
| 「生徒さんへ」 |
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クラスにいらした時以外普段は お忙しくておさらいなどできない方も多いのですが、そんな方からSOSがきました。
ご自分が遅れていてみなさんに迷惑をかけるのが申し訳ないとのこと。
私は「フラメンコはすべての人に開かれています。」というメッセージのもとにやっていきたいと思っていたはずなのに、忘れてしまっていたことをその方が思い出させて下さいました。
クラスでは、どんどん覚えて体を動かせる人とそうでない人とがいますが、それは単純に覚えの良し悪しではなくて、物事について、抵抗なくすっと近づける人とそうでない人がいるようなことと似ています。
難しいステップを「できないわ〜!?」
とサラっと言える方と、できないことを気に病んでしまう方とがいます。
最近 マイケル・ジャクソンの曲をクラスに取り入れてみて、あらためてフラメンコのリズムの難しさを感じます。
難しいステップが少しづつできるようになること、これはお教えする側の大きな喜びです。
すべての生徒さんがご自分のペースで、少しづつ楽しみながらずっとフラメンコを続けて下さるような環境にしたいと思います。
そして悩まれたら遠慮なく私にお話下さい。
人生の目標の一つとして、またつらいとき、悲しいときに力付けてくれるものと信じてフラメンコをお伝えしていきたいと思っています。
これはすべての生徒さんへのメッセージです。
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| 2010年4月13日(火) |
| 「ノヴェンバーライブ」 |
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小松原舞踊団のあこがれの先輩だった山本てい子さんと親友のちゃちゃさんからのお誘いで実現した熟女?三人のライブ。
平均身長が168pで、小さな空間の舞台はどうなるのやら…と心配もありましたが、突き指することもなく(以前同じ舞台でちゃちゃさんと二人同時に突き指したことがありました)結果はお客様に大好評でした。
昔 舞踊団にいた頃 私は高校生で、てい子さんはすでに素敵な大人の女性でした。
いくらお稽古にがんばっても本番のてい子さんの華やかさには到底およばず、ずいぶんと悔しい思いをしました。
その訳は今ちゃんと理解できますが、ライブにご一緒したら私はまだまだで、あの頃の悔しい気持ちも思い出しました。
でも昔と違うのは、「やっぱりてい子さんは素敵です!」と素直に言えること。
ご本人は「もう年だから疲れるのよ〜。」と言いますが、ちゃちゃさんの言われるように、「てい子さんだけ違う明かりがあたっている!」ようにキラキラと輝いているのです。
踊りでもフラメンコでも 学校でも 趣味でも、素敵な先輩がいるのは本当にうれしいことです。
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| 2010年4月6日(火) |
| アンヘリータライブ 7 最後に |
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私は あんなに緊張したのは、本番を育児休業中、自分の挑戦と思って参加したコンクール、確か20何年前のこと 以来だったと思います。
その当時、緊張から膝がわらってしまい楽屋から舞台にあがる階段を手摺りにしがみつきながらのぼったくらいでした。
今回のライブも、1番多かったお客様の感想はなんと
「初々しかった。」です。
本当は何十年も踊ってきたのだから初々しいじゃ済まされないところだと思いますが、私はそれで十分。
フラメンコという人間の根源に根差すものと関わることができ、いつまでも初心を忘れずにいたいです。
今回のアンヘリータとのライブはさまざまな巡り会わせも与えてくれました。
まさしく初心にかえる…私の最初の師匠である小松原庸子先生に踊りを見ていただけたこと。
その折りにお話ができて来年開催予定の日本フラメンコ協会20周年フェスティバルに出演をご快諾くださったこと。
アンヘリータが雄輔をとても気に入って、スペインでプロデューサーを紹介すると言ってくれたこと。
実は私のアレグリアスは後ろについてくれた雄輔がかなりフォローしてくれていたこと。
(自分だけでなんとかなったと思い込んでいた自分が恥ずかしいです。)
私がフラメンコをはじめたのは37年前に庸子先生について。
協会設立は20年前。
そのとき雄輔は9才、その雄輔にいま私はフォローしてもらっている。
なんて不思議な巡り会わせでしょうか。
「フラメンコは
人生を悩みながら
生きるが如きもの」
「さまざまな糸が絡み合い、混ざりあってできる素晴らしい織物」
(糸は古い新しい太い細いまっすぐ曲がっているなど、多種多様なほどおもしろい仕上がりになると思います。)
こんな思いでこの一連のアンヘリータに関するコメントをしめくくりたいと思います。
ありがとうございました。
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| 2010年4月1日(木) |
| 「第三の人生」 |
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ホームページに載せた
「春 新しい世界の扉を開くことで 今までとは少し違う人生が始まるかも…。」
というコメントを読んで、今月 定年退職なさった方が60才以上のマジョールクラスに体験にいらっしゃいました。
勇気づけられて…とおっしゃってはじめることになさったフラメンコは、どんなふうにその方の人生と関わっていくのか。
そんな素敵な人生の転機に居合わせることができて私もうれしくなりました。
何歳で出逢っても、その年なりの生きる喜びをもたらしてくれるフラメンコ。
そして、60才に新しいことを始めてみよう、というその方の勇気に心から拍手を贈りたいです。
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| 2010年3月23日(火) |
| 「アンヘリータライブ 6」 |
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生徒さんの感想
凄かった!
仕事でも何でも一生懸命やらなくちゃ!と思った。
「これがフラメンコ!」
いままでいろんな舞台をみたけど そんなふうに思ったのははじめて。
フラメンコがもっと好きになった。
生きててよかった!
息が止まって、耳で息してたかも…
唄を聞いただけで涙が出てきた。
一部だけでもう一万円が安いと思った。
踊りからみてかわいらしい方だと思った。
会場全体が一つになっていた。
初めてフラメンコのライブを見た生徒さんは「雰囲気にのまれてしまって何がなんだかわからなかった。ただ凄かった。」と。
きっとこれからだんだんフラメンコを知っていくうちにその意味がわかってくるのかもしれません。
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| 2010年3月23日(火) |
| 「アンヘリータライブ 5」 |
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雄輔のこと
アンヘリータとのライブに息子の雄輔も踊らせていただいたわけですが、彼は物凄く楽しみにしていたと思います。
アンヘリータの踊りがずっと前から大好きでしたし、セビージャでクラスも受けたようです。
あこがれのファルキートの伴奏をよくしていたラモンのギターも、すばらしい唄い手のボケロンも最高のメンバーです。
ただ もともと無口で、親子間でも必要最小限の会話しかないので お互い緊急しながらもライブについての話しと言えば、
「何 踊るの?」
「ソレア ポル ブレリア」
のみでした。
本番の出来は、納得できなかったようでしたが、何よりうれしかったのは、アンヘリータをはじめとするメンバー全員が雄輔の踊りをフラメンコ プーロと言ってくれたことです。
(プーロとはピュアというような意味で、それこそが雄輔のこだわっていたことですから)
プーロの権現さまからプーロと言われさぞかしうれしかったことでしょう。
母親とは不思議なもので、自分がほめられるより息子が褒められる方がうれしいのです。
10年前には踊ってもいなかった雄輔が、40年もの間 フラメンコを支えてきたエスペランサで、フラメンコの真髄を受け継ぐアンヘリータに認められ、小松原先生にも見ていただけた。
まったく不思議な巡り会わせとしか言いようがありません。
9月からスペインで自分の家族と暮らす決心をした雄輔は、これから本場でどんな活動をしていくのでしょうか?
フラメンコの真髄をめざしている限り 人生の道も誤らないように思います。
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| 2010年3月22日(月) |
| 「スタジオ セビージャ発表会」 |
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唄い踊るルンベーラのチャチャ手塚さんとは20年来の親友です。
普通 同じフラメンコ界で親友とは なかなかいかないものですが、有り難いことにずっと家族ぐるみでお付き合いいただいています。
今回 スタジオ発表会にゲストでお招きにあずかり踊らせていただきました。
発表会というものは、同じ舞台の本番でも違う雰囲気を持つものです。
それは、師弟関係が長い年月の間に紡ぎあげた作品だからでしょう。
プロの集団が作り上げる舞台とは異なり、出演者同士に より深い人間的な係わり合いがあるような気がします。
一人一人の心配な部分に心を砕き、舞台でライトを浴びて唄い踊る生徒を袖の暗がりから見守る。
あたたかな先生の視線とそれに答えるべく一生懸命がんばる生徒たち。
それが発表会の舞台を素晴らしいものに仕上げているのだと思います。
自分の生徒の発表会は無我夢中で冷静には見られませんが、ゲストの立場からあらためてたくさんの師弟愛を感じて、感動と感謝の一日でした。
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| 2010年3月16日(火) |
| 「アンヘリータライブ4」 |
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楽屋にて
化粧前の真ん中にはラモンのギターが置いてある。
楽屋では、1番格が上の方から奥に位置するのだが、別格の方は普通個室なわけで、楽屋一つであるからして手前の洗面台近くになるべく小さくなって早々とお化粧を済ます。
本番1時間前にアンヘリータと、合わせが終わったあと一度ホテルに戻って着替えてきたほかのメンバーも楽屋入り。
男性は楽屋の外にいてそれぞれギターを弾いたり、スペインのチステ(みんな大好きで人が集まると必ず始まる小話)に笑ったりしているが、アンヘリータと二人っきりの楽屋はどうしたらよいのか…
早くメークを済ませてしまったことに後悔し 化粧品を出したり入れたり…
おかげさまで化粧バッグの中がきれいになった。
みなさんに「落ち着きなさい。」と言われますますの緊張。
そこで思い切って質問。
「アンヘリータさんも緊張することありますか?」
「私?
いっつも いっつもよ?!」
「だけど、落ち着いてきちんと仕事するの。
ちゃんとしっかり踊ることが大事なことよ。」
なるほど、おっしゃる通りです。
「あなたのご主人は 息子が踊っていることを喜んでる?」
と逆に質問が返ってくる。
「主人はもうずいぶん前に亡くなりました。」
「まあ そうなの?!」
「私も主人と上の息子と母と続けて亡くしたのよ。息子なんか38才だった…」
「でもね、私はここにこうして生きてるわ!」
と言ってまたお化粧に戻りました。
それはほんの少しの会話でしたが、アンヘリータさんの踊りの深さを垣間見たような貴重なひと時でした。
初めて近くでアンヘリータさんの踊りを見たときに感じた
「私は ここに こうして生きています。」
それがフラメンコなのです。
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| 2010年3月16日(火) |
| 「アンヘリータライブ 3」 |
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合わせの光景
本番当日 お店オープンの2時間前、5時に とエスペランサのマスターから連絡を受けていました。
プログラムは、その日に合わせが終わってからラモンとボケロンが決めるみたい。とのこと
早めにいってそわそわしながら待つ。
ラモンとボケロンが到着。
アンヘリータの息子さんであるアレハンドロもパルマ(手拍子)についてくれる。
早速ギターを取り出し みなさん舞台奥のいすに座り、「何踊るの?」
いきなり始まった。
まずは雄輔のソレア ポル ブレリアから。
問題なく通して終了。
私はアレグリアス。
「ゆっくりめで行こうか?」とラモン。
「はい、お願いします!」
曲の構成など何も聞かず、また通して終了。
というわけで30分で合わせは終わちゃった。
「ずっといっしょに仕事してるみたいだねえ?!」とラモンが笑いながら一言。
初見で問題なく合わせられるのはこれぞフラメンコ。
雄輔も私もオーソドックスな昔のまんまの形で踊って来てよかったあ!
そして本番は合わせの時とは違う唄やメロディが来るのも
「これぞ フラメンコ!」
なのでした。
(ちなみに あんまり夢中でよくは覚えてませんが、私のアレグリアスの唄は合わせも本番も全部違う長さだったような…)
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| 2010年3月16日(火) |
| 「アンヘリータライブ 2」 |
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アンヘリータさんの踊りについては、前にクラスに出たときに少しお話しました。
フラメンコの真髄である唄に耳をかたむけながらその気持ちに相槌をうつようにアクセントを入れる。
リズムは確実に自分の望む早さを提示し、大波が押し寄せるように盛り上げ、ポーンとぬけて普通の水面に戻る。
踊りを言葉で伝えるのはかなり難しいです。
ちょっと目先を変えて言い表してみると「食事」です。
ごはん、つゆもの、メインディッシュのステーキまたは魚料理、つけあわせの野菜、煮物、漬物、はしやすめ
あらゆる味やスパイスがちょうどよく盛り込まれている完璧な食事です。材料はすべて活きがよい。(だって生=ライブですもの)
そしてもう少し観たい、という腹八分目!
食べ終わると心まで温かくしあわせな気持ちになる。
アンヘリータさんの踊りをご飯に例えるなんて失礼しました。
でもこれならばフラメンコを知らない方でもわかっていただけるかなーと思います。
そして一番印象に残っているのはチャーミングなしぐさ。
少しだけ肩をあげたり、顔を左右に振ったり、なんとも愛らしいのです。
(推定ですが、60才くらいのはず)
私の目標である「可愛く年取る」にピッタリ。
普段からも礼儀正しく 品格があり 優しくチャーミングなアンヘリータ バルガスさんでした。
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| 2010年3月15日(月) |
| 「アンヘリータとのライブ 1」 |
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緊張もし、自分の中で大騒ぎしていた アンヘリータさんとのライブが終わりました。
伝えたいことが山ほどあって何から話しましょう。
まず、踊った曲は雄輔がソレア ポル ブレリア、私がアレグリアス。
当日の合わせしかありませんでしたが、ラモンのギターとボケロンの唄は最高でリハーサルでも感動しながら踊っていました。
そして本番。
1部
ギター ソロ
カンテ ソロ
そして私のアレグリアス
最後にアンヘリータのソレア
2部
雄輔のソレア ポル ブレリア
カンテ ソロ
アンヘリータのティエント
フィン デ フィエスタ
私にとって緊張に拍車をかけたのは、恩師の小松原庸子先生が見にいらしたことでした。
舞台に上がったときは膝が震えて体もかたくなっていましたが、唄とギターを聞いているうちに素晴らしくしあわせな気分になってきました。
こんなすごい人たちが自分のためにやってくれている。
アレグリアスは喜びという意味の曲ですが、まさに「喜び」を体で表現という感じ。
見に来ていた他の踊り手の方々は、普段あまりお話する機会もない人たちですが、
「初めてスペインへ行ったときに感じたものでした。」とか
「余分なものが全然なくて感激しました。」
「ア・レ・グ・リ・ア・ス!って感じで素敵でした。」
などと声をかけてもらいました。
みんな様々な修業を積んでフラメンコをめざしがんばっているプロの踊り手さんたちにそんな感想をいただけるのはすごくうれしいことでした。
そして大事なのは私の生徒たちがどんな感想をもったかです。
到底届かないけれど、私の目指しているフラメンコはこれです。だから口では説明できませんがとにかく見て欲しかったのです。
結果は大満足。
フラメンコがもっと好きになった。など…
とても書ききれないほどのうれしいコメントがたくさんありました。
どうか見に来られなかった方々は来た人からどんな様子だったか聞いて下さい。
そして、運よく見られた人は見なかった人に是非少しでも感動を分けて上げて下さいね。
どうぞよろしくお願いします。
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| 2010年3月11日(木) |
| 「アンヘリータ 4」 |
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ライブの前日、午前 午後のクラスの合間にも事務所の仕事が忙しい。
夜、横浜クラスに行ったら生徒たちに明日のライブが楽しみと言われ 急に緊張してきた。
「発表会の前の日の私たちみたい。」とからかわれるが、まったくその通り。
わくわく、ドキドキ。
うちに帰ってアンヘリータのビデオを見る。
当然ラモンやボケロンもいて、この唄とギターで明日踊れると思ったらなんだかとってもしあわせな気分になる。
本当に遠足の前夜のよう、眠れるかしら…。
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| 2010年3月10日(水) |
| 「アニフェリア」 |
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日本フラメンコ協会は年間 何回かの主催事業を行っています。
その一つに隔年で唄とギターの年、踊りの年として催してきたのが、このアニフェリアです。
今年は2月26日に協会20周年記念公演の一貫として 唄 ギター 踊りすべての参加者を募り行われました。
参加資格はプロ アマ 年齢 キャリア 国籍も問わず すべてのフラメンコ愛好家が、和と輪のもとに集まる舞台なのです。
出演総数250名あまり。
様々な教室や舞踊団が同じ舞台でそれぞれの作品を出し、刺激をうけあい仲良くなっていく様子がとてもうれしく、それがこの公演の趣旨でもあるのです。
遥か遠い国スペインの民族音楽を愛する人がこの日本に何万人もいて、同じ舞台に集う。
なんて不思議な魔力がフラメンコにはあるのでしょう!
98名のオープニング セビジャーナスに参加しながらあらためて感動したのでした。
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| 2010年3月9日(火) |
| 「喜多方」 |
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ラーメンと蔵のまち。
母 鈴木高子の出身地。
父は東京人だが、田舎が羨ましかったらしく、私がものごころついた頃から毎年2回ほど訪ねていたように思う。
また母方の親戚は皆いつもあたたかく迎えてくれたので 私にとっても故郷といえる大切な土地だ。
今年、母の「喜寿の挑戦」もあって喜多方でも親子三代のコンサートを予定している。
お話で巡るスペインの旅とフラメンコ体験セミナーも企画中だが、昔と比べ活気のなくなった街に少しでも楽しい風を送り込めたらうれしい。
「よく 来らったなし。」と素朴な笑顔で声をかけてくれる人たちを大事にしていきたいと思う。
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| 2010年3月8日(月) |
| 「アンヘリータ・バルガスとの共演?」 |
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3月12日に高円寺にある老舗のタブラオ「エスペランサ」にてアンヘリータさんと共演します。
共演?としたのは、マスターのご好意で共演としていただきましたが、「前座」のようなものです。
うれしいのは、ラモン・アマドールとボケロンというギターと唄の両巨匠に弾いて唄っていただけることです。
こんな機会は滅多にありません。
というか絶対ありません。いつものアレグリアスがどんなふうになるのか自分でも想像がつきません。
ちょっとおはずかしい話をします。
実は、アンヘリータさんにお会いしたときに
「衣裳はどんなのを着られますか?」
とたずねましたら、
「なんでも あんたの好きなの着なさい!」
とお返事。
そうですよね〜
そんな気遣い100年早い。
同じ赤 着たって比べる対象じゃなかったです。
でもお客様は違う衣裳の方が喜ばれるし…
なんてぐだぐだ自分に言い訳しながら反省…
本家本元はまったく別格です。
フラメンコをめざすなら必見のこのライブ
ご予約は、エスペランサ
Tel
03-3316-9493
是非ご覧になっていただきたいです。
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| 2010年3月1日(月) |
| 「アンヘリータ・バルガスのクラスを受けて その2」 |
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前回に続きアンヘリータさんのクラスを受講して考えたことです。
ジプシーの人たちにとって一曲全体をどう見せるかなどはたいしたことではなく、
一番重要な唄に耳をかたむけ、その心を受け止める。
そして次第に嵐のような振りに向かって気持ちを集中させていく。
その嵐のような部分は そのまま迫害を受けたジプシーという民族の生き様を物語っているようなのです。
「私は、ここに、こうして、生きています!」
さて、それでは流浪もしていない、迫害もされていない私たち日本人にはフラメンコは無理なのか?
そこまではいかなくても私たちだって日々悩みながら生きています。
仕事でも趣味でも、私はこんなふうにがんばってきた、
逃げないで立ち向かってきたという証が、フラメンコには表せるのではないでしょうか。
自分自身もそうやって踊っていきたいですし、生徒さんにもフラメンコを表面的なことではなく、自分の生き方の証明のように
腕一本、視線一つ大切に、人生を大切に生きるように踊っていってもらいたいです。
それが、アンヘリータさんにお会いして あらためて確認した「私にできること」だったように思います。
まだ 私の人生も終わっていないので結論はだせませんが、死ぬまでにもう少しがんばりたいな…
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| 2010年2月24日(水) |
| 「アンヘリータ・バルガスのクラスを受けて」 |
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アンヘリータさんは、もう数少なくなってしまったフラメンコの権現とも言うべき踊り手です。
フラメンコはもともと日本で生まれたものではありませんから、私にはいつも自分の踊りや向かっている方向に対して「これでいいのだろうか?」という疑問があります。
フラメンコを生んだ民族の踊りにふれてまた何かを得られたら…と思い、受講を決めました。
クラスは曲種別に分かれていて 例えばソレアのクラスは20日から23日の毎日5時〜6時という感じです。
毎日受講して一曲通して振り付けを習いたい人もいれば 私みたいにこの日だけしか空いていなくて、ソレアとシギリージャのクラスをそれぞれ1時間づつ単発で という人もいます。
振り付けは進んでいるので見学している時間が多いですが、先生の体の使い方 手の上げ方 足の出し方がみたいので振り付けはあまり重要ではないのです。
しかも唄振りはほとんど唄を聞きながら歩いているだけです。
そして 突然 嵐のような(この例えが一番適切です。)すさまじい 息がとまるような動きが時間にしたら10秒くらいあって、突風が去っていった後のようなため息が…
そこが「オレーッ!」のタイミングなんですが。
すさまじい動きと言っても初心者でもちょっとがんばればできるような簡単な振りなのです。
だから嵐を起こしているのは体の動きだけではなく 私たちはこれをアイレ(空気という直訳ですが、雰囲気とか内から発散されるもの?)なんて呼んでいます。
つづく
次回は受講した感想を中心にお伝えしようと思います。
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| 2010年2月15日(月) |
| エルフラメンコライブ |
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初めての試みだった舞踊団とのライブ。
お客様もフラメンコ初体験の方が多かったようだ。
自分の親しい友人が踊る姿にびっくりする方、日頃はそんな面を見せないであろう職場の同僚。
それから今回のうれしかったことは、ホームページを見て飛び込みで申し込みをして下さった方が6名もいらしたことだ。
舞台に集中しているお客様の様子はこちら側からもわかるのだが、息を呑んだようになったり、楽しそうに手拍子をしたり 舞台と客席がまさに一体になった感じ。
これこそが最高の雰囲気と言えるものだった。
終演後にお客様がなかなかお帰りにならないのもライブが成功した証拠だ。
本番前の緊張とさまざまな心配事(新しい振付はちゃんと間違えずにできるか?
みんな落ち着いて自分の実力を出せるか?
衣装はお客様のお気に召すだろうか?等)
それが見事に吹っ飛んで(ちょっと乱暴な言い方ですがピッタリなんです)満足感が残る。
そして段々に落ち着くとまただめだったことが思い出され、次はどんなふうにしたら…と考える。
そんなしあわせな繰り返しをお客様とフラメンコの神様に見守っていただきながらやっております。
ありがとうございます。
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| 2010年2月9日(火) |
| 「元生徒さんたち」 |
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最近 続けざまに、元生徒さんで今はフラメンコから離れていたり、他の教室で続けていてくれたりする何人かの人たちとの関わりがありました。
お年賀状で近況を知らせてくれる人、舞台を見に来てくれる人、偶然に電車や街角で出会うときもあります。
それぞれの人がマジョールにいた頃のことを思い出し、懐かしく感じてくれるのはうれしいです。
私もその人とのいくつかの場面〜
体験に来たときの様子、一緒に立った舞台、お稽古でのエピソードなど〜
を覚えていて、それがほんの少し前のことのように思えます。
6歳だった子が17歳の立派な女性になっているのに驚き、月日の経つ早さにまた感慨無量になるのです。
延べにしたら一体何千人になるのでしょうか。
フラメンコが作ってくれた 人との巡り会わせ、いつもそばにいるわけではないけれど、やはり大切にしていきたいものです。
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| 2010年2月6日(土) |
| 「友をおくる」 |
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「おくりびと」という映画をみた。
レンタルビデオやさんから借りたのだが、娘のオススメであり 各賞も受賞していることもあってずっと機会があればみたいと思っていた映画だ。
内容はご覧いただくとして、とても感動した。
もともと涙もろいがラストシーンでは鳴咽に近いものだった。
映画は自分のことと重ね合わせて見ることが多いが、友人を看取ったときのことを思い出した。
彼女は肺ガンでさんざん苦しみ、最後の言葉は
「もう がんばれない…」
だった。
思わず「もう がんばらなくていいよぉ。」
と言ってしまった。
もう12年になるが、毎年 年賀状に、「昨年はこんなだったが、今年のお墓参りはどうする?」
などと書いてきてくれる共通の友がいて、私はいち早く 「この日にしてくれるとうれしい!」
と返事を出し、日程が決まる。
多分 今年も「今はみんなで一人のお墓参りだからにぎやかでいいけど、お墓の場所が増えて人数が減ったらやだよねえ!」
などと話しながら楽しくお墓参り〜花見〜昼食会ツアーが行われるのだと思う。
学生時代の友は本当にいいもんです。
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| 2010年2月2日(火) |
| 「お客様の期待」 |
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エルフラメンコのステージをご覧いただくのは初めて、というお客様からこんなメールが届きました。
「ワクワクしています。」
「ギターが鳴り、カンテが響き、踊り手さんがすっと舞台に立つ。
空気に力がこもる。
指が伸びる。
瞳が光る。
床が鳴る。
風が起きる。
空間が変わる・・・
そういう体験が大好きですね。」
以上 そのままの文章を載せさせていただきました。
こんなふうに具体的なこと、すなわち私が普段から心がけているステージでの在り方を知っていらっしゃるように指摘されてびっくり!
あらためて責任の重さとそれが実現できたときのお客様の満足げなお顔を思い、私自身もますます舞台に立つのが楽しみになってくるのです。
こんな心のやり取りがお客様とできるのは、
「踊り手冥利につきる」
そんな幸せな気持ちです。
ありがとうございました!
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| 2010年2月1日(月) |
| 「生徒さん同士の交流」 |
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新年会やおさらい会など、マジョール全体の行事はクラスを問わず参加できるので 普段お顔をあわすことのない方々が挨拶を交わしたりしている光景はとても微笑ましいものです。
普通、学んでいくフラメンコの曲種は7〜8種類程度ですから、クラスは違っても取り組んでいる曲が同じ場合もあります。
そうするとその曲の難しいところ=抱えている問題がいっしょだったりするのです。
「扇の使い方が難しくてねえ…」
「そうなんですよ。私も苦労しましたあ…」
と話している二人が60代と30代だったりして…
50代の生徒さんが8才の女の子に
「先輩、ここが難しいから教えてね。」と…
子供ちゃんは遊び盛りだし、続けるのは大変ですが、こんな心ある一言でやる気になって喜んで毎週通ってくれたりします。
そんなふれあいのあるマジョールになってとてもうれしい今日このごろです。
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| 2010年1月26日(火) |
| 「がんばり過ぎ」 |
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前回「がんばること」
なんて偉そうに書いちゃいましたが、頑張り過ぎにも要注意です。
私は、まわりにすごい先輩が多いせいか 自分はまだまだでもっとがんばらなくちゃと常々思っています。
でも 頑張りは人に強制することではないんですよね。
頑張ろう、と思った人が頑張ればいいし、どうしようかな…と迷っている人にはちょっと手助けしてあげる程度がいいのでしょうか。
私は極端なところが欠点で、がんばるぞーと思ったら後先見えずに頑張り過ぎちゃうし、それじゃだめだよね、と思ったら手を抜き過ぎちゃうし、困ったものです。
「いいあんばい」
を目指して頑張ります。
あらっ?
また頑張るの?!
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| 2010年1月23日(土) |
| 「がんばること」 |
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近年 この言葉を一番多く耳にするのは、生徒さんが発表会にのぞむときです。
発表会に出演を決めると、お稽古は大変だし プレッシャーはかかるし つらいことも多いのに、何故私はそれを勧めるのか?
あらためて考えてみると、それらを乗り越えようと頑張ることでその方の 人としての品格が上がるような気がするのです。
日常的な物事を無理なくこなしていけば人は生きて行けますが、未知のものに挑戦してがんばることで、○○会社のOLさんや、○○さんの奥様 ではなくてその人自身の個性が見えてくる。
それがフラメンコだなあと思います。
可もなく不可もなく日常をただ食べていくためだけに働き、適当な趣味を持って過ごすのは楽ではありますが、いざ何のために生きているかと考えたとき、同じ一生ならば 「こんなにがんばってこんな目的をやり遂げたんだ」という実感は人生をより充実したものに変えていくように思います。
なぜなら発表会の舞台に送り出した生徒さんたちは間違いなく輝きを増し、その眼差しも変わってくるからです。
今年もいくつかの発表会にのぞむ生徒さんが、より素敵な人になっていくのが楽しみで 今からワクワク ドキドキしてしまいます。
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| 2010年1月15日(金) |
| 「成人の日」 |
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成人の日に自分の成人した頃のことを思い出してみました。
私はハッピーマンデーという祝日が設定される前の成人の日である1月15日生まれです。
ちょうど二十歳の誕生日に成人式をするはずでしたが、その頃 小松原庸子スペイン舞踊団として地方公演中でした。
大分市民文化会館でのリハーサル中、となりのホールで式典を行っていてたくさんの振袖姿の同い年の人たちを見かけたのをよく覚えています。
ちょっとうらやましい気持ちもありましたが、その時すでにうちこめるフラメンコというものがあり、立たせていただく舞台があるのは幸せなことでした。
当時はまだ一生の仕事となるとは思ってもいませんでしたが、30年以上経った現在もフラメンコを続けられ 天職だと思えるのはなんと幸運だったことか。
毎年 成人を迎える何万人もの若者たちの中で自分の進みたい道や目標、夢を持っている人はどのくらいいるのでしょうか。
平成生まれの成人した人たちのアンケートで、
「日本の未来は明るい」
と答えた人は50%以下。
「自分の未来は明るい」
と答えた人は50%以上。
この差は何を意味するのか…
そういえばもっと古いお話。
幼稚園の頃、祖母と出かけた電車の中で大きな荷物を背負った行商のおばあさんを見て「かわいそうだから、大きくなったら総理大臣になって ああいう人がいなくなるようにするんだ。」と言ったそうです。
実際大人になったらそんなことは簡単ではなく、社会に不満を持ちながら何もできない自分がいて情けないです。
今年もせめて少しでも社会の役に立つような活動をしていきたいと思っています。
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| 2010年1月7日(木) |
| 「子を産むこと」 |
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今年6月に三人めの孫が生まれる予定です。
一人め…三枝 花
息子 雄輔の第一子
2007年12月22日生まれ
二人め…亀田怜央
娘 麻衣の第一子
2008年10月7日生まれ
今度生まれるのは娘の第二子。
少子化と騒がれて久しいけれど、フラメンコを続けながら二人めも産もうとがんばっている娘の環境はあまりよくないように思える。
一人めの時も病院探しが大変だったようだ。
産婦人科はあるけど、分娩はできません。とか
来月で先生が退職なさるので…など。
今回は近くの病院を探したようだが、診察に3時間以上待つらしい。
私のときを思い出しても二人めは上の子供の世話をしながらの妊婦であるから何かと簡単にはいかない。
しかも妊娠〜分娩にかかる費用もかなりな負担のように思う。
多少の公の援助はあっても基本的にお金の余裕がないと子供が産めないというのはどうなのだろうか?
産んだ後も生活費や学費の心配をしなくてはならないのでは、安心して子を作ろうという気持ちにはなりにくいのでは?
髪がぬけたり、歯が折れたり、女は自分の体をある程度犠牲にして子を宿し、育むのだからもう少し周りの環境を整えてあげて欲しい。
自分のときは無我夢中であまり覚えていないが、いま娘と孫のことを冷静に客観視できるようになると、未来を担う人間を産み 育てることをあまりに軽んじていないだろうかと疑問に思う。
そして、私に何ができるかと言えば 仕事の合間をぬって
「なるべく協力する」
ことしかないのも悲しい現実だ。
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| 2010年1月5日(火) |
| 「安値」 |
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買い物はあまり好きではありません。
買わなくてはならないものがあれば、まっすぐにその売り場に行きそれを買って帰って来る。
男の人みたいとよく言われますが、食材の売り場は好きです。
何を買って何を作るかを考えるのは楽しいですから。
最近すごく安いものをよく見るような気がします。百円ショップやいわゆる安売りのお店。
「こんなに安くて大丈夫なのかなあ…」
とちょっと心配。
食材はとくに心配。
大根2本で百円
なんて見ると、畑を耕し、種をまき、世話をして収穫して出荷して…
それでこの値段?!
作った人が気の毒になってしまいます。
家計は苦しいから安値は助かりますが、世の中ってこんなふうに回っていてはいけないんじゃないでしょうか。
きちんと働いた人はお金を稼げて、贅沢なものはそれなりに高値でなくては道理が通らないような気がします。
働きたい人にはちゃんと仕事があり、少しは気持ちも豊かに生きられる社会になればいいですね。
そんな社会になるように微力ながら貢献していきたいです。
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| 2010年1月4日(月) |
| 「新年に想う」 |
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あけましておめでとうございます。
みなさんはどんな年末年始を過ごされましたか?
あっという間の暮れとお正月、日常とは少し違った日々。
年内にやっておきたかった大掃除も間に合わず、年明けになってしまった数々のこと。
普段はなかなか出来ないビデオを見たり、CDを聞いたり。
今年はどんな年にしたいか…
私はそんな数日を過ごしました。
体は休まったかもしれませんが、頭痛やめまいがしたり 忙しく動きまわっていないと病気になりそうです。
暮れに生徒さんから
「先生は一日中テレビを見てぐだぐだ過ごすことはないのですか?」
と聞かれましたが、どうもそんなことをしてると具合いが悪くなる性分らしいです。
さあて 何から始めましょうか。
たくさんやりたいことが思い浮かびましたよ。
今年もこんな私ですが、どうぞよろしくお願いいたします!
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