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| 2009年12月30日(水) |
| 「稽古納め」 |
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すべてのクラスの稽古納めが終わり この一年を振り返ってみる。
発表会を節目として起こるいろいろな出来事。
故障や個人的な事情でお稽古を続けられなくなった方々のフォロー。
生徒さんたちの顔が次々と思い浮かぶ。
できなかったことができるようになったときの喜びや楽しみな上達ぶり。
でもいつも一番うれしいことは、心がふれあえたかな…と感じるとき。
来年もより充実したクラスレッスンやたのしめる企画を考えていきたいと思います。
生徒のみなさん
今年も大変お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願いします!
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| 2009年12月27日(日) |
| 「クリスマスのご報告」 |
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ハイアット リージェンシー 東京
フラメンコ クリスマス
今年は170名以上ものお客様がいらしてくださいました。
7:00からのウェルカムステージは、ディナーを召し上がる前にほんの数分ほど「ようこそおいで下さいました!」の気持ちをこめてお贈りするものです。
そしていろいろなことを乗り越えていらした皆様のこの一年に乾杯!
8:15からのメインステージ。
白いスーツでアレグリアスを踊った雄輔。
ゆったりとしたギターと唄のイントロの中 スポットライトを浴びながら客席をぬって舞台に上がって来る姿に、この子の持つ雰囲気は一体何に由来するものなのか…。
生まれつき持ち合わせていたのか、スペインでの暮らしからか 不思議なオーラがある。
そんなことを思いながらバックについていると突然嵐が起こったり、にこやかな楽しいリズム遊びがあったり。
メリハリのある一曲だった。
それに対して ティエントを踊った麻衣の踊りは真摯に自分のフラメンコと向かい合う。
突き詰めて完璧をめざし、「雑」というものを許さない。
それは私にはない、あの子の素晴らしい宝物だと思っている。
自分の子どもながら二人はそれぞれの持ち味がまったく違い興味深い。
久しぶりに出演した舞踊団。
群舞ならではの華やかさとおもしろみを十分と発揮してくれたようだ。
ソレア ポル ブレリアの構成では、英夫さんがギターのメロディを振付にあわせて考えてくださったり、照明スタッフも盛り上がるあかりを作ってくださった。
自分自身の踊りの評価は難しい。
どんなに条件が揃った舞台でも テンションをあげて集中することはなかなか難しいが、今回 ソレアを踊っていて周りが見えなくなった。自分の世界にきちんと入れたというのか、フラメンコの神様が降りてきた感じ。
それでも時にはそれは気のせいで お客様に思いきり引かれてしまうこともあって、どうだったのかひどく心配。
終演後 たくさんのお客様からよかったとの声を聞き、ビデオのご希望があったりしてやっと安心する。
すべてを終えてご挨拶、とマイクを手にしたら
「フラメンコは苦しいとき助けてくれるんです!」
といきなり考えてもいなかった言葉が飛び出した。
これも神様に言わせられたのかしら…
一年の最後のイベント クリスマスに多くの方の楽しそうな笑顔をみられることの幸せ。
最高のクリスマスをありがとうございました。
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| 2009年12月24日(木) |
| 「京都ライブ報告」 |
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今回の特筆すべきことは、なんと言ってもエンリケ・エレディアさんの唄だ。
生っ粋のジプシーでありながら日本人と結婚し、40年も日本に住んでいらっしゃる。それなのにゆるぎない民族的なプライド。
フラメンコはもともと アンダルシアに流れついたジプシーの一派が地元の王国から迫害を受け、その苦境に負けまいと叫んだ唄から始まったと言われる。
しかし、500年以上もの歳月と世の中の移り変わりとともにフラメンコも変貌しつつあり、それを進化と呼ぶか退化と考えるかは別として 本場スペインでのフラメンコも形が変わってきている。
そんな中 一人遠く離れた日本にいて変化の波の中にいなかったエンリケさんだからこそ原形を守り続けられたのかもしれない。
リハーサルでいろいろなアドバイスをいただいた。
「ここはこうしたらいい。
こんなふうにするとこうなるだろ。
スペインでももう誰もやってないけどね…。」
到底 行きつけないフラメンコの深淵を感じ、どこまで食いついていけるか…
一人の愛好家としてクリスマスにフラメンコの神様からいただいたプレゼントのような気がした。
やっぱりフラメンコはすごい。
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| 2009年12月23日(水) |
| 事務所浸水その後 |
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コメントを読んで下さった方々にはご心配のメッセージをいただいておりました事務所浸水。
発端は10月7日に関東に上陸かと言われました台風ですが、それをきっかけにビルの様々な修繕をしてくださることになりまして、2ヶ月以上の間 事務所の業務が満足にできない状態でした。
つきましては、ご迷惑やお手数をおかけしてしまった皆様には心よりお詫び申し上げます。
本当に申し訳ありませんでした。
12月22日付けですべての工事や改装が終わり、とてもきれいな事務所で新年を迎えることができます。
新しい年には またたくさんの素敵なアイデアを生みだし 楽しんでいただけるレッスンと舞台をご提供していけますようがんばります。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
鈴木眞澄
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| 2009年12月20日(日) |
| クリスマス予告編 |
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12月23日 京都
パティオ マジョール
今回お願いした歌い手のエンリケ・エレディアさんは生っ粋のジプシーで、雄輔が何も決めないで感情のおもむくままに唄う唄に挑戦することを希望しました。
実際 私も決めごとは一切できないので フラメンコの基礎と精神力で踊るのみ、準備のしようがありません。
クリスマスにフラメンコの神様からのプレゼントだと思って精一杯踊ってきます。
12月25日
ハイアット リージェンシー 東京
久しぶりに舞踊団も出演して華やかなステージを準備しています。
もうひとつのお楽しみは舞台設定を変えたこと。
はじめての試みなので不安はありますが、お客様との距離を縮めるのが目的です。
クリスマスディナーショーは、一見お祭り気分の楽しいイベント と思われがちですが、私は一年の締め括りとともに どんな気持ちで新しい年を迎えるかのとても大事な舞台だと思っています。
フラメンコの持つ不屈の精神と生きる喜びを皆様と共有できたらと願っております。
直接おめにかかれない方々にはこの場をかりて
「素敵なクリスマスとよいお年をお迎え下さいませ。」
ありがとうございました。
鈴木眞澄
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| 2009年12月18日(金) |
| 「フラメンコ入門」 |
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先日 船橋クラスに入会してくださったお二人は私の書いた「フラメンコ入門」をもう何年も前に買って下さっていたそうです。
地方に伺うと、インデックスがたくさんついたボロボロの入門を持っていらしてサインを頼まれると感慨無量です。
フラメンコと出会い より豊かな人生を歩むお手伝いができたら…
そんな思いで書きました。
何十年か経って、フラメンコをこんなふうに紹介した人がいたんだね。
なんてどこかで誰かが読んでくれたら幸せですね。
ちょっとご紹介します。
1997年から準備し、1998年に出版。
写真を多く盛り込み、わかりやすくフラメンコの初歩的な項目を解説。
1、踊るための体の基本
2、フラメンコ舞踊の基礎技術
3、踊りの中での小物の使い方
4、いろいろなリズムの曲種
5、セビジャーナスを踊ってみよう
他
音の面からもフォローできるようCD付き。
1、パルマ
2、カスタネット
3、サパテアード
4、曲種の紹介
定価 3990円
発行所
株式会社パセオ
TEL
0352723061
FAX
0352723064
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| 2009年12月15日(火) |
| フラメンコをやめる |
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怪我をなさってお休みしていた地方のフラメンコ練習生の方から、そんなメールがありました。
やめるのは最後の最後です。
リハビリをかねた基礎レッスンメニューも考えられます。
歩けなくなったらカスタネットの名人をめざしましょう。
指も動かなくなったら歌いましょう。
聞くだけでいいならより楽しい聞き方をお教えしましょう。
観るだけでいいならより感動する見方をお教えします。
誰に習うか どこで習うか どんなふうに習うかも自由です。
自分の生き方を自分で決めるように、選んでいけばよいのです。
フラメンコはどんなときも開かれています。
自分からその扉を閉めたり、遠ざかったりしないでください。
フラメンコがすきなら、その気持ちが1番大切なことだと思うのです。
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| 2009年12月13日(日) |
| 「おめみ汚し おみみ汚し」 |
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先日読んだ冊子から
ずっとゴルフをやっているが、なかなかうまくならない。
スウィングなど不格好甚だしく「おめみ汚し」をしている。
そして60才を機に、かねてから憧れていたフラメンコギターをはじめ 今度は「おみみ汚し」まで…
べつな方でやはり60才からコーラスをはじめられた女性を知っている。
何かを始めるのに遅いも早いもないと思う。
大事なことは、新しいことに挑戦する意欲とそれを楽しむ気持ち。
新しいことははじめからうまくいくはずがない。
うまくいかないことを少しづつコツコツとうまくいくようにするのが楽しいのでは?
おめみ汚し おみみ汚しとおっしゃってまわりの方に謙虚な気持ちを持っていらっしゃる方は、きっと一生楽しみが続きます。
学ぶことの1番のさまたげは根拠のない自信を持ってしまうこと。
自分の本当の実力を知ることって実はかなり難しい。
おごらない、卑下しない。
「本番は自分が1番だと思え。
稽古は自分が最低だと思え。」
先輩からの教えです。
60才でコーラスを始められた方の初舞台を拝見して、なんと生き生きと楽しそうだったことか。
これが「人生を豊かに過ごす」 ということかな…と思いました。
私は、フラメンコを学んでいるみなさんの人生が豊かになるようお手伝いしたいのです。
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| 2009年12月11日(金) |
| 「ミサンガ」 |
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杉田劇場での横浜ライブが無事終わりました。
横浜NHKカルチャーの発表会とスタジオマジョールのライブを兼ねたものでしたが、その昔 美空ひばりさんが初舞台をふんだという会場は改装間もない素敵なホールでした。
出演の生徒さんの中に、17才の高校生がいます。期末テスト間近い日の発表会は勉強との両立も大変でしょう。
とてもがんばってソロを踊りました。
本番前 彼女から「はい、先生 これ。」と言われて貰ったのがミサンガです。
クラスのお仲間みんなに作ってくれたようです。
「えー!途中で切れたら動揺して踊りわすれちゃわな〜い?」
「いえ 切れたら願い事がかなうのです。」とのこと…
いまも私の手首にあります。
そんな彼女の周りへの思いやりなど、みんなのあたたかな思いの詰まったライブになりました。
お疲れ様でした。
ありがとうございました。
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| 2009年12月3日(木) |
| 「12月に思う」 |
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いつもと同じ月、同じ日々なのに なぜか12月は特別。
クリスマスやお正月は 年の節目だからいろいろなことをあらためて考え、幸せならばそれが続くように、あまりよい状況でなければリセットして心あらたにやり直したい。
インフルエンザは猛威をふるい、不況や政治不信も相変わらず。
周りの変化は望んでもかなわないかもしれないけれど、自分自身は変わることができる。
「幸せは自分の心が決める。」と言うように…。
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| 2009年11月15日(日) |
| 「24回目の発表会を終えて」 |
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今年はいつも以上にいろいろなことがあった発表会のように思います。
インフルエンザが流行り出演者自身のみならず家族の方々の感染もかなり影響したこと。
直前に事務所が浸水したため 事務機器などをスタジオや更衣室に運び出し生徒さんにもずいぶんと不自由をおかけしたこと。
出演者全員が当日元気に揃ったことが、とてもうれしく 素晴らしいことでした。
もちろん 本番の出来に関してはそれぞれ反省や悔いはあるものの
「踊りを間違えずに上手に踊る。」そんなことはたいしたことではなく
「元気でみんなが仲良く協力して励ましあって 一つの舞台を作る。」
これ以上素敵なことはないなーとあらためて確認したのでした。
そして こんな世の中なのに700名近いお客様がご来場下さり、終演後ドアを開けてロビーに出ていらしたお客様の楽しげなお顔にホッとしました。
出演して下さった生徒さん、支えて下さったスタッフ、ご来場いただいたお客様、すべての方々に感謝です。
ありがとうございました。
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| 2009年11月3日(火) |
| 「鎌ケ谷 ふれあいまつり」 |
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今年も鎌ケ谷のフラメンコサークル「コラル」の発表会である ふれあいまつりで踊ってきました。
月2回うかがってレッスンさせていただくようになって11年もたちました。
いわゆる地元の公民館まつりですから、出店や菊の花の展覧会などで広場がにぎわいます。
初めて踊ったとき、紅白の幕とちり紙の花を見て
「私はこうゆうところで踊るためにスペインにまで留学し、お稽古してきたんだろうか…?」
そんな気持ちになったことをいまでも鮮明に思い出します。
11年を経て、その気持ちが全くないとは言いきれませんが、何が私を11年も、スタジオから2時間近くかかる鎌ケ谷まで通わせたのでしょうか?
(ごめんなさい。レッスン料は言えないくらい安いです。サークルですから…)
それは生徒さんたちの真心なんです。
それからもう一つうれしいことが、
今回のふれあいまつりを見にいらした別のクラスの生徒さんが
「踊りを見てると幕もティッシュの花も目に入らなくなりました。」
とのこと。
プライドと踊り手としての価値、活動の仕方、何が目的か など。
アーティストとして生きて行くにはあまりにもきびしい世の中です。
でも私はアートとはなんのためにあるのか、自己満足でも お金のためでもなく 人々が豊かな人生を送るための仕事だという意識、それをきちんと持ち続けたいのです。
生徒さんたちに私はちゃんとお役に立てているのだろうか、と心配しながらまたお稽古に通い、発表会でいっしょに踊るのです。
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| 2009年10月20日(火) |
| スペイン留学日記 |
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怒りん坊のパコ先生
フラメンコのレッスンを1日に1時間 月曜〜金曜まで、1週間通ったあたりで これは無理 と感じたのか先生から、私を含めて4人の新入りたちが1時間早くいらっしゃい と言われる。
ゆっくり教えて下さるらしいとホッとする。
翌日早くに集まった私たちにやっている曲を詳しく説明してくれた。
しかし、ゆっくりな説明でもなかなか覚えるのは難しい。
そのうちバーンと壁を蹴って何やら大きな身振りで怒鳴ったと思ったらパコ先生 出ていってしまった。
バターンとしまったドア、うわーんと泣き出したアルゼンチンの子、悲しくなっちゃったドイツとアメリカの子、そして途方にくれる私は日本人。
多分 全員が自分の国の言葉で(どうしよう…)とつぶやいていたと思う。みんなスペインにきたばかりなのでなぐさめあう共通語がない。
ただただスタジオに響く泣き声と鼻をすする音。言葉が通じない虚しさ、困惑、焦り、無力感…
まわりの空気に圧迫されるような息苦しさ、心の重圧、耳が聞こえなくなってしまったような沈黙
そこへ 地下のバルで一杯ひっかけて気を取り直したパコ先生が戻ってくる。
よかったあ…
日がたつにつれて仲間ともだんだん会話ができるようになったけれど、アルゼンチン ドイツ アメリカで彼女たちもあの日のことを思い出すだろうか。
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| 2009年10月19日(月) |
| 「峯岸家いとこ会」 |
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私の母方、峯岸家は喜多方出身である。
昔の言い方をすれば「本家」が今も喜多方にある。
母の兄弟 すなわち私のおじさんやおばさんは京都や気仙沼にもいて 当然いとこたちもあちこちに散らばっている。
それがなんとなく同じ代でまとまって会おう、ということで今回の開催につながった。
それぞれ連れ合いも同伴するものもいて 初対面の間柄もいるのに会場である裏磐梯のホテルで会うと
「あーっ、どうも〜!」
握手から抱擁の嵐である。
久しぶりにあった本当のいとこ同士ならともかく、なんだか全体にあたたかな愛情にあふれた集まりになった。
話題は亡くなった叔父たちとの思い出、自分たちの両親の馴れ初め、共通の趣味…
三次会のカラオケの最後には、なぜか全員で肩を組み合って「あの素晴らしい愛をもう一度〜!」
ずっとハイテンションでとにかく楽しい。
笑いが絶えることがない。
そのうち 私は思った。
普段はみんな様々な悩みや苦しいことも抱えているはずだ。
私がとても楽しみにしていたのも、日常があまりに忙しく ともするとめげてしまいそうになることも…
そんなとき愛情にあふれた仲間と会うことがどんなに救いになることか。
私がめざしているマジョールの在り方もこんな形?!
疲れた体や心を癒す巣のようなマジョール家にしていきたい。
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| 2009年10月8日(木) |
| 「事務所浸水」 |
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台風のためか夜中の12時過ぎから事務所の天井数箇所から水漏れ。
うちのスタジオは、事務所 更衣室 稽古場すべてビルの地下なんです。
たまたま遅くまで稽古していた息子が発見し、やはりたまたまゴミ捨てに降りてきた娘と急遽書類や発表会のご案内 チケットなどを運び出し大きな被害はまぬがれた。
普段は私が元気なのをいいことに未だに甘えてくる二人も、いざというときは頼りになる。
「天災は忘れた頃にやってくる」とはよく言ったもので人生いつ何が起こるかわからない。
一晩中 水の汲みだしを続けて幸い生徒さんの私物や衣裳のある更衣室と稽古場は無事で、発表会の総稽古も予定通り行うことができてホッとする。
そんなとき生徒さんたちも優しい言葉をかけてくれたりして本当にうれしい。
いつも何かが起こるとあらためて知る思いやりがあるのは有り難く、幸せを感じる。
「災い転じて福となす」
ですねえ。
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| 2009年10月7日(水) |
| 「舞踊団」 |
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10月3日、船橋スタジオ月曜クラス、金曜クラス合同の発表会をエルフラメンコにて開催。
今回 当日が土曜日で
11月に発表会を控えるスタジオレッスンのお休みを避けるため舞踊団に代教を頼む。
エルフラメンコに生徒さんとともに出演するもの、裏方として手伝うもの、スタジオで代教するもの、カルチャーの代教に行くもの と舞踊団が分担して協力してくれるのがなんとも有り難く うれしい。
マジョールのスタッフとしてもいろいろと協力してくれる舞踊団は現在9名いて それぞれが個性的である。
踊り手として得意分野も違う。
バリバリフラメンコっぽい曲がすきなもの。
古典舞踊系が似合うもの。
女性らしい色気があるもの。
シャープでよく体が動くもの、等。
9人9色だ。
もう長年いっしょにいて例えば必ず最低一週間に一度は会うので娘のように感じてみんなかわいい。
8月の八ヶ岳美術館コンサートから東京でのライブ、そして今めざしているのは11月7日の発表会。
今年も彼女たちはそれぞれの曲に心を込めてお稽古してくれている。
どの場面でどんな花を咲かせてくれるのか、とても楽しみだ。
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| 2009年10月6日(火) |
| 「船橋スタジオ発表会」 |
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船橋スタジオでは月曜昼間と金曜夜にクラスを設けています。
今回はこの船橋スタジオでお稽古している生徒さんたちの発表会でした。
約一年かけてお稽古し、区切りとして発表会で踊るわけですが、何も問題なくスムーズにお稽古が進むわけではありません。
一年の間には身近にご不幸があったり、ご家族やご自身の怪我や病気 これらはすべて例えばのお話ではなく 今回の船橋の生徒さんたちに実際に起こった事です。
様々なことに悩み それを乗り越え舞台に立てた方々と、残念ながら観客として応援する立場になった方々、明暗を分けるようですが実はその場に居合わせた人もそうでない人もがんばったことに変わりはありません。
出演した方々はやりとげた充実感とうまくできなかった悔しさが残り、出演できなかった方々は舞台から元気をもらい 次はがんばるぞーと意欲を持つのです。
どんなに上手に踊れたかや 間違えなかったか ではなく、元気に舞台に立てたことが素晴らしいことなんだな と痛感した発表会でもありました。
この発表会を見て
「みなさんがすごくがんばっていらして、自分がはずかしい。やっぱり私もがんばらなくてはと思いました。」
と言って、事情があってお休みしていた生徒さんのお一人がクラスに出てきてくれました。
好きでやっている趣味の域にとどまらず こうして人に勇気を与えるような発表会ができて本当によかったです。
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| 2009年9月29日(火) |
| 「挫折感」 |
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何かがんばってきたことの成果が上がらず、壁にぶちあたったような 暗闇の中にいるような悲しくつらい感じ。
心にぽっかりと穴があいてしまったような空虚な感じ。
やれることはすべてやったからこそ それが駄目だったとき挫折感を味わうのでしょうか?
そういえばしばらくそんな気持ちにならない自分がいます。
うまくいかないことはフラメンコでも仕事でも山ほどですが、挫折感がないのは鈍くなっているのか、無意識に感じないようにしているのか かえって奇妙で心配です。
若い頃 先輩の踊り手にばかなライバル意識をもち、自分より人気があると「もうフラメンコなんてやめてやる!」
なんて変ないらだちを覚えたときがありました。いま思い出すと恥ずかしい限りですが、それがバネになってもっとがんばれたような気がします。
マイナス要素はプラス要素より原動力や起爆剤になることも多いと数々の場面を見て思いました。
年をとってくると自分を守ることが優先されてきて、つらく苦しい感情はもたないようになるのでしょうか。
そうだったらいやだなあ…
苦しい 悲しい 寂しい つらい そんなマイナスの感情も、気持ちいい うれしい 楽しい 幸せ!と同じように死ぬまで持ち合わせたいです。
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| 2009年9月28日(月) |
| 「ノヴェンバーイレブンスライブ」 |
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通称ノヴェンバーは赤坂にある阿木ようこさんがプロデュースしたライブハウスです。
「広く様々なジャンルの方々にライブの経験をしていただきたくて…」
とある雑誌にお店のご紹介でお話していらっしゃいました。
インテリアから何から何まで素敵な雰囲気のお店で 阿木さんのお人柄がうかがえます。
いろいろなライブをやっていますが、週に何度かフラメンコの日がありプロデューサーからご指名を受けて出演します。
今回はマジョールで というお誘いでしたので、雄輔や麻衣だけでなく私のもとで確実に成長してきてくれた舞踊団のメンバーの中から4名を抜擢しました。
慣れない舞台やメンバーで踊ることは試練ですが、大変な状況を克服していくと精神が鍛えられるな と感じます。
そしていつか「あ〜、もっと大変なことあったけどなんとかしてきたな〜。」と自信がついていくのです。
それこそが「経験」というものだなと思いつつ、
「若いときの苦労は買ってでもしろ。」
なんて諺などを思い出したりもします。
お店のご紹介から かなり現実的なお話になっちゃいましたが、阿木さんもご主人さまの宇崎さんも多くのご苦労の末 今があるからあんなに素敵なんだと思います。
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| 2009年9月25日(金) |
| 「小国ライブ」 |
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熊本最後の夜は、「役場んまえ咲いた」という古い民家を改造した雰囲気のあるレストランで 板を6枚だけ敷いてお客様も60名ほどがぎゅうぎゅう詰めでやりました。
空間がすばらしく踊らせてもらってるという感じでお客様との一体感もすごい。
汗もかかっただろうし、会場が一つになって盛り上がり、うれしかった。
小国が大好きになって9年も通って幸せです。
それでもうまくできなかったところや納得できないところがあって悔しい。
悔しいからまた次の本番に頑張ろう、と思ってやっています。
翌日早い便で帰るとまたスタジオの生徒さんが待っててくれてお稽古するんです。
熊本のご報告などもしながらいただいたちぎり絵をみせて、
「楽しそうですねえー。」
「いつか行ってみたいわ。」
「是非いらして下さい。」
なんてお話してまた東京の生活に戻りました。
もう2日後にはライブがあるんですよ。
また精一杯やります。
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| 2009年9月25日(金) |
| 「小国セミナー二日目」 |
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二日目のみ受講の初心者もいらして またにぎやかになる。
レッスンメニューは変えず、ルンバの振りとセビジャーナス1番をとにかく何度も繰り返す。
二人組になっても相手についていってしまうこともなくなり 動きもシンプルになってきた。
余計な動きがとれて落ち着いてきたって感じ。
カスタネットのお話をしてスペイン古典舞踊をご披露。カスタネットをたたきながら踊るということを具体的に理解してもらう。
午後の発表会にそなえ踊る場所や相手を決め生演奏で練習する。
そして最後に発表会と講師デモンストレーション
セビジャーナス1番を二人組で1番のみ繰り返して踊る。
ルンバも足の踏み鳴らしも入れてそれなりにさまになる。
講師デモンストレーションはちょっと試みで雄輔も私もアレグリアスを踊って同じ曲を男女での違い、振り付けの違いの比較をしてみる。
二日間で素晴らしい成果を出す受講生に驚かされ最後はみんな和気あいあいとなごやかな雰囲気になって、解散するのが寂しくなる。
たとえ一年に一度でもフラメンコを通じて巡り会う、いつもそんなあたたかな気持ちで終えるセミナーができて本当に感謝とうれしさでいっぱいになる。
また再会を楽しみにみんなとお別れをおしみながらの閉会式でした。
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| 2009年9月23日(水) |
| 「熊本 小国セミナー報告」 |
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今年9回目のセミナー、毎年受講してくれている方々もいますが、そうするとフラメンコ歴9年、しかし正味18日間。
七夕の織姫と彦星のように年に一度の再会をとても楽しみにしてくれている。私も近づいてくるとみんなに会うのにワクワク。
1日目
ウォーミングアップとして手拍子をしながらルンバのリズムに合わせて歩く
フラメンコの基礎になる力強い腕の使い方
タンゴのリズムで簡単なステップ
セビジャーナス1番
タララの歌と振り付け
午前と午後と2時間づつ、計4時間のレッスンをまったく初めての人たちもとてもよくがんばってくれる。
夕食後 みんなで演劇大会。
地元の「おてもやん」をみんなで歌い小学生の女の子が二人踊ってくれて大感激!
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| 2009年9月21日(月) |
| 「氷川学園」 |
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熊本 八代の氷川学園でのライブも今年で5年目になったでしょうか。
去年終えてからもう指折り数えて待っていて下さった方々もいらしたそうで なぜかこちらから高飛車にボランティアライブとは言う気にならなくなりました。
もうお顔を覚えた方々の元気な様子に会うと、今朝 羽田から飛行機で来た疲れも吹き飛んでしまいます。
到着してすぐに本番の用意をしていると廊下をうろうろして「もう?もう、はじまる?」とうきうきして待っててくれるのがなんともうれしい限りです。
毎年 お礼にと歌のプレゼントや手作りのお土産を準備してくれるのですが、今年のプレゼントはとびきり素敵でした。
去年のライブ後から少しづつ作ってくれたちぎり絵です。
去年の帽子の踊りそのままに素晴らしい絵が出来上がっていました。
また今年もいただいたものの多いライブでした。
いつもお別れは「また来年ね!」の言葉に励まされ フラメンコやっててよかったなあ〜と感じるのです。
氷川学園のみなさん
ありがとうございました。
また来年も元気で会いましょう!
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| 2009年9月20日(日) |
| 「本番」 |
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高円寺のエスペランサにてライブに出演しました。
年間何回か踊らせていただいていますが、今回は初めてごいっしょする踊り手の方二人との共演でした。
お二人ともとてもいい方で、事前にお稽古しませんかという申し出にも心よく応えて下さりうれしかったです。
普段ほとんど交流のない方といっしょに舞台をやるのは緊張もしますが、楽しみでもあります。
とくに今回のお二人のように仲良くなれるとフラメンコのことをいろいろ話せたり、本番後もお話は尽きず またいっしょにできたらいいですね、と気持ちよく解散します。
よく本番は生ものと言いますが、どんなに準備しても うまくいく という保証は何もないのです。その場にいるみんなの体調も影響するでしょうし、体調が悪いからといって出来が悪いわけでもないのです。
いつも本番前は緊張し、心の拠り所を探し、大丈夫 何十年もやってきたじゃない。とか何十年もやっててこれ?って思われるかもしれない…等
それでもどうして続けているかというと、うまくできたときに喜んでくれたり、感動したと言ってくださるお客様がいるからです。
そしてまた次の本番に全力で向かうのです。
相変わらず緊張、心配、しながらね…
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| 2009年9月14日(月) |
| 「リセット」 |
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私は15歳のときから小松原スペイン舞踊研究所にてフラメンコを習い始めました。
小さな頃からあこがれていた踊りをやっと習うことができて高校から帰るとカバンを放り出して1時間以上かかる高円寺までほとんど毎日通いました。教えていただくことすべてがもう楽しくて楽しくて…
そうやって高校時代3年間を過ごし 卒業と同時にスペインへ留学。
また約一年間 見るもの聞くものすべてが嬉しくて嬉しくて…
帰国後 結婚して雄輔がお腹にできるまでスポンジの如く吸収し、溢れ出る喜びのままに踊っていたように思います。
はてさて、人生はそのまま順調にいくはずもなく、いろいろあった末に一人のフリーの踊り手として再スタートした頃のことです。
ある先輩をご紹介いただき、フラメンコの基本は、ということをあらためて習ったらまったくどうやって踊ったらいいのかわからなくなってしまいました。
土台になる基礎をほったらかしにして踊っていたことに気がついたのです。それから約3年間は満足なものが踊れませんでしたが、その苦しい時期があったからこそ今があるのだとはっきり言えます。そしてそれは今でも続いていて、時々何かをきっかけにリセットします。
本当はリセットの必要なく順調に進化し続けられたらいいのですが、気がつくと体や精神が怠けたり、曲がった方向に行っているのです。
つい先日も息子にリセットのボタンを押されました。自分ではなかなか押せないので幸せなことかも知れません。
ちょっとくやしいけど…
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| 2009年9月12日(土) |
| 下宿屋パコの一日 |
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朝8時それぞれの部屋があわただしくなり、キッチンには牛乳 コーヒー ビスケットの用意がされている。
すでに出かけたあとの部屋をセニョーラ フェリが掃除中。
下宿人は自分の時間に合わせてキッチンで朝食を取り、でかけていく。
カフェ コン レーチェ とガジェタス(ミルクコーヒーとビスケット)
ガジェタスにバターをぬったり コーヒーにひたしたり自分の好みの朝食にする。
午前中のフラメンコのクラスへ出かける。
パコ フェルナンデス先生のクラス 2時間、自習 1時間を終えて下宿に帰る。
お腹がすきすぎて5階までの螺旋階段が一気にのぼれず途中のベンチで休憩。
やっとたどり着くとキッチンからいい匂いが…。
午後2時 それぞれの学校や職場から戻った下宿人全員で昼食。
スペインではお昼に一番時間をかけ ボリュームもたっぷりの食事をとりゆっくり休む。
午後4時クラシコ エスパニョール(古典舞踊)ベティ先生のクラスへ。
個人レッスン1時間、グループレッスン2時間。
8時過ぎに下宿に戻り 夕食までおやつを食べながら散歩。
午後10時 みんなで夕食後 それぞれの課題をもってサロンで勉強。
私はみんなにスペイン語を教えてもらう。
シャワーを浴びて12時過ぎに就寝。
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| 2009年9月10日(木) |
| 「Q&A」 |
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先日 メールにてフラメンコのサパテアード(足のうちならし)についてご質問がありました。
これは他の方々にもお役に立つかな と思いここにご紹介します。
ご質問は、足の音がどうしても重いようなのですが、何に注意したらよいでしょうか?
といった内容でした。
お答えしますと…
足の音について確認すべきことは、
1、重心。 打つ足に乗っていないことが大切です。
2、床のつかまえ方。
磁石が吸い付くようにピタッとつかまえているか?
接点がずれていないか?地面と深く関わる、ということはフラメンコの大切な特徴ですね。
3、音の強弱。
打楽器ですからそこからリズムが聞こえてくるように強弱をつける。
こんなところでしょうか?
お役に立てばいいのですが…
語るようなサパテアードをめざしてがんばりましょう!
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| 2009年9月7日(月) |
| 「マジョリカ焼」 |
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スペインのバレンシア沖 地中海にあるのがマジョルカ島です。
ヨーロッパのリゾート地で海と山が隣接する美しい島です。
バルデモサという街は、ショパンとジョルジュ・サンドが愛人生活を送ったところとしても有名です。
そのマジョルカ島の陶器でマジョリカ焼というのがあります。
美しい色彩でタイルや絵皿 壷などがあって、中川一政画伯の作品にも描かれています。
ちなみに中川一政美術館は真鶴にあるのでよかったら足を運んでみて下さい。
毎年9月になる頃クリスマスの準備が始まりますが つい先日ハイアットリージェンシー東京に打ち合わせに行きましたらホテルに入った瞬間すばらしいタイルが目を引きました。
ロビーの一角にあるカフェの壁一面がマジョリカ焼のタイルと絵皿なのです。
カフェ全体も素敵な雰囲気でコーヒーもとびきりです。
最近は立ち飲みに近い喫茶店が増えましたが、遠い島に想いを馳せ ゆったりと過ごす時間も必要です。
ハイアットリージェンシー東京
カフェでのひとときでした。
(あらっ 回し者になっちゃった…?!)
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| 2009年9月5日(土) |
| 「看取るということ」 |
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尊敬する ある先生の奥様が亡くなられ ご葬儀に行ってきました。
その奥様には大変お世話になりましたが、近年いわゆる認知症になられ ご主人である先生が何から何までお世話をされていました。
お別れの式の最後には、先生のご挨拶がありましたが、最近のご様子や ご迷惑をかけたことのおわび、感謝の言葉の数々から 深い愛情を感じます。
人生の最後に贈る言葉として心に残るものでしたし、逝かれた奥様もお幸せそうなお顔で旅立たれました。
お手洗いまでいっしょについていき、毎日眉をひいてあげていらしたそうで、そんな大変な状況の中でもきちんとご自分のお仕事もされ、周りへの気遣いも忘れない先生は、いつも私たちをあたたかい気持ちにしてくださいます。
そんな優しい介護を私はできるだろうか と自信のない自分が恥ずかしい日でもありました。
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| 2009年8月31日(月) |
| 「スペイン留学時代 その6」 |
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稽古場を訪ねて
一人下宿に入った翌日、紹介状を手にスタジオ「アモール デ ディオス」へ。
この名前(神様の愛という意味)の通りにあるのでスタジオもこの名がついたそうだ。
地図を頼りに下宿から歩いて15分程。
受付に若い少年のような人がいる。
「パコ フェルナンデス?」とたずねると不機嫌そうに何やら言って指をさす。めんどくさいオーラを全身から発しながらとっても感じが悪い。それでなくとも緊張してるのに、もうすでに心がボロボロだ。
そのスタジオには大小いくつかの部屋があり、それぞれいろいろな先生が借りてクラスをやっている。
恐る恐る指さされたドアを開けるとほんの少しの隙間から中の熱気と激しいギター、唄、手拍子、かけ声が溢れ出る。
思わずバタンとドアを閉める。
(どうしようー?!)
(どうしようもない、いくしかないでしょ!)
自分に言いきかせて再びドアを開ける。
30人くらいの踊り手が奥の鏡に向かってガンガン踊っていて一番前で「オレーッ!バモジャー!」と叫びながらいっしょに踊っている男の人が先生らしい。
踊りが一区切りするとその先生らしき人がつかつかと歩み寄ってベラベラっと何か言ったが意味がわからない。
またまた(どうしよう…)
そこへ小柄な日本人女性が出てきて助けてくれた。
「明日から来なさい。」だって。
はー これからどうなることやら…。
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| 2009年8月29日(土) |
| 「ペンションとパラドール」 |
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「PENSION」は
スペイン語でいわゆる下宿やのことですが、留学時代お世話になっていたのが「ペンシオン パコ」なので私には馴染みの深い滞在場所です。
そして今年もライブのため伺った八ヶ岳でペンションに泊まりました。
高級ホテルで感じる豪華さやサービスとは一味違う雰囲気は、家庭的なペンションならではというところでしょう。
あたたかな雰囲気、心のこもった手料理、こまやかな気遣い オーナーの方々の個性が感じられます。
もう一つ 宿泊先というと思い出すのがスペインの国営ホテル「PARADOR パラドール」です。
全89ヶ所あって宮殿や古城、修道院などの歴史的建造物の中にあって快適なサービスが受けられというものです。
最近 ティエントと言う曲を振り付けしながら その歌詞に出てくる「Campana de Carmona カルモナの鐘」はどこにあるのかなあ…と考えていたら生徒さんのお一人がカルモナのパラドールが素晴らしかった!と話して下さり判明。
フラメンコの歌詞にゆかりの土地を訪ねる旅なんて素敵!
どんどん夢が広がります。
何百年もの間 様々な文化が交わったスペインならではの歴史。
その中に身を置いたらどんな気分でしょうか。
いつか叶えたい夢の一つになりました。
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| 2009年8月26日(水) |
| 「叶わないこと」 |
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生徒さんの中には、年齢とともに足や腰が痛んでお稽古が続けられなくなる方もいます。
関節を痛めてもやはり適度な運動を続けないと筋肉が弱ってますます関節に負担をかけることになり 悪循環がはじまります。
私自身を含め 全身完璧な状態の人はいないと思います。
お稽古のやり方を考え、目標を設定して励まし、たとえお休みがちになったとしてもお稽古に通っていらっしゃるようにすすめますが、ご本人にとってもつらいことなんですよね。
また一人 やっぱり続けられません。という方を送り出してスタジオに戻るとほかの生徒さんがこんなことをおっしゃいました。
「先生、馬を水呑場に連れて行くことはできても 水を飲ませることはできない。って言葉が中国にあるらしいですよ。」
そのやめた方とは何度も何度もお話をしてだめだったので自分の無力さに落ち込んでいたところに、この言葉はとても心に響きました。
快適に、より豊かな人生をおくっていただくためにと努力しても叶わないこともある、と自分に言い聞かせても、やはりいただくお月謝分ステップを教えればいいのだ、とは割り切れません。
わかって下さる方々もいらして逆に励まされ また傷つき落ち込み、「人生 修業だ!」とどなたでしたかお相撲さんの言葉を思い浮かべながら繰り返し正面から取り組むのです。
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| 2009年8月10日(月) |
| 「八ヶ岳の魂」 |
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8月8日 八ヶ岳美術館でのライブが無事終わりました。
お客様は東京からの方々も多く スタジオやカルチャーの生徒さん方も八ヶ岳美術館ならではの演出を楽しみにいらして下さいました。
プログラムは今年はじめて出演の舞踊団の群舞や、スペイン古典舞踊の振付をしたアストゥリアスを鈴木英夫さんのギターとデュオで、そしてフラメンコのナンバーを数曲。
彫像との対話をイメージした振付も好評を得てほっとしています。
その本番の最中、フラメンコの深い唄である「ソレア」を踊っているとき、雷が轟き 一瞬あかりが消えました。
すぐにまた明るくなりましたが、お客様は演出と思われたほどその瞬間はフラメンコのリズムの真っ只中だったのです。
美術館の建物を設計なさった建築家の村野藤吾先生や、たたずむ彫像たちを作られた清水多嘉示先生 そして縄文時代に栄えたこの八ヶ岳に棲むであろう魂に、はじめて受け入れていただけたような気がしました。
ちょっと不思議なお話ですが、お客様に集まっていただいて踊る空間というものは そこに意志があるような気さえします。
「踊っていいぞ。」と許していただくか、はなから拒否されているように居心地が悪いとか。
ここで踊りませんか、とご依頼をいただくと可能な限り下見をさせていただきます。
そうして3年前に決めてからやっと今年 八ヶ岳の魂からお許しをいただいたコンサートだったように思えます。
そんな瞬間と空間に居合わせていただいたお客様にも心から感謝です。
ありがとうございました。
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| 2009年8月4日(火) |
| 「大事にすること」 |
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土曜日のクラスではコルドバの帽子をかぶって踊る曲を練習しています。
この帽子の扱い方は、両手を添えて大切に、と説明していくうちに思ったのですが、大事に扱うからそのものが大事に見える。
ぞんざいに扱えばたいしたものではなく見える。
そのものの実際の価値が扱い方で決まってくることもあるならば、人に対しても同じかもしれません。
顔を見て丁寧に「おはようございます!」と言われれば相手の人は自分を大切に考え、敬ってくれていると感じるかもしれませんが、そっぽを向いて 「あっ どうも…」ではなんだか寂しいですよね。
ものを大切にすること、人を大切にすること。
大切にされたら相手もうれしいでしょうし、そうやって人間同士がコミュニケーションを計ればあたたかな人間関係が生まれてくるのかもしれません。
大切にされることで人も変わってくるような気もします。
子供を捨てるなんて悲しい事件がありますが、その捨てた親ももしかしたら大事に育ててもらえなかったのかなぁ…?
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| 2009年7月27日(月) |
| 「日々の出来事」 |
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息子の子供 花は1才7ヶ月。(2007年12月生まれです)
嫁はスペイン人でとてもいい子ですが日本に住むことが難しく、花を連れて行ったり来たりしています。
スペイン人は家族の絆が強く 生まれた土地を大切にするので、一生故郷から離れない人も多いようです。
嫁の家族はみんな愛情たっぷりに花を可愛がってくれます。
嫁が家族といたい気持ち、息子が自分の娘といたい気持ち、それぞれがこんなに家族思いなのに国が遠く離れているからいつもどちらとも離ればなれ。
でも10年経ったら今度は花自身が自分の居場所を決めていくのでしょうね。
悲しいこともつらいことも時が解決すると言うけれど、その時その時を懸命に生きているものは日々の出来事に一喜一憂してしまうのは当然ですよね。
毎日 何の問題もなく過ごしている人なんていないでしょうから…
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| 2009年7月25日(土) |
| 「本当の愛情」 |
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揃って80歳になられるご夫妻がいらっしゃいます。
ご主人さまは舞台監督、奥様は舞踊家。
その奥様が60年間続けてこられたスタジオをこの度閉められるとのことでファイナル発表会のお手伝いをさせていただきました。
リハーサルをご覧になったご主人が「ばあさん丸だしの踊りでだめだ。
もっと頑張らなくては。」と
出演される生徒さんの面倒を見ながらご自分も3曲踊られるのに、それでもまだきびしいことをおっしゃる?
はじめはそう思っていましたが、真剣にいろいろ指摘していらっしゃるご主人のお話を伺うにつれ「ああ、踊っていらっしゃる奥様を50年間愛し続けていらしたのだなあ〜」と感無量でした。
喧嘩しながらそれでもお互いをすごくいたわり合い そうやって夫婦の情というものが生まれ なんて素敵な関係!
連れ合いがいない私はちょっぴりさみしく 羨ましかったです。
そしてファイナル発表会はご夫妻を象徴するようなあたたかく 素晴らしい舞台でした。
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| 2009年7月15日(水) |
| 「香取希代子先生」 |
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私たちの愛する 日本フラメンコ界の大功労者である香取希代子先生が7月12日 ご逝去なされました。
現在 日本では本場スペインに次いで世界第二位のフラメンコ人口と言われますが、その礎を築かれたお一人です。
たぶん若い世代の方々はそのお名前も知らない方が多いことでしょう。
でも、どの世界にも先駆者がいて、そのおかげで今があることを忘れてはいけないと思います。
そのことをどうやって若い世代に伝えるか、これが私たちの課題です。
フラメンコ協会20周年記念のプロジェクトが立ち上がった今 このことを香取先生はあらためて教えて下さったのかもしれません。
香取先生 と聞いて思い浮かぶのは、スペイン舞踊のパイオニアである故 河上鈴子先生の追悼公演の舞台で踊られたシギリージャです。
マントンを持たれて河上先生のお写真に向かって踊っていらしたとき、美しい銀色の髪につけた 真っ赤なバラがはらりと落ちました。
その香取先生も河上先生のおそばにいかれ、きっとお二人ご一緒に天国で舞っていらっしゃることでしょう。
普段のにこやかなお顔とともにずっと心に留めておきたい情景です。
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| 2009年7月13日(月) |
| スペイン留学時代 その5 |
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留学時代の下宿の人々をご紹介します。
セニョール パコ
下宿屋のおじさん
普段下宿人とはあまり関わらない。スペイン内戦の傷跡が顔にあって愛想がなく、みんなには敬遠されているが私には優しかった。
サンタアナ広場でばったり会ったりすると「コンプラ エラオ!」(アイスクリームでも買え!)と言ってお小遣いをくれる。はじめは意味がわからず怒鳴られてるのかとびっくりした。
晩年はセゴビアの田舎にひっこみ 畑の世話をしたり、暖炉のそばでくつろぐ素朴な人だった。
セニョーラ フェリ
本名はフェリシシマ(最高に幸せという意)
下宿屋のおばさん
いつも明るく元気でお話好き。お料理の腕は抜群。そのおかげで私は体重65sにまで。
下宿人の部屋の掃除や洗濯をいつも歌いながら楽しげにやっていた。
2009年現在 セゴビアの田舎で元気に一人暮らし。マドリードが恋しい都会派。
アレグリア
喜びという意 フラメンコの曲種にもある。
下宿屋の長女
英語学校に通う。
夏にはロンドンへ留学しホテルのメイドをしながら英語を学ぶ。
思慮深く心優しい美人。のちに下宿人の一人 サイースと結婚。
ルーシー
本名 ルシア
私と一番年が近く仲良し。人なつこく行動派。
もともと大の日本びいき。白いご飯 みそ汁 納豆 海苔がすき。
パキート
本名パコがおじさんと同じため愛称として呼ぶ。
下宿屋の長男
私より二つ年下ですこぶるハンサム。ブルーグレーの瞳に栗色の髪。
高校生で製図の勉強をしている。
スペインではよく親と同じ名前をつけるが、子供は父親の第一姓と母親の第一姓をもらうので同姓同名にはならない。
ちなみに結婚しても姓はかわらない。
例えば、私は
眞澄 鈴木 峯岸
息子は
雄輔 三枝 鈴木
孫は
花 三枝 マルティネス
こんな感じです。
ファウスティ
おばさんの姪っ子
気さくで面倒見がよい。下宿生活になれたころルームメートになる。
法律の勉強をしている。
ローシー
本名 ロサ マリア
下宿家族の親戚の女性
物静かで優しいオフィスレディ
ヌンシー
本名 アヌンシアシオン
お話好きでよくいっしょに夕方の散歩をする。
話題はいつも男性のこと、金髪がいいか浅黒い感じがいいか 等。
サイース
チュニジア人
頭脳明晰 スペイン語 英語 フランス語 ドイツ語を話す。観光ガイドの仕事をしている。
のちにアレグリアと結婚。
マルコス
温和で思慮深い。
通信関係の勉強をしている。よく日本の生活習慣などの話しをする。
のちに電話局に勤める
サンティアゴ
警察官
クラスからの帰り道、交通整理をしていながら呼び止められ、「お茶でもどお〜?」
なんて 陽気なおまわりさん
アルフレド
正体不明の青年
浮世離れした感じだがいつもご機嫌さん
他数名の人たちが時々出入りしている。
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| 2009年7月6日(月) |
| 「身体の維持」 |
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首や膝 腰の痛みを感じ、お稽古をお休みしようかと…とおっしゃる生徒さんがいます。
だいたい40代くらいからあちこちの関節に支障がでてきますが、私はあえてお稽古を続けていただくようお勧めしています。
年齢とともに筋肉が落ちてきて関節に負担がかかり痛みが生じてきますが、そのまま動かすことをやめてしまうとますます筋肉が落ち悪循環が始まります。
お医者さまによっては安静に とおっしゃるようですが、はたしてその方の一生をトータルで考えてアドバイスして下さっているのでしょうか?
その時の痛みを取ることだけでなく、命が尽きるまで自分の身体をどのように維持していくのかを考えるべきではないでしょうか。
適度な運動は身体の他の部分には必要ですし、筋肉が落ちることで身体をまっすぐに保てなくなり 猫背や腰が曲がる原因にもなります。
大切なのは、目先の症状に対処することではなく、あとの人生をいかにハツラツと元気に前向きに過ごすかだと思います。
もちろん無理は禁物ですが、お稽古のやり方次第で70代の方でも関節を保護する筋肉をつけていくことができます。
もう年だからと諦めず、人生の最後の瞬間まで何事にも正面から立ち向かってゆく まっすぐな姿勢で過ごしていただきたいです。
フラメンコを通じて そのためのお手伝いができたらと願ってやみません。
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| 2009年6月22日(月) |
| 「発表会を終えて」 |
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6月21日、新宿エルフラメンコにてNHKカルチャー町田月曜クラスの発表会が無事終わりました。
15名の生徒の方々は、それぞれ忙しいお仕事を抱えながらや ご家族に病気の方がいらしたり 決して余裕を持って発表会のお稽古がしてこられたわけではありません。
それでも新しいことに挑戦したり、周りの方への気遣いを見せたり 人としてもとても立派な方々なのです。
多くの人たちが生きにくい今の社会で、フラメンコを続けることは単なるお稽古事ではなく それにたずさわる方々に生きる強さを与えてくれるようです。
それこそがフラメンコの原点であり、ライフワークとなる所以かと思います。
舞台を終えてすぐ、難しくてなかなか踊りこなせない曲を踊った生徒さんがすがすがしい笑顔で「また来年もがんばります!」と言ってくれます。
そんなやりとりに私も励まされ 前を向いて顔をあげて また未来に向かっていけるのです。
緊張しながら舞台で踊る生徒さんへの拍手は、何よりうれしい勲章のようで フィナーレで舞台をおりていく一人一人のお顔はキラキラしていました。
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| 2009年6月19日(金) |
| 「戦争と死」 |
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戦後65年という見出しで新聞に連載があります。
死刑の意味や廃止についての論議がなされます。
臓器移植に関して、「死」の定義が変わってきます。
私個人的に、戦争は理解できない考えの人たちが起こすものだからしかたない、とあきらめてしまっていた部分がありました。
例えば宗教と同じ、信じるもの(価値観など)が違えば死の定義がかわるように…
実際 宗教の違いから起こる戦争は現在も過去にも多いわけですから。
先日見た「ホテル ルワンダ」という映画は、フツ族とツチ族との民族紛争がテーマでしたが、人種の違いでの差別はスペインのジプシーへの迫害と同じです。
私利私欲や偏見など内面の歪んだ感情との戦いこそ人間はしていかなければならないのに、 自分との戦いを避けたあげく他人を責めることによって戦争がおこるのかもしれない。
「死」というものの価値観の違いと戦争は、密接なつながりがあるように思えます。
単純な言い方をすると
1 人を殺してはいけない という常識 あるいは決まり。
2 とても悪いことをするとその人は殺してよい(死刑)
3 国家や軍隊が決めれば、たくさんの人を殺してもよい。(戦争)
矛盾だらけで理解不能なのですが、誰に聞いたら納得できる答えを教えてくれるのでしょう。
だって誰かが…などと言ってはいられないな、と思います。
孫に問われたら答えられませんから。
何かできることは?
と考えたら 人々の心を豊かにするため、 迫害に負けまいと作り上げたフラメンコを伝えていく。
フラメンコはある意味で反戦運動です。
迫害されたジプシーと被爆した日本人と。
支離滅裂な文章になりましたが、忘れずに いつも心に留めておかないといけない と思ったのでした。
それが誰にでもできる反戦運動だと思います。
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| 2009年6月14日(日) |
| 「スペイン留学時代」 その4 下宿屋パコ 2 |
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母を空港まで送って、下宿に戻る。
私の部屋は玄関とキッチンに一番近く、続々と帰ってくるほかの下宿人がサイレンのような玄関ベルを鳴らすたびにびくびくしていた。
一体何人いるんだろう…
結局10人の男女がそれぞれ一人部屋か2人部屋に分かれて下宿している。
ほとんどが田舎から出てきてマドリッドで勉強している学生らしい。
その中には下宿やさんの娘二人と息子一人も。
みんな兄弟姉妹のような大家族だ。
食事が何時なのかもわからず緊張のまま荷物をほどいていると、夜10時頃、食べるジェスチャーをしながら「comer!」と呼ばれる。
おばさんが作ってくれる食事を大きなテーブルを囲んでワイワイがやがや食べる。
早くて全然聞き取れないたのしそうな会話とパンくずの投げ合いの中 一皿めが配られる。
パエリアだ。
でもご飯にまみれてニワトリの黄色い三本指の足先を発見。
うっ どうしよう… 食べないと悪く思われるかも…でも…そうっとご飯に隠す。
二皿めは鶏肉のソテー。どうやらパエリアの日はみんなでニワトリ一羽のコースらしい。
デザートにはフルーツのかごが出てきてオレンジ、洋梨、りんご、バナナなど すきなものを選ぶ。
「いただきます」も「ごちそうさま」もないので、グラシアス(ありがとう) と言って自室に退散。
次に「シャワーを浴びたい」と辞書をひく。
25ペセタのコインをにぎりしめ、おばさんに「シャワー…」と言ったとたん早口のスペイン語とともに手を引かれ シャワー室の説明らしい。
意味不明。
でもお湯は出たのでほっとして服を脱ぐ。
しかし、髪を洗っているうちに水になっちゃった!
後でわかったことはタンクのお湯がなくなると終了 と、どこかの部屋で水を使うともうお湯はでなくなるということ。
そして 日本は水に対して贅沢なんだ、とあらためて感じたのでした。
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| 2009年6月6日(土) |
| 「スペイン留学時代」 その3 下宿屋パコ 1 |
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スペイン到着の翌日、「まずは下宿を決めないと安心して帰れない」と言う母とともにレストラン「どんぞこ」を訪ねる。
場所はSOLの近く PLAZA SANTA ANAからの通り、CALLE ECHEGARAY。
マネージャーのホセ 鈴木さんはもう何十年もスペインに住んでいらして 下宿の候補も三つ用意して下さっていた。
はじめに行ったのが「下宿屋パコ」 SANTA ANAとSOLの間にあるCALLE DE LA CRUZ No23 4階 左のドア という住所。
パコはおじさんの名前だ。
スペインの4階は日本の5階、しかも天井が高いのでかなり長い螺旋階段、エレベーターなし。
その時点で来年にはエレベーターをつけるらしい と聞いた覚えが…。
しかし できたのはつい昨年、なんと32年後。
ガウディの聖家族教会もしかり、気の長さがわかるでしょう?!
休憩用のベンチが各階の踊り場にある。
下で付けた電気はのんびりしていると途中で真っ暗に。
壁のスイッチをさがしていると過って途中の階の玄関ベルをならすこともしばしば。
そういうときは大きな声で「PERDONA!」と言えばいいのだ、ということもあとあと学んだことだった。
この下宿をきりもりしているのはおばさんのフェリで その日もホセ 鈴木さんといろいろ話していたが、まったく理解不能、 全部通訳してもらう。
3食付きで一部屋かりることに決定。
母は必死だったらしくフェリおばさんの手を握って「私の娘をどうかよろしくお願いします!」と日本語で叫んでいた。
その夜 母と過ごしたホテルでの記憶がない。
私は、「明日から一人でがんばらなくては!」
母は、「18才の娘を置いて一人でパリまで帰れるのか?」
それぞれがそのことしか頭になかったらしい。
翌日 下宿の娘さんルシアがホテルに迎えに来てくれていっしょに母を空港まで送ってくれた。
そして スペイン人ばかりに囲まれた下宿での生活が始まった。
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| 2009年6月5日(金) |
| 「スペイン留学時代」 その2 |
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スペイン広場まえのプラザホテルに到着。
恨めしげな紳士にお別れし、部屋に荷物を置いたあと 付近を散歩する。
その時の服装も印象深い。
空路2時間半ほどのパリから着てきたのはパンツスーツにコート、しかし散歩には半袖シャツで充分だった。
寒いのから暑いのにいきなり変わるスペインの気候。
じめっとした日本の夏とは大違いで、カラッと暑く、日向と日蔭の温度差に驚く。
この時 あらためて闘牛のチケットが「SOL Y SOMBRA」(太陽と影)にわかれていることに納得(値段が高い方から日蔭、日向〜日蔭、日向の順で場所によるランク分け)。
夕食はホテルのレストランに入ってみるが、メニューがちんぷんかんぷんで、魚と肉と思われるものをそれぞれ注文。
スペイン語ができないところにつけこんでいるのか、それが高級レストランだからなのか とても愛想よくワインやおつまみなどを運んできてどんどんすすめられる。
哀しいかな はじめて感じた日本人のはっきり「ノー」と言えない性分。
最後に運ばれてきたのは、魚の塩蒸し焼き(まわりを塩で固めて焼く料理です。日本にも塩釜焼き というのがあることを近年知りました。)
金づちで割って姿をあわらす巨大魚 うぅっ、もう食欲が…
それから何年もあとのことですが、セビージャのレストランにて「お肉料理は何がありますか?」とたずねたら「すごくおいしいおすすめ料理がある。」と言って子豚の丸焼き半分( 内臓断面図つき) がきたことも…。
ほんとにやさしいのか、意地悪なのか訳わからないスペイン人です。
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| 2009年6月4日(木) |
| 「スペイン留学時代」 その1 |
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このコーナーに時々 スペインのお話も交えていますが、留学時代のお話もご紹介していこうと思います。
「はじめてのスペイン」
1976年3月28日 高校の卒業式の2週間後 羽田空港を出発。
前日 緊張のためか熱を出し、かかりつけのお医者さまに注射を打ってもらい、役に立ちそうなお薬を何種類かいただく。
家族に余計心配をかけたようだ。
特に生まれてから一番長い年月をともに過ごした祖母は「親戚のうちに行っても夜になるとおじいちゃまのところに帰る と言って泣いた子が一人で外国に住むなんて…」そういって泣いていた。
その当時 スペイン向けツアーはなかったので パリ8日間のパックからスペインまでのチケットを別に購入した。
住むところまでは見届けたいと母は同行する。
小松原庸子先生に書いていただいた、フラメンコのパコ フェルナンデス先生と古典舞踊のベティことビクトリア エウヘニア先生、そして下宿を紹介して下さるはずの レストラン「どんぞこ」のマネージャー ホセ鈴木さん、この三人の方宛ての紹介状を頼りにマドリードへ。
二泊したはずのパリのことといえば フランスの人の冷たい感じと「リド」のショーしか覚えていない。
小さいプロペラ機で到着したマドリード。
明るい陽射しの中 飛行機のタラップから降り立つ一歩は鮮明に覚えている。
「スペインに来た!」
トランクを待つ間に足の悪い年配の紳士に話しかけられ、意味もわからぬままタクシーへ。
後で考えると夕食をごいっしょに とのお誘いらしかったが、ニッコリ微笑んで「グラシアス」(ありがとう)しか言えず、結局ホテルまで送っていただいたのみにとどまる。
スペイン男性のなんとやさしいことか…。
母に言わせるといっしょにいるのに私には一瞥も なかった、はっきりしてるわあ!とのこと。
こうしてスペインでの第一日目が始まった。
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| 2009年6月1日(月) |
| 「発表会に想う」 |
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6月と7月にはそれぞれNHKカルチャーの町田月曜クラスと土曜クラスの発表会があります。
毎年 クラス単位で小さな発表会を新宿エルフラメンコで催しますが、劇場でのスタジオ発表会にも参加の機会があります。
発表会は一つの目標であり日常のレッスンの励みにもなります。
そして私にとってもあらためてフラメンコと生徒さんと自分との関係を見直す機会なので必ず文章を残すことにしています。
「フラメンコを伝えたいなら 踊りだけ教えてたらだめでしょう!」
古い友人の言葉です。
フラメンコは生き方だと私たちは考え、迫害に負けまいとジプシーたちが育んできたフラメンコを遠く離れた日本でも伝えていきたいと思っています。
生き方では生徒さん方に教えていただくこともしばしば…
いっしょに学ばせていただいています。
今を一生懸命生きているみなさんの人生=フラメンコ、今年はどんな舞台になるのでしょう、ワクワクドキドキです。
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| 2009年5月31日(日) |
| 「人と比べて…」 |
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人は誰しもつい他の人と比べてしまうものです。
新しくフラメンコを始めようとする方の中では、「リズム感がないんですが…」とか
「覚えが悪いのですが…」
などご心配を抱えていらっしゃることが多いですが、誰と比べてでしょうか?
フラメンコは自分の表現手段ですから誰とも比べる必要はないと思っています。
それはすべてのことにも言えるのではないでしょうか。
自分の信じること、自分が大切に思うこと、それを大事に少しづつでも育てていく。
一生かけて自分だけの道を切り開く、または自分だけの花を咲かせる、そんなふうに生きたいと思います。
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| 2009年5月22日(金) |
| 「眞澄」 |
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濁らせたくないもの。
「考えの根は意志
伝えるのは口」
意志(いし)が意地(意地)に
口(くち)が愚痴(ぐち)に
徳(とく)も毒(どく)になってしまう…。」
心は濁らせず、
ピカピカに磨くもの。
そしてふと思い出したのは、私の名前「眞澄」。
諏訪神社に「真澄の鏡」というのがあって澄んだ心を持つものしか映らない、そこからいただいた名前が諏訪の清酒「真澄」だそうです。
(字は少し違いますが、このお酒はおいしいです!)
私は昔からずるいことに我慢ができなくて、「名前が眞澄だからなあー」と言われたことがあります。
自分は清くいたいですが、私の課題は「清濁合わせのむ。」なのです。
清いものも濁ったものも飲み込み、消化するような度量の大きさを備えたいと…
愚痴は言わず 意地を張らず 徳を積んで 心は清くそして、他者には寛大に…
なかなか難しいです。
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| 2009年5月19日(火) |
| 「植物」 |
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母はずっと仕事をしていましたので 私はおばあちゃん子です。
祖母は草木の大好きな人でずっと庭のある家に住み 小さい頃の思い出は祖母と庭の花ばなとの情景です。
そのせいか私も植物が大好きです。
もの言わずただその年の気候、その場の風土を受け入れてちゃんと自分の役目を果たし、成長していく。
その姿を見ると余計な心配や余分な望みが消えていくようです。
植物や動物からみたら、勝手に環境破壊をし、その揚句 温暖化だ異常気象だと騒ぐ人類は、ひどく滑稽にみえることでしょう。
毎日 少しばかりの鉢植えを世話しながら、心を落ち着かせて物事の過ぎること、足りないことの見極めをしていきたいと思います。
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| 2009年5月17日(日) |
| 「料理」 |
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いつも思うのですが、料理の好きな人って料理自体が好きなのでしょうか?
それとも作ったものを食べて「おいしい!」と喜んでくれる人がいるからでしょうか?
私の場合はいくつか理由があって…
1)食べたいものを自分が食べたいように作る。…野菜のたくさん入ったパスタが食べたい。味はこんなで、茹でかげんは、等
2)あの人にこれを食べさせたい!
…誰かの誕生日だったり、忙しくていつもコンビニのご飯だという生徒がいたり。
3)旬の食材を組み合わせて。
これが舞台作りとまったく同じ感覚なんです。
まず材料がある。
その素材を生かして組み合わせる。
味付け 盛り付け 食器はどうするか
材料は出演者、組み合わせや味付けは振り付け、盛り付けは構成、食器は舞台設定や照明。
料理も舞台作りも出来上がりのイメージが大切です。
お客様がおいしく召し上がって下さるか、楽しくご覧下さるか…
喜ぶ顔をみたいから料理も振り付けもいつも楽しんでやらせていただいています。
舞台を引退したら居酒屋「眞澄」なんかやりたいなあ…なんて考えたりもして。
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| 2009年5月12日(火) |
| 「読書」 |
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活字離れ という言葉を聞いて久しいですが、私は本が大好きです。
迷わず大好き!と言えるものは、読書 料理 植物ですね。
今回 まずは読書から…
息子の雄輔が12才でスペインへ行ったとき、日本語を忘れないでいて欲しくて、本を持たせました。が…
「お母さん やっぱり僕はずっと本は好きにならないと思う。」
「……。」
でもその後なんとなく読んでるようです。
私の好きなジャンルは時代小説。
最初にはまったのは「剣客商売」。
いまでも落ち込むと全巻読み直したり お話の中に出てくる料理を再現したりもします。
軽快なテンポのミステリーもいいですね。持って歩いていると電車の待ち時間も苦になりません。
感情移入が激しい方なので、登場人物に乗り移って読みます。
剣客商売の主人公は老剣士ですが私の憧れの人です。
よく「男っぽいね。」と言われる所以かもしれません。
本や映画は違う生き方や考え方を垣間見る機会だと思います。
こんな時こんなふうに考え、こうするんだあ…
ちょっとした発想転換ができて自分の問題をかたづける糸口が見つかることもあるんですよ。
「煮込み料理は楽しい。 その間 本とか読んだりしてね。」
と ある男性がおっしゃっていましたが、そんな優雅な読書と料理 してみた〜い!
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| 2009年5月6日(水) |
| 「何を教えているか?」 |
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教室はグループレッスンが主なので 同じクラス内での人間関係が生じてきます。
10年以上の生徒さんも多いので年代を問わずみんないい仲間です。
それでも今まで何度となくトラブルも生じました。
「あの人といっしょにはお稽古はできません!」と言ってくる人もいました。
そんな時どうやって対処するかは難しい問題でいつもかなり悩みます。
でも結局は教室を去って行く人はとめられないし、「来るものは拒まず 去るものは追わず」を通して来た気がします。
ただ、何年か前に踊りながら急逝した友人の言葉
「踊りだけ教えてどうするねん?!
フラメンコ教えるっつうことは、そうゆうことやろ!」が心に残っています。
フラメンコは生き方だから、やっぱりどんなことにも誠心誠意向かい合う。
そうでないと自分の信じているフラメンコは教えられない。
何か問題があるたびに自分のフラメンコ=生き方を試されているような気がします。
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| 2009年5月6日(水) |
| 「ピンチはチャンス!」 |
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100年に一度と騒がれるこの世界的大不況下、ごたぶんにもれずうちのスタジオも生徒さんの数は激減ですが、そうなると順調だったときには気がつかなかったようなことを考えます。
今も熱心にお稽古を続けて下さっている少数の生徒さんたちを充分にケアしてあげられること、自分は何のためにフラメンコを教えているのか、何が大切なのかなどを改めて考える そんな時期かと感じます。
つらいとき、苦しいときこそそれに耐えて人としての根っこが深くなるんだ と誰かの言葉にもありました。
100年に一度のピンチ!と考えるなら今の時代を生きる私たちには絶好のチャンス到来!と思ってそれを活かす手腕を身につけるべきなのでしょう。
ノアの箱舟のように間違ったものが自然淘汰される時期とも言えます。
誰がその箱舟にのって、誰が流されるのか?
自分はそれにのる資格があるのか確かめる大切な時期だと思っています。
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| 2009年5月5日(火) |
| 「初節句」 |
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孫の初節句にちまきを作って、祖母のホームに行ってきました。
私の祖母ですから、孫にとってはひーひーおばあちゃんになります。
98才になった祖母は、もうすぐ7ヶ月になるやしゃごを見てとても喜びました。
か細いうでで、それでも9キロ以上もある赤ん坊を抱き「元気で力も強いねえ。落っことしたら大変だよ〜」と目を細めます。
明治 大正 昭和 平成と四つの時代を生きてきた祖母とその5代目にあたる孫との交流を見ていると、人は愛情を持って家族を育てその血は脈々と受け継がれているのだなあーと改めて感心してしまいます。
家族は生まれて最初の人間関係といいますが、大切にしていきたいものです。
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| 2009年5月2日(土) |
| 「インフルエンザ」 |
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孫の育つ様子を見ていると人間の体の成り立ちを見るようでとても興味深いです。
なんでも口に入れる時期なのでかなりな雑菌を飲み込んでいると思いますが そうやって抵抗力をつけていくのだな…と感じます。
現代は予防注射や薬など、外部からの助けが多過ぎて人間本来の抵抗力をかえって弱めてしまっているのではないかと心配になります。
インフルエンザの世界的流行が懸念されていますが、狂牛病 鶏や豚からの感染など、何かの力で報復されているような気がしませんか?
本当は必要な分だけ自然のものを食べていけばよかったものを、この三種の動物はかなり人の都合でその在り方を変えられてしまっています。
異常気象は地球が怒っている証拠とも思えますし、人間は本気でもっと周りのことを考えなくてはいけないのかもしれません。
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| 2009年4月21日(火) |
| 「信仰」 |
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親戚の一周忌「偲ぶ会」があるカトリック教会でおこなわれました。
その教会の裏手には、マリア像とほこらがあって ちょうど周りの木々の新緑や草花とともにスペインにいるような雰囲気でとても素敵でした。
明るい日差しの中 そこにたたずんでいると、信者の方が一人にこやかに近づいていらしてお話をして下さいました。
日常はいろいろなことがあって怒りをおぼえることもあるけれど、そんな思いやどうにもならないことを「お願いします!」と神様に投げかけると相手を責めなくても済むし、心が落ち着くんですよね…と。
私自身は特になんの信仰もありませんが、お話をうかがいながら 私の場合はすべてフラメンコなんだなあ〜と感じました。 踊っているとすべて忘れてしまうし、曲を聞いただけで元気になっちゃうし…。
そんなひとときを過ごして 「信仰」というものが 少しだけ理解できたような気がします。
いい形で信仰心をお持ちの方々は、みなさん穏やかなお顔をしていらっしゃいますものね。
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| 2009年4月19日(日) |
| 「いいこと考えちゃった!」 |
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と言うとクラスの方々にちょっと引かれます。
今年 教室は26年目になりましたが、毎年の発表会やコンサートには必ず何らかの舞台演出をしてお客様に楽しんでご覧いただきたいと思っています。
それは、覚えた踊りをただ前を向いて踊るだけでなく、テーマを決めてそのイメージで踊るのです。
例えば、昨年のプログラムの中には、遠くまで続く草原でアマポーラの花が風にそよぐように腕を柔らかく動かして…等
イメージはわかるのだけど そんな風にできるかしら…
それが生徒さんが引いてしまう理由ですが、結局はすご〜く努力して私のイメージに近づいてくれるので発表会はいつも好評なのです。
大きな発表会が、最初から羅列のものでなく流れがあって幕開けからフィナーレまで落ち着いてみていただけるのは一重にこの生徒さんのがんばりのおかげです。
今年もいくつかの発表会がありますが、いいことたくさん考えて、楽しい舞台をみんなで力を合わせて作り上げていきたいと思っています。
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| 2009年4月13日(月) |
| 「ボランティアライブ報告」 |
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4月12日に伺ったのは、鶴川にある共働学舎という障害のある方々の施設です。
今年で4回目。始めからずっと参加してくれている舞踊団員も多く、あちらの方もだいぶ顔を覚えて下さっています。
ギターは心ある方々が4名、唄はまだ練習生の域ですが私が唄い、踊り手の男性5名、女性11名 総勢21名で伺いました。
いつも朝 鶴川駅までバスで迎えにいらして下さり、到着後すぐにリハーサル。
今年は舞踊団と私のCD曲を共働学舎バージョンに構成し直し練習してきました。
大好評!
ライブのあと 交流会があってそれぞれの方々と個人的に接して友好を深めます。
これにはいつも感心させられるのですが、舞踊団はみんな物おじせずに中に入ってくれるんですね。
はじめはどうしたらよいかわからず ただそこにいるだけだったのですが、最近はちゃんとコミュニケーションがとれるようになりました。
私の場合例えば、リハーサル中に一人の若い男性が近づいてきて いきなり私の髪を結わいていたゴムをとってしまいます。
何されるのかな と思ったら髪を長くおろしていて欲しかったんですね。
そんな訳で本番の髪形もそのように。
胸を押さえて何かいいたそうな年配の男性は、「胸がね…
なんて言ったらいいのかなあ…う〜んとぉ…」
「元気出して、がんばって下さいね。!」
すると満面の笑みに。
とにかくみなさん自然体ですから、最近やっと、心と頭をやわらかくしておけばいいのかな と思えるようになってきました。まだまだですけど…
時々 精神の障害って どこが境目かしら…?
なんて考えちゃいます。
交流会のあと あちらのスタッフのお取り計らいで竹ノ子掘りにご招待いただきました。
初夏のような日差し、竹薮の中をはいまわって探すときの土の匂い、見つけたときの歓声…
ボランティアライブはいつも私たちの方がいただくものが多いような…
みなさん ありがとうございました!
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| 2009年4月12日(日) |
| 「スペインの広場にて」 |
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33年前の4月、ある晴れた日マドリッドでの思い出をお話しようと思います。
当時 番茶もでばなの18才だった私は、日々お稽古に精を出していたにもかかわらず ピチピチ パンパンの年頃でした。途中訪ねて来て下さった師匠いわく、
「丸ちゃん!
お稽古してんのぉ?!」
でした。
スペインでは街のあちらこちらに広場があって人々の憩いの場所になっています。
下宿の近くにある広場は「プラサ サンタ アナ」という、その昔 有名なタブラオがあってフラメンコ人のたまり場にもなっていたところです。
朝 レッスンに向かう時 ベンチに座りのんびりとひなたぼっこをしているおばあちゃんは、帰りも同じ風景といった感じです。
ある日 その広場で下宿の娘さんを待っていたときのことです。
明るいブルーのスーツにポケットのえんじのチーフもお洒落な品のよいおじいさんが近づいてきました。
「誰か待っているのかね?」
「はい、友達と待ち合わせをしています。」
「どこから なんのためにスペインへ?」
「日本からフラメンコの勉強に来ました。」
と、突然 私の手をしっかと握って
「妻が亡くなって以来 こんなに美しい女性をはじめて見た!」
と、つぶらな瞳で見つめています。
隣りのベンチでにぎやかに世話話をしていたおばあちゃんたちが一瞬し〜んとなって、身振り手振りで早くどっか行きなさい!と大慌て。
妻が亡くなってから…の一言が憎めないチャーミングな紳士でした。
見知らぬ男性から声をかけられるのは初めての経験で、丸々として少し劣等感も持っていた私には、留学中の心細さを紛らわしてくれる出来事でした。
今でも孫の散歩で公園に行き、のどかな風景をみると思い出します。
みなさんにもそんな青春のワンシーンがきっとあることでしょう。
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| 2009年3月31日(火) |
| 「魂のこもった仕事」 |
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どんな仕事でも魂がこもっていないものは続かない…というお話をうかがいました。
その仕事について誇りを持っているとか、信念があるとか…
魂をこめる ということをうまく言葉で説明できないのですが、もちろん職種は問わない前提のもとにお話されていたように思います。
例えば、お掃除の仕事でもその空間で気持ちよく過ごして貰おう と思いながらするのと、ただ決められたことだけ済ませばと考える、そんな違いかとも思えます。
以前 クリスマスディナーショーにお日にちを間違えて翌日にいらしたお客様がいらっしゃいました。
お客様はどんなにがっかりされたことかとその時の対応を伺いましたところ…
「もうあんまりお気の毒で近づくことができません。
それはそれはすっばらしいショーが昨日だったのでございます!」
なんて素敵な対応!
「あー、それは昨日でしたねー。」
と簡単に終わらせることもできるのですが、これこそ魂のこもったお仕事と言えるのではないでしょうか。
間違えていらしたお客様は、残念ながらも気分よく一杯飲んでいかれたそうです。
この最初のお話をして下さった方は、おだやかでいつでも誰にでも上下なく丁寧に接し、まわりの人をあたたかな気持ちにしてくれます。
そんな魂をいつも持ち続けたいと思います。
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| 2009年3月24日(火) |
| 「道を間違えていないか」 |
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私に舞台のこと全般を教えて下さった方がいます。
舞台は表で踊る私たちだけでなく 照明や音響スタッフ そして表裏すべてを司る舞台監督がいて成り立つ総合芸術だということをその方に教えていただきました。
その方は舞台監督が本職でしたが、ご病気でお体が不自由になられてから最前線は退かれています。
でも舞台監督というお仕事柄 いろいろなことを観察し、的確な判断をなさる力はすばらしく お久しぶりにお会いしてもお話が興味深いのです。
自分の考えや行動をかえりみてご意見をうかがう。
いま進んでいる道は間違えていないか…
それを確認できる方が身近にいて なんて私は幸せかと感謝です。
その時は反発を感じてもいろいろと意見を言って下さる方こそ大切にしないと とあらためて思ったひとときでした。
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| 2009年3月14日(土) |
| 「姑と梅」 |
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ある日 スペイン人の嫁と孫の花と公園を散歩しながらの会話。
「私はあなたのなんだっけ?」
「スエグラ(姑)でしょ?」
「じゃ あの花はなんて言うんだっけ?」
「シルエラ(梅)?」
「スエグラと、シルエラね!」
「えーとー私はシルエラで、あれはスエグラ…」
「ちがうちがう!
アハハーッ
あなたがスエグラで、あれはシルエラ!」
「あー私がスエグラで、あれがシルエラ?」
「そうそう、あれっちがったかなあ〜?
あーっ 私までスペイン語わかんなくなっちゃったー?!」
昔 母がスペインへ行ったとき、セルビシオ(トイレ)とセルベッサ(ビール)を間違えてバルのおじさんに
「ビール飲んでからトイレ行くのか、トイレ行ってからビール飲むのか はっきりしろい!」
と大笑いされたそうですが、言葉が違うのもまんざら悪いことばかりじゃないってお話でした。
我が家は笑いがたえませんです、はい。
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| 2009年3月14日(土) |
| 「しがらみ」 |
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しがらみって何でしょう?
最近この言葉を使ったのは、お仕事の都合でレッスンに遅れてきた生徒さんが青白い顔をしてスタジオに入って来たときです。
お仕事のしがらみをしょって来るんですね。
夜のクラスにお仕事帰りにいらっしゃる生徒さんたちのほとんどはそんな様子です。
それがお稽古をしていくうちに次第に顔色がよくなり、しおれていた花や葉っぱが水を貰ったように生き生きと精気を取り戻します。
フラメンコは難しい踊りですが、もともときびしい状況に打ち勝つために生まれたものですから そんな作用もあるのかもしれません。
まさしく100年に一度のこの不況下にピッタリのフラメンコと言えます。
そうやって私自身もいろいろな場面で救われてきました。
フラメンコでしがらみをぬぐいとりましょう。
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| 2009年3月13日(金) |
| 「発表会を控えて」 |
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来週の発表会を控えて、出演する様々なクラスの生徒さんは本番前最後のお稽古に余念がありません。
みんな緊張してきてますし、間違えたらどうしよう…
転んだらどうしよう…など、心配や不安は絶えません。
そんな時にお話するのは、
1、本番は絶対間違えちゃいます。
2、どうして今回の発表会に出ようと思いましたか?
3、この日 この時 この人と この曲を、そんな巡り会わせを大切に。
4、心を込めて…
5、今回 お彼岸だし守ってくれる人たくさん来るんじゃない?
そうだ、おばあちゃんを呼ぼう!(笑)
いろんな想いを胸にみなさんが踊る発表会は、どんなきらびやかな舞台より美しいです。
そんな発表会を今年も開催できて本当に幸せです。
みなさん、がんばりましょうね!
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| 2009年3月10日(火) |
| 「シェリー酒」 |
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スペイン アンダルシアにヘレス デ ラ フロンテーラ という町があります。
なんのへんてつもないこの町の名物は、ブレリアと馬とシェリー酒。
フラメンコの代表曲であるブレリアは、地域によって微妙なノリの違いがあり「そりゃおめえ ブレリアといえばヘレスだんべえー!」って感じの魚やのおじさんや居酒屋のおばちゃんがいます。
馬術が盛んな土地柄でもあり、イギリス式と並んで称されるとか…
そしてシェリー酒なんですが、私は詳しい知識はありませんのでそちらはインターネットなどでお調べいただくとして、なんでスペインのヘレス原産なのに英語名であるシェリーとして有名なのか不思議だったわけです。
日本原産の「柿」はスペインでも「カキ」ですからね、発音は「牡蠣」になっちゃいますが…
それがシェリーの場合、それを飲んだイギリス人が世界に広めて 儲けたらしいのですよ。
ヘレスの人は商売が下手というか、「今年もいい酒できてよかっただなあ〜!んだ んだ!」
こんなヘレスのおじさんたち、バルに入ると「どっから来ただ?いっぺー飲んでけ〜」とごちそうしてくれたりして…
そんなスペイン人が私は好きです。
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| 2009年3月9日(月) |
| 「声明」 |
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広島のお寺で踊ってきました。
オープニングにご住職さま方の声明(しょうみょうと読むそうです)を唱える場面があって、それにどのように関わらせていただくのかが、今回一番大切に考えたいところでした。
未だに絶えない戦争を思うと広島で踊る意味も大事だな と思ったり、
何故 今回お寺で…?
様々な出会いとめぐりあわせがあるならば とにかく無心になろう。
それが本番2日前に決めた心の落ち着く場所でした。
そして本番。
ただ歩き 気持ちを込めて手を上げる。
それだけでしたが、何かあたたかいものに包まれているようで、幸せな数分間でした。
感謝です。
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| 2009年3月1日(日) |
| 「お葬式にむかう」 |
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悔いを残して亡くなる…
耳にしたことがあるような気がしますが、本当にそんなことあるのでしょうか。
人間 一生に思ったことすべて出来ることはないでしょうから、満足して亡くなるのは難しいですよね。
でも「悔いのない人生」という言葉もよく目にします。
自分のことで言えば、15年程前に手術のため全身麻酔をするときに、ふっと 万が一このまま目覚めなくても悔いはないな…と思ったのがはじめて人生の悔いについて考えたことです。
ご病気で亡くなる前に苦しんだ方でも、死に顔はとてもやすらかで ああ 人としてのおつとめが終わったんだなーと感じて思わずご苦労様でした(合掌)です。
どんな生き方でも、亡くなるときは悔いがなく 心安らかでありますようにお願いします。
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| 2009年2月23日(月) |
| 「コンクール」 |
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マルワ財団のCAFフラメンココンクールが終わりました。
参加していました雄輔は、予選は通過しましたが22日の決勝の出来は全然だめでした。
親バカですから、絶対優勝するな…などと思う反面、もし駄目だったらまだまだみんなもっと苦労せい!ということか…などと落ち着かない日々を過ごしていました。
結果は文字通り「落ちて足元をみる」です。
救いは家族がいることで、まだ小さいので入場が許されなかった嫁と娘と孫二人がロビーまで駆け付けてくれて元気になったようです。
私も子供たちが小さく、しばらく舞台に立っていなかった頃 コンクールに出ました。
練習するスタジオも時間的な余裕もなかったのですが、自分のために何かに挑戦したかったので一大決心でしたね。
お金もなかったので予選曲は唄い手のいらないファルーカでした。それでも予選は通過でき、スペイン人の唄い手に安く唄ってもらい(いまでも感謝です) 衣装は母の手作りでした。
今では遠い、笑って話せる思い出となりましたが、同じことを息子が繰り返し いつか孫が繰り返すのでしょうか。
娘は「怜央が出たら緊張する〜!お母さんもこんな気持ちだったんだー?!」と言っていましたが…
最後になってしまいまして申し訳ありません。
雄輔を応援して下さった皆様 心よりお礼申し上げます。
賞金も欲しかったでしょう、自分のフラメンコを認めても貰いたかったでしょうが、これを糧にますます頑張る気合いでおりますので 今後ともどうぞよろしくお願い申しあげます。
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| 2009年2月20日(金) |
| 「守ってくれてる人たち」 |
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身近でとても愛していた人が亡くなること、誰しも経験することと思います。
私事ですが、父も主人も親友もみな同じ肺ガンで しかもみんな40代で亡くなりました。
それぞれ亡くなったばかりのときは、とても悲しかったのですが不思議なことに今 みんながそばにいて守ってくれてるような気がして心強いんですね。
苦しいときや悲しい時こそ それを強く感じますし、例えば何かのきっかけで仕事がうまくいったり、危ないところで助かり怪我がなかったり…
(念のためお伝えしておきますが、私は無宗教です。)
社会の流れは人の気の流れがつくっているような気がします。
全世界的不況と言われて マイナスの気ばかりが渦巻いていますから それに巻き込まれないよう守ってくれてる人の力をかりて明るく前向きに生きたいものです。
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| 2009年2月18日(水) |
| 2月と言えば梅の花ですね。 |
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15日に新宿御苑に行きましたらちょうど満開でした。
「桜折るばか 梅折らぬばか」と昔の人は言ったようですが、桜は折ると木によくない、梅は折った方が木によい ということでしょうか?
もし解釈がまちがっていましたら教えて下さいませ。
桜は花見の王道ですが、実は梅の方が香りがよいのでございます。
本日も花泥棒を致しまして、我が部屋に梅がひと枝…
ほのかな香りがただよいなんともよい気分でございます。
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| 2009年2月16日(月) |
| 「花の水やり」 |
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草木や花に水をやると生き生きとしてきます。
生徒さんとお稽古していていい感じのところや上手くなったことを指摘するとその人がまるで花が咲くように輝くんですね。
花と比べるなんて失礼なお話と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、悪い意味にとらないでください。
私は花が大好きです。
だからという訳ではないのですが、孫の名前は花です。
時々私にくっついて花に水やってくれます。
「じゃー!じゃー!」といいながら…
お話がおばあちゃんばかの方向にそれました。
人には褒めることが水やりなのかなあ〜と思ったわけです。
その髪形似合うね…素敵な服…きれいな髪…これ おいしいねえ…やさしいのね…大好きよ…愛してる!
人の水やりはたくさん種類がありますから、普段から思ったことは躊躇せず言葉にしていきたいと思います。
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| 2009年2月10日(火) |
| 「頭からっぽ」 |
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ある人からいいこと教わりました。
頭はからっぽにしておくと新しいことやうれしいことが入ってくる。
いやなことがあったら一度頭からっぽにしましょう。
♪頭からっぽの方が夢詰め込める〜♪ と歌った人もいました。
古いものを捨てないと新しいものも入ってこない なんて言葉もあったような…
でも古きよきもの、古くて美しいもの…
フラメンコも古いものがすきだし…
あーっ またごちゃごちゃしてきちゃいましたね。
なかなか難しい 頭からっぽ ですが、大事なことかもしれません。
本当に大切なものを見失いたくないですから。
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| 2009年2月7日(土) |
| 「マドリッドの下宿やさん」 |
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「エレベーターつけてくれるのよ!」
と下宿のおばさん セニョーラ・フェリが嬉しそうに話していたのは、私がマドリッドに留学していたときですから かれこれ33年前になります。
そして、やっとエレベーターがつきました!
昨年の事です。
いくらスペインとはいえあんまりなお話で、その当時12人の下宿人に食べさせる食事の買い物は大変で、5階までの螺旋階段は途中に休憩用のベンチまでありました。
そのセニョーラ・フェリも引退し、娘さんのルシアがエレベーター付きの下宿を昨年リニューアルオープン。
各部屋に洗面台とベッド、机いすがある昔ながらの下宿やさんです。
格安で泊まれますが、信用できる人しか入れないので逆に安心です。
だらしない女の子が滞在していたとき、ある日レッスンから帰るとその娘のトランクが外に出されていたり、遊び過ぎて夕食に遅れたら、締め出されたり…そんな思い出の数々がある下宿やさんなんです。
場所はマドリッドの中心 SOLのすぐ近く、泊まりたい方がいましたらご紹介します。
が、もしかしたら面接があるかもしれません…?
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| 2009年2月5日(木) |
| 「うれしかったこと」 |
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講演会の依頼があって 1時間程 スペインとフラメンコのお話と、少し踊りも見ていただきました。
参加者の方々は男性が多く、はじめはあまりお元気ではないようなご様子でした。
アンダルシアの春祭りの踊りではじめ、空想の世界でスペイン各地を旅していただき、カスタネットや靴音のご説明など。
フラメンコは人間の喜怒哀楽を表現していることからそれぞれの曲のご紹介と代表的な踊りをご披露。
そうやってお話を進めていくうちにみなさんのお顔が和んできました。
最後はやっぱりご一緒に体を動かしましょう。
ルンバで全員が立ち上がり、足は出して引いて 手はオレンジをもいでかごに…
スーツ姿の男性方が楽しそうに体を動かしている光景に私も元気をいただいたのでした。
お仕事で頭も体も心までもお疲れのときはどうぞノリのよい音楽に身をまかせましょう!
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| 2009年2月2日(月) |
| 「パエリア」レシピ |
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日本ではパエリアと言われていますが、綴りはPAELLA〜パエジャの方が現地のスペイン語に近いです。
有名なのはバレンシアでお米の特産地だからだそうですが、日本でよく耳にするのはバレンシアオレンジですね。
簡単なレシピをご紹介。
普通のフライパン一つで作れます。
ニンニク、玉ねぎのみじん切り、鶏モモ肉一口大をオリーブオイルでいため、水を入れて煮立ったら洗っておいた(スペインでは洗いませんが)お米とブイヨンや塩を入れて中火で煮る。
お米にややしんが残るくらいの頃 強火でピチピチいうくらいまで煮て蓋をして少し蒸らす。
これをベースにサフラン、トマト、海老、イカ、タラ、アサリ、ムール貝、インゲン、ピーマン、エリンギ、マッシュルームなどお好みに応じて追加してお試しください。
私は何度も失敗しながら(洋風おじやになっちゃったり焦げすぎたり…)今にいたっております。
失敗は成功のもととも言いますし、恐れず挑戦してくださいませ。
3回くらいなら愛する家族も付き合ってくれることでしょう!
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| 2009年1月29日(木) |
| 「現役引退」 |
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尊敬するある方から「みんなに迷惑をかけて甘えながら続けるよりも、今までの感謝の気持ちも含め一番よいのは静かに消えることだと思う。」
そんなお手紙をいただきました。
私も若い頃は いつまで踊っているの?と思われるよりも、惜しまれて早く引退した方がカッコイイーなどとたわけたことを考えていました。
それが40代50代になったらそれぞれの年代のフラメンコがあることに気付き、ますます踊りがおもしろく感じられるようになったのです。
引退を考えていらっしゃったその方に 「何もしなくてもそばにいて下さるだけで充分。」と私が思ったように、いつか後輩にもそう思ってもらえるように年輪を重ね、現役を続けたいと思いました。
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| 2009年1月27日(火) |
| 「下北沢のちょっと洒落た店」 |
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時間が許せばいつも寄りたい店がある。
ワインの種類が豊富でスペインのタパス(おつまみ)が最高!
でも一番の楽しみは、優しくてすてきな店長さん。
いらっしゃるか確認してからおでかけ下さいね。
スペイン・バル 下北沢
TEL
03-5790-7077
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| 2009年1月13日(火) |
| 「喜寿の挑戦」 |
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私事ですが、元旦の朝のこと 母が起きぬけに言いますには「私 来年 喜寿の挑戦として川口リリアホールでリサイタルするわ。唄いたい曲があるの。みんなは自分らしいこの曲!というのを踊ってね。」
自分の母ですが、喜寿といえば77才のお祝いですから、そのやる気と一生懸命な生き方に思わずオレーッと心中叫びました。
世の中が意気消沈している現代に私の師匠(今年喜寿でいまだ現役舞台人!)といい、尊敬に値する人生の先輩がいて幸せです。
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| 2009年1月12日(月) |
| ビルマの竪琴(竹山道雄著)を読みました。 |
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友人の紹介ですが、彼女が言うには「残酷な戦闘シーンなどは全然ないけどかえって心にしみる反戦小説」とのこと。
昔 映画を見たことがありましたが最後の場面しか思い出せなかったので早速本を買いました。
読み終えてびっくりしたのは、これが児童向け連載だったことです。
現在でもこのように様々なことを考えぬいた子供たちへのメッセージがあるのでしょうか?
終戦からたった64年、いまだに地球上で空爆というものが存在し核はなくならない。
次の世代に残すべきもの、残してはいけないものを考えます。
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| 2009年1月10日(土) |
| お帰りなさい! |
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1月8日木曜日、横浜木曜クラスはリニューアルスタートをしました。
NHKカルチャーですから数多くのクラスの一つです。
今まで中級と入門に分かれてやっていたクラスを始まり時間を遅らせ、レッスン時間を延長したのは、仕事を終えて駆け付けるのが難しい生徒さんが多かったからです。
そして初日、まず赤ちゃんを産んで2年振りに戻った方、転勤で名古屋にいて6年振りの方、ご自分のために新しい仕事に取り組もうとしてる方、もと土曜日で今はなくなってしまっているクラスの方々など…
まるで同窓会のようで 習っていた曲も同じ、思い出しながらも笑いあって踊るみんなの顔は輝いて美しい。
その中で、もう10年以上レッスンを続けてきたのに今月から逆に名古屋に行ってしまう人がいるのですが、 引越しが決まってからは少しさみしそうだった彼女も「こうして戻ってくればみんながいるんですね!」と晴れやかな顔になっていました。
みんな お帰り!
うれしいわ!
という私に返してくれた言葉が
「先生が続けていてくれたからですよ!」
なんて幸せな、教師冥利に尽きるひとときでした。
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| 2009年1月3日(土) |
| スポーツ観戦 |
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今まで身近にスポーツ好きがいなかったこともあり、サッカーの試合をみたのは息子が好きだった小学生の頃 バルセロナ対フランクフルト戦を東京ドームで(ウェーブしか記憶にない)、そういえば95年 巨人戦開幕セレモニーの演出をしたときも東京ドームでした。(サリン事件の真っ只中、350名余りの出演者の入場規制と長島監督のことしか記憶にない…)
そして今回ご縁あって全国高校サッカーの応援をしたら すごく楽しい。
もちろん知り合いがいるからということもあるけれど勝った喜びと、負けたチームが応援席に向かってお礼の挨拶のまま泣き崩れた様子を見てもらい泣きしたり、無気力な若者が多いと言われる昨今 勝っても負けても彼らはその瞬間を一生懸命生きている。そしてその思い出はきっと彼らの人生の様々な場面で活きてくる宝物なのだと思う。
そんな環境を作ってやっている周りの大人たちにもバンザイ!
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